塚田哲之「表現の自由とヘイト・スピーチ」『人権と部落問題』867号(2015年)
塚田論文は私の「ヘイト・スピーチ処罰は表現の自由を守るために」と並べて掲載されている。私は「表現の自由を守るためにヘイト・スピーチを処罰する」と言う持論を述べた。塚田論文は逆に「表現の自由が大切だからヘイト・スピーチ処罰は困難」と言う主張が「憲法学」であると断定している。塚田は憲法学者で、神戸学院大学教授だという。
塚田の言う「憲法学」の立場の説明は手際よくまとめられているのでわかりやすい。二重の基準論、内容規制の禁止、対抗言論、思想の自由市場など周知のテーマをコンパクトに提示している。塚田の「憲法学」の批判的検討は重要であり、今後、検討したい。
塚田論文にはおよそ理解しがたい記述が少なくない。時間の余裕がないので、ここでは1つだけ指摘しておきたい。
塚田は、人種差別撤廃条約4条を基に、ヘイト・スピーチの主な類型を3つ提示している。
①
人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布
②
人種差別・暴力行為の煽動等
③
集団を対象とする名誉毀損・侮辱・誹謗
そして、塚田は次のように述べる。
「①の類型については、表現の自由との緊張関係から実際に規制する例は多くないようであり、諸外国で現実に立法・適用例がみられるのは②と③の類型である。」(17頁)
さて、①の類型について見てみよう。
第1に、2008年から2012年にかけて、国連人権高等弁務官事務所が主催してヘイト・スピーチに関する連続国際セミナーが行われた。その記録は現在の国際動向を知るための最重要文献であるが、その中の一つ、ルイ=レオン・クリスチャン(ルーヴァン・カソリック大学教授)論文によると、特定の人種の劣等性又は優越性に関する人種主義者の言明は処罰される。ある国民や宗教の劣等性・優越性の唱道を処罰するのは、欧州ではアゼルバイジャン、クロアチア、デンマーク、リヒテンシュタイン、ポーランド、ロシア、スロヴェニア、スイスの8カ国である。このことは既に日本に紹介されている。
第2に、より具体的に紹介された例を12カ国、見てみよう。
(1)モルドヴァ 過激活動と闘う法律の射程範囲には、人種、国籍、民族的出身、言語、宗教、性別、意見、政治姿勢、財産又は社会的出身に依拠した市民の排除、優越性、劣等性の促進が含まれる。
(2)ロシア 二〇〇二年の連邦法第114-FZ第1条には、宗教に対する姿勢、又は社会的人種的民族的宗教的言語的理由に基づいて、市民を排除し、又は優越性・劣等性を唱道することが含まれている。
(3)エチオピア 一九九二年の「プレスの自由宣言」第10条第二項(b)は、民族的又は人種的優越性や劣等性に基づく非難、人種的ステレオタイプや憎悪について一年以上三年以下の刑事施設収容、又は一万以上五万ビル以下の罰金とする。
(4)カンボジア 人種差別撤廃委員会への政府報告書によると、すべての形態の差別は刑法に違反し、すべての煽動(優越性思想、憎悪、暴力の教示、皮膚の色や出身についての差別の煽動)は犯罪である
(5)カザフスタン 人種的国民的優越性の宣伝・煽動については、憲法第20条第三項が差別を煽動する結社を禁止する。
(6)モロッコ 二〇〇二年七月二三日の結社法によると、差別の違法化は人種差別だけではなくすべての現象の差別――差別、差別の煽動、又は人種的優越性の考えに基づく政治組織の設立にあてはまる。
(7)ルーマニア ファシズム・シンボル法によると、ファシスト、人種主義者、外国人嫌悪の組織とは三人以上によって形成された集団で、一時的であれ恒常的であれファシスト、人種主義者、外国人嫌悪のイデオロギー、思想又は主義、民族的、人種的、宗教的に動機付けられた憎悪と暴力、ある人種の優越性や他の人種の劣等性、反セミティズム、外国人嫌悪の煽動、憲法秩序又は民主的制度を変更するための暴力の使用、過激なナショナリズムを促進するものである。
(8)アルメニア 刑法第226条によると国民、人種又は宗教的憎悪や敵意の煽動、人種的優位性の表明、もしくは国民の尊厳を侮辱することを目的とした行為は犯罪とされ、最低賃金の二百以上五百倍以下の罰金、又は二年以下の矯正労働、又は二年以上四年以下の刑事施設収容に処する。
(9)セルビア 刑法第387条は人種、皮膚の色、国籍、民族、その他の人的特徴に基づいて国際法上普遍的に承認された基本的権利を侵害した者は六月以上五年以下の刑事施設収容とする。ある人種の優越性観念を宣伝、人種的不寛容を宣伝又は人種差別を煽動した場合、三月以上三年以下の刑事施設収容とする。
(10)フィジー 人種差別撤廃委員会への政府報告書は、政府は人種差別の撤廃と、人種的優越性の主張や憎悪に基づく観念の流布に反対しているという。
(11)韓国 政府報告書によると、人種的優越性に基づく広告は刑法第307条の中傷、又は刑法第311条の侮辱の罪で処罰される。
(12)セネガル 刑法第256条bis 「次の者には、刑法第五六条と同じ刑罰(一月以上二年以下の刑事施設収容及び二五万以上三〇万フラン以下の罰金)を課す。人種的優越性を主張し、人種的優越性又は人種的憎悪の感情を喚起し、もしくは人種、民族又は宗教的差別を煽動する目的で、物又は映像、印刷物、文書、演説、ポスター、彫刻、絵画、写真、フィルム又はスライド、写真カタログ、その複製、又は記章を、無料であれ私的であれ、いかなる形態であれ、直接であれ間接であれ、投函し、展示又は企画し、利用できるようにした者、もしくはいかなる方法であれ、配布し、又は配布のために作出した者。」
塚田は「①の類型については、表現の自由との緊張関係から実際に規制する例は多くないようであ」ると言うが、以上の12カ国の例について自分で確認したのだろうか。ルイ=レオン・クリスチャンが指摘する8カ国についてはどうか。ロシアが重複するので、少なくとも19カ国に及ぶのだが。
これまでの先行研究を一切無視して、根拠不明の情報を振り回しても、まともな議論にならない。塚田は果たして責任ある言論をしているのだろうか。