Saturday, April 12, 2014
強制とは何か(5)河内謙策さんへの質問
今回は人道に対する罪です。
1998年のゲイ・マクドゥーガル・国連人権委員会差別予防少数者保護小委員会の「戦時性奴隷制特別報告者」の報告書は、日本軍「慰安婦」制度が人道に対する罪にあたると判断しました。VAWW-NET Japan(バウネット ジャパン)編訳『戦時・性暴力をどう裁くか 国連マクドゥーガル報告全訳』(凱旋社、1998年[増補版2000年])参照。
2000年の女性国際戦犯法廷判決も、日本軍「慰安婦」制度が人道に対する罪にあたると判断しました。VAWW-NET Japan編『女性国際戦犯法廷の全記録ⅠⅡ』(緑風出版)――本書は「慰安婦」問題に関する最重要必読文献です。本書を読まずにいいかげんなことを主張している人が多いです。ぜひお読みください。
人道に対する罪の法規定は、時期により、国際文書により、様々に違っていますが、極東国際軍事法廷条例第5条(ハ)は次のように規定しています。
「(ハ)人道ニ対スル罪 即チ、戦前又ハ戦時中為サレタル殺人、殲滅、奴隷的虐使、追放、其ノ他ノ非人道的行為、若ハ犯行地ノ国内法違反タルト否トヲ問ハズ、本裁判所ノ管轄ニ属スル犯罪ノ遂行トシテ又ハ之ニ関連シテ為サレタル政治的又ハ人種的理由ニ基ク迫害行為。」
――なお、(ハ)の原文は(C)で、BC級戦犯という場合のCです。
「慰安婦」について当てはまるのは、「奴隷的虐使」と「非人道的行為」になります。
ただ、日本政府が「奴隷的虐使」と意訳した言葉は現在の訳では「奴隷化すること」です。
日本政府が「追放」と訳している言葉deportationも、ナチスドイツのユダヤ人強制移送を念頭に置いたものであって、本来、「移送」または「連行」と翻訳するのが正しい言葉です。
「奴隷化すること」と「移送・連行」ですから、まさに強制、強制連行の定義に関わります。
強制連行の国際法的解釈については下記を参照してください。ボスニアのクルシュティチ事件判決を紹介してあります。
強制連行は人道に対する罪
http://maeda-akira.blogspot.jp/2012/07/blog-post_19.html
http://maeda-akira.blogspot.jp/2012/07/blog-post_7833.html
人道に対する罪の適用については、1930~40年代に人道に対する罪の禁止が慣習国際法の地位にあったか否かをめぐり議論があり、日本政府はこれを否定しています。たしかに、争いのあるところです。
しかし、日本政府が違法行為をしたかどうかとか、責任があるかどうかとは別に、強制があったかなかったかの判断をする際には重要な基準になることは否定できないはずです。「非人道的行為」「追放」と合わせて、重要な判断基準とすることができます。
河内さんへの質問です。
(1) 人道に対する罪としての奴隷化、追放、非人道的行為が強制の定義に関連することを認めないのでしょうか。
(2) 人道に対する罪の要件にあたらないとする何らかの正当化事由を主張されるのでしょうか。
********************************
<追記>
人道に対する罪については、じつに多くの間違いが語られています。国際法学者でも、じつに疑わしい記述をしています。例えば、次のような誤解です。
(1)「東京裁判で人道に対する罪で裁かれたが、日本はドイツのような人道に対する罪を犯していない」という主張が堂々と語られています。そして、上記後段に対して「いや、日本もひどいことをした」と反論している人がいます。間違いです。「東京裁判で人道に対する罪は明示的に適用されていない」からです。適用されたのは横浜裁判です。
(2)ほとんどすべての国際法学者が「人道に対する罪はニュルンベルク裁判や東京裁判で初めて適用されたから、事後法の適用だという主張がなされている」と書いています。しかし、人道に対する罪が最初に適用されたのは、第一次大戦後のイスタンブール裁判です。初歩の初歩さえ知らない国際法学者が多いです。まして、一般の方は間違いだらけ。この点について、前田朗『人道に対する罪』(青木書店)参照。