大隈満・鈴木健司編著『大江健三郎研究――四国の森と文学的想像力』(リーブル出版、2004年)
おもしろい本だ。つい最近まで知らなかったが、古書で入手した。
初期の『芽むしり仔撃ち』、代表作の『万延元年のフットボール』、『同時代ゲーム』、『懐かしい年への手紙』、さらには『燃え上がる緑の木』に至るまで、大江の主要作品に登場する<四国の森>は大江の故郷の大瀬をモデルにしたものであることは明らかである。とはいえ、現実の大瀬がそのまま描かれているわけではなく、大瀬の歴史や現在をもとに、大江が作家的想像力で改変し、物語を構築してきたことも当たり前ではあるが、当然、前提として理解されてきた。
ところが、本書は、そうした前提に立ちつつも、現実の大瀬に立ち入って調査し、報告する。高知大学教授の鈴木健が、授業の「総合社会文化研究」で大瀬を調査することにして、学生とともに大瀬に行き、現地で取材・調査を行った。愛媛大学教授の大隈満も加わった。その結果報告が本書第一部に収録されている。
例えば、大瀬の地理・街並み・住居と、大瀬作品に登場する地理・街並み・住居の対応関係が明らかにされる。
あるいは、『万延元年』に登場する「地獄図絵」が、大江家の菩提寺の「地獄極楽掛物四幅容」として実在し、内容も対応していること、それが源信の『往生要集』に由来することを実証的に調査している。
第二部には、そうした報告をもとに、現実と小説作品を見据えながらの分析が展開されている。「虚構と現実の媒介としての音楽室」「倒立する<谷間の村>」「念仏踊り考」など、どれも新知見をもちに考察を加えている。
調査結果の全部ではなく、ごく一部しか収録されていないようなのが残念だが、おそらく執筆者たちがほかの場所で、それぞれ執筆・報告しているのだろう。
活字になった大江作品だけをもとに想像を広げ、思考することもできるし、本書のように現地調査をもとに議論することもできる。現地調査結果によって、読者の自由な想像が制約されることもありうるかもしれないが、逆に、より空想の幅を広げることもありうる。大瀬を訪れたことのない私には、とても楽しい本であった。