金富子・小野沢あかね編『性暴力被害を聴く――「慰安婦」から現代の性搾取へ』(岩波書店)
https://www.iwanami.co.jp/book/b527930.html
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<性暴力を語ることは、被害者の心身に大きな苦痛を与え、困難を極める。そのため、韓国での証言が端緒となり、各国で行われた「慰安婦」の聞き取り活動は画期的なものであった。負の体験の聞き取りが歴史研究へもたらした意義と、広く現代史におけるオーラルヒストリーの形成を論じ、現代日本の性搾取との関連性をも明示する。>
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1990年代、「慰安婦」被害者、強制連行被害者たちの「証言」が始まった。歴史の闇を暴き、さらけ出す、貴重な証言の数々に幾度、心を震わせたことだろう。私自身、「慰安婦」サバイバー・被害者の証言を数十回も聞いてきたが、私が聞いたのは公開の証言集会の場だ。少人数での聞き取り調査をしたのはピョンヤンだけだ。国連人権委員会等では、西欧やアフリカの性暴力被害者の証言も聞いたが、やはり公開の証言集会だ。
本書では、「慰安婦」証言の聞き取り調査の方法論が主題となっている。それは公開集会での証言以前、限られた研究者や支援者や弁護士などによる聞き取りの場で「慰安婦」被害者が自らの記憶を掘り起こし、呼び覚まし、苦痛に耐えながら勇気ある証言をする場面だ。ここでの聞き取りに失敗すると、せっかく勇気ある証言に出ようとした被害者を再び沈黙に追い込んでしまうかも知れない。語り始める勇気を支える環境、証言できる環境をつくることが大切だ。そのためにも調査者や支援者が自らの方法論を問い直し続けることが必要となる。その過程や取り組みを主題としたのが本書だ。
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序章 「問うから聴くへ」、そして「慰安婦」から現代の性搾取へ ……………小野沢あかね
第I部 韓国ではどう聴いてきたか
第1章 証言者中心主義とは何か―― 日本軍「慰安婦」被害者の証言研究の方法論とその意味
……………梁鉉娥(訳・金富子)
第2章 韓国の基地村女性の経験を聴く―― フェミニズム・オーラル・ライフ・ヒストリーの挑戦 ……………李娜榮(訳・古橋綾)
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小野沢あかねは、本書成立の経緯、主たる問題関心を解説する。「慰安婦」、基地村女性、セクシュアルハラスメント被害者、レイプ被害者、ポルノ被害者など多様な被害女性が勇気を奮って声をあげるとき、その声を抑圧する社会、他方、その声に耳を傾けようとしながらも、聞きたいことを聞き出すことに終わってしまう研究者。性暴力被害は多様であるのに、モデルに当てはめてしまう私たち。これまで性暴力被害女性の証言をどのように聴いてきたかの検証が必要である。
「本書の目的は、日本と韓国の『慰安婦』証言の聴き手たちと、現代の性暴力被害の聴き手たち双方を視野に収め、両者をつなぐことで、性暴力被害を聴く姿勢を鍛えることである。」
梁鉉娥は、韓国挺身隊問題対策協議会(現・正義連)傘下の「証言チーム」、特にその成果である『証言4集』の特徴を明確に浮き彫りにし、そこに至る調査、研究の過程を綿密に振り返る。「問うから聴く」への方法論の転換はいかにして実現したのか。歴史、体験、記憶、証言のもつ意味を方法論的に鍛え続けることはいかにして可能なのか。
「このようなすべての痛みと被害を超えて、最後に『証言4集』の最大の意義をあげるならば、韓国の日本軍『慰安婦』被害女性を主体性と尊厳性を持った被害サバイバーとして再現した点だと言えよう。わたしは、韓国のサバルタン女性たちを記憶し発言する力と魂を持った存在だということを示すことは、彼女たちと同一視される韓国の女性たち、未来の世代、そして多くの公権力の被害者たち、ひいては人類にインスピレーションを与えることだと思う。」
李娜榮は、韓国の基地村女性の経験を聴く経験を通じて、「フェミニズム・オーラル・ライフ・ヒストリー」に挑む。大学院生であった2002年から米軍基地村問題に関心を持ち、基地村女性支援団体に通いながら、そこで働いていた女性たちに聞き取りを続けた。最初にインタビューを行った金ミョンスさんの語る人生を通じて、性暴力被害の実相、現代韓国史の深部を明らかにする。誰が基地村で働くことになったのか。基地村で生きるとはどういうことなのか。「アイデンティティ」とはいかにして構築されるのか。李娜榮の分析は鮮やかすぎるほど鋭いが、ていねいな聞き取りの積み重ねの上に理論化されているので上滑りすることがない。生きた学問を知りたければ李娜榮論文に学ぶことだ。
李娜榮論文末尾の「付記」に、基地村女性たちが提起した訴訟で、2018年2月8日、ソウル高等裁判所が「国家責任を認定しすべての原告に賠償責任を認定」したとある。画期的な判決である。
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なお、前田朗編『「慰安婦」問題の現在―「朴裕河現象」と知識人』(三一書房、2016年)には、李娜榮「『帝国の慰安婦』事態に対する立場」声明の経緯と今後の方向」を収めている。