Thursday, March 24, 2022

ヘイトスピーチ研究文献(193)選挙とヘイト

瀧大知「『選挙ヘイト』と警察対応――相模原市議会選挙の事例から」『和光大学現代人間学部紀要』第13(2020)

冒頭に要旨がまとめられている。

「本研究ノートは「選挙ヘイト」と呼ばれた2019年の統一地方選、相模原市議会選挙を事例とした調査報告である。選挙演説が可能な選挙告示日翌日から投票日前日までを対象としている。主に警察の対応に焦点を当て、これまでのヘイトデモや街宣との違いについて記述、整理をした。調査から警察対応の変化が候補者の行動に影響を及ぼしているという特徴が見られた。」

以前は、選挙運動におけるヘイトスピーチに対して批判活動をすると選挙妨害とされる恐れがあった。ヘイト・スピーチ解消法によりヘイトの定義ができて以後、選挙演説と雖もヘイトはヘイトと言えるようになった。そこで2019年の選挙におけるヘイト演説の実態、警察対応の実態が明らかになる。

瀧は2019年の統一地方選挙における相模原市議会選挙を現場で調査した。日本第一党は、カウンターを取り囲み、脅迫的な罵声を浴びせた。カウンター側が少人数のため、日本第一党側に取り囲まれることもあった。警察は間に入って、双方を離れさせようとするが、ヘイト抑止という点では規制しようとしないのが特徴である。

瀧は次のように述べる。

「①          「日本第一党」の候補者や党員らがカウンターに至近距離で詰め寄る――主に「日本第一党」側が抗議者を囲い込み、罵倒、追い掛け回すといった――場面が多数見られた。それに対して警察の対応は、抗議者が囲まれても介入しない、間に入ったとしても普段のように引き離すことはしなかった。そのためカウンターが逃げようにも逃げられないといった状況が見られた。」

瀧は次のようにまとめる。

「現在ヘイトスピーチに反対する人は増えている。そこには「反差別相模原市民ネットワーク」のように女性や高齢者もいる。相模原での「選挙ヘイト」では抗議者側に肉体、精神的に強い負荷が掛かるような状況であった。今後、「抗議者の安全性」をどう確保するのかは一つの論点となるのではないだろうか。解消法第3条でヘイトスピーチを止めるのは「国民の務め」と記されており、この条文と警察の行動との関係を問題化する必要があるのではないか。」

別事件であるが、福岡県行橋市では、市議会議員がヘイト・スピーチを行ったため、市議会がこれを非難する決議をした。動議を提出した市議及び市議会は、市民として、及び公人として、市議によるヘイト・スピーチは許されないと考えた。ところが、当該市議は逆切れして、行橋市及び動議を提出した市議を相手に損害賠償請求訴訟を起こした。ヘイト・スピ――カーがカウンターを裁判に訴えたのだ。本園317日、福岡地裁小倉支部は原告の請求を棄却して、事なきを得た。ここでも、ヘイト・スピーチを非難することの社会的偽が問われている。

ヘイト・スピーチは許されない。許してはならない。市民にはヘイト・スピーチを非難する権利と義務がある。市議会議員など公人にはより強い責務がある。しかし、ヘイト・スピーチを非難したために裁判に訴えられるようでは、時間的にも経済的にも大きな負担を負うことになる。現に行橋事件は20169月に提訴、20223月判決である。実質5年余りの間、裁判で応訴しなくてはならない。

国連人種差別撤廃委員会は日本政府に対して、「ヘイト・スピーチが行われた時、首相や影響力或る指導者がこれを非難するメッセージを出しているか」と質問した。日本政府は答えない。首相、国会議員、知事、市長などがヘイト・スピーチを非難する文化を作るべきだ。

ヘイト・スピーチ研究文献(192)ヘイトデモと警察

瀧大知「ヘイトデモと警察対応 : 差別禁止法がない社会における「反差別」の立ち位置」『和光大学現代人間学部紀要』第12(2019)

著者には下記の論稿がある。

瀧大知「差別団体による『選挙ヘイト』――その実態と市民の抵抗」『IMADR通信』200号(2019年)

https://maeda-akira.blogspot.com/2019/11/blog-post_9.html?msclkid=cfa7f2d2aaae11ecac3deaca64cd40cd

瀧大知「『ふれあい館』への虐殺宣言と法務大臣による非難メッセージまでの経緯」『コリアNGOセンターNews Letter』53号(2020年)

https://maeda-akira.blogspot.com/2020/12/blog-post_27.html?msclkid=cfa7c369aaae11eca48dea636c047b0c

「ヘイトデモと警察対応」は、冒頭に「要旨」をまとめている。

「本稿は警察によるヘイトデモへの対応を分析し、その課題を明らかにすることを目的としている。そのために、筆者によるフィールド調査のデータをもとに、警察とカウンター行動との関係に注目した。分析の結果、本稿では以下の点を明らかにした。まず、警察の目的はヘイト・スピーチを止めることではなく、デモを安全に終わらせようとするのみであること、つぎにそのような姿勢の警察にとって、カウンターはデモ隊と衝突を起こす危険性のある「挑発行為」としか捉えられておらず、一般通行人にとっての「迷惑」行動とされていること、その背景には日本に人種差別を規制する法律がないことを指摘した。そのうえで「ヘイトスピーチ解消法」の課題を提示している。」

瀧は、20182月から10月までの都内におけるヘイトデモを追跡調査し、警察規制の実態を確認す売る。警察はヘイトデモ隊には丁寧に説明し、ヘイトデモ隊が安全にデモ行進できるようにコースを守る。しばしば「警察がヘイトデモを守っている」と批判される通り、警察はデモ隊を優遇する。デモ隊には「ご協力を要請します」。他方、ヘイトに反対するカウンターに対して、警察は厳しい姿勢で臨む。カウンターに対しては「挑発行為をおこなうのはやめなさい。警察は厳正に対処する」。

2016年にヘイトスピーチ解消法が制定されたが、警察と言う「暴力装置」は、「守られる差別」と「排除される反差別」をつくりだす構図に変化はない。ヘイト・スピーチ解消法は「反レイシズムゼロ」を乗り超えるものではない。

最後に瀧は「差別的言動のない社会の実現に寄与しているのは誰なのか」と問う。答えは明白だ。レイシズムに対峙してきたカウンター=プロテスターである。にもかかわらず、「ヘイト・スピーカーの表現の自由」を守り、「マイノリティの表現の自由」を否定し、「カウンターの表現の自由」を抑圧する警察という歪んだ現実がある。この現実を変えることが瀧の次の課題となる。

 

 

 

Tuesday, March 22, 2022

シンポジウム「遺骨問題から見る学知の植民地主義」

シンポジウム「遺骨問題から見る学知の植民地主義」

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◆日時:423日(土)12:30-15:00

◆場所:オンライン(Zoom

◆参加費:無料

◆参加申し込み:

https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_Hw-HNk90T0qC2pAiU-0p1A

 ※参加を申し込んだ方には視聴用のZoomリンクが送られます。 

 ※当日参加できなかった場合も、後日、期間限定で視聴可能です(参加申込者に限る)。

◆主催:ダーバン+20:反レイシズムはあたりまえキャンペーン

◆協力:市民外交センター、人種差別撤廃NGOネットワーク(ERDネット)、Peace Philosophy Centre、ヒューライツ大阪 

◆お問い合わせ: durbanRCS@gmail.com

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 1920年代に京都帝国大学の研究者が盗掘した琉球人遺骨が、現在も京都大学に保管されています。琉球人による返還の求めを拒絶した大学側を相手取った遺骨返還訴訟は、421日に判決を迎えます。

  一方、アイヌの遺骨の返還は不十分ながら少しずつ進んでいますが、旧樺太に暮らしていた樺太アイヌ(エンチウ)は、政府による遺骨の扱い方に不信感を募らせています。政府や研究機関には、樺太アイヌが独自な文化や歴史を持つグループであり、またその領域が日露によって分断され、固有に植民地統治されたという認識に乏しく、樺太アイヌの遺骨をその子孫が納得いく方法で返還を受ける権利を無視しています。

 遺骨問題は琉球人やアイヌ人に対する日本の植民地主義、とりわけ大学や博物館などによる「学知の植民地主義」を象徴する問題です。このシンポジウムでは帝国大学の時代から現在も引き続く学知の植民地主義を考えます。それは決して過去の問題ではありません。京都大学の返還拒否の姿勢、引き続き遺骨を研究に使おうとする研究者の存在などは、学問の世界が自らの植民主義を内省し克服しようとしてこなかったことを表しています。 

 現在の高等教育機関に残るこうした植民地主義の構造やトップダウン型の意思決定、忖度する研究者といった現在にはびこる植民地主義の再強化に焦点を当て、これらの問題が大学や研究者だけではなく、一般社会に与える影響も考えます。

 

プログラム

1部: 報告と討論「遺骨問題から見る植民地主義」

 報告1: 松島泰勝(琉球遺骨返還訴訟原告団長)

 報告2: 田澤守(樺太アイヌ協会会長)

 コメント1: 瀬口典子(九州大学大学院比較社会文化研究院)

 コメント2: 植木哲也(元苫小牧駒澤大学)

2部: 討論 「学知の植民地主義とマジョリティの特権」

 [モデレータ]上村英明(市民外交センター

 発題: 松本ますみ(室蘭工業大学大学院)

 全体討論

 質疑応答

 

◆ダーバン+20:反レイシズムはあたりまえキャンペーンとは:

 2001年、レイシズム(人種主義)と植民地主義を世界的課題として話し合う画期的な会議がありました。南アフリカのダーバンで開かれた「人種主義、人種差別、外国人排斥および関連するあらゆる不寛容に反対する世界会議」(略称:ダーバン会議)です。ダーバン会議は人種差別がジェンダーなどの他の要因と絡み合う「複合差別」の視点や、目の前にある差別は奴隷制や植民地支配など過去の歴史と切り離せないことを示すなど貴重な成果を残しました。

 そのダーバン会議から20年の2021年、その意義を再確認しながら、反レイシズムがあたりまえになる社会を日本につくるために「ダーバン+20:反レイシズムはあたりまえキャンペーン」を立ち上げました。

〔これまでの活動〕

 ・2021417日・キックオフイベント「日本のレイシズムを可視化する~ラムザイヤーはここにいる!」

 ・2021912日・ダーバン会議20周年記念シンポジウム「入管法のルーツはレイシズム~ダーバン会議を生かす」

 ・2022219日・シンポジウム「『みんな違って、みんないい』に違和感あり!~『ダイバーシティ』でホントにいいの?」

 

<共同代表>上村英明(恵泉女学園大学) 藤岡美恵子(法政大学) 前田朗(東京造形大学)

<実行委員会> 一盛真(大東文化大学) 稲葉奈々子(上智大学) 上村英明(恵泉女学園大学) 榎井縁(大阪大学) 清末愛砂(室蘭工業大学) 熊本理抄(近畿大学) 乗松聡子(『アジア太平洋ジャーナル・ジャパンフォーカス』エディター) 藤岡美恵子(法政大学) 藤本伸樹(ヒューライツ大阪) 前田朗(東京造形大学) 矢野秀喜(強制動員問題解決と過去清算のための共同行動事務局) 渡辺美奈(アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)    

2022日年3月現在)

 

メール: durbanRCS@gmail.com

ブログ: https://durbanplus20japan.blogspot.com/ 

 

Saturday, March 19, 2022

テクノロジーと差別03

宮下萌編著『テクノロジーと差別――ネットヘイトから「AIによる差別」まで』(解放出版社)

3 部 テクノロジー/ビジネスと差別

 第10章 「AIによる差別」にいかに向き合うか

 第11章 ビジネスは人権を守れるのか ? ―イノベーションの落とし穴

 第12章 テクノロジーは人種差別にどう向き合うべきか ?

10章 「AIによる差別」にいかに向き合うか(成原慧)

Aiによる差別、特にAIを用いたプロファイリングに焦点を当てて、個人情報保護法制の意義を論じる。AIによる差別には、アルゴリズムの設計に起因する差別、学習するデータに起因する差別、集団の属性に基づく判断に起因する差別、人間によるAIへの責任転換があるとし、それぞれの特徴を分析する。AIによる差別を防ぐために、総務省AIネットワーク社会推進会議は「AI利活用ガイドライン」を作成している。欧州委員会や米国連邦取引委員会では差別防止の法的対処が始まっている。プロファイ輪舞について、EUの一半データ保護規則、カリフォルニア州消費者プライバシー法など。日本の個人情報保護法は十分な対応ができていないので、法とテクノロジーの役割の問い直しが迫られている。

11章 ビジネスは人権を守れるのか ? ―イノベーションの落とし穴(佐藤暁子)

2011年の国連人権理事会「ビジネスと人権に関する指導原則」における国家の人権保護義務、企業の人権尊重責任、人権侵害の被害者の救済へのアクセスを確認し、日本の対応は遅れているが徐々に検討が進められているという。テクノロジーと人権について、日本政府は「人間中心のAI社会原則」「AI利活用ガイドライン」を作成している。日本も国際社会も十分な対応ができていないため、20201月、市民社会から改善勧告が出ている。国連人権高等弁務官事務所も人権尊重の声明を出した。技術開発による人権リスクはますます強まっているので、企業の対応が喫緊の課題である。デンマーク人権機関の「デジタル活動の人権インパクトアセスメントに関するガイダンス」を参考に検討している。

12章 テクノロジーは人種差別にどう向き合うべきか ?(宮下萌)

20206月のテンダイ・アチウメ人種主義・人種差別特別報告者が国連人権理事会に提出した報告書「人種差別と新興デジタル技術:人権面の分析」を紹介し、検討する。報告書は、技術の中立性を否定し、数字の中立性や客観性が差別的結果の発生を助長していることに留意している。反差別政策は包括的なものでなければならない。「露骨な不寛容および偏見を動機とする行動」や「新興デジタル技術の直接差別的・関節差別的設計/利用」について検討の上、人種差別的構造がつくり出され、強化される。差別は多様な領域に及ぶが、刑事司法においてもレイシャルプロファイリングが行われている。これについては2020年の人種差別撤廃委員会一般的勧告36号がある。現状を踏まえて、報告書は「人種差別への構造的・分野横断的人権法アプローチ」を論じている。宮下は、「人種差別とテクノロジー」問題を、①インターネット上のヘイトスピーチ、②AIプロファイリングを含むテクノロジーの設計・利用における直接的および間接的差別、③テクノロジーによって生じる構造的差別に分類し、それぞれについて国際人権基準を発展させ、国内で活用することを提言する。

AIが法の世界に与える影響についてはここ数年、法学会でも検討が続いていきたが、法的対応が現実に追いついていない。特に人権論の視点からの検討が不十分であった。本書はAI、ビジネスと人権を取り上げ、最後にアチウメ報告書を紹介・検討することで今後の方向性を示している。私もこうした分野について十分に論じてこなかった。ヘイト・スピーチの原理的な局面での検討だけで精一杯といったところだ。インターネットにおけるヘイト・スピーチについても十分な議論ができていない。昨年、中川慎二・河村克俊・金尚均編『インターネットとヘイトスピーチ――法と言語の視点から』(明石書店、2021年)を読んだ。

https://maeda-akira.blogspot.com/2021/06/a.html

国連人権理事会諮問委員会が、2021年に人権理事会に提出した委員会報告書『人権促進保護の観点から見た新デジタル技術の影響、機会、挑戦(A/HRC/47/52)』は、『救援』21年8月・9月号に紹介した。

今後は本書を踏まえて調査・検討していくことになる。

Friday, March 18, 2022

テクノロジーと差別02

宮下萌編著『テクノロジーと差別――ネットヘイトから「AIによる差別」まで』(解放出版社)

2 部 法規制という観点からネット上の差別を考える

 第 6 章 ネット上の人権侵害に対する裁判の現状

 第 7 章 地方自治体はネット差別とどう向き合うべきか

 第 8 章 ドイツの「ネットワーク執行法」に学ぶ

 第 9 章 ネット上の人権侵害に対する法整備の在り方

6 章 ネット上の人権侵害に対する裁判の現状(唐澤貴洋)

インターネット上の人権侵害に関する判例を検討して、その判断構造を分析し、その有効性と限界をしめし、今後に向けての立法を模索する。判例としては京都朝鮮学校襲撃事件や、大量弁護士懲戒請求事件が取り上げられている。手堅い論文だ。

7 章 地方自治体はネット差別とどう向き合うべきか(佐藤佳弘)

インターネット上の部落差別、インターネット・モニタリング事業、条例による地方自治体の取り組みを検討し、もう無償の差別書き込み対応にも論及している。すでに論じられてきた問題だが、さらに議論が必要だ。

8 章 ドイツの「ネットワーク執行法」に学ぶ(金尚均)

サイバー・ヘイトに対応するためのヘイト書き込みの削除問題が世界共通のテーマとなっている。ドイツでは2017年にネットワーク執行法が制定され、大きな変化が見られる。その概要を紹介した上で、差別情報を削除する意味について検討し、表現の自由との関連、憲法の私人間効力とSNS事業者の役割を検討している。

9 章 ネット上の人権侵害に対する法整備の在り方(宮下萌)

日本における人権侵害被害救済の困難な状況、被害の「不平等性」や沈黙効果を踏まえて、総務省など当局の調査研究の現状を確認し、被害者救済の視点から望ましい法制度をデザインしようと試みる。ネットと人権研究会のモデル案を紹介する。

ネット上のヘイト・スピーチは膨大且つ深刻であり、これへの対応は政府レベルでも検討が進められているが、まだまだ不十分だ。ヘイト・スピーチは表現の自由だなどというレイシズム容認の誤った基本姿勢を変えずに、インターネット上のヘイトに対応できるはずがない。そもそもできないことを前提としているから、政府の対応には最初から無理がある。そこを乗り超えるために、本書は、ヘイト・スピーチの理解、その被害の深刻性を確認した上で、インターネットにおける規制と自主規制の在り方を模索している。

私はオンラインであろうとなかろうと悪質なヘイト・スピーチは犯罪化するべきであり、犯罪化されればインターネット上のヘイトに対応できるという立場のため、インターネットに固有の論点については余り論じてこなかったので、本書には学ぶことばかりだ。いずれの立場にせよ、現に起きている事態に対処しなくてはならないので、本書の研究をさらに進めて欲しいと思う。

Wednesday, March 16, 2022

テクノロジーと差別01

宮下萌編著『テクノロジーと差別――ネットヘイトから「AIによる差別」まで』(解放出版社)

https://www.kaihou-s.com/book/b598190.html

<本書では、インターネット上のヘイトスピーチ、サイバーハラスメント、AIプロファイリング、テクノロジーの直接差別的・間接差別的設計・利用やテクノロジーがもたらす構造的差別等、様々な角度から「テクノロジーと差別」の問題を包括的に取り上げ、全体像を把握することを試みた。

「テクノロジーと差別」というテーマは「古典的」かつ「新しい」問題であり、「テクノロジー分野から出発するアプローチ」と「差別撤廃から出発するアプローチ」という異なる二つの視点が必要となる分野である。技術的な側面のみから差別撤廃を目指すことは不可能であることはもとより、「テクノロジーと差別」というテーマにおいては、技術的な側面を無視して差別を根絶することはできない。

「差別は許されない」という「当たり前」の規範は、テクノロジーが発展する中でも変わらない。しかしながら、テクノロジーの進歩により差別の手口が巧妙化し、対処も難しくなってきていることも事実である。だからこそ、「差別は許されない」という当たり前の規範を実現するために、「テクノロジー」と「差別」が重なり合う問題について、多くの、そして多様な人がこの問題に関心を寄せて解決策を見出さなければならない。>

目次

1部 ネット差別の現状と闘い

2部 法規制という観点からネット上の差別を考える

3部 テクノロジー/ビジネスと差別

1 部 ネット差別の現状と闘い

 第 1 章 ネット上のヘイトスピーチの現状と課題

 第 2 章 女性に対するネット暴力の現状

 第 3 章 ネット社会で深刻化する部落差別

 第 4 章 ネット上の複合差別と闘う

 第 5 章 「ネット炎上」における人権侵害の実態

1 章 ネット上のヘイトスピーチの現状と課題(明戸隆浩)

本書の序論として現状をざっとまとめているのだろうと思って読み始めると、単に現状をまとめているのではなく、ヘイト・スピーチ解消法以後のネット空間におけるガバナンスの変化について、欧米と日本の動向を垣間見た上で、まだ対応できていない問題として、(1)フェイクニュース型のヘイト・スピーチ、(2)「殺到型」のヘイト・スピーチを指摘する。(1)では「危害告知」や「著しい侮蔑」型ではなく、フェイクニュースによる事実誤認の拡散がヘイトとなる場合である。(2)はプロレスラー木村花事件で用いられた「殺到型」――加害と被害の非対称性の場合である。今後の重要課題である。

2 章 女性に対するネット暴力の現状(石川優美)

KuToo署名発信者である俳優の石川が、2ちゃんねるによる誹謗中傷、侮辱、デマの被害を紹介し、DV加害に似たサイバーハラスメントの手法として、被害者を孤立/分断させる手口、「ガスライティング」、「監視」という暴力があるという。さらに弁護士依頼のハードルの高さにも触れて、被害者が直面する困難を列挙する。「そんなのは無視すればいい」というのは暴力的であるという。最後に、誹謗中傷に負けないために、仲間との出会い、「愛の爆弾」でヘイト対抗、そして「傍観することは加担すること」と指摘する。

3 章 ネット社会で深刻化する部落差別(川口泰司)

部落差別解消法から5年の状況を踏まえ、「全国部落調査」復刻版差別事件が起きて、その対処に追われ、裁判闘争を余儀なくされた経験を紹介し、2021927日の東京地裁判決の意義(出版禁止、賠償命令)と限界(救済範囲の限定、差別されない権利の否定)を論じる。ネット被害者救済の課題を確認し、地方自治体やネット企業の取り組みを紹介する。

4 章 ネット上の複合差別と闘う(上瀧浩子)

在特会及び保守速報による名誉毀損に対して裁判闘争を続け見事勝訴した李信恵反ヘイト訴訟の代理人による報告である。特にインターネット上の被害の特徴として容易に拡散し、保存できることを挙げた上で、「炎上」による被害を具体的に検討している。人種民族差別と女性差別が重なった複合差別、累積的トラウマを、専門家意見書をもとに分析する。

5 章 「ネット炎上」における人権侵害の実態(明戸隆浩・曺慶鎬)

ネット炎上における人権侵害を実証的に研究する。Livedoor NEWSサイトの炎上・批判から339件のニュース記事を取り出し。Twitter上で確認したケースを分析する。分析対象一覧、対象事例一覧が示され、コードを利用した分析を行ったうえで、人権侵害について、尾辻かな子、室井祐月、石原慎太郎、茂木敏充の4人に関わる事例を検証する。「炎上」は、その元発言の悪質さについてもそれに対して向けられるコメントの悪質さについても多様であり、炎上と言う現象それ自体は、道徳的な善悪とは別だという。

5本の論考は、テーマも論述方法も多様で、まとまりがないが、それぞれが本書の序論的位置にあると理解すると、ヘイト・スピーチ問題の多様性と広がりを理解する手助けとなる。おそらくこれ以外にも数多くの序論を書くことが可能であり、その序論の蓄積によってようやくこの問題の大きさ、深刻さを把握できるようになるだろう。言いかえると、一部の現象だけを基に論じても視野狭窄に陥ることになる。

本書は「デクノロジーと差別」という切り口で議論するために必要な限りで序論を数本用意しており、それぞれを基に考えることもできるし、連関させて考えることもできる。複合差別論も重要である。

Tuesday, March 15, 2022

在日朝鮮人研究と日本人研究

山本かほり『在日朝鮮人を生きる  〈祖国〉〈民族〉そして日本社会の眼差しの中で』(三一書房)

https://31shobo.com/2022/01/22001/

第Ⅰ部 朝鮮学校との十年

緒言

第一章 朝鮮学校研究に向けて

第二章 朝鮮学校で学ぶということ──排外主義の中で

第三章 〈祖国〉への修学旅行──朝高三年生の〈祖国訪問〉同行調査から

第四章 「北朝鮮」言説と朝鮮学校──マジョリティの「良心」が「暴力」になるとき

エッセイ 平壌で乾杯──私が出会った人たち

祖国の愛は温かい

とりこになったインジョコギパップ

平壌の障がい児施設を訪ねて

帰国子女の悩み

地域が育てる─正明くんのこと

運転手としての誇り

만남─出会い

最高の連れ

第Ⅱ部 ある在日朝鮮人家族親族の生活史─三十年間を見つめて

緒言 在日朝鮮人の家族親族の世代間生活史調査とX家──調査の概要

第一章 X家の世代別生活史──上昇移動の生活史

第二章 ある在日朝鮮人家族・親族の生活史に見る民族意識の変遷──上昇移動の後に

第三章 X家と朝鮮学校・総聯──X家の生活史のもう一つの側面を読む

約30年に及ぶ在日朝鮮人研究と、10年を経た朝鮮学校との交流をまとめて1冊にした著者は、社会学の窓から在日朝鮮人を「発見」し、調査し、つきあい、学び、そして生きてきた。

第Ⅰ部では、高校無償化からの朝鮮学校排除との闘いに加わり、愛知朝鮮学校と交流を深めてきた中での訪朝経験も含めた著者の体験記と紀行と闘いが紹介される。一貫して在日朝鮮人研究をしてきたが、朝鮮学校との出会いは10年程前であり、朝鮮民主主義人民共和国との出会いもその後のことだという。高校無償化問題を契機に朝鮮学校と本格的に付き合い、朝鮮に向き合うようになり、「私の世界観は大きく変わった」という。訪朝体験を語ると「洗脳されている」と返ってくる。山本は当初はその影響を受けていたという。「西洋民主主義的な思考が唯一無二の『普遍』だという考え」から抜け出るのに苦労した。「西洋民主主義的思考の特殊日本的理解と受容」を「普遍」と考えて怪しまない日本社会を相対化できたということだろう。

第Ⅱ部では、「ある在日朝鮮人家族親族の生活史」とあるように、30年がかりで調査し、つきあってきた家族の物語を通じて、在日社会の変容を追跡する。在日一世から二世へ、そして三世、四世へと変わってきた家族の在り方、国籍も変わり、職業も変わり、社会的位置も変わる。民族意識にも変容がある。それでも日本社会に単純に同化されずに、在日の意識を持ち続け、生き続ける。そのことの意味を山本なりに考える。日本と朝鮮半島だけでなく、世界的な移民・移住との対比も含め、広い視野で考えると、在日朝鮮人社会の独特の歴史が持つ意味が新しい様相を帯びて見えてくる。そして、日本人と日本社会が見えてくる。

私も在日朝鮮人との付き合いは35年になるが、在日朝鮮人を「支援」したことがない。在日朝鮮人の闘いを支援したことがない。在日朝鮮人を研究対象にしたこともないので、山本の記述は私にとって新鮮だ。

私の場合、自分が暮らす社会の中で差別や人権侵害が起きているから、反差別、人権実現の活動に加わってきた。もともと刑法という国家権力の発動に関わる学問を専攻したので、刑事弾圧や警備公安警察の不当活動を批判し、権力の恣意的差別的発動に異議を申し立ててきた。このため、日本を少しでもまともな社会に変えるため、在日朝鮮人に協力してもらってきた。私の研究対象は日本国家権力であり、差別を止められない日本社会であり、日本法だ。「リベラル派のつもりで、実はヘイト・スピーチを懸命に擁護する憲法学」=「レイシズム憲法学」も研究対象だ。日本をまともな社会に変えるのは日本人の責任だが、力不足のため、日本で差別被害を受けてきた朝鮮人の力を借りてきたのが実情だ。

山本は社会学者として在日朝鮮人を研究し、そこに反映された日本社会を研究し、その一因である自分自身に向き合おうとする。そのことを通じてさらに朝鮮学校にかかわり、学びながら、支援も行う。私とは異なるスタンスだが、結局のところ、同じことに帰着するのだろう。山本はやがて自ら日本社会論をまとめるだろうか。

Monday, March 14, 2022

見えない天使の助け(第8章 戦利品)

見えない天使の助け(第8章 戦利品)

 

中田考監修『日亜対訳クルアーン』(作品社、2014年)

第8章はバドルの戦いの戦利品を中心に、勝利に導いたアッラーの御業を説く。

真理を真理となし、虚偽を虚偽となし給うために。そしてたとえ、罪人たちが嫌おうとも。(88)

おまえたちがおまえたちの主に助けを求めた時のこと。彼はおまえたちに答え給うた、「われは列をなす千の天使たちでおまえたちを増強する者である」。(89)

アッラーと彼の使徒に従え。論争し、怖気づいておまえたちの威風が消え去るようなことがあってはならない。そして忍耐せよ。まことにアッラーは忍耐する者と共におわします。(846

8章で説かれる戦いには、論争もあれば実際の戦争・戦闘もある。戦利品についても違法な戦利品と合法な戦利品があるという前提で、戦利品のうち合法なものを手にせよと説いている。このあたりがよくわからないが、戦利品として想定されているのは動産のようだ。クルアーン作成当時の中東地域では、戦争による領土獲得という発想はあまり強くなかったのだろうか。

フェミサイド研究の現状05

欧州ジェンダー平等研究所(EIGE)の報告書『EUと国際的なフェミサイド測定――ある評価』(2021)

8.勧告

EIGEEU加盟国及びイギリスに対して下記の勧告をまとめている。

1.      フェミサイドの比較可能な作業定義

フェミサイドの比較可能な作業定義を実現する事。ジェンダーに規定された女性殺人、父母湯堂と支配のジェンダー構造において定義すること。

2.      細分化された情報収集

行政情報収集において細分化された比較可能な情報を収集すること。

・被害者と犯行者に関する情報(性別、性的指向、ジェンダー、年齢、出生地、国籍、教育水準、職業、居住地、移住状況、民族…)

・被害者と犯行者の関係

・殺人の文脈(場所、事件の性質、殺人の方法、子ども目撃者、子ども殺害)

・ジェンダー背景/リスク要因(ジェンダー不平等、依存性、経済状態、ダウリー関連、DV前歴、保護命令、凶器、アルコール常用)

・性的文脈、FGM

3.      分析と認定のために役立つ変数

・交差性の文脈(年齢、人種・民族、国籍、宗教、セクシュアリティ)、西欧中心的、人種的観点を避け、社会経済文化的文脈を考慮する

・構造的要因(ジェンダー関係、ジェンダー役割、規範、女性性と男性性等)

4.      フェミサイドに関するプロトコルの設置

フェミサイド認定のため、プロトコルを設置すること。少なくとも、被害者と加害者の関係、性暴力、残虐な暴力、組織犯罪や人身売買など、前歴を記録。

5.      情報収集の調整

警察、裁判所、保健所の情報収集の連携

6.      情報管理

収集した情報を活用して女性に対する暴力に効果的に取り組む。情報分析担当者の設置、情報リテラシー、研修とロードマップ、重複を避けること。

7.      年次報告や定期報告

8.      3か月ごと矢年次ごとのモニター制度を設置する。収集された情報の公開、共通指標の評価、有罪判決、保護命令の数、訴追数・判決数、制裁の内容。

Sunday, March 13, 2022

フェミサイド研究の現状04

欧州ジェンダー平等研究所(EIGE)の報告書『EUと国際的なフェミサイド測定――ある評価』(2021)

6.      各国レベルのフェミサイド(定義と情報収集)

7.      NGOによるフェミサイドの情報収集

8.      勧告

6.1 フェミサイドの法的定義

 ラシダ・マンジョー「女性に対する暴力特別報告者」は2012年の女性の地位委員会での声明で、フェミサイドという言葉は19世紀初頭以来用いられているとした。殺人と言うジェンダー中立な言葉のオルタナティブとして提案されたもので、不平等、抑圧、体系的暴力の現実を反映している。よく用いられるようになったのは1970年代からである。

ディアーナ・ラッセル(1992)は、フェミサイドを憎悪、侮蔑、悦楽、又は女性所有意識による動機に基づいた男性による女性殺人と定義した。ラテンアメリカでは、1990年代に女性に対する暴力が急増し、フェミニスト運動が各国国内法に女性殺人を認知させようとした。ラガルデ(2006)はフェミサイドを英語からスペイン語に翻訳してフェミニサイドとした。ラガルデによると、フェミニサイドはジェンダーに基づく理由、死亡の結果の背後にある社会的構成、そして不処罰をよく示す概念である。国際的にはフェミサイドとフェミニサイドは互換的に用いられている。

ラテンアメリカの国内法では必ずしも採用されていないが、フェミサイド/フェミニサイドを刑法典の独立犯罪として刑罰を加重する国もある。犯罪成立要素も制裁もそれぞれ異なる。パナマ法では、不平等な権力関係の文脈や、文化規範に従わない女性の懲罰として分類される。エルサルバドル法では、女性への憎悪や侮蔑ゆえに行われた刑事犯罪である。ジェンダーや性的指向に基づく憎悪や、被害者が女性であるという動機による殺人を刑罰加重事由とする例もある。

ラテンアメリカのアプローチは刑法の象徴的利用である。女性の権利の組織的侵害と不処罰に直面して、規制枠組みとして、女性に対する暴力行為の否定的影響を認識して文化の変容を加速しようとしている。

トレド・バスケス(2009)は、各国の制度において定義された犯罪を適用するには概念的な困難があるという。合法性原則と均衡原則によれば、同じ行為には同じ刑罰を科すが、女性殺人には男性殺人よりも不均衡に重くしている。

同じ理由から、フランスはフェミサイドの特別法を回避している。NGOはフェミサイドを刑法に取り入れるべきと唱えてきたが、この主張には強い反対が出た。フェミサイドの意味内容に共通理解ができていないこと、フェミサイドの捜査に困難があることである。フェミサイド概念を採用しない最大の理由は、フランス憲法の三大原則の一つである平等原則である。1958年憲法による平等原則から、男性による女性殺人を他の殺人と区別して扱うことは平等原則違反となりうる。このためフェミサイドは刑法には取り入れられていないが、フランス議会での議論に際して使用されている。

6.1.1 欧州の国内立法

EU27カ国とイギリスはフェミサイドを法律に取り入れていないが、女性殺人を多様な方法で分類している。2017年、EIGEは各国の法状況を調査出版し、2020年に改訂版を出した。イスタンブール条約批准により、親密なパートナーによる暴力の情報収集が強化された。ベルギー、スペイン、フランス、リトアニア、ポルトガルは、性別を理由にした憎悪、侮蔑、敵意、ジェンダーに基づく暴力を刑罰加重事由にした。ブルガリア、エリトリア、スペイン、フランス、イタリア、ルクセンブルクは親密なパートナーによる殺人を刑罰加重事由とし、ドイツ、イタリア、ポーランドは性暴力を刑罰加重事由とした。

6.2 各国レベルのフェミサイドの統計的観点での定義

EIGEは統計的観点からフェミサイドを次のように定義した。

「親密なパートナーによる女性殺人、及び女性に対する有害な慣行の結果としての女性の死亡。親密なパートナーとは、前又は現の配偶者やパートナーであり、被害者と同居しているか否かを問わない。」

2017年のEIGE報告書ではフェミサイドの7つの要素を示した。故意の女性殺人、ジェンダーに基づく行為、パートナー/配偶者の殺人、親密なパートナーの暴力の結果としての女性の死亡、安全でない堕胎に関連する死亡、ダウリーに関連する死亡、女性の名誉殺人、女性の中絶。

EIGEの定義はEU27カ国とイギリスの故意の女性殺人の定義と必ずしも合致しない。21か国はパートナー/配偶者の殺人を定義し、11か国は少なくとも女性殺人のジェンダーに基づく定義を試みている。7カ国は親密なパートナーの暴力の結果としての女性の死亡を定義している。9カ国はFGM関連の死亡を間接的フェミサイドとし、15か国は安全でない堕胎を明示している。

6.2.1 定義のまとめ

イスタンブール条約の批准、EIGEの活動、フェミニスト運動の結果、欧州におけるフェミサイドの議論状況が変化してきた。フェミサイドへの関心が高まった。EU加盟国の多くが、刑法で刑罰加重事由とし、情報収集を強化している。

6.3 各国の情報収集システム

2014年以来Eurostatや国連による犯罪調査が整備されてきた。親密なパートナーや家族による故意の女性殺人、性暴力、強姦の調査が強化された。1980年以来、2年ごとに国連経済委員会がジェンダー統計データベースを作成している。EIGEは情報収集を統合するアプローチを採用している。しかし、各国ごとに調査方法が異なるため、EU27カ国を比較することはまだ困難である。特に警察、検察、裁判所の統計がそれぞれ異なる。内務省、司法省、統計局、オンブズマン、平等機関等。それゆえ、社会セクターの調査が重要である。EU各国の72の情報収集の分析が始まっている。

情報収集システムについて詳しい図表が掲載されている。

クロアチアのフェミサイド・ウオッチ

クロアチアでは犯罪情報収集に、内務省、司法省、統計局、ジェンダー平等オンブズマンが関与している。

内務省は刑事犯罪の捜査後、情報収集を行い、全事件を記録し、情報システムを通じて提供する。警察情報を警察担当官とジェンダー平等オンブズマンが分析する。フェミサイドだけでなく、女性に対する暴力事件の情報が含まれる。親密なパートナーによらない事件の情報も含まれる。定期的継続的に情報をアップデイトする。被害者、手段方法、介入の情報も。2016年以来、女性が殺された事件では、捜査担当警察官が詳細な報告をする。

司法省は裁判手続きに関するすべての情報を記録している。女性に対する暴力も含まれる。犯行者と犯罪類型に焦点を当てる。被害者の性別、犯行者との関係も。統計局は裁判所と検察庁の事件管理システムに基づいて統計を取っている。

ジェンダー平等オンブズマンは、女性に対する暴力と親密なパートナー暴力の情報を収集している。内務省から女性被害者情報を取得する。2017年以来、女性殺人事件の包括的監視、情報収集、分析のための監視機関としてフェミサイド・ウオッチを設置した。内務省、司法省、家族・青年省、検察庁、高裁、NGO女性ルームから7人のメンバー。

Friday, March 11, 2022

フェミサイド研究の現状03

欧州ジェンダー平等研究所(EIGE)の報告書『EUと国際的なフェミサイド測定――ある評価』(2021)

5.      フェミサイドについての指標と分類システムを定義するために(概観)

6.      各国レベルのフェミサイド(定義と情報収集)

7.      NGOによるフェミサイドの情報収集

8.      勧告

「5.フェミサイドについての指標と分類システムを定義するために(概観)」では、第1に、フェミサイドの構造的にジェンダー化された条件や類型が論じられる。故意の殺人と定義するか、故意でない殺人も含むかで議論は分かれる。故意の女性殺人と定義すれば、犯行者に動機があったことが必要となる。あるいは、社会経済文化的文脈、特に不平等なジェンダー規範、ジェンダー役割などが問題となる。女性に対する「暴力システム」が存在したかどうかである。故意でない殺人が浮上するのは、貧困、不安定労働、麻薬等の犯罪的環境があるからである。構造的要因が行動要因に変換され、フェミサイドとなりうる。犯行者と被害者の年齢、性別、ジェンダー、セクシュアリティ、両者の関係。フェミサイドがジェンダーに動機づけられたと定義するためには、犯行者の女性嫌悪、犯行者と被害者の不平等な力関係、パートナーや家族との関係、暴力の前歴、信頼関係又は県営的関係、被害者の子どもの有無、妊娠の有無、犯行者が関係のやり直しを考えたか否か、性暴力の文脈、意思決定における抑圧、傷害、人身売買が関連する。

故意でないフェミサイドでは、殺人が公共の場で起きたか私的領域で起きたか、親密なパートナーの暴力か否か、性暴力か、危険な堕胎のような故意でない殺人か、危険な労働条件など。

2に、情報収集である。EIGEは、フェミサイドを故意の殺人として、被害者の性別、犯行者と被害者の関係、動機を問題にしてきた。EUや国際機関の情報収集システムは、被害者の焦点を当てつつ、犯行者や関係にも視線を向ける。年齢、性別、ジェンダー・アイデンティティ、地理的位置、社会経済状態、雇用状態、国籍、出生国、市民権、居住国、障害の有無、妊娠である。犯行者については、精神的健康、住居問題、常習性である。殺人の場所(家屋内か路上か、開かれた場か)、アルコール・麻薬関連、殺害方法、「沈黙の目撃証人」としての子どもについての情報を収集する例もある。

3に、EUと国際機関の提示するフェミサイドの類型は次のようにまとめられる(図表12)。

・パートナー又は配偶者による女性殺人

・家族による女性殺人

・妊娠女性の殺人

・親密でないパートナー殺人(性暴力)

・名誉殺人

・FGM関連の死亡

・女児殺人

・安全でない堕胎による死亡

・LGBT殺人(性的アイデンティティ等)

・女児堕胎

・人身売買関連の殺人

・危険な労働条件の結果としての殺人(女性の売春)

・犯罪環境(ギャング、麻薬)における殺人

・レイシストによるフェミサイド

・女性嫌悪の結果としての殺人

・不必要な手術(子宮摘出等)による死亡

・国家によって許された殺人(不作為)

Thursday, March 03, 2022

フェミサイド研究の現状02

欧州ジェンダー平等研究所(EIGE)の報告書『EUと国際的なフェミサイド測定――ある評価』(2021)

4.      欧州と世界の情報収集システム(概観)

5.      フェミサイドについての指標と分類システムを定義するために(概観)

6.      各国レベルのフェミサイド(定義と情報収集)

7.      NGOによるフェミサイドの情報収集

8.      勧告

「4.欧州と世界の情報収集システム(概観)」では、EU27カ国の、フェミサイドについての情報収集と分類システムの現行の枠組みを提示する。フェミサイドの定義と関連する変数の類似性と差異を確認する。フェミサイドの類型、その動機を評価するための第一歩である。

・各国における主として行政情報を収集する国際的スケールの枠組み。

・殺人やフェミサイドの多様な国際的及び国内的な監視、フェミサイドの定義。

・フェミサイドの定義や指標についての国際的な専門家集団の議論。

・関連する組織の多様なアプローチの評価。

統計目的のための国際的な分類としては、国連麻薬犯罪事務所とEurostatによりICCSがあり、2015年以来、採用されている。フェミサイドの特別の定義をしていないが、「故意の殺人」に「女性嫌悪又はジェンダーに基づく理由による女性の故意の殺人」が含まれる。犯罪の要素として(1)事件、(2)被害者、(3)犯行者をあげており、被害者と犯行者について、性別、年齢、身分(未成年か成人か)市民権、法的身分、依存症の有無、経済的地位、被害者とのパートナシップの有無、常習性が示される。しかし、犯罪の動機に関する情報はない。

国連麻薬犯罪事務所は、殺人に関する世界的情報収集においてフェミサイドの分類システムを保有し、「故意の殺人」に分類している。犯罪の背後にある動機を特定している。故意の殺人の分類の基準は、状況の文脈(殺人の場所)、被害者と犯行者の関係(元パートナー、現パートナー、家族、知人)、殺害方法(武器、手段)である。被害者の性別、市民権、年齢、殺害方法、状況の文脈、地域等が含まれる。

Eurostat統計情報はEU加盟国とトルコの公的犯罪統計である。警察、検察、裁判所、刑事施設の情報が含まれる。2008年以来、Eurostatと国連麻薬犯罪事務所が協力し、殺人と性暴力の統計を集めている。故意の殺人について、被害者の年齢、性別、犯行者との関係が記録される。

GREIVO(欧州評議会)――イスタンブール条約によりフェミサイドの情報収集が整備され、女性に対する暴力とDVに反対する行動専門家集団(GREIVO)が監視システムとして設置された。2016年、GREIVOはイスタンブール条約第11条により、ジェンダーに基づく暴力の統計をとっている。女性殺人についての行政情報と司法情報である。

「犯罪・刑事司法統計に関する欧州情報集」が2019年に出版された。警察、訴追、有罪の統計が、性別、年齢、国籍ごとに収集されている。

世界保健機関WHOは、女性の健康に対する悪影響という観点でフェミサイドの情報収集、定義、分類を行っている。2012年、フェミサイドに関するファクトシートを発表した。健康に関する情報なので、犯行者や、被害者―犯行者の関係についての情報は含まれない。司法統計と比較しての弱点である。

WHOも参加した研究の中には、これらも含まれる。女性殺人の35%以上が親密なパートナーによるという研究が公表されている。

フェミサイドの監視についてベストなモデルはないが、研究者や人権活動家による報告や勧告が積み上げられてきた。

欧州におけるフェミサイド監視

・欧州殺人モニター(EHM)――フィンランド、オランダ、スウエーデンにおけるパイロット・プロジェクト。3カ国の殺人モニターの情報を統合している。主に行政情報、司法情報、警察情報に加えて新聞情報も含まれる。2003年以来、殺人事件の分析を続けている。被害者、犯行者について、ジェンダー、年齢、出生地、市民権、両親の出生国、市民的地位(婚姻、未婚、離婚等)、被害者の子ども、アルコール・麻薬歴、暴力の前歴が含まれる。判決内容、以前の裁判歴(性犯罪、その他の犯罪)、刑期も。

・欧州フェミサイド監視(EOF)――2018年、ヴァレッタのマルタ大学が始めた欧州科学技術協力の一環としてのモニターである。2018年と2019年に報告書を発表した。2020年にも数カ国の統計情報を発表・分析した。

・イギリス・フェミサイド調査データベース(UKFC)――2015年に始められ、2009~15年の報告書を公表、その後、17年、18年、19年も。メディアの情報と警察対応の記録である。フェミサイドを男性による女性と少女の殺人と定義する。被害者の出生国、民族、移民の地位、年齢、子ども、妊娠、障害、健康状態、職業、性的指向も含まれる。犯行者について出身国、年齢、職業、暴力歴、障害、健康状態、ポルノ歴、性産業の利用歴、フェミサイドとの関連でもIT利用が記録される。

HALT(殺人・虐待・学び・共に)――イギリスにおける家庭内殺人調査の包括的研究。家庭内殺人のリスクや要因の調査である。犯行者について暴力歴、虐待歴、性暴力、住居、財産状況も。

以上は欧州である。欧州以外では

・ミネソタ・フェミサイド報告(MFR)――NGOの「暴力から自由なミネソタ」がメディアに報告された事例を記録している。2016年、18年、19年に報告書。

・司法と責任に関するカナダ・フェミサイド監視(CFOJA)――2017年に始まったフェミサイド被害者調査。メディア情報に依拠し、先住民族、移住者、高齢者、障害者の女性に焦点を当てる。2019年の報告では、親密なフェミサイド、家族フェミサイド、非親密フェミサイドを区別している。フェミサイドの動機として、(1)女性嫌悪、(2)性暴力、(3)行動の強制・統制(嫉妬、ストーキング)、(4)別居・行き違い・離間、(5)やりすぎ(overkill)をあげる。2019年には(1)暴力歴、(2)行動の強制・統制、(3)別居、(4)関係修復の拒否、(5)女性の人生計画への抑圧・支配、(6)脅迫、(7)妊娠女性、(8)性暴力、(9)傷害、(10)過剰な暴力、(11)監禁、(12)強制失踪、(13)女性遺棄、(14)人身売買、(15)女性嫌悪をあげている。

・殺人監視国内プログラム(NHMP)―オーストラリア犯罪学研究所が1989年以来DVとフェミサイドの統計を取っている。(1)事件ファイル、(2)被害者ファイル、(3)犯行者ファイル、(4)併合事件ファイル。

・アルゼンチン・フェミサイド監視(AOF)――オンライン・ニュース、警察情報、新聞情報。

・ラテンアメリカ情報公開イニシアティヴ(ILDA)――2019年にフェミサイド・ウオッチを公表。フェミサイド認定手続きのためのガイドを作成。

・ラテンアメリカ・フェミサイド監視等々。

報告書は、欧州と世界の殺人とフェミサイド監視の比較をさまざまな図表で示している。

Wednesday, March 02, 2022

ヘイトスピーチ研究文献(191)

上瀧浩子「ヘイトスピーチと表現の自由について」『GLOBE』99号(2019年、世界人権問題研究センター)

2ページの短い論考だが、ポイントを絞って明快に論じている。

上瀧は人種差別撤廃委員会の一般的勧告35号に従って、「ヘイトスピーチと表現の自由の関係についてはあれかこれかという関係ではなく、むしろ規制が表現の自由に資するという立場」を宣言する。

そして、ヘイトスピーチの害悪としての「沈黙効果」に注目し、その観点から言論の自由市場について検討し、インターネットの言論の自由市場では、マイノリティとマジョリティの関係がそのまま反映されるため、マイノリティの言論が「不可視化」されるという。

加えて、言論の自由市場を「質」ではなく「量」の観点から見ると、「国民の知る権利」は情報の量に関連し、「インターネットの言論状況の量はマイノリティに不利な非対称となる。そのため、マイノリティとマジョリティの言論の不均衡を『公平』に是正するための何らかの措置が必要である。この言論の多様性の確保は、『国民の知る権利』として構成することもあり得るが、むしろ、マイノリティの情報を発信する権利と構成することが実態に即していると思われる。」と提唱する。

前提及びヘイト規制が必要という結論は、私と同じだが、理由付けの一部が異なるので興味深い。

共通点の第1は、日本におけるヘイトの現状認識であり、極めて深刻であり、何らかの対処が必要という点である。

2は、人種差別撤廃条約及び人種差別撤廃委員会の一般的勧告35号を参照する点である。

3は、ヘイト・スピーチの刑事規制は表現の自由に反するのではなく、表現の自由の保障に資するという点である。私は「表現の自由を守るためにヘイト・スピーチを刑事規制する」と主張してきた。

4は、それゆえヘイト・スピーチ解消法では不十分で、ヘイト・スピーチ規制が必要であり、日本政府が人種差別撤廃条約第4条(a)(b)に付した留保を撤回するべきだという点である。

このように上瀧と私の基本認識は共通であるが、言論の自由市場の位置づけは異なる。

私は「思想の自由市場」「言論の自由市場」論を採用しない。そもそも言論の自由市場論は単なる比喩的表現に過ぎず、社会科学的に到底評価しえない。憲法論としてもあまりに粗雑であり、適用できない。5年、10年の短期的なスパンなのか100年、1000年の長期的スパンなのかさえ明らかでなく、問題外である。日本国憲法のどこにも言論の自由市場などを予想させる条項は存在しない。日本国憲法が言論の自由市場論を採用していると証明されたことは一度もない。以上が私の考えだ。

ところが、多くの憲法学者と弁護士が、言論の自由市場論を採用し、当たり前のごとく語る。私の指摘に応答した憲法学者を見たことがない。憲法学者は、一切根拠を示すことなく言論の自由市場が絶対命題と考える。根拠を尋ねることは許されない。宗教だ。

現実がこうなので、上瀧は、私のように言論の自由市場論を否定するのではなく、言論の自由市場論を前提としてもヘイト・スピーチ規制が可能であることを示そうとする。この意味で興味深い。この点は奈須祐治の議論も似ていると記憶する。

ただ、マイノリティとマジョリティの情報の「量」の問題として位置付けることは適切だろうか。

これに対しては、すでに榎透が、マジョリティの側の心ある者が、マイノリティとともに対抗言論を行うべしという議論をしている。私は榎説を批判しているが、上瀧説に説得力があると言えるためには榎説に応答する必要があるだろう。

私の認識では、ヘイト・スピーチで問題となるのは、マイノリティとマジョリティの情報の「量」の問題ではない。マイノリティの属性(アイデンティティ)に対する攻撃が行われることが問題なのだ。変更できない属性への攻撃の問題を情報の「量」の問題に還元してよいだろうか。言論の自由市場の前提は、討論を通じて少数意見が多数意見に変わりうるという想定である。およそまともな論拠ではないが、仮にそれを前提としたとしても、討論を通じてマイノリティの属性がマジョリティに変わるということは考えられない。言論の自由市場が機能する前提が成立していない。問題は情報の「量」ではなく、主体の質(属性)と量(マイノリティ性)である。

とはいえ、この点はもう少し深める必要がありそうだ。

Tuesday, March 01, 2022

フェミサイド研究の現状01

昨年、国連人権理事会のシモノヴィチ「女性に対する暴力」特別報告書がフェミサイド・ウオッチを取り上げたので、下記に紹介した。

前田朗「フェミサイド・ウオッチとは何か」『人権と生活』53号(在日本朝鮮人人権協会、2021年)

EUの欧州ジェンダー平等研究所(EIGE)の報告書『フェミサイドを定義し確認(同定・認定)する――文献レヴュー』

https://maeda-akira.blogspot.com/2022/01/blog-post_6.html

女性に対するサイバー暴力

https://maeda-akira.blogspot.com/2021/12/blog-post_19.html

国連麻薬犯罪事務所の調査報告書『親密なパートナー又は家族メンバーによる女性・少女の殺害――グローバル評価2020』

https://maeda-akira.blogspot.com/2021/12/blog-post_4.html

今回は、EU欧州ジェンダー平等研究所(EIGE)の報告書『EUと国際的なフェミサイド測定――ある評価』(2021)を簡潔に紹介する。

EIGE, Measuring femicide in the EU and internationally: an assessment. 2021.

1.        序文

2.        調査計画

3.        文脈と背景

4.        欧州と世界の情報収集システム(概観)

5.        フェミサイドについての指標と分類システムを定義するために(概観)

6.        各国レベルのフェミサイド(定義と情報収集)

7.        NGOによるフェミサイドの情報収集

8.        勧告

1.序文」では、フェミサイド研究のためには情報収集が重要だが、各国の統計では殺人の統計がある者の、フェミサイドの統計が不十分であり、それはフェミサイドの定義や指標が十分に共有されていないためであると指摘する。国により定義が異なる。メディアによりNGOにより指標が異なる。このため統計が不十分となる。フェミサイド予防と被害者保護のためには情報が収集され、公開されていなくてはならない。本報告書はEU及び国際的な情報収集の現状を概観し、不十分さを確認する。

2017年、EIGEEU加盟国における包括的な情報収集を活性化させることにした。報告書はその成果である。EIGEはフェミサイドを「親密なパートナーによる女性殺人、及び女性に有害な慣行の結果としての女性の死亡」である、「親密なパートナーとは前又は現在の配偶者やパートナーであって、被害者と同居しているか否かは問わない」と定義する。2017年のEIGEの擁護報告では、次の要素を掲げた。

・女性と少女の故意の殺人(ジェンダーに基づく行為)

・パートナー又は配偶者の殺人、親密なパートナーの武力による女性の死亡

FGMに関連する死亡

・安全でない堕胎に関連する死亡

・名誉殺人、及びダウリー関連の死亡

この定義の鍵となる要素は、ジェンダー不平等とジェンダーに基づく動機である。

報告書では27EU加盟国及びイギリスの情報を扱う。

「2.調査計画」では、報告書の構成を説明している。

「3.文脈と背景」では、まずフェミサイドという言葉を、1976年にディアナ・ラッセルが「女性に対する犯罪国際法廷」で用いたこと、その定義はジェンダー憎悪に焦点を当てていたため、その後、採用されず、むしろ実行者の動機に関わらず女性殺人を意味する言葉として用いられてきたこと、ジェノサイドに比較して(その水準で)フェミサイドを使用する例もあること、1990年代から欧州レベルで研究が始まり、その後、ラテンアメリカやカリブ諸国にも広がったこと、2004年にべレム・ド・パラ条約システムができたこと、最近、多様な研究によりフェミサイドの指標が探求されていること、国際刑事警察機構、国連麻薬犯罪事務所、世界保健機関などの国際機関が取り組みを始めたことが確認されている。

2008年、欧州評議会はDV情報収集についての報告を公表した。そこではDVの調査と、フィンランド殺人監視の情報収集が紹介されている。

2011年、欧州評議会は女性に対する暴力予防イスタンブール条約を採択し欧州全域でフェミサイド調査が始まった。条約はフェミサイドの定義をしていないが、第11条は女性に対する暴力の情報収集を要請している。

国連機関もフェミサイド研究を始めた。2010年代、国連統計局、国連人権理事会、国連総会などがそれぞれ調査、統計、研究に力を入れてきた。

フェミサイド・ウオッチはこの点で重要な取り組みである。2017年、ウィーンの国連犯罪防止刑事司法委員会がフェミサイド・ウオッチの原型を提示し、フェミサイド・ウオッチ・プラットフォームができた。2015年、シモノヴィチ「女性に対する暴力」特別報告書の呼びかけに続き、201711月、ジョージアが最初のフェミサイド・ウオッチを設置した。

2017年、女性差別撤廃委員会CEDAWは一般的勧告35号を出した。

2019年国連女性連盟UN-Womenの専門家会合はフェミサイドの統計情報に関する未出版の報告を作成した。2020年に背景文書を公表した。

フェミサイドに関する国際議論は2つの流れがある。第1に、ラテンアメリカとカリブ諸国は、フェミサイドの定義を限定的に理解して、刑事規制を行う方向である。第2に、統計目的の情報収集のためにフェミサイドを定義する方向である。両者の間でフェミサイドの定義は異なる。