Friday, November 15, 2013

パウル・クレーの世界を満喫

前田富士夫『パウル・クレー 造形の宇宙』(慶応義塾大学出版)――著者には、2011年度の総合講座「パウル・クレー」に2回出講していただいた。西洋美術史の同僚と2人でコーディネートしたが、こちらは素人。それでも、ベルン美術館7~8回、パウル・クレー・センター8回の訪館歴、つまり、素人ながらクレーの作品を1000点以上見て、美術館で資料も入手してきたので、総合講座を思いついた。お墓にも4回行った。ちなみに、クレーの作品は約9000点(数え方にもよるので1万点という人もいる)、そのうち4000点がパウル・クレー・センターにあり、さまざまな企画展が行われてきた。総合講座には、勤務先の同僚である画家、美術史家、造形研究家などにそれぞれの観点からクレー作品について語ってもらい、外部からゲスト講師として前田富士夫先生に2回おいでいただき、さらにフリーの学芸員の林綾野さんにも2回講義していただいた。どちらも素晴らしい講義だった。前田先生は「クレーにおけるオーバーラップ」「クレーと色彩論」をお話しいただいた。そのもとになった論文(同じタイトル)はともに本書に収録されている。前田先生の講義はとても水準が高くて、学生には難しいな、と思って聞いていたのだが、学生が書いたアンケートを見ると、とても好評だった。水準の高い理論的な話でも、聞くときは聞くんだ、つまり、きっちり聞かせるんだ、と思わされた(苦笑)。林綾野さんの講義は、ちょうど林さんがTVの情熱大陸に取り上げられた時期で、TV局のクルーがやって来て撮影したと思ったら、少しだけ講義の様子が映っている。いまはユーチューブで見ることが出来る。――さて、本書は2012年10月に出たが、本格的な美術・美術史評論で本文440頁もある。「クレーにおける『分節』概念の成立」「エネルゲイアとしての造形」「コンステレーションとしての造形」「絵画の導きとしてのイデオロギー」「語り手としての画家そして語り手たち」「クレーとベックマンにおける神話的ノーテーション」といった論文が15本収められている。私には読む能力がない。理解できるのは一部にすぎない。ふつう図版が頼りだが、カラー写真を掲載した口絵は4頁しかなく、あとは本文中にモノクロ図版だ。イメージがわかない。見た作品を記憶していないと、本書は読めない。というわけで、読む能力、基礎知識がないにもかかわらず、懸命に、楽しく頁をめくった。まとまった時間がないと、こうはできない。著者は、言うまでもなくパウル・クレー研究の第一人者で、慶応義塾大学名誉教授、現在は中部大学教授だ。著書に『伝統と象徴』『パウル・クレー――絵画のたくらみ』『色彩から見る近代美術』等。パウル・クレー・センター設立以後、クレー研究は飛躍的に発展している。センターの学芸員たちの努力だ。ちょうど2011年、京都と東京で「終わらないアトリエ パウル・クレー展」が開かれたが、あれなど、一時期のクレーの技法で、制作した作品を切り貼りして再構成して、思いがけない表現を創った時期の、その手法をテーマにした玄人好みの展覧会だ。それをセンターの学芸員たちは、玄人を満足させながら、同時に素人もしっかり楽しませる展覧会として構成していた。「芸術とは眼にみえるものを再現するのではなく、眼にみえるようにすることだ」――あまりにも有名なクレーの言葉だが、いまだにある種の謎でもある。本書は、「形態」「色彩」「セミーシス」の3つの柱に、それぞれ5本、合計15本の論文を配して、クレーの造形宇宙の謎を解き明かす意欲的な試みだ。あちこち読み返しながら、少しでも理解できるようになりたいものだ。