井上亮『忘れられた島々――「南洋群島」の現代史』(平凡社新書)
『「東京裁判」を読む』の共著者でもある。よく調べているが、視点が日本の内向きなところに難点があった。本書はどうだろうか。
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目次
第一章 日本帝国の南進
上から操作された「南進ブーム」/南進論の系譜/「無主無人の島」/スペインの植民地政策/南洋のシベリア/天から降ってきた「第三の植民地」/太平洋戦争への重大な伏線/委任統治の受任国というステータス/ジョーカーを引いた日本
第二章 冒険ダン吉と三等国民
南洋諸島を支配した海軍の体現者/守備隊による島民教育/「国策移民」により人口は増大/「私は天皇陛下の赤子です」/内地観光団と神社建立/衣の下の植民地支配/「北の満鉄、南の南興」/沖縄県人に対する差別/悲しきナショナリズム
第三章 海の生命線
南洋群島がアメリカ海兵隊を育てた/海軍による「海の生命線」というキャンペーン/国連脱退後に進んだ領土化/ルーズベルトが唱えた太平洋諸島の中立化案/「生命線」から「導火線」に
第四章 楽園と死の美学
投降すれば「非国民」/「お国のために美しく死ぬ」ことの賛美/優遇措置と徴兵忌避/大本営による「転進」という造語/「絶対国防圏」から外れたマーシャル群島/「上陸作戦は守備側有利」/引き揚げも残るも地獄/サイパンの放棄を決定/病院とは名ばかりの洞窟/アメリカ人が見た日本人の「奇妙な儀式」/サイパン戦死者の六割が沖縄県出身者/戦う前に戦力を消耗/「島もろともの特攻」/「防波堤」から「捨て石」へ/ものづくり思想の戦い/「ペリリューはまだ落ちぬのか」/飢餓との戦い
第五章 日本を焼き尽くす砲台
航空基地建設に借りだされた囚人たち/急増する朝鮮人人口/パラオ人たちの「特殊任務」/B29の発進基地に/日本の防空体制/極秘の原爆投下部隊/日本へ飛び立ったエノラ・ゲイ
第六章 水爆の海
徴用漁船の受難/焼津漁業の南洋進出/極秘水爆実験「ブラボー」/アメリカの「ズー・セオリー」/「原爆マグロ」のパニック/ビキニ水爆実験初の犠牲者/死の灰を浴びたマーシャル諸島の住民
第七章 「南洋帰り」の戦後
「南洋帰り」に対するやっかみ/民間抑留者に課せられた死体の処理/南洋での「勝ち・負け抗争」/敗戦後の殺伐とした空気/南洋再移民熱は下火に/親日感情の正体/不誠実な日米の損害賠償/軍事基地提供の見返りが援助金/消えゆく生き証人
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10年程前、軍隊のない国家を調査するため、パラオ、ミクロネシア、マーシャル、キリバス、ナウルに行って来たので、懐かしく、楽しく読めた。
本書著者は宮内庁担当で、「富田メモ」報道に携わっただけあって、本書執筆の一つのきっかけは天皇夫妻のパラオ訪問である。「はじめに」冒頭の文章は、普通に事実を書いているようであって、「普通に」というのは「普通に天皇主義者」という意味である。天皇、日本、日本人の視点で太平洋に臨むことになる。
もちろん、著者は、「パラオなどを親日と言うが、植民地支配をした事実を忘れるべきではない」という程度の良識を持っている。日本が、日本人、沖縄人、朝鮮人に等級を付けて差別し、同様に南洋群島の住民をも差別していたこともきちんと書かれている。「お国のために美しく死んだ日本人」についても、「非国民にされないために」、強い圧力の中で自ら従うようになっていったことも示され、当時の日本政府と日本軍の問題性を浮かび上がらせることも忘れていない。戦後で言えば、ビキニ事件の第5福竜丸について論じる際にマーシャル諸島民の被曝にも言及している。その意味では、良書である。
とはいえ、本書の大半は、日本と日本人の歴史の記述に費やされている。このため「南洋群島」の現代史と言う場合の「現代史」は、日本本土の日本人がかかわった範囲での現代史である。戦後、アメリカの信託統治領となり、「動物園政策」に苦しみ、後に独立した経緯も簡単に触れられているが、ついでの感を免れない。パラオの非核憲法の限界には触れているが、ミクロネシアの非核憲法には触れていない。マーシャル諸島共和国が国際司法裁判所にアメリカの核政策の国際法違反性を問うために提訴していることにも触れていない。著者にとっては、やばいこと、なのだろう。そして、パラオ、ミクロネシア、マーシャルの人々の「現代史」は書かれない。
本書は「日本人が問いたいもの」を問うが、「南洋群島が問いかけるもの」には沈黙しているのではないか。