今中哲二『サイレント ウォー 見えない放射能とたたかう』(講談社)
目次
序章 “フクシマ後の世界”を生き抜くために
第1章 放射能を「正しく恐がる」ための基礎知識
第2章 被曝にともなう影響、これからどうなる?
第3章 外部被曝にどう対処するか
第4章 内部被曝にどう対処するか──食品の放射線量を知る
第5章 さらにくわしく知りたい人へ
<放射線に「安全」「安心」はない。持つべきは、「リスクをどこまで我慢できるか」の基準!>
<小出裕章助教とともに京都大学原子炉実験所の「熊取六人組」と呼ばれ、長年にわたり原子力の専門家の立場から原子力発電所の危険性を訴えてきた著者。チェルノブイリの事故の事後のウクライナ・ベラルーシの調査などから、今後フクシマそして日本で何が起きるかを具体的に解き明かします。
2011年3月15日に初めて飯舘村を訪れて以来、政府や行政が情報を隠す中、継続して放射能の測定をし、発表してきました。半減期を考えるとおよそ3年間、十分な対策をすることで、チェルノブイリのような長期の人的健康被害を避けることができます。逆に、事故から1年半がたって風化しつつあるいま現在の対策が鍵を握ります。
圧倒的なデータと研究に裏打ちされ、かつ、いっさい偏りのない真の専門家の立場から、これからの除染、食べ物の選択、暮らし方の知恵まで、個別具体的な指針を示します。
「放射線と共存する時代」に、一家に一冊の必読書です。>
この宣伝文句の通り、原発の危険性を訴え続けてきた著者による平易な解説である。同じような内容の本が数十冊出回っている現状では珍しくないし、新規性はあまりないが、この著者の本なら読んでおこうと思い、購入した。放射能の危険性や内部被曝について特に新しい情報が書かれているわけではないので、読者としては裏話やエピソードを期待することになる。だが、原発問題についてそうした記述もあまりない。たんたんと福島事故以後の状況を語り、注意点を整理している。それでも、読みどころはたくさんある。みんなが知っていることでも、「熊取六人組」の今中哲二がどう述べているかは知りたいところだからだ。
3.12に菅直人首相が福島原発事故現場にいったことについて、「災害対策本部のトップである首相が持ち場を離れた」「大将がノコノコ最前線に出ていけば、指揮系統はメチャクチャになり、だれが危機管理をしているのか、わけがわからなくなってしまいます」「日本政府の中枢も、メルトダウンしていたようです」と評価している。この評価に異論があるわけではないが、一般論であって、具体的な評価になっているとは言えないように感じる。東電はまともな情報を上にあげず、首相周辺にいた「科学者」がまったくトンデモなインチキ科学者で事実も論理もすでにメチャクチャであり、首相は情報から疎外されていた。今中は、首相は「本陣から動かず、さまざまな情報を集約して状況をつか」むべきだと言うが、それが不可能だったから菅直人は動いた。この点は評価のわかれるところだろうが、今中の主張は、つまるところ、菅首相は動かず、何も知らず、何もしなくてよかった、ということにしかならないのではないか。そうでないとすれば、どうするべきだったのか。
放射能を「正しく怖がる」ための基礎知識はわかりやすい。類書は多数あるが、「数学のマジック」に要注意、「すぐには健康に影響はありません」の真意、「わずかな被曝でもリスクはある」が世界の常識、など再確認できた。
ニコニコ山下俊一(福島県立医科大学副学長)について、「ご本人がそう思うのは自由ですが、このような社会的発言をするのなら、お孫さんも含めて家族で飯舘村に移住してからにすべきでしょう」と述べている。さらに、NHKラジオでの山下俊一インタヴューを聞いて「“嘘はいっていないけれども、嘘つきのような発言だった”と思っています」とも述べている。
本書には、今中の母親の「私の原爆体験記」が収録されている。8月6日、21歳の今中茂子は「入市被曝」した。今中が原子力工学研究者になったことと、被曝2世であることの間には関係がないそうだが、それでもこの手記を収録している。静かに瞑目して本書を閉じたい。