Sunday, August 25, 2013

セガンティーニ美術館散歩(1)

1年のうち9割くらいは晴れるというサンモリッツに着いたら、なんと雨だった。湖畔の道を霧雨の中、歩いて宿舎をめざす。地図で見ると、昔泊まったホテルの近くのゲストハウスなので道はわかっている。だが、寒い。8月というのに、まるで晩秋の雨の日だ。道行く人はみなジャンパーを着ている。寒さに震えながら早足で宿舎に駆け込んだ。                                                                                                                                        翌朝も小雨だったが、坂道をぐいぐい登ってセガンティーニ美術館へ歩いた。15年ほど前に改修工事をしたと言うが、前に来た時とどこが違うのか、よくわからない。だいたい建物の外観の記憶はあまりない。中に入って2階のドーム広間を見た時に、違いが分かった。                                                                                                                                                                  1階の展示室には、<十字架へのキス>、<生の天使>、<水飲み場の夕べ>、<早朝のミサ>、<湖を渡るアヴェ・マリア>、<水運び>に続いて、アルプス時代の<水を飲む少女>、<乾草の刈取り>など、20点ほどが展示されていた。                                                                                                                                                                                                         2階のドーム広間には、アルプス3部作の<生・自然・死>が壁面狭しと飾られている。このための改修工事だったようだ。中央の長椅子の真ん中に腰かけて、1時間ほど座っていた。次から次とやってくる他の客を無視して,特等席から離れずに3部作を堪能した。                                                                                                                                                                                                セガンティーニ美術館は2度目だし、バーゼル、チューリヒ、ザンクトガレン美術館にも主要作品があるので、かなり見てきた。生涯に70点ほどの作品を描いたと言われるが、2011年秋に、東京・新宿の東郷青児美術館でセガンティーニ展が開かれたので、かなり見たことになる。                                                                                                                                                                                                               セガンティーニと言えば「アルプスの画家」だ。1858年に北イタリアのアルコに生まれミラノで育ったが、23歳でブリアンツァ地方に住みついて農村の素朴な暮らしを題材とするようになった。1886年、グラウビュンデン州に移り、アルプスの風景と人々を描き始める。サヴォニン、次いでエンガディン地方のマロヤに移り、エンガディン地方のアルプスを描いた。1899年に41歳という若さで亡くなった。アルプス3部作をはじめ、アルプスの風景を描いた。東郷青児美術館のセガンティーニ展のポスターやカタログ表紙には<アルプスの真昼>が使われていた。たしかに「アルプスの画家」だが、もう一つ付け加えるとすれば「水平線の画家」とでも呼ぶべきだろう。                                                                                                                                                                                                             セガンティーニ作品のかなりのものが、水平線(またはそれに類する横線)によって特徴づけられている。画面は水平線によって上下に分割される。上と下とでは、明度が違ったり、色彩が違ったり、といった具合である。構図に明快な分割が持ち込まれ、物語が構築される。アルプス3部作の<自然>が典型的である。中央やや下寄りに水平線が描かれる。遠くにアルプスやエンガディン地方の湖が配置され、これが水平線となって、上下を分画する。上は夕暮れの太陽が沈んだ直後の空である。沈んで見えない太陽の光によって空は明るく輝いている。下はアルプスのどこにでもあるような小道で、羊飼いが羊を追って帰る様子である。3部作の<生>では、アルプスの峰と山道によって、上・中・下の分割になっていると見ることが出来る。<死>は中央の雪のアルプスが、上の空と雲と、下の葬儀の準備とを区切っている。                                                                                                                                                                   自然の水平線だけではない。たとえば、<早朝のミサ>は教会の階段と、青い空とに分割されている。階段中央を上る神父は、下界から天界への移行のはじまりにいるに違いない。人気作品の<湖を渡るアヴェ・マリア>も、太陽が沈んだ直後の空と、湖に浮かぶ小舟の上の羊、羊飼い、アヴェ・マリアとイエスによって構成され、間の地上が水平線となっている。セガンティーニの水平線の意味をもっと深く検討する必要があるだろう。