Saturday, September 28, 2013

トラウマを「耕す」ために

宮地尚子『トラウマ』(岩波新書)                                                 文化精神医学、医療人類学、トラウマとジェンダーを専門とする著者による「入門書」である。トラウマという言葉はいつの間にかかなり日常的に使われるようになってきたが、本来の意味から離れて、「私ちょっとトラウマになっちゃって」といった軽い使い方もされている。本書はトラウマの本来の意味を解説しつつ、同時にトラウマの多様な面を幅広く取り上げている。「戦争・紛争体験、自然災害、暴力犯罪、事故、拷問、人質、監禁、強制収容所体験、児童虐待、DV,過酷ないじめなどの被害があげられます。日常ではいられない出来事が多いのですが、日常生活の中に潜んでいて、実はけっこう多くの人が経験しているものもあります」という。つまり、かなり広い意味でもありうることを含んでいる。トラウマの分類、トラウマとPTSD、トラウマが埋もれていく理由、トラウマ治療、トラウマを織った人にどう接するかなど、順に書かれている。DV被害者のトラウマも詳しい。最終章で「トラウマを耕す」という表現が用いられている。精神科医の星野弘の「分裂病を耕す」「精神病を耕す」に倣った言葉である。トラウマも「耕す」ことができる。それによって「豊かになっていくのではないでしょうか。柔らかく混ぜ返し、外から空気を入れれば、ふくよかになっていくのではないでしょうか」と言う。想像力、創造力につなげて、「心のケア」におけるアートの役割が説かれる。刑務所における修復的アート、映画やパフォーマンス、詩、文学、マンガなどさまざまな可能性がありうるという。「『何者』にもならなくていいということ。それがトラウマからもたらされる想像力や創造性の帰着点です。そして、それがまた新たな想像力や創造性の原点となるのです」という最後の言葉はわかるようで、わからないが。