Thursday, January 06, 2022

フェミサイド研究文献レヴューの紹介01

EUの欧州ジェンダー平等研究所(EIGE)は、報告書『フェミサイドを定義し確認(同定・認定)する――文献レヴュー』を公表した。簡潔に概要を紹介する。

Defining and identifying femicide: a literature review. EIGE, 2021.

EIGEは、フェミサイド事件のジェンダー次元を確認し、ジェンダー関連殺人の実情をよりよく把握するため、その要因を分析するため、研究文献のレヴューを行った。執筆者は、ビルジット・サウエル(ウィーン大学教授)である。これはより大きなプロジェクトの一部であり、プロジェクト全体は、ミルナ・ドーソン(ゲルフ大学)、アンナ・ヴィーチェク・ドランスカ(マリナ・グルジェゴルジェフスカ大学)、エカテリーナ・バルチカ(ルーマニア社会学研究所)及びバーバラ・スピネリが担当している。EIGEジェンダー暴力班も運営に当たっている。

報告書は55頁あるが、本文は26頁で、それ以下は文献目録、資料(関連雑誌のまとめ)等である。135本の論文が掲記されており、これらをテーマごとに分類したのが本報告書の本文及び資料である。

フェミサイドについて本格的に研究するためには、本報告書を手掛かりに、文献を追跡調査する必要がある。

目次

1.    序文

2.   本研究の方法と制約

3.   文献で論じられたテーマ、問題点、挑戦の概観

3.1 フェミサイド確認(同定)の挑戦(困難)――共通の定義の不在

3.2 フェミサイドに関するデータの欠如

3.3 データ収集に際してフェミサイド報告が過少であり、見えにくくなっていること

3.4 データ収集における偏見

3.5 データ管理

4.フェミサイド(類型)確認に用いられる要素と変数に関する有意義な議論

  4.1 調査で議論されたフェミサイドの類型

  4.2 フェミサイド確認のために用いられる変数

  4.3 リスク要因とリスク評価

  4.4 フェミサイド確認に関する法医学的パースペクティヴ

  4.5 統計目的のためのフェミサイド確認のための説明変数

5.統計目的のためのフェミサイド確認のための説明変数に向けて

  5.1 最小限データ

参考文献

付録1. 収集された雑誌記事一覧

付録2.雑誌記事の参考

1.序文

 フェミサイドの定義及び変数と要素に関する研究文献は、フェミサイドのデータと同様に数少ない(Corradi and Stokl,2014)。

 

Corradi , C. and Stokl,H. (2014), Intimate partner homicide in 10 European countries: statistical data and policy developments in cross-national perspective, European Journal of Criminology, Vol. 11, No 5, pp.601-618.

 

フェミサイドに関するデータベースを持つ国はイタリア、セルビア、スペイン、イギリスだけである。それゆえ欧州全体の比較はできない。フェミサイドに関する有意義な情報は殺人一般に関するデータに埋もれている。フェミサイド概念の明確化が求められる。分野が異なるとフェミサイドの理解が異なる。フェミサイドの性質や実情に関する理解も異なる(Dawson and Carrigan, 2020)。Corradi and Stoklは、親密なパートナーによる殺人は、一般の殺人事件というよりも、親密なパートナーによる暴力の延長として理解される。

Dawson and Carriganが示唆するように、フェミサイドの概念化は分野と学問の伝統の間で多様である。伝統の中でも多様な協調が見られる。例えば、親密なパートナーによる殺人やフェミサイドに言及する際にフェミサイドを一つの特別な類型と見る刑事学者がいるが、ジェンダーに敏感な研究はフェミサイドやフェミニサイド概念を用いる。Kelly(1988) の研究に従って、フェミサイドをより広く、女性がその人生で経験する暴力現象と見る研究者もいる。一般に承認されているように、フェミサイド研究はCaputi and Russell(1990)に始まる。2人は、フェミサイドを憎悪、侮蔑、愉悦、又は女性所有意識に動機づけられた男性による女性殺害とした。本報告書は、フェミサイドを女性蔑視ゆえの男性による女性殺害、すなわち、彼女が女性であるがゆえの女性殺害と見る。

文献レヴューによって、EU及びイギリスのフェミサイドの定義、類型、指標、データ収集の比較分析が可能となる。報告書は、雑誌や研究書として出版された研究の包括的な調査に基づいている。分野横断的な文献の概観を与え、フェミサイドの定義と類型論のための総合的なアウトラインを示す。フェミサイドは個人がそれぞれの動機で行うとしても、フェミサイドを「構造的暴力」として広く定義することができる。

2.本研究の方法と制約

本報告書では20152020年のフェミサイド関連文献をレヴューする。それ以前のものも若干含まれる。調査対象は英語文献に限られる。

フェミサイドの変数や要因に関する調査としてはWhittemore and Knafl,2005がある。第1段階は、フェミサイド、フェミニサイド、親密なパートナーによる殺人という言葉をGoogleで検索した。第2段階は、ジェンダー暴力、女性の健康、犯罪学、殺人研究、法医学の雑誌の調査である。第3段階は、以上で明らかになった文献で引用された文献の追跡である。第4段階は、すべての文献におけるフェミサイドの定義、変数、リスク要因の確認である。男性実行犯に限定し、女性実行犯を除外した。

調査によって97の出版、79の雑誌論文、9の著書の章節等が明らかになった。フェミニスト、社会学者、犯罪学者、脱植民地研究の分類をし(Corradi et al, 2016)、犯罪学29、法医学17、健康5、フェミニスト18、社会学25、脱植民地3となった(複数カテゴリーに該当するものもある)。

調査の結果、フェミサイドについて現に行われている議論、特に学術雑誌において親密なパートナーによる殺人に関する議論状況が明らかになった。社会学研究においてはフェミサイドに関する調査が欠如しているため見えにくくなっていることが判明したが、今後の研究にとって示唆を得られた。Bradbury-Jones et al. 2019は、論文タイトルや要約だけを見るとジェンダー側面が見失われるので、注意深く見る必要があるという。Niemi et al, 2020の著書『国際法と女性に対する暴力――欧州とイスタンブール条約』では、フェミサイドという言葉は2回しか使われていない。

フェミサイドが見えにくいのはデータ収集にも一因がある。データ自体に固有の制約があるだけでなく(Cullen et al, 2021)、文化的制約も指摘されている(Shalhoub-Kervorkian and Daher-Nashif,2013)。フェミサイドが他の犯罪類型にカウントされている(Ferguson, 2015)。不処罰のためにカウントされない場合もある(Godinez Leal,2008, Livingstone,2004)。被害者の年齢故にカウントされない場合もある(Roberts,2021)。

学術研究文献の多くが、データ不足とデータ収集の不適切さを指摘している。共通の定義、基準、指標がないためである。全文献のうちフェミサイドの調査やデータについて論及できているのは12にすぎない。フェミサイド確認のために具体的な変数を論じているのは4である。