室井尚『文系学部解体』(角川新書)
帯に大きく「日本の知が崩壊する」とある。かつて流行した「知」なるものが崩壊しても一向に構わないが、「知」には「知性」「知恵・智慧」も含まれるので、崩壊しては困る。政治家主導なのか官僚主導なのかよくは知らないが、文系学部を廃止する、あるいは、解体再編するという文部科学省は、よほど日本を崩壊させたいらしい。人口は減り始めたし、人類史上初の超高齢化社会になっているし、経済も衰退しているのだから、このまま静かに、時間をかけてゆっくりと「崩壊」するべきなのに、軍事力を強化し、危ない軍事行動をひたすら狙い、周囲の迷惑行動を繰り返す一方で、文系学部崩壊の途をわざわざ選ぶのだから、自滅の道というしかない。
著者は横浜国立大学教育人間科学部教授だ。まさに文部科学省から解体を命じられた当事者だ。「当事者」? 本当は誰もが当事者なのだが。著者は文系学部解体のミッションがどのように作成され、それが過去の大学改革とどのようにつながっているかを示す。大学と言う場を「緩やかな動物園」にたとえ、これを「管理される場」に変えることへの抵抗の思想と方策を練る。教養とは何か。異質なものとの出会いとは。大学でしかやれないこととは。最後に著者は「それでも大学は死なない」と戦闘宣言をする。制度としての大学ではない。自らつくる生きる場、学ぶ場としての大学は死なない。
新書1冊で大学問題の基本がわかる。「役に立つこと」と「役に立たないこと」のぶつかりあいが、大学という場で何を生み出すのか。そこに希望がある、はずだ。国立だけの問題ではない。私立大学も必然的に巻き込まれている。大学関係者も元関係者も未来の関係者も無関係者も必読。