Sunday, August 11, 2019

スポーツの祭典/スポーツの廃墟


天野恵一・鵜飼哲編『で、オリンピックやめませんか?』(亜紀書房)


「オリンピックおことわリンク」の活動(連続講座)をもとにした1冊である。

せっかくの本だから、どこで読もうかと考えたが、ここしかない。ローザンヌのIOC本部だ。

ジュネーヴから電車で40分ほど、ローザンヌ駅で降りて地下鉄でウシー駅へ降りる。

ローザンヌの街はレマン湖に面している。大聖堂が一番高いところに建っていて、街全体を見下ろす。一番低いところがレマン湖畔のウシー駅で、港がある。遊覧船が出たり入ったりする。

その港から湖畔の遊歩道と公園が続く。すぐ隣にIOC本部とオリンピック博物館がある。IOC本部には入れてもらえないから、博物館へ続く庭のベンチで本書を読む。

昨夜はジュネーヴ花火大会を満喫したし、今日は爽やかな快晴で、光に満ちたウシーの空気を胸一杯吸い込みながら読み始めたが、残念ながら「爽やかな本」ではない。

なにしろ、【オリンピックに反対する理由の一例】は、こうだ。

・どんどん膨れ上がる開催費用

・利権の巣となる巨大イベント

・多額のワイロ

・ボランティア搾取

・野宿者・生活者の排除

・アジアの森林を破壊

・国民、子どもの動員

・パラリンピックと優生思想


「世界のオリンピック批判」「東京五輪と神宮『再開発』」「パラリンピックがもたらすもの」「オリンピックはスポーツをダメにする!?」「ナショナルイベントとしての東京五輪」「3・11と『復興五輪』」「オリンピック至上主義vs市民のためのスポーツ」「女性とオリンピック」。

どこを読んでも、なるほど、の連続。


アスリートたちの反差別パフォーマンスとして、1968年メキシコ・オリンピックの男子200メートルで金メダルと銅メダルのトミー・スミスとジョン・カーロスが黒人差別に抗議して「ブラック・パワー・サリュート」を行った話が出ている。あのときのテレビ・ニュースは見ていた。中学2年生だったので、黒人差別について初歩的知識しか持っていなかったが。

本書ではじめて知ったのは、銀メダルだったオーストラリアの白人ピーター・ノーマンも人種差別反対のパフォーマンスをしたこと、そしてオーストラリアに戻ると手痛いバッシングにあい、陸上界にはいられなくなったことだ(山本敦久「アスリートたちの反オリンピック」)。これは知らなかった。

もう一つ、当初、オリンピックから排除された女性たちが国際女子スポーツ連盟を設立し、国際女子競技会を開催したこと。クーベルタン以来、オリンピックには植民地主義がつきまとい、性差別が蔓延してきたことは知っていたが、その内実が具体的に描かれている。オリンピックへの女性の包摂が新たな排除と差別を繰り返していることもよくわかった(井谷聡子「スポーツとジェンダー・セクシュアリティ」)。


オリンピックが商業主義にどっぷり浸かり、IOCがオリンピック貴族を生みだし、資本による資本のためのオリンピックとなっている。利権、賄賂、搾取、再開発、差別、排除、優生思想、森林破壊、環境破壊。

メダルを獲得したアスリートにばかり光が当たるが、アスリートの美しい物語の背後には、壊れた精神と壊れた身体が山のように積み上げられている。オリンピックは人間を壊す。スポーツの祭典は同時にスポーツの廃墟だ。