Tuesday, July 24, 2012

刑務所改革の最前線


『救援』459・460号(2007年7月号、8月号)



刑務所改革の最前線(一)



 刑務所はどこへ行く



 刑事司法改革が急速に進行しているが、なかでも刑務所改革は日本の刑務所システムの総合的な見直しとして法改正が実現した。司法改革のうち裁判員制や被害者参加などの訴訟法改正については強い批判があり、共謀罪立法や、各種の厳罰化に対しても多大の疑問が提起されているのと比較すると、刑務所改革の場合は改革の必要性に関する一致があったためもあり、法務省と日弁連や刑事法研究者の間で建設的な意見交換が行われ、一定の改革が進められたと評価されている。

 しかし、戦後六〇年に及ぶ監獄法改正の課題が果たして「実現」したといえるのか疑問は残る。しかも、代用監獄問題をはじめとして深刻な問題が置き去りにされた感は否めない。本年五月にジュネーヴで開催された拷問等禁止条約に基づく拷問禁止委員会の日本政府報告書審査とその結果としての勧告を見れば、日本の刑事司法は全体として深刻な人権侵害状況にあり、その改革はいまだ試みられてさえいないというのが実態ではないだろうか。

 拷問禁止委員会勧告は冒頭で、日本政府報告書提出が五年も遅延したのは遺憾であるとしたうえで、日本政府報告書には第一回報告書として必要な内容が十分に盛り込まれていない、特に拷問等禁止条約の諸規定が日本においていかに適用されているかの情報が欠落している、法律の条文が羅列されているだけで、諸権利がどのように履行されているのか分析がないし、実例や統計も記載されていないとし、数々の指摘をしている。

例えば、拷問の定義が条約に従っていない。精神的拷問が含まれていない。一部の特別公務員だけが取り上げられている。司法の独立が不十分である。入管法には拷問を受ける恐れのある国への送還禁止規定がない。難民認定審査の独立機関が存在しない。代用監獄が利用され、人権侵害が続いている。無罪の推定、黙秘権、防御権が尊重されていない。起訴前拘禁が長い。起訴前拘禁に対する司法的統制が効果的でない。起訴前保釈制度がない。自白に基づいた有罪判決が多い。取調べ時間に制約がない。厳正独居が懲罰的に用いられている。留置場収容者には不服申立制度がない。刑事施設審査委員会がない。拷問被害者が適切な補償を受けられない。被収容女性や子どもに対する暴力、法執行官による性暴力の訴えが続いている。精神病院における拘禁、司法的統制の欠如など多くの問題点を指摘している。日本の刑事司法は国際人権水準に照らして落第であるし、日本政府報告書は報告書として失格であることが再確認された。詳しくは、前田朗「拷問禁止委員会が日本に勧告」無罪!二〇〇七年六月号、同「日本の拷問と虐待に拷問禁止委員会が勧告」週刊金曜日』六五七号(六月八日号)参照。なお、東京新聞六月二二日付「こちら特報部」は「国連拷問禁止委で報告書酷評、日本の人権に“不合格”」と報じている。



改革が始まった



 菊田幸一・海渡雄一編『刑務所改革――刑務所システム再構築への指針』(日本評論社、二〇〇七年)は、長年にわたって監獄法改正問題に向き合い、研究と発言を続け、近年においては「行刑改革会議」に加わって積極的に取り組んできた編者をはじめとする多くの研究者による共同作業の成果である。「行刑改革会議提言」を、イギリス行刑改革をリードしたウルフ・レポートになぞらえる編者はしがきは、次のように述べる。

 行刑改革会議提言は、「受刑者処遇の基本的なあり方として受刑者の人間性の尊重、自発的で自律的な改善更生の意欲をもたせる処遇を求めている。行刑改革によって、受刑者の人権を保障し、これにかかわる刑務官の労働条件をも向上させることは、受刑者の社会復帰と更生の実をあげることによって犯罪発生の減少にも貢献し、ひいては国民全体の利益につながることを強く打ち出している。そして、行刑の透明性を確保し、社会との接点を格段に増加させるため、刑事施設視察委員会をつくり、外部交通の範囲を拡大したのである」。

改革をリードした編者の熱意と努力によって、それまでの法務省と日弁連の対立を乗り越えて改革を前進させた力量には感銘を受ける。「国民全体の利益」という表現には違和感を抱かざるを得ないが、政府の行刑改革会議の評価なのでこのように表現したのだろうか。

 「近年の刑罰制度をめぐる動向は、犯罪の成立を前倒しにし(共謀罪の提案)、その範囲を押し広げ刑罰を厳罰化する(各種の組織犯罪対策立法、刑法の法定刑の引き上げ)傾向が目立っている。このような動向には強い懸念をもたざるを得ない。市民の犯罪恐怖、これを煽りたてるマスコミ、ポピュリズムに走る政治の悪循環のなかで、日増しに刑罰は厳重なものとされ、犯罪者の社会からの隔離が進んでいる。このような社会の動向のなかで、犯罪者を社会の一員として認め、受刑者の人権保障を基本として、その社会復帰を進めることを内容とする提言がまとめられ、法制度の改正に結実したことは名古屋刑務所事件などの痛ましい犠牲の結果ではあるが、奇跡と言ってよい快挙である」。

 もちろん、法改正によってことが済むわけではない。現場の状況を改善するためには法律を実施する具体的な方策が重要になる。そこでは改革に対する抵抗も見られる。問題点は山積みである。本書はこうした現実を前に、提言を打ち出した編者らがその責任を引き受け続け、真の改革の実現に向けて取り組みを続けることを宣言する。「改革は始まったのである」。

 本書は次の一三章から成る。行刑改革における理念と現実(村井敏邦)。国際人権法と日本の行刑(今井直)。受刑者の法的地位――受刑者の人権(菊田幸一)。受刑者の生活(菊田幸一)。社会復帰のための処遇(土井政和)。規律秩序について――支配服従関係から対話の関係へ(海渡雄一)。第三者機関・不服申立(岩田研二郎)。外部交通(葛野尋之)。刑事施設医療――悲劇から何を学ぶべきか(福島至、海渡雄一)。刑事施設における医療――日仏における改革の比較を通して(赤池一将)。刑事施設の民営化(徳永光)。諸外国の刑務所事情――イギリス、フランス、アメリカ、オランダ、韓国(葛野尋之、赤池一将、菊田幸一、海渡雄一、安成訓)。対談・行刑改革会議の成果と今後の刑務所(菊田幸一、海渡雄一)。

 始まった改革を停滞させることなく、さらに前進させようとする熱意と理論が溢れる著作である。





刑務所改革の最前線(二)



理念と現実



菊田幸一・海渡雄一編『刑務所改革』(日本評論社、二〇〇七年)は、行刑改革の推進に関心を寄せる研究者が「刑務所システム再構築への指針」を掲げた著作である。

巻頭論文の村井敏邦(龍谷大学教授)「行刑改革における理念と現実」は、「社会正義の実現や人権の擁護を目指してその職業を選んだ」矯正関係者が日常業務の処理に追われて初心を忘れそうになったときに、立ち止まって自分の理想を思い返してみることの重要性を指摘した上で、既決と未決の処遇に論及する。既決処遇については、刑事施設処遇法が、かつての刑事施設法案よりは前進しているものの、「受刑者の権利義務規定としては不十分」である。外部交通、外部通勤など評価できる面もあるが、制限事由とされる「矯正処遇の適切な実施」が障害となる恐れがあると見る。そして、実施上の細目が省令に委ねられたこと、省令の内容がなかなか明らかにされなかったことに疑問を付している。この点は、矯正現場から意見を吸い上げるのではなく、上からの改革が進められた傾向があることと結びついている。「処遇は職員と被収容者との人間関係であり、コミュニケーションである。この点をないがしろにして、機械管理中心の施設運営になるならば、行刑改革の本来の趣旨が没却されることになろう」。また、村井は、法改正に先行してPFI方式の刑務所運営(民営刑務所)が進んだことについて、多大の危惧を表明している。これほど重大な改革が、行刑改革会議で審議されず、行刑改革のドサクサ紛れに進められている。内容面でも、経費を基準とし、人手を減らし、効率優先の管理が行なわれる危険性がある。市民に閉ざされた刑務所を企業に開くことの意味を真剣に議論することがなかったのは疑問とされる。

 未決処遇については、村井は、無罪推定原則の基本内容は「無罪として処遇される」ことであり、「未決拘禁はあくまでも例外である」として、社会との隔絶の極小化、未決被拘禁者の働く権利(職場関係の維持)などの改善の必要性を指摘している。代用監獄問題についても、警察留置場が収容場所として規定されたことに疑問を提起している。

 続いて、今井直(宇都宮大学教授)「国際人権法と日本の行刑」は、日本における被拘禁者の人権状況が、国際自由権規約や拷問等禁止条約など国際人権法に従ったものであるかどうかを検討する。さらに、人権侵害の防止のために国際社会が用意しているモデルやメカニズムを紹介して、日本の対応を提言している。国際自由権規約に基づく政府報告書を日本政府はこれまでに四回提出し、自由権委員会の審査を受けてきた。一九九八年の第四回審査で、刑務所に関しては、所内行動規則が被収容者の基本的権利を制限していること、厳正独居拘禁、懲罰手続きの不透明、受刑者の不服申し立ての不十分さ、革手錠の問題などが厳しく批判された。日本政府は委員会であれこれ弁明に努めたが、人権よりも施設管理を優先する説明は国際社会には通用しなかった(拷問等禁止条約に基づく政府報告書については本紙前号参照)。

 国際社会は、自由権規約や拷問等禁止条約のみならず、国内人権機関に関するパリ原則を用意しているし、二〇〇二年には拷問等禁止条約選択議定書を採択して、拷問への事後的対応から、予防へと踏み込んでいる(選択議定書については本紙四〇三~四〇五号)。

 今井は「国際人権法に対する日本の姿勢は、行刑など被拘禁者の取扱いの分野においても、けっして積極的なものとはいえない」、「総括所見の勧告を真摯に受け止めようとしない態度」と指摘し、国際的メカニズムを受け入れさせるために圧力を増大させる必要性を強調する。



受刑者処遇



菊田幸一(弁護士、明治大学名誉教授)「受刑者の法的地位――受刑者の人権」は、受刑者の法的地位を論じるためには受刑者の人権から始めなければならないとする。かつては無前提に法的地位論が展開されていたからである。受刑者の人権は刑罰の目的との関係で定まる。行刑改革会議提言は「受刑者が、真の意味での改善更生を遂げ、再び社会の担い手となるべく、人間としての自信と誇りをもって社会に復帰すること」を掲げた。菊田は、具体的に、選挙権・被選挙権、住民票、医療保険、労災保険、年金保険、雇用保険、資格制限の問題を取り上げて分析している。菊田は次のようにまとめる。「受刑者も、早晩この社会に復帰する存在であることは言うまでもない。その者は、自由刑の開始とともに社会復帰への準備がはじまる対象者である。その対象者には、幸福追求権、自己発達権がある。その基本権が自由刑の名のもとで、あるいは受刑者であるとの理由で奪われてはならない」。

さらに、菊田幸一「受刑者の生活」は、刑務所の日常生活における処遇の実際を論じる。食事、衣類、入浴、頭髪、運動、自弁の書籍、備付書籍、物品購入、保管私物、居住環境について、それぞれこれまでの状況と新法とを対比している。

土井政和(九州大学教授)「社会復帰のための処遇」は、行刑改革会議提言と新法を素材に、受刑者の社会復帰のための処遇について論じる。土井は、まず「管理行刑から処遇行刑へ」、そして社会復帰・社会生活再建への処遇の基礎理論の転換を確認する。施設内処遇と社会内処遇の連携を統一把握するための視点として、医療・社会化モデルではなく、「一貫した社会的援助」を掲げる。受刑者に対する処遇を社会生活再建のための援助と見る発想である。被拘禁者は、拘禁以前の事情(社会関係、家庭、職業)の点でも、拘禁それ自体による弊害としての社会からの隔絶という点でも、さらには釈放後の人間関係の困難(自己評価の低下、社会的スティグマ)という点でも、社会的援助を必要としている。この観点から見ると、提言や新法には、なお問題が残る。個別的処遇の原則が貫徹されていない。「処遇の個別化」から「個別化された援助」への前進が求められる。受刑者の主体性の尊重と処遇強制は矛盾する。社会との関係についても、刑務所自己完結主義からの脱却が必要である。受刑者処遇法を実効あるものとするためには、憲法の精神を踏まえ、権利義務関係を明確にし、刑務所自己完結主義から脱却し、社会との連携を意識した社会復帰処遇を追及するべきであるとする。