Friday, June 21, 2013

ヘイト・スピーチ処罰は世界の常識である(2)

国連人権高等弁務官は、2008年に「表現の自由と宗教的憎悪煽動」に関連して、国際自由権規約(市民的政治的権利に関する国際規約)第19条(表現の自由)と第20条(憎悪唱道の禁止)の関係を検討する専門家セミナーを開催した。国連人権高等弁務官は、2011年~12年に、この問題の検討を深めるためにさらに一連のセミナーを開催した。                                                                            ウィーン(二〇一一年二月九~一〇日)                                                              ナイロビ(二〇一一年四月六~七日)                                                                        バンコク(二〇一一年七月六~七日)                                                                           サンティアゴ(二〇一一年一〇月一二~一三日)                                                                             ラバト(二〇一二年一〇月四~五日                                                                                     2008年10月2~3日に開催された専門家セミナーの正式名称は「市民的政治的権利に関する国際規約第19条と第20条の関係――表現の自由と、差別、敵意、暴力の煽動に当たる宗教的憎悪の唱道の関係に関する専門家セミナー」である。主催者は国連人権高等弁務官事務所、会場はジュネーヴの国連欧州本部である。公開セミナーであり、参加者は専門家のほかに、国連加盟国代表、国際諸機関代表、NGOなどである。セミナーの記録は、人権高等弁務官事務所報告書(A/HRC/10/31/Add.3)としてまとめられ、国連人権理事会第10会期に提出された。                                                                                専門家として招待されたのは、アブデルファタ・アモル(自由権規約委員会委員)、アグネス・カラマード(人権NGOの「第一九条」事務局長、元アムネスティ・インターナショナル事務局)、ドゥドゥ・ディエン(人権理事会の元・人種主義人種差別特別報告者)、モハメド・サイード・エルタエフ(弁護士、人権研究者、カタール外務省人権顧問)、ナジラ・ガネア(宗教と人権国際ジャーナル編集長、オクスフォード大学講師)、アスマ・ジャハンギル(人権理事会の宗教の自由特別報告者、国際法律家委員会委員)、フランク・ラ・リュ(人権理事会の表現の自由特別報告者)、ナタン・レルナー(テル・アヴィヴ大学教授)、パトリス・マイヤー・ビシュ(フリブール大学倫理人権研究所所長)、ヴィチット・ムンターボーン(人権理事会の朝鮮に関する特別報告者、チュラロンコン大学教授)、モーゲンス・シュミット(ユネスコ表現の自由部局事務局次長)、パトリック・ソーンベリ(人種差別撤廃委員会委員、キール大学教授)である。                                                                                            二日間のセミナーは、次の四つのテーマに分けられた。                                                                                      (一)国際法の枠組み、自由権規約第19条と第20条の相互関連、国家の義務。                                                                                   (二)表現の自由の制約の限界――基準と適用。                                                                                   (三)差別、敵意、暴力の煽動に当たる宗教的憎悪の唱道の観念の分析。                                                                              (四)その他の「煽動」の諸形態の類比。                                                                                     論題の中心となっている国際自由権規約の条文は次の2つである。                                                                                <第19条 1 すべての者は、干渉されることなく意見を持つ権利を有する。                                                                            2 すべての者は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。                                                                              3 2の権利の行使には、特別の義務及び責任を伴う。したがって、この権利の行使については、一定の制限を課すことができる。ただし、その制限は、法律によって定められ、かつ、次の目的のために必要とされるものに限る。                                                                         (a) 他の者の権利又は信用の尊重                                                                                           (b) 国の安全、公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護 >                                                                                <第20条 1 戦争のためのいかなる宣伝も、法律で禁止する。                                                                                      2 差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道は、法律で禁止する。 >                                                                                                           (一)「国際法の枠組み、自由権規約第19条と第20条の相互関連、国家の義務」では、フランク・ラ・リュ、アグネス・カラマード、ナジラ・ガネアが基調報告をした。                                                                           ラ・リュは、世界人権宣言や国際自由権規約について概説した上で、表現の自由を権威主義体制や独裁と闘うための主要なメカニズムであると位置づける。すべての人権には責任が伴うが、表現の自由を制約するには、制約が法律に根拠を有すること、他人の権利や公の秩序の保護のためであること、人種主義や人種差別に基づく暴力の唱道は禁止するべきことを確認する。憎悪表現がいかなるものであるか明確に定義されなければならい。ヘイト・スピーチの定義においては、煽動が個人や集団に直接結びつけられる必要がある。国家のシンボルや主観的価値への批判がヘイト・スピーチとされてはならない。                                                                                                                         カラマードは、憎悪やヘイト・スピーチと闘う際の法と犯罪化の役割について論じた。第二次大戦後、非差別が重要な課題となった。表現の自由が国際人権法において中心的役割を担ったのは、意見、表現、良心に対する完全な支配が、ジェノサイドのような人道の重大悲劇につながったという認識ゆえである。第19条の権利は基本的だが、絶対的権利ではない。言論に対する制約は、第一に法律によらなければならず、第二に正当な目的に従うべきであり、第三にその目的のために必要であり、均衡がとれていなければならない。カラマードは、第20条の制約は義務的であり、憎悪の煽動からの保護は国家の義務であるとしつつ、各国の事情に応じてさまざまな解釈の余地があると言う。ヘイト・スピーチの犯罪化は手段の一つである。規制を強化すれば保護が強化され、平等が実現するという証拠はない。マイノリティはメインストリーム・メディアから排除され、沈黙を余儀なくされるので、マイノリティのメディアが重要であるという。                                                                                                 ガネアは、国際法の枠組みを論じるために、国際機関や国内機関による解釈の実例を取り上げる。例えば、第20条2項の「唱道」は、プライヴェート・スピーチが処罰されてはならないという意味である。スピーチが制約されるのは、差別、敵意、暴力の煽動というレベルに達した場合である。ガネアは次のように述べる。(1)表現の自由の制約に関する議論は、自由権規約の下での全ての義務から切り離すことができない。(2)ランダムな暴力行為がなされたことは、表現の自由を制約することを正当化し得ない。(3)憎悪によって暴力を煽動する場合、より幅の広い侵害を意味している。(4)第20条は、制裁について注意深い検討を要する。(5)制裁以外にも国内でその他の措置がなされる必要がある。