Sunday, March 03, 2013
ティチーノ美術を満喫
3日間、観光でルガーノに行ってきた。スイス東南部のティチーノ地方は南がイタリアで、言葉がイタリア語圏だ。ルガーノ旧市街中心のケーブル駅すぐ近くのホテルだったので、旧市街、ルガーノ湖畔を何度も歩いた。
お目当ての州立美術館では、地元作家のインスタレーションだったが、絵画、立体、音響、映像をフルに活用しているものの、学生の卒業制作にときどき見かけるパターンで、完成度もさほど高くなかったのが残念。湖畔の公園には地元彫刻家の作品が多数設置されていた。古典的なマリア像もあれば、抽象的な幾何学立像もあれば、ミロの絵画を彫刻表現に変容させたような作品もあった。ヴィンツェンツォ・ヴェラはとくに有名な19世紀の彫刻家で、市民公園入口には「ウィリアム・テル像」が置かれていた。
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ルガーノ州立美術館(ティチーノ州)
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ティチーノ州がスイス連邦に加盟した150周年の1953年に、州の事業として美術館建設が決まり、州、市町村、財団、作家、地元の収集家などの協力によって準備が進められ、多数の寄贈品によって1987年に開設された美術館なので、比較的新しい。所蔵品は、第1に、地元ティチーノの作家の作品(ティチーノ出身、及び他の出身でティチーノに居住した作家たち)、第2に、西欧の近現代美術、である。
地元ティチーノの作家としては、まず、ジョヴァンニ・バティスタ・ディチェポリ、ジュゼッペ・アントニオ・ペトリニ、ジョヴァンニ・セロディネ。近代では、クリスチャン・ロルフス、ヘルマン・シュテンナー、コンラド・フェリックスミュラー、アドルフ・ヂートリヒ、アメデー・オゼンファントなどだ。
作品で目を惹くのは、ジョヴァンニ・アントニオ・ヴァノニの『預言者エゼキエル』、ヴェラの彫刻『スパルタカス』、ファウスト・アグネリの『象徴主義のテーマ』、ジョレンスキーの『原初の形態』、オットー・ネーベル『アスコナ、湖畔』、フリッツ・グラーナーの『トンド第3』といったところか。
州立美術館には、ピサロ、ドガ、ルノアール、クレー、ヴェレフキン、メレト・オッペンハイマー、サルトリ、クーノ・アーミエ、ホドラーなども若干所蔵されている。その他、20世紀の地元画家の作品も多い。
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ジョヴァンニ・アントニオ・ヴァノニ(1810~1886年)はマッジア渓谷出身で、19世紀ティチーノの装飾画家の代表である。寓話的な人物画を得意とし、紋章、祈願画も描いた。ロマン主義の影響がないわけではないが、基本的には大衆的な画風で、さまざまなスタイルをこなした。欧州各地を旅して画家と交流したのち、ティチーノに戻って、アントニオ・シセリや地元の画家たちと出会った。『預言者エゼキエル』は、天上のエゼキエルと地上のエゼキエルの対話を主題としつつ、地上のエゼキエルの足元には骸骨が横たわる。一見すると滑稽な表情をしているように見えるが、暗い背景にはえんえんと骸骨と墓地が描かれている。天上のエゼキエルは白雲の上、光に包まれて、地上の現実に何やらお祓いでもしているのだろうか。
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ファウスト・アグネリ(1879~1944年)は、ブレラ・アカデミー出身で、最初は表現主義の影響を受けて風景画を手掛けていたが、やがて独自のイマジネーションでのカーニヴァルの世界を構築していった。戦間期の自由を満喫したデカダンスの影響もあり、理想主義的スタイルを採用したが、後にティチーノの風景を描くようになった。丘、山々、渓谷を基本要素に還元し、形態を単純化していった。『象徴主義のテーマ』は、作画年が不明だが、カーニヴァル世界を描いた時期のものだ。中央にハープを持った女性が立って演奏している。その周囲に7羽のクジャクが集まって音楽に聞き入っている。女性の衣装もクジャクの羽模様なので、全体がクジャクの羽に覆われている。クジャクの羽と画面両脇の花によって画面が構成されている。もう2人の人物がいて、一人はハープを弾き、もう1人は椅子に座って音楽を聴いているが、ともに背景に埋もれそうな描き方である。この時期、動物や花をモチーフにすることが多かったという。メランコリーな雰囲気に満ちた、同時にリズムと音楽が基調をなしている。
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オットー・ネーベル(1892~1973年)はベルリン出身だが、アスコナに長期滞在して活躍した。1927年に夫婦でティチーノ旅行をしたのち、1928年以来、ロソーネに購入した家に数か月滞在した。アスコナでマリアンヌ・フォン・ヴェレフキンとあって美術学校設立の相談をしたが実現しなかったという。ネーベルは独学の画家だが、バウハウス、特にクレーやカンディンスキーと交流し、フランツ・マルク、シャガールの影響を受けた。当時のバウハウスでは音楽、詩、絵画の類比をめぐる論争が行われていたが、ネーベルはそれに強い関心を持っていた。『アスコナ、湖畔』(1928年)は、今でもリゾート地として知られるアスコナの湖岸を描いたものだ。画面は木製と思しき柱と壁、そして湖岸の築堤によって分割されている。左下の長方形に中に、ボート、海水浴や日光浴の客を単純化した形態で描いている。湖岸以外は、直線と円(築堤の上の木、水着姿の人物の麦わら帽子、ビーチボール)で構成されている。ネーベルの抽象画のコンセプトがよくわかる作品だ。
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Sassarei, Merlot 2011, Lugano-Pazzalo, Ticino.