Tuesday, April 08, 2014
強制とは何か(1)河内謙策さんへの質問
複数のMLに、弁護士と称してさまざな投稿をしてきた河内謙策さんが、2014年4月7日、「IK改憲重要情報(48)」と題する投稿において、下記の通り「慰安婦」強制はなかった論を唱えています。
「当時慰安婦で強制連行されたという人たちの証言の多くに矛盾や不自然な陳述の変遷があることが明らかになってきたからです。とくに問題の焦点である「強制」の有無について明確な証言がないことは問題です(秦郁彦「慰安婦と戦場の性」新潮新書177頁以下参照)。「強制」がなくても慰安婦の制度自体が問題だから、「強制」にこだわるのはおかしいと言う人もいますが、当時の公娼制度の存在を考えれば、強制が無くても慰安婦が問題だということは感情論といわれても反論の余地がないと思います。」
河内さんは、この投稿で「強制」「強制連行」の定義を示さないまま結論を出しています。結論は、安倍晋三、藤岡信勝等、強制連行否定論者と同じです。断固として嘘をつくと決めている否定論者が述べてきたのは「官憲が家屋に押し入って連れ出した奴隷狩りのような強制連行はなかった」という主張です。
河内さんはこれと同じ主張をしているのでしょうか。それとも別の定義を想定しているのでしょうか。
強制、強制連行について法律家が論じるのであれば、強制の定義を明らかにする必要があります。
国内法では、真っ先に検討するべきは刑法の誘拐罪です。誘拐罪だけではありませんが、以下、誘拐罪に絞って書きます。
(*国際法では、醜業条約、強制労働条約、奴隷条約(奴隷の禁止)、人道に対する罪(強制移送、奴隷化)について議論することになります。)
「慰安婦」強制連行を誘拐罪として処罰した大審院判決が2つあります。大審院は現在の最高裁判所に相当します。刑法226条の国外移送目的誘拐罪と、刑法224条の未成年者誘拐罪の事案です。
当時の日本刑法は次のように規定していました。
刑法226条 帝国外ニ移送スル目的ヲ以テ人ヲ略取又ハ誘拐シタル者ハ二年以上ノ有期懲役ニ処ス帝国外ニ移送スル目的ヲ以テ人ヲ売買シ又ハ被拐取者若クハ被売者ヲ帝国外ニ移送シタル者亦同シ
この条文は1995年改正で次のように改められました。
刑法226条 日本国外に移送する目的で、人を略取し、又は誘拐した者は、二年以上の有期懲役に処する。日本国外に移送する目的で人を売買し、又は略取され、誘拐され、若しくは売買された者を日本国外に移送した者も、前項と同様とする。
つまり、国外移送目的誘拐罪には4つの行為類型があります。
① 国外移送目的+略取
② 国外移送目的+誘拐
③ 国外移送目的+売買
④ 拐取者・被売者の国外移送
問題となるのは、誘拐と売買です。
「誘拐罪における『欺罔』とは、虚偽の事実をもって相手方を錯誤に陥れることをいい、『誘惑』とは、欺罔の程度に至らないが、甘言をもって相手方を動かし、その判断を誤らせることをいうとするのが多数説である」(『大刑法コンメンタール刑法八巻』六〇三頁)。
「慰安婦」連行の中には、「**で働けば儲かる」といった甘言を用いてだまして連行した事案が知られています。また、未成年者を人身売買の上で国外に連れ出した事例が多いと言われています。誘拐や売買という形態での略取誘拐罪です。
2つの判決――長崎事件と静岡事件――について詳しくは下記を参照(学部学生が勉強する刑法教科書にも註記されています。私は大学1年の時に団藤重光の刑法綱要各論で知りました)。
(1)長崎事件
「慰安婦」強制連行は誘拐罪
http://maeda-akira.blogspot.jp/2012/07/blog-post_15.html
前田朗「国外移送目的誘拐罪の共同正犯」(『季刊戦争責任研究』19号、1998年[同『戦争犯罪論』青木書店、2000年所収])
(2)静岡事件
慰安婦強制連行の犯罪(静岡事件・大審院判決)
http://maeda-akira.blogspot.jp/2012/08/blog-post_31.html
前田朗「『慰安婦』誘拐犯罪――静岡事件判決」(バウラック『「慰安婦」バッシングを越えて ―「河野談話」と日本の責任』(大月書店、2013年)
河内さんへの質問です。
(1) 強制をどのように定義しているのでしょうか。刑法226条は無視されるのでしょうか。
(2) 誘拐は強制ではないと解釈するのでしょうか。
(3) 人身売買は当時は仕方なかったと正当化されるのでしょうか。
(4) 未成年者誘拐罪の規定をどうお考えでしょうか。