Friday, July 20, 2012

国連人権理事会の恣意的処刑報告書


国連人権理事会の恣意的処刑報告書



『救援』457号(2007年05月号)



 二〇〇七年三月一二日から三〇日にかけてジュネーヴの国連欧州本部で開かれた人権理事会第四会期に提出された恣意的処刑報告書(A/HRC/2/20)を紹介する。担当の特別報告者はフィリップ・アルストン、報告書の正式名称は「超法規的・即決・恣意的処刑に関する特別報告者の報告書」(二〇〇七年一月二九日)である。二〇〇五年一二月から二〇〇六年九月にかけての情報を整理している。なお、人権理事会は、かつての人権委員会が二〇〇六年に改組されたものである。

アルストン特別報告者はニューヨーク大学ロースクール教授、同人権センター所長であり、アジアではフィリピン、スリランカなどの実情を調査・報告している。「ミレニアム開発目標と人権」に関する国連人権高等弁務官事務所特別顧問、国際社会権規約委員会議長、国連条約機関議長会議議長等を歴任した。

 報告書は、特別報告者に寄せられた情報を冒頭に掲げている。一三五件の情報があったので、五一の関連諸国と二つの勢力に送付した。その中には、緊急アピールが四四、申立ての手紙が七五、前年の報告事案のフォローアップが一六含まれる。処刑された人間は一五三一人に及ぶ。男性が三三六、女性が五五、性別不詳が一〇八七。未成年五三、宗教的人種的少数者五八、人権活動家二二、移住者三六、ジャーナリスト一六。言論・表現の自由を行使したために殺害された者は一四五人以上、性的志向を理由に殺害されたのが四人、テロリストと疑われて殺害されたのが一九人。特別報告者の通知に回答をした国家は四七・九%で、半数は合理的期間内に回答しなかった。



武力紛争と死刑



 報告書は次の四つのテーマを取り上げている。①武力紛争下の問題、②武力紛争における「慈悲殺人」、③もっとも重大な犯罪、④「必要的死刑判決」。

 ①武力紛争下の問題について、「武力紛争下において生じる諸問題は特別報告者や人権理事会の権限外である」という主張があるが、報告書はこうした見解を否定すると明言している。この主張は、人権委員会や経済社会理事会において唱えられてきた見解と矛盾するし、人権に脅威を与える諸状況を取り上げるのは人権理事会の任務である。これはアメリカ政府の主張に対する反論である。国際司法裁判所や自由権規約委員会の判断でも、国際人道法や人権法などの法的問題が含まれるなら法的機関にも権限があり、武力紛争に関連するからといって特定の機関(安保理)に排他的な権限があるわけではない。国連人権委員会も例えば旧ユーゴスラヴィアのような事例を国際人道法の枠組みで取り扱ってきた。

 ②「慈悲殺人」とは、例えばイラク戦争で生じているように、負傷して苦痛にあえいでいる者を「救う」ために射殺する場合であり、殺人容疑で訴追された被告人が「慈悲殺人」であることを抗弁として主張している。報告書によると、軍人や軍法会議などが抗弁を認める例が見られるが、国際人道法の下ではこのような抗弁は許容できない。一九四九年のジュネーヴ第一条約一二条は、傷病者は「すべての場合において、尊重し、且つ、保護しなければならない。・・・それらの者の生命又は身体に対する暴行は、厳重に禁止する。特にそれらの者は殺害してはならない」としている。国際的武力紛争のみならず非国際的武力紛争についても同様である。報告書は、慈悲殺人を「戦争の必要悪」とみなす見解は採用できないとしている。



人権法の射程



 ③国際人権法は、死刑存置国においても「死刑はもっとも重大な犯罪のみに課される」と規定している。この規定の解釈には長年の蓄積がある。一九八四年に恣意的処刑特別報告者は、各国の死刑法における死刑適用犯罪について調査した。その結果、死刑に直面する者の権利保護が課題として浮上した。その後も調査が続けられ、姦通、背教、涜神、贈収賄、汚職、麻薬所持、麻薬売買、経済犯罪、表現行為、同性愛、売春、組織売春、婚姻前性交、ソドミー、投機、叛逆、スパイなどに死刑を適用することの是非をめぐって議論がなされてきた。報告書は自由権規約六条を確認したうえで、「もっとも重大な犯罪」要件が形式的合法性やデュー・プロセスの問題であるとする。同時に生命権が及ぶ射程の問題として位置づける。報告書は、人権委員会や自由権委員会における議論を踏まえて、次の犯罪には死刑が課されてはならないことが国際法上明らかであると確認している。致死結果を伴わない誘拐、自殺教唆、姦通、背教、汚職、麻薬関連犯罪、経済犯罪、良心の表明、財政犯罪、公務員の横領、兵役拒否、同性愛、不法性交、強盗、宗教的慣行、政治犯罪等。

 ④報告書は、その犯罪が成立すれば量刑は死刑しかない「必要的死刑判決」も国際人権法の下で禁止されているとする。生きることを許される可能性をあらかじめ否定されているからである。「必要的死刑判決となる場合を厳格に絞って特定すれば人権侵害とはならないから、ケース・バイ・ケースで判断するべきだ」という主張もある。しかし、報告書は「司法機関による判断のない必要的死刑判決は、自由権委員会でも繰り返し指摘されてきたように、残虐で非人道的な刑罰であり、恣意的な生命剥奪である」とする。

 最後に報告書は、結論・勧告をまとめている。第一に、犯行時に一八歳未満の者の処刑の禁止は国際人権法の基本である(この点は特にイランの事例についての勧告である)。第二に、国際人権法と人道法は相補的である。武力紛争時においても人権法と人道法の違反は禁止される。人権理事会は武力紛争時における人権法と人道法の遵守の監視を続けるべきである(安保理に全権があるわけではない)。第三に、国際法の下で死刑はもっとも重大な犯罪のみに課すことができる。この基準は個別の国家において主観的に判断されてはならない。死刑が許されるのは、現に生命喪失結果を生じた殺害について故意のあった場合だけである。第四に、裁判官に裁量の余地のない必要的死刑判決は国際人権法のもとで違法である。