Sunday, August 19, 2012

恣意的処刑特別報告書

法の廃墟



恣意的処刑特別報告書



『無罪!』2009年7月号





人権活動家への攻撃



 本年六月に国連欧州本部(ジュネーヴ)で開催された国連人権理事会第一一会期に提出されたフィリップ・アルストン「恣意的処刑特別報告者」の報告書(報告書番号A/HRC/11/2)は、人権活動家・協力者への報復問題や、現代の魔女狩りを取り上げている。恣意的処刑特別報告者は、正式には「法律外、即決または恣意的処刑に関する特別報告者」といい、国連人権委員会から人権理事会に継承された(二〇〇七年の同報告書について、前田朗「国連人権理事会の恣意的処刑報告書」『救援』四五七号、二〇〇七年五月)

 アルストン特別報告者は、二〇〇八年四月から二〇〇九年三月にかけて、世界各国の関連情報を収集して報告書を作成した。四二カ国から一三〇件の情報が寄せられた。そのうち五四件は死刑に関するもので、施設収容中の死亡が二一、少数者の死刑が二〇、過剰な実力行使による死亡が一八、不処罰が一一、襲撃・殺害が二三、武力紛争に関するものが三、殺害の脅迫が七であった。また、現地調査は、アフガニスタン、アメリカ、ケニアに続いて、ブラジル、中央アフリカ、グアテマラ、フィリピンを訪問している。さらに四七カ国に訪問希望を出しているが、予定されているのは、コロンビアだけである。コンゴ民主共和国、アルバニアとは協議中であり、パレスチナは受け入れを表明してきたがイスラエルが受け入れていない。三四カ国からは何ら回答がないという。

 今回のアルストン報告は、特に四つのテーマについて論じている。特別報告者に協力した個人への報復、少年犯罪者の処刑の禁止、魔女狩り、公開集会規制に際しての実力行使である。は従来から議論されてきたテーマだが、は新たに提起された問題といえよう。

 特別報告者に協力した個人への報復とは、次のような事態である。アルストン報告者は国連人権理事会の委嘱を受けて世界の人権状況を調査研究しているが、その際に、恣意的処刑に関する情報の提供を求めている。各国政府から自主的に提供される性質の情報ではなく、犠牲者とその遺族や、ジャーナリスト、人権NGOからの情報である。現地調査に赴いた先では、政府関係者からの情報提供も受けるが、政府以外のセクターからの情報が重要である。

 二〇〇九年三月、あるジャーナリストが国連事務総局に、情報提供者の安全を守る措置について質問した。ケニアで三〇人の人権活動家や弁護士が行方不明になった。彼らは国連に情報提供したために殺害されたといわれている。国連はそのことを知っているのか。彼らのために何をしてきたのか、と。国連事務総局は、アルストン報告書は人権理事会の委嘱で調査したものだから、この質問は人権理事会の問題だとしか回答できなかった。

 情報提供者が危険にさらされるようでは、その後、情報提供ができなくなる。危険に陥った情報提供者に対してはアルストン報告者も道義的責任を有することになる。情報提供者保護は、国連や人権機関の責任である。そこで、たとえば次の三つの問題について検討している。国際刑事裁判所が有している証人保護と同じように情報提供者を保護するための財政基盤がない。情報提供者は特別報告者が自分を保護してくれると期待しがちである。特別報告者は訪問国での調査日程を相手国と情報共有しなければならない。しかし、特別報告者がいったんその国家を離れてしまえば、緊急アピールを出すこと以外に、情報提供者を保護するすべがない。

 特別報告者は次のことを要請している。人権理事会が各国に対して情報提供者保護を促すこと。危険情報を得た場合には、人権理事会が即座に対応する体制をとること。NGOなどが情報提供者保護のための財政基盤を整えること。

 国内においても公権力や企業の腐敗に関する内部告発が弾圧の対象となるように、国際人権の現場でも厳しい状況が続いている。



魔女狩り



 アルストン特別報告者は、魔女狩りが世界各地で起きているという。マッカーシズムはレッド・パージのような比喩としての魔女狩り」ではなく、女性や子どもの殺害としての魔女狩りである。魔女狩りの定義は容易ではないし、問題は単純ではないので、具体的事実を確認することが出発点であるという。

 中央アフリカでは、魔女狩りは死刑か終身刑とされる。死刑判決が出なければ、民間人によって殺される。ガボンやブルキナファソでは「魔女の子」殺しが起きている。二〇〇七年の女性差別撤廃委員会のインド報告書審査に際して、女性に対する暴力の極端な事例として魔女狩りが記録されている。女性差別撤廃委員会のガーナ報告書審査において、二〇〇〇もの魔女がキャンプ収容されていると指摘されている。タンザニアでは一〇〇〇人の魔女殺しが報告されている。南アフリカやモザンビークでも魔女殺しが報告されている。南アフリカ真実和解委員会は魔女殺しをした三三人に恩赦を与えた。ゴラに関して二〇〇四年の子どもの権利委員会、二〇〇八年の社会権規約委員会が魔女狩りを指摘している。マリやタンザニアでは「魔女狩り医師」が報告されている。パプアニューギニアでは、二〇〇八年に五〇人以上が殺されたとジャーナリストの報告がある。コンゴ民主共和国のキンシャサの路上には、魔女とみなされて遺棄された子どもたちが二万五〇〇〇人から五万人いるという。ナイジェリアのNGOは魔女とされて捨てられた子どもの救援を行っている。ネパールでも魔女狩りやエクソシズムの儀式が行われている。メキシコでは二〇〇八年七月に三人の女性が殺された。サウジアラビアでは二〇〇六年に、証人の申立てだけに基づいて女性が魔女とされ死刑判決を言い渡された。

 魔女として殺された被害者が増加している。魔女狩りは、ジェンダー、年齢、障害などに基づく差別の組織的形態である。魔女の親族も重大な人権侵害を余儀なくされる。国際人権機関は、魔女狩りを散発的なものと見てきたため、対応も意識喚起や教育に焦点を当てるだけであった。国内レベルでは、魔女を処罰対象とする諸国もある。中央アフリカのように魔女をしけ意図する国もある。法が沈黙している場合も、伝統や慣行が用いられる。

 まず重要なのは、魔女狩りに関する正確な情報の入手・整理である。申し立てられている事例について、当該政府が把握していないことが多い。しかし、魔女狩りのような殺害を予防するのは政府の責任である。

 アルストン報告者は、人権理事会が、魔女狩りはまったく許されないと認定し、各国政府に魔女狩りを殺人事件として捜査・訴追・処罰するよう呼びかけるべきであると勧告している。

 二〇〇一年八月三一日から南アフリカのダーバンで開催された人種差別反対世界会議の際に、「魔女狩りに反対」というポスターが貼られているのを見た。アフリカ各地の魔女狩りを批判するものだった(前田朗「いまよみがえる魔女」『イオ』二〇〇九年三月号)。だから現代に魔女狩りがあることは知っていた。しかし、これほど広範に行われているとは驚きである。