Tuesday, August 02, 2016

メッセージ犯罪としてのヘイト・クライム(津久井やまゆり園事件)

1.相模原の津久井やまゆり園事件から一週間が過ぎた。当日、毎日新聞から電話取材を受けて「ヘイト・クライムの可能性がある」と話したところ、7月27日朝刊に「憎悪犯罪の可能性高い」という記事になった。30日のTBS報道特集でも同じコメントを放映してもらった。ほかにもいくつか電話取材を受けたので、これから掲載されるかもしれない。31日のNHKニュースでも、ある社会学者が「ヘイト・クライムだ」と述べていた。
2.ヘイト・クライムはもともと人種、民族、皮膚の色、宗教などの動機による暴力犯罪を指して用いられてきた。その後、ジェンダー、セクシュアル・アイデンティティ、障害などにも広がってきた。障害差別によるヘイト・クライムを認めるか否かは、国により、研究者により、異なる。アメリカでは、2009年のヘイト・クライム法において障害によるヘイト・クライムの刑罰を加重している。同様にニューヨーク州刑法やヴァーモント州刑法も障害を含んでいる。それゆえ、障害差別によるヘイト・クライムを認めることができるだろう。
3.カリフォルニア・ルーテル大学のヘレン・アン・リン教授の論文「直接被害を越えて――ヘイト・クライムをメッセージ犯罪として理解する」によると、「ヘイト・クライム/ヘイト・スピーチは、被害者及びそのコミュニティを脅迫するためのメッセージ犯罪である。ある集団に属しているが故に被害者に向けられる象徴的犯罪である。前述のファンによると、ヘイト・クライムが処罰されるべきなのは、単に身体的行為を超えて心理的感情的影響を有するからである。刑罰がより重くなるべきなのは、人種的不寛容の歴史に基づいて、被害者が特に傷つきやすく、身体的被害をずっと超えた被害を受けているからである。例えば、アフリカ系アメリカ人の芝生で十字架を燃やす行為は、歴史的文脈から言って、エスカレートした暴力による明白な脅迫であって、単なる放火ではない」という。
 さらに、リンによると、「アメリカ公民権委員会によると、ハラスメントは『移動暴力』という共通の形態をとる。近所で、特に中産階級のアジア系アメリカ人が居住する郊外住宅地で発生することが多い。卵を投げる、石で窓を割る、銃で窓を割る、火炎瓶を投げるなどである。レヴィンとマクデヴィッドはこれを『防衛的ヘイト・クライム』と呼んでいる。白人が多く住む地域に引っ越してきた黒人家族、アジア系の友人とデートした白人女学生、最近職にありついたラテン系の人が狙われる。防衛的ヘイト・クライムは『出て行け。お前たちは歓迎されていない』というメッセージを送るためになされる」という。
Helen Ahn Lim, Beyond the Immediate Victim: Understanding Hate Crimes as Message Crimes, in: Paul Iganski (Ed.), Hate Crimes, Vol.2, The Consequences of Hate Crime, Praeger Publishers,2009. 
4.津久井やまゆり園事件では、過激な差別思想がメッセージとして発信された。直接の被害者に加えて、家族や施設の関係者が受けたダメージも甚大であるが、被害者と同じ属性を有する人々とその関係者に激烈な差別メッセージが送られてしまった。差別思想が全国津々浦々に届いてしまった。
5.各メディアが努力を続けているが、いま必要なのは「カウンター・メッセージ」を繰り返し、強く発信することである。差別動機によるヘイト・クライムは許されない犯罪であることと、そして、被害者や関係者を支え励ますメッセージである。
真っ先にカウンター・メッセージを発信するべきは首相であった。アメリカのオーランド事件の際にオバマ大統領が即座にメッセージを発したように、パリやニースのテロ事件の際にオランド大統領が直ちにメッセージを発したように、首相が差別を非難し、関係者を励ますメッセージを出すべきであった。ところが、外国における事件に際してわざわざメッセージを発した安倍首相は、津久井事件を漫然と見過ごしている。措置入院についての見直しと言う形で、加害側だけに注目している。しかし、被害にさらされる人々へのメッセージこそ先である。

カウンター・メッセージに続いて、啓発、教育、行政指導、法改正など、さまざまの方策が検討されるべきであり、総合的な取り組みが必要である。あれかこれかの二者択一はとるべきではない。すべての個人の個性が尊重され、すべての命が大切にされ、差別をなくすために、差別と闘う社会づくりが必要である。放置しておくと、ヘイト・クライムは社会を壊す。壊れる前にやるべきことがたくさんある。