大江健三郎『「新しい人」の方へ』(朝日文庫、2007年[朝日新聞社、2003年])
前著『自分の木の下で』と同様に若い人々向けに書かれたエッセイ。大江ゆかりのイラスト付きも同じ。前著は中学生くらいが対象に想定されていたが、本書は高校生やその母親を想定するようになっている。
自分の子ども時代の思い出、自分の子どもたちの言葉や振る舞いなどをもとに、手がかりに、家族の在り方、人生の習慣、読書の方法などを様々に語る。
「意地悪のエネルギー」では、ヴァルネラブルという言葉の使い方を間違えると、いじめられる側に原因があるかのごとく考えられてしまうことを指摘している。
「ウソをつかない方法」では、ウソをつかない人という承認を得る価値を確認しつつ、ウソつきと言われた子ども時代を振り返り、ウソをつかない力について考える。当然のことながら、作家はウソつきの天才でなければならないが、政治家のようにウソをついてはならない立場の人間こそウソをつく問題をどう考えるか。
「本をゆっくり読む法」では、速読術のたぐいに疑問を呈しつつ、「ゆっくり読むこと、それが本当に本を読む方法です」という。そのためにゆっくり読むことのできる力を鍛えなくてはならない。なるほど、ゆっくり読むことは大切だ。重要な本ほどゆっくり読むべきだ。読み飛ばしてよい本はどんどん読み進めばいい。
タイトルにもなっている「新しい人」について、子どもたち、若い人たちに「新しい人」になってもらいたい、という。パウロの手紙における「新しい人」、本当の和解をもたらす人――一例としてエドワード・サイードがあげられる。この危機の時代に、敵意を滅ぼし、和解をもたらす「新しい人」をめざすこと、「新しい人」として生きること、大江自身にはできなかった希望を若い人に託すという形になっている。