Sunday, July 29, 2012

朝鮮大阪府商工会強制捜索


法の廃墟(3)



朝鮮大阪府商工会強制捜索



『無罪!』2006年6月号





強制捜索押収



三月二三日、警視庁公安部は在日本朝鮮大阪府商工会等を強制捜索し、多数の資料を押収した。産経新聞は「原さん拉致事件で初の強制捜査――朝鮮総連傘下団体など捜索」との見出しのもと、次のように報じている。

「北朝鮮による原敕晁さん拉致事件で警視庁公安部は二三日午前、国外移送目的拐取などの容疑で、原さんが勤めていた中華料理店店長の在日朝鮮人の男の自宅(大阪市淀川区)や中華料理店(天王寺区)、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)傘下の在日本朝鮮大阪府商工会(北区)など関係先の家宅捜索を始めた。総連傘下団体が拉致事件で強制捜査を受けるのは初めてで、警視庁は総連の拉致関与についても解明を進める。」

男は、原さん拉致事件に絡む旅券法違反などの容疑で国際手配された元工作員、辛光洙容疑者の拉致実行を手引きした補助工作員という。

大阪府商工会が捜索対象とされたのは、男が当時、大阪府商工会の理事長だったためだという。また、「この当時、男からも事情を聴いたが、拉致への関与は否定していたことから、警視庁は今回の押収資料を分析して、さらに男を追及する方針。 警察当局は近く、原さん拉致容疑でも辛容疑者の逮捕状を請求する」とされている。サンケイのウエッブサイトには捜索押収の様子を伝える写真が掲載されており、警視庁公安部が事前にマスコミ関係者に情報を流して、捜索現場周辺で待機・取材させ、様子を報道させたことがわかる。

朝日新聞(三月二四日)によると、 「元工作員の男が、原さんを拉致する前に別の日本人を拉致対象者として物色していたことがわかった。男は韓国の軍事情報の入手活動などもしており、辛容疑者の補助工作員とみられている。警視庁公安部は来月にも辛容疑者とこの男を国際手配する。男は八五年に辛容疑者とともに韓国の捜査当局にスパイ容疑などで逮捕された。服役した後、韓国・済州島で暮らしている。・・・男は大阪の朝鮮総連系の学校長を経て婦人服の小売業を営んでいた」という。

大阪府商工会から押収されたのは、名簿四冊、ファイル一八冊、書類三点、普通預金通帳等九冊、パーソナルコンピュータ一台、書籍六冊である。



準抗告の経過



大阪府商工会理事長は、四月一八日、大阪地方裁判所に押収処分の取り消しを求める準抗告を申し立てた。準抗告の理由は次のようなものである。

第一に、「申立人と本件との関連性は全くない」。本件被疑事実は一九八〇年六月頃のことで、二五年も前のことである。被疑者が商工会会員であったこともないし、商工会会員で被疑者を知る者は一人もいない。被疑者の協力者とされた男がかつて理事長だった事実はあるが、男が理事長であることを利用したり、部下に何かを命令したといった事情もない。同人は本件被疑事実への関与を一切否定している。「申立人と被疑者との何らかのつながりを裏付ける客観的な物証は、全くないことが明白である。すなわち、本件被疑事実と、本件捜索押収の場所との間には、なんら組織的にも場所的にも関連性は認められない」。

第二に、「被疑事実と本件押収処分の間の時間的懸隔が甚だしい」。被疑事実は四半世紀も前の出来事であり、各種帳簿類の法定保存期間もすぎており、当時の資料はほとんど存在しない。現場に本件被疑事実に関連する物的証拠が存在する可能性はない。「それにも関わらず、一般大衆の耳目を集めるために、あえて強制捜査敢行の直前に、マスコミに対し情報をリークしてマスコミを総動員した上で、本件捜査を行い、なんらの関連性のない物件を押収することは違法」である。

第三に、「強制捜査の必要性がない」。拉致問題については朝鮮総連議長も遺憾の意を表明し、解決を望んでいる旨を表明している。総連大阪府委員会委員長も同様に真相究明を求めている。それゆえ必要があれば、任意捜査に積極的に協力する容易がある。にもかかわらず、強制捜査に踏み切ったのは、「政治状況にあわせて演じられたパフォーマンスでしかない」。それによって、業務上必要な資料が押収されて業務に支障をきたしている。任意捜査で十分なのに強制捜査に踏み切ったのは相当性の範囲を逸脱している。

これに対して、大阪地方裁判所は、五月一一日、次のように述べて申立てを棄却する決定を下した。

「一件記録によれば、被疑者らのうち二名は、本件誘拐・移送当時、申立人の組織内において理事長等の中枢の地位にあったもので、本件犯行に深く関与した疑いが認められる。そして、本件はきわめて組織的な犯行であることがうかがわれるところであり、被害者の消息は現在に至っても不明である。このような諸事情にかんがみると、本件誘拐・移送がたとえ二〇年以上前になされたものであっても、なお申立人方事務室には本件被疑事実と関連する証拠物が存在すると認めるに足る状況にあったといえる。また、本件事案の性質、重大性、捜査の進ちょく状況等に照らすと、強制捜査はやむをえなかったというべきであり、申立人の被る不利益等を考慮しても、本件捜索・差押えの必要性が認められる。したがって、上記捜索差押許可状の発付は適法であり、申立人の主張するような違法、不当な点は認められない。そして、差し押さえられた各物件は、いずれも上記捜索差押許可状記載の『差し押さえるべき物』に該当すると認められ、関連性ないし必要性が明らかにないとはいえない。したがって、本件差押えは適法である。」

疑問点は多いが特に重要な点だけ指摘しておこう。第一に、四半世紀前の事件に関する強制捜査である。公訴時効起算点についての解釈変更、及び外国判決利用についての解釈変更といった具合に、次々と解釈変更を積み重ねての強制捜査という疑問である。

第二に、本件はマスコミを利用して報道させる政治的パフォーマンスであり、刑事手続き上の捜索といえるのか、その性質が疑われる。

第三に、押収対象物から見ても、本件被疑事実の捜査というよりも、朝鮮総連関係機関の組織構成等に関する公安警察の情報収集活動である。

第四に、組織的犯行であるとさえ言えば、何でもできるかのような姿勢が顕著にうかがわれる。「法解釈」の名による原則の溶解がいっそう深刻となっている。