Sunday, January 03, 2016

初めて提唱された脱原発憲法学

澤野義一『脱原発と平和の憲法学』(法律文化社)

『非武装中立と平和保障』、『永世中立と非武装平和憲法』、『入門平和をめざす無防備地域宣言』、『平和主義と改憲論議』、『平和憲法と永世中立』など、平和主義や永世中立に関する歴史的かつ原理的研究の先頭を走ってきた著者の最新刊である。
著者は、近現代における平和主義と永世中立の歴史的展開を解明するとともに、日本国憲法の平和主義の特質と歴史的意義を世界史的文脈で問い返し、そうした理論研究の蓄積を基に現代日本の改憲動向を批判的に検証してきた。
本書第Ⅱ部「憲法9条が示す平和と安全保障」では、9条の射程を永世中立との関連で測定し、集団的自衛権論を批判する。第Ⅲ部「日本の安全保障政策と改憲論」では、民主党政権期、及び安倍政権期における安全保障政策の変遷と相互関係を検討する。これらは著者の従来の研究の直接延長上にある。
他方、第Ⅰ部「原発に関する憲法・人権論」は、初めての脱原発憲法学の本格的展開である。著者は、これまでの憲法学において原発問題が正面から論じられることがなかったことを確認し、その理由を探りつつ、先駆的な議論として田畑忍、小林直樹、浦田賢治、山内敏弘らの見解を整理する。その上で、日本国憲法の基本原理と精神に従った脱原発の憲法解釈論の可能性を模索する。原発が孕む様々の人権侵害を検証し、幸福追求権、恐怖と欠乏からの自由、平和的生存権、平等原則に照らして原発の憲法論を提示する。さらに、原発=「核潜在力」論、日米同盟の一環としての原発政策に着目し、コスタリカ憲法裁判所による原発違憲判決をも参考に、原発違憲論を提示する。そして、国内的には、各種の原発訴訟への影響、自治体における脱原発宣言や条例の可能性(無防備地域条例を含む)、原発禁止法、日米安保破棄を展望する。
著者はここでも、単に日本国憲法の条文解釈だけを唱えるのではなく、憲法原則の歴史的考察、比較法的考察を踏まえて、日本国憲法の特質を際立たせると同時に、発展的創造的解釈の可能性を提示する。憲法9条に関する従来の憲法学は歴史的考察を踏まえてきたとはいえ、発展する世界の憲法の比較法的考察を軽視しがちであり、憲法9条のオリジナリティにばかり注目してきた。しかし、著者が示してきたように、歴史の中の9条の位置づけは時代とともに変化してきた。現在の世界には、戦争放棄憲法もあれば、平和的生存権規定もあれば、国連平和への権利宣言を求める動きもある。そうした展開を踏まえながら、憲法9条の射程をより明確にしていこうとする澤野平和憲法学は、脱原発憲法学をも必須の課題とする。

脱原発の憲法理論の提唱には、「原発を問う民衆法廷」運動への協力(法廷証言)というプロセスもあった。原発民衆法廷にかかわった私は、著者の脱原発の憲法理論の形成過程をまじかに見る幸運に恵まれた。