Thursday, February 26, 2015

大阪市ヘイト・スピーチ審議会答申を読む(1)

1 答申に至る経緯

2015年2月25日、大阪市のヘイト・スピーチ審議会答申が公表された。

その経緯は、2014年9月3日、橋下徹大阪市長が大阪市人権尊重の社会づくり条例第5条第1項に基づいて、「『憎悪表現(ヘイト・スピーチ)』に対する大阪市としてとるべき方策」について、大阪市人権施策推進審議会(会長・坂元茂樹)に諮問したことに始まる。

同年10月3日、同審議室の下に置かれた「『憎悪表現(ヘイト・スピーチ)』に対する大阪市としてとるべき方策検討部会(部会長・川崎裕子)」(以下「検討部会」)が第1回の審議を行い、その過程で、2014年12月19日に、同審議室の審議もなされ、全体方針が了解のうえで、2015年1月16日、第6回検討部会において報告(案)として、「『ヘイト・スピーチに対する大阪市としてとるべき方策について』の大阪市としてつるべき方策検討部会報告(案)」がまとめられた。

続いて、2月10日、大阪市人権施策推進審議会で答申がまとめられ、2月25日、「ヘイト・スピーチに対する大阪市としてとるべき方策について(答申)」(大阪市人権施策推進審議会(平成27(2015)年2月)、会長・川崎裕子)が大阪市長に提出された。

*答申は「ヘイトスピーチ」としているが、以下「ヘイト・スピーチ」という表記に統一する。


2 答申の構成

答申は次のような3部構成である。
Ⅰ 基本的な考え方
Ⅱ ヘイト・スピーチに対してとるべき措置の内容
Ⅲ 措置をとるにあたっての手続き

「検討部会報告」を受けてまとめられた答申であるが、記載内容を見ると、検討部会報告を基本的に引き継いでいるものの、一部において異なる点、一歩踏み込んだと読める点がある。
例えば、アジア・太平洋人権情報センターのウェブサイトに掲載されたコメントでは、「審議会の検討部会が116日にまとめた答申(案)では『ヘイトスピーチを理由として公の施設の利用を制限することは困難』であると市の施設の利用制限を見送っていたが、答申では『現行条例(各施設の管理条例)の利用制限事由に該当することが明らかに予見される場合は利用を制限することもあり得る』と追記」という指摘がなされている。

 以下では、こうした指摘をも踏まえながら、答申について、日本国憲法や国際人権法の観点で評価を加えることにするが、検討部会報告と答申の異同もこの観点と関連すると思われる。


***********************************

*検討部会報告の特徴

1 検討部会報告「はじめに」

2015年1月の検討部会報告では、冒頭に「はじめに」が置かれていたが、答申では削除されている。「はじめに」の内容が否定された趣旨ではなく、本文に盛り込まれたと理解することも可能であるが、検討部会報告と答申の「温度差」を反映しているとも読める。そこで、検討部会報告「はじめに」の内容を確認しておこう。答申の内容の検討は次回から始める。

検討部会報告「はじめに」は3つの段落から成る。
(1)第1段落は、ヘイト・スピーチについて「政府や国家においても法律の制定尾含めた様々な観点から検討が進められている」が、「基礎的自治体である大阪市としてとるべき具体的な方策について、憲法で保障されている『表現の自由』との整合性や行政が行い得る措置等に関わる憲法、行政法等の観点も含め」、「専門的な検討を進めた」という。
(2)第2段落では、検討に際して、大阪市人権尊重の社会づくり条例を踏まえ、「人種差別撤廃条約第4条(a)項・(b)項を政府が留保している状況」、「最高裁判所などヘイト・スピーチをめぐる諸般の状況」も踏まえたことが記されている。
(3)第3段落では、諮問事項に記載された「憎悪表現」という表現は「ヘイト・スピーチの正式な日本語訳ではなく、ヘイト・スピーチと言う表記がすでに一般化している」として、「ヘイト・スピーチ」という表記を採用すると断っている。

2 若干の感想

(1)検討部会報告「はじめに」はA4判の3分の2ほど、500字程度の文章であり、特段の記述がなされているわけではない。第1段落は、諮問を受けて、どのような姿勢で審議したかの経過説明である。第2段落は、審議の前提となる法令を確認している。第3段落は、用語の確認である。しかし、ここにも検討部会報告の特徴はすでに表れている。
(2)第1段落に「表現の自由」が登場しているのは、その最大の特徴と言えよう。日本の議論では「ヘイト・スピーチと言えば表現の自由」であり、「ヘイト・スピーチの規制か、表現の自由の保障か」という奇怪な二者択一が提示されてきた。まともな議論にならない理由の一つである。国際人権の舞台では「ヘイト・スピーチの規制と表現の自由は矛盾しない」ことが常に指摘されているが、日本では根拠を示すことなく「矛盾する」と決めつけてきた。検討部会報告も同じ姿勢を冒頭に表明しているといえよう。そして、「表現の自由」以外の憲法上の自由と権利には具体的に言及しない。このことの持つ意味は、本論を見ることで明らかになるだろう。この点は答申にどのように引き継がれているであろうか。

(3)もう一つの大きな特徴は、第2段落において「人種差別撤廃条約第4条(a)項・(b)項を政府が留保している状況」と指摘している点である。これは事実を述べたものであって、特に異とするに足りないように思われるかもしれないが、そうではない。第1に、政府が人種差別撤廃条約を批准したこと。第2に、人種差別撤廃条約第1条、第2条、第7条など、関連する重要な条項があり、それらを留保していないこと。第3に、日本政府は「人種差別撤廃条約第4条(a)項・(b)項」を留保しているが、第4条柱書(本文)及び第4条(c)項を留保していないこと。これらのことが持つ意味を十分検討する必要があるが、検討部会報告はその必要性を感じていないようである。この点も、本論を見ていくことで明らかになるだろう。この点は答申にどのように引き継がれているであろうか。