Sunday, July 22, 2012

被害者参加法案をめぐる議論


被害者参加法案をめぐる議論



『救援』458号(2007年06月号)





法案批判の方法



 三月一三日、政府は、犯罪被害者の刑事手続への参加を認め、刑事裁判所に損害賠償請求命令を求めることを認める法案(被害者参加法案)を国会に上程した。法案に対しては、すでにいくつもの批判が加えられている。しかし、基本的な理解が正しくないものが散見される。

 第一に、「刑罰権」という言葉の使用法の混乱である。近代国家の刑罰権は国家が独占してきたのに、被害者参加法案では、被害者が手続に関与し論告求刑まで行うことから、被害者の刑罰権関与は刑事裁判の原則に反するという趣旨の批判が目立つ。しかし、刑罰権の独占とは刑罰を課す刑事裁判権を国家機関としての裁判所が独占することである。被害者参加は裁判所に対して刑罰権の発動を促す訴追活動であって、被害者による刑罰権行使でないことは言うまでもない。

 第二に、検察官と被告人の当事者主義構造を論拠として法案を批判する例が見られる。しかし、当事者主義とは原告と被告の両当事者が訴訟の開始を決定し、訴訟手続きをリードすることを意味するのであって、原告が検察官でなければならないわけではない。

 「フランスでは、あらゆる犯罪の被害者は、検察官が起訴しないときでも私訴権を行使して刑事裁判を開始させることができ、公判廷では当事者として検察官の近くに席を占め、審理の最後には検察官の論告の前に、損害賠償を求めるための最終弁論を行う」(白取祐司「日本型被害者参加の導入で刑事裁判はどうなるか」世界七六五号、〇七年五月号)。

 イギリスでは、検察官制度がなく被害者による私訴が行われていた。検察官制度創設は一九八六年である(鯰越『刑事訴追理念の研究成文堂。本書につき前田朗刑事法再入門インパクト出版会)。

 訴追理念には、被害者が訴訟開始を求め訴訟活動を行うことを認める「私訴」と、国家機関が公共の利益の見地から刑罰権の行使を促す「公訴」とがある。イギリスは私訴の伝統が強く、フランスは公衆訴追主義に発展した。国家訴追主義に傾斜したドイツにも「公訴参加」や「私人起訴」の制度がある。

 日本でもかつては公訴と私訴があった。治罪法(一八八〇年)には私訴、旧刑訴法(一九二二年)には附帯私訴があった。現行法は起訴独占主義を採用し「公訴は、検察官がこれを行う」と明示した。「起訴は」と表記していないのは、公訴と私訴の区別が存在したなごりである。

 全国犯罪被害者の会(あすの会)も、フランス等の現地調査を踏まえて被害者参加を求める「訴訟参加制度案要綱」や「附帯私訴制度案要綱」を公表してきた。法制審議会刑事法部会もあすの会の提案をほぼそのまま認めていったのである。

 第三に、被害者が法廷で活動し論告求刑まで行えば、裁判員が情緒的に被害者に肩入れし判決や量刑が歪められてしまうとの批判も多い。その危険性は否定できないが、職業裁判官に比して裁判員が情緒的になるというのは根拠がない。職業裁判官こそメディアに左右されてきたとの指摘もある。

 以上のように、法案への批判には正しいとはいえないものがある。被害者参加法案への批判をもっと的確に行う必要がある(この点は、白取前掲論文を参照)。



三極モデル構造論



  吉村真性「刑事手続における被害者参加論」龍谷法学三九巻二号~四号(〇六~〇七年)は、国際的に被害者の権利拡充が進んでいる現状を踏まえて「刑事手続に内在する諸価値をモデルとして把握した上で、その現状分析を通して、被害者が参加する刑事手続の妥当な参加形態を提示すること」をめざす。欧州や日本における既存のモデル構造論を検討して、ダグラス・ビルーフの三つのモデル論を参照し、三極モデル構造論を提示する。

  犯罪統制モデルは効率性と犯罪抑止を重視する。適正手続モデルは被告人の人権保護を重視することによって有罪判決の信頼性を確保しようとする。被害者参加モデルは被害者への公平性、尊重、尊厳を重視する。

  吉村は次のような仮説を設定する。第一に、各モデルはそれぞれが単独の概念であるが、被害者参加をめぐる刑事手続の現実社会においては、三つの価値は相互間で作用しながら刑事手続に影響を及ぼしている。第二に、犯罪統制モデルと適正手続モデルは相互に対立する関係にあるが、被害者参加モデルが加わることによって、その関係に変化が生じる。被害者参加モデルは、犯罪統制モデルや適正手続モデルと共通する側面を有するが対立する側面もある。三極間相互が共通しつつ対立する関係となる。その関係を総合的に検討するとともに、第三に、いずれの価値理念が刑事手続においてもっとも本質的で優越的なモデル概念であるべきかを探る必要がある。

  吉村は英米の被害者参加論を詳細に検討している。アメリカについては被害者意見陳述制度を取り上げ、連邦法や州法における位置づけ、被害者意見陳述制度への研究者による検討、裁判所による合憲性判断、被害者の権利と被告人の人権保障との関係、答弁取引と被害者の関係などを検討している。結論として「制度設計や運用次第によっては、適正手続モデルを基本的理念とした枠組みの中で、適切な限度で被害者参加モデルの理念を組み入れることが可能である」とする。イギリスについては被害者の状況を把握するためのパイロット事業の内容を紹介し、被害者参加をめぐる研究者の論争や判例を検討している。結論として、私人訴追主義という、日本とは異なる制度のイギリスにおいても、被害者参加モデルを取り入れる傾向が確認できるが、適正手続モデルの優越性・重要性を確認している。

 吉村は、さらに日本における議論を整理する。特に被告人の防御権や無罪の推定との関係で被害者参加論がどのような影響を及ぼしうるかを検討している。最後に、適正手続モデルの価値理念の重要性を再確認し、適正手続モデルの価値理念に重点を置いた被害者参加改革のあり方について提言している。それは日弁連意見書が提案した意見陳述制度と同様の、間接参加的な「協議型」参加制度である。

 被害者参加法案については、モデル論的アプローチ以外にも、そのイデオロギーの検討や、刑事司法改革全体の中での意義と機能という点でも批判的検討を重ねる必要があるが、吉村の分析枠組みが冷静な議論のフィールドを提供していることは確かである。