金時鐘『朝鮮と日本に生きる』(岩波新書)
植民地朝鮮で軍国主義日本の少年として教育を受けた著者が、8.15の解放、その後の済州島の政治的動乱、とりわけ4.3事件をどのように経験し、どのように生き延びて、日本へ脱出したか、を振り返り、4.3事件を問い直し、「在日」を問い直した自伝である。4.3事件については、文京洙『済州島四・三事件』、金石範・金時鐘『なぜ書きつづけてきたか なぜ沈黙してきたか』があり、記録映画『レッド』もある。済州島現地フィールドワークにも行ったことがある。とはいえ、やはりなかなか理解できない点も多かった。前2著と合わせて立体的に見ることができる。
本書を購入した時に、「この本はワルシャワのゲットーで読もう」と思い付いた。思いついてしまったので、実際に週末はワルシャワへ行ってきた。中央駅の近く、スターリン時代にソ連がポーランドに贈った人民文化宮殿の近くのホテルに滞在し、その裏手側に広がっていたワルシャワ・ゲットーだった地域を2日かけて歩き回った。ワルシャワ蜂起記念碑を見てから、クラシンスキフ公園あたりで読もうかと思っていたが、ワルシャワはまだ寒い。喫茶店をはしごして、本書を読了。
ワルシャワで読もうなどと思い付いたのは、たぶん、ピアニストの崔善愛さんが、ショパンを書いた本の中で「花束の中の大砲」といった言葉を使っていたのが記憶にあったためだ。故郷を離れざるを得なかったショパンの美しい調べに潜む強い意志。指紋押捺拒否を貫いて日本に帰れなかったかもしれなかった崔善愛さん。故郷を捨てざるを得ず、命がけで日本に逃れてきた金時鐘。植民地や「在日」の歴史を知識で知っていても、一人ひとりの個人の思いや体験は測りがたい。そんなことを思いながら、860円の新書を1冊読むために飛行機に乗ってワルシャワへ行ってきた。そこまでしなくても良かったが、あえてそうして良かった。