1.
言う方も言う方だが
中国政府が国連で日本のことを「盗人」と呼んだことが話題になった。尖閣諸島問題のために、中国は7回も「盗人」と連発したという。「日本が尖閣諸島を盗んだ」と1回述べるのなら、まだわかるが、さすがに「盗人」7回はいただけない。国連という公式外交の場のマナーに反する。ルール違反だろう。
もっと驚いたのは、日本政府が黙って聞いていたという話だ。信じがたい話だ。当然、直ちに議長に抗議するべきである。「政府を侮辱するのは、国連の場にふさわしい発言とは言えない」と言うべきである。ところが、ニヤニヤ笑って、黙っていたらしい。
さらに驚いたのは、日本マスコミの報道である。各紙は、盗人発言で中国が国際的な評価を落とした、と伝えた。それはそうだろう。しかし、言った中国も評価を落としたが、黙って聞いていた日本はどうなのか。もともと日本はこれ以上落ちようがないから落ちなかったというのだろうか。
直ちに思い出したのは、国連人権委員会での2つの出来事だ。
2.朝鮮政府の正式名称を呼べ
1997年か98年か、正確なことは覚えていないが、2000年よりは前だったように思う。当時、国連人権委員会は毎年3月前後に6週間開催されていた。1995年以後の人権委員会にはすべて参加した(全日程ではないが、毎会期におおむね4週間ほど参加した)。その中での出来事だ。
当時、人権委員会では、朝鮮政府が毎年のように日本軍「慰安婦」問題を取り上げて、日本政府に解決を求めていた。ある時、日本大使が反論をした。その中で「北朝鮮North Korea」と連発した。そのやりとりをおおむね再現する(私の記憶だけに基づいているが、実に鮮明な記憶なので、全体の流れは間違いないと思う)。
日本――北朝鮮North Koreaが「慰安婦」問題について発言したが・・・
朝鮮――ポイント・オブ・オーダー。
議長――(日本政府のマイクをオフ、朝鮮政府のマイクをオンにして)朝鮮政府DPRKどうぞ。
朝鮮――国連に登録しているわが国の正式名称で呼ぶように要請する。
議長――各国は、国連で用いられる適切な表現を用いるように要請する。
日本――議長ありがとうございます。了解しました。(演説を続けて)・・・この点で日本としては北朝鮮に反論したい・・・
朝鮮――ポイント・オブ・オーダー。
議長――(日本のマイクをオフ、朝鮮のマイクをオンにして)朝鮮政府DPRKどうぞ。
朝鮮――我が国の名称は国連に正式に登録しているように朝鮮民主主義人民共和国DPRKである。国連に登録している正式名称で呼ぶように要請する。
議長――各国は、他国を呼ぶ際には国連にふさわしい呼称を用いるように要請する。
日本――議長ありがとうございます。さて、我が国といたしましては、村山首相のおわび等によりまして・・・・そこで北朝鮮と・・・
各国政府――(机をたたきながら、呆れて)大笑い。爆笑。爆笑。
朝鮮――ポイント・オブ・オーダー。
議長――朝鮮政府DPRKが言いたいことはわかります。私から述べます。各国は、国連にふさわしい呼称を用いるよう重ねて要請します。
以上が実際にあった出来事だ。
日本大使は事前に用意した演説原稿を棒読みしていた。だから、North Koreaと出てくる個所をDPRKと読み替えればいいのだが、それすらできないで、大恥をかいたのである。果てしのない馬鹿としか言いようがない。
3.ギャングスター事件
これも1998年か、99年の国連人権委員会での出来事である。
「市民的政治的権利」の議題だったと思うが、ニカラグア政府がキューバ批判を行った。当時、ニカラグアはアメリカのいいなりと言ってよい状態だった。アメリカはよくキューバ叩きをしていたが、ニカラグアもキューバ批判をした。主な内容は、キューバの監獄における生活水準が劣悪だというものだった。
これに対して、キューバが反論権を行使した。キューバの監獄においては人権を尊重していると述べ、アメリカの制裁によって苦しい食糧事情のもとでキューバは人民の生活を維持していると述べ、その後に、ニカラグア批判をした。かつて、キューバはニカラグアに無償で医師や教師を派遣するなど、医療や教育の支援を行ったのに、今になってこのような批判をするのは恩知らずである。このようなやり口は「ギャングスター」と言われても仕方がない、と述べていた。(キューバはスペイン語で演説していた。私は英語の通訳で聞いていたので、gangsterには驚いた)
その瞬間、バンッという大きな音が会場に響き渡った。
人権委員会は、ジュネーヴの国連欧州本部新館の大会議室で開催されていた。1000人くらい収容できる会議室で、約190カ国の政府の席がある(今なら193カ国)。一つの政府に椅子は4つある。その他に国連機関、NGO、プレス、事務局の席もある。人権委員会だとふだんは4~500人くらいがいたと思う。
その会場にバンという凄い音だ。私が座っていた席は後ろの方だが、床は緩やかな斜面になっていて、前の方が低くなっているので、よく見える。ABC順なので、中央あたりでニカラグア政府が立ち上がっていた。
ニカラグア――ポイント・オブ・オーダー。
議長――(キューバのマイクをオフ、ニカラグアのマイクをオンにして)ニカラグアどうぞ。
ニカラグア――(静かに、というか、ドスの聞いた声で)ギャングスターなどという言葉は政府代表を侮辱するもので許されるべきではない。(僅か一言)
議長――各国は、国連にふさわしい表現を用いるように要請する。キューバ政府の表現は一部記録から削除する。
キューバ――議長ありがとうございます。了解しました。(以下、次の演説を続けたが、穏やかな表現を用いた)
この時はキューバがやり過ぎたのだ。アメリカによるキューバ叩きが続いているので、懸命に反論しなければならないのに、ニカラグアがアメリカの提灯持ちになったため、つい「ギャングスター」と言ってしまったのだろう。
その翌日か翌々日だったと思う。「市民的政治的権利」に続いて、「女性に対する暴力」の議題に入った。
「女性に対する暴力」の議題では、毎年、必ず朝鮮政府といくつかのNGOが日本軍「慰安婦」問題を取り上げていた。そして、朝鮮政府の発言で、この時、日本をはっきりと「ギャングスター」と呼んだ。さすがの私もギクリとした。朝鮮政府の公使か書記官だったと思うが、英語で発言していた。在ベルンの朝鮮政府大使はフランス語が堪能で必ずフランス語で演説する。この時は英語だったので、公使か書記官だったと思う。発言直後に演説原稿をもらったが、やはりgangsterと書いてあった。キューバとニカラグアの件があったので、あえて入れたのだろう。
その時、日本政府代表の席には2人の男性外交官が座っていたと思うが、2人とも、机を叩くことも、ポイント・オブ・オーダーと叫ぶこともなく、ただひたすら俯いていた。メモでもとっていたのだろうか。
翌日発行された国連のプレスリリースを見たが、ギャングスターという言葉はなく、もちろん、日本が抗議したという記録もなかった。
国連の場で、盗人と呼ばれても、ギャングスターと呼ばれても、ニヤニヤ笑っている国、われらがニッポン。