Monday, March 19, 2018

部落解放運動の歴史を踏まえ、人権運動の未来へ(1)


谷元 昭信『冬枯れの光景 部落解放運動への黙示的考察(上)』(解放出版社、2017年)


目次

はじめに 〈冬枯れの光景〉によせて

第一部 部落差別の実相と現況への考察(部落差別実態認識論)

 第一章…自己史にみる部落差別の実相

 第二章…部落差別の実態変化と解消過程に関する認識

 第三章…部落差別を生み出し温存・助長する社会的背景への考察 


第二部●部落解放運動の歴史と現状への考察〔部落解放運動論〕

 第一章 部落解放運動の史的展開とその特徴

 第二章…新たな部落解放運動への転機と模索

 第三章…部落解放運動の光と影―取捨選択への決断 


閑話休題〔忘れえぬ人と出来事〕●

 第一章…連立政権下での「基本法」制定運動と激闘の二年間

 第二章…上杉佐一郎委員長―その思想と行動


著者は、大学時代に部落解放運動に参画し、部落解放研究所、解放出版社を経て、部落解放同盟中央本部に勤務し、部落解放同盟中央本部事務次長、事務局長部落解放同盟中央執行委員を経て、1994年、部落解放同盟中央書記次長に就任した。1996年、上記役職をいったん辞任して、部落解放同盟西成支部副支部長やヒューマンライツ教育財団理事に就任。2000年、部落解放同盟中央執行委員に再就任。、2002年、部落解放同盟中央書記次長に再就任。2012年に部落解放同盟関係役員を退任した。この間、国際的な人権NGOの反対差別国際運動の役員も兼ね、2002年には反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)事務局次長に就任した。現在、大阪市立大学や関西学院大学で非常勤講師をしている。生涯を部落解放運動に捧げてきた活動家である。


タイトルの「冬枯れ」について、はしがきに次のように述べている。

< 「冬枯れ」ということばは、色も臭いもなく寒風にさらされる黄土色以外に何もない寂寥感ただよう風景を連想させる。だが、美しいのである。限りない魅力を秘めた美しさがある。実りの饗宴の時期も過ぎ去り、華やかで鮮やかな色彩も失せ、一切の虚飾が剥ぎ取られた単色の光景が広がる。

 肉眼に映るこの単色の光景は、一見寂漠とした荒涼感が漂うように見えているが、春に向けての再びの輝きの命と息吹のすべてを静かに包み込んでいるのだ。心眼がそれを感じ取るとき、冬枯れの光景はどうしようもなく愛おしいほどに美しい。

 私の常なる心象風景としての「冬枯れの光景」は、生まれ育った故郷への捨て去りがたい郷愁の念と、自らの生涯をかけて没頭した部落解放運動への深い愛着の念に重なり合っていく。

 現在の部落解放運動の状況をみるとき、あたかも「冬枯れの光景」の観を呈しているかのようである。

 水平社時代の苦難に満ちた闘い、戦後の国策樹立を求めた闘い、同対審答申・「特別措置法」時代の破竹の勢いをみせた闘い、多くの歴史的成果を結実させながらも、運動的にも組織的にも困難な状況に立ち至っている今日の闘い。それは「冬枯れの光景」である。

 だが、九〇年余にわたる長い闘いの歴史のなかで、多くの人たちの血と汗と涙によって耕されてきた部落解放運動の土壌は、再生への力強い種子を豊富に内蔵しており、芽吹きの時季を辛抱強く待っている肥沃な土壌である。それが「冬枯れの光景」である。>


第一部「部落差別の実相と現況への考察〔部落差別実態認識論〕」において、著者はまず自らの個人史をたどりながら、人間形成と社会関係の中で、差別することと差別されることの実相がどのように具体化するのかを再検討する。その上で、部落差別の実態変化と解消過程に関する認識を深めるために、近現代の一五〇年における部落差別の実態を四段階で把握する。

第一段階は明治維新から戦前・戦中までで、差別が社会的に容認されていた。水平社の創立と糾弾による差別告発が始まったが、社会が容易に変化するわけではなく、水平社も戦争翼賛体制に巻き込まれていった。第二段階は一九四五年から同対審答申までの二〇年間で、差別は社会的黙認状態であった。第三段階は同対審答申から「特別措置法」失効(二〇〇二年)までの三七年である。部落差別は許されず、社会的に指弾されるようになり、全国的に同和行政・同和教育が展開された。第四段階は二〇〇二年から現在までで、社会的反動と社会的抑止の混沌状態である。「顔が見えない陰湿で巧妙な差別事件」と「露骨な差別事件」が横行する有様で或ある。ヘイト・スピーチが典型的な現象となっている。こうした混乱を克服して、人権の法制度を確立することが現在の課題である。障害者差別解消法、ヘイト・スピーチ解消法、部落差別解消推進法はその一環である。

部落差別を生み出し温存・助長する社会的背景への考察としては、第一に社会意識の側面に着目し、部落差別は歴史的な差別思想の複合的産物であることを確認する。差別は複合的性格であるから、その克服のためには社会連帯が不可欠である。第二に社会構造の側面として、差別の再生産システムを取り上げる。差別身元調査システム、日本的戸籍制度、差別・選別的教育制度、そして天皇制の問題である。第三に人間存在のあり方の側面として、差別に陥ることの或「印象操作」「補償努力」「他者の価値剥奪」ではなく、「新たな価値創出」がめざされる。


第二部「部落解放運動の歴史と現状への考察〔部落解放運動論〕」では、部落解放運動の史的展開とその特徴を踏まえた上で、「新たな部落解放運動への転機と模索」を再検討する。特に、二〇〇〇年以後の、「部落解放基本法」制定運動の戦術転換という「人権の法制度」確立をめざす運動の意義が確認される。「人権教育・啓発推進法」が実現したので、続いて「人権擁護法案(人権委員会設置法案)」、「人権のまちづくり推進支援法」などが課題となる。二〇〇六年の不祥事を反省し、運動の危機を乗り越えるために、権力構造を内面化した運動と組織の体質を問い直す。行政依存体質を克服して、自主解放精神に立ち戻った再生の道、自助・共助・公助にもとづく活動スタイルの確立である。