光信一宏「フランスにおける人種差別的表現の法規制(4)」『愛媛法学会雑誌』43巻1・2合併号(2016年)
同誌に連載された詳細なフランス法研究の最終回である。全体で次の4部構成。
Ⅰ 1972年7月1日のプレヴァン法
Ⅱ 人種的名誉毀損罪および同侮辱罪
Ⅲ 人種的憎悪煽動罪
Ⅳ ホロコースト否定罪
今回はⅣのホロコースト否定罪の研究である。フランス法については、成嶋隆の研究(『獨協法学』92・93号)が先行するが、情報内容が古く、なぜか最近の情報を入れていない等疑問が少なくない。成嶋論文への疑問は下記で指摘しておいた。
光信論文は、フランスにおけるヘイト・スピーチ法の包括的で最新の研究であり、重要だ。法律制定過程、条文の解釈、事件や判例の紹介を含めて、しっかりした論文になっている。今回の分について若干のコメント。
第1に、ホロコースト否定罪について、「ドイツ、オーストリア、スイス、ベルギー、ルクセンブルク、リヒテンシュタイン、ルーマニア、ポーランド、チェコおよびスロヴァキアなど十数カ国にのぼっている」としている。フランスについては詳細な研究をしている。オーストリア、スイス、ベルギーについても若干言及している。従来の研究はドイツに偏り、それ以外には言及がないのが普通であった。私は、光信とは別の情報源に基づいて、同じく十数カ国と繰り返し紹介してきた。さらに調査が必要だ。
第2に、ホロコースト否定罪の「法規制の動きの先鞭をつけたのがフランス」としている。1990年の社会党のミッシェル・ロカール内閣の下で提案されたゲソ法を念頭に置いている。一般にドイツに始まったというイメージがあり、私もその点を詳らかにしてこなかったが。
第3に、ホロコースト否定犯罪処罰論と、これに対する批判を丁寧に紹介している。立法段階での議論、適用段階での議論の双方にわたって、表現の自由や歴史研究(学問の自由)との関係を明示している。
第4に。欧州各国の法規制を推進したのがEUの枠組み決定であることにも的確に言及している。EU枠組み決定自の重要性は、師岡康子(岩波新書)がいち早く指摘している。ただ、EU枠組み決定が出来上がる過程についての研究は従来、ないようだ。これほど影響の大きい文書なのに。私は国連サイドの研究で手いっぱいで、ラバト行動計画やCERD一般的勧告35は見てきたが、EUの調査はできていない。誰かやってくれないだろうか。
第5に、光信はフランス法の状況を紹介するが、非常に謙抑的であり、その先に言及がない。分析を深めることなく、論文はあっけなく連載終了である。外国法紹介は重要だが、比較法研究としては物足りないし、日本についてどう考えているのか気になる。