Monday, August 26, 2013

「暴走する路面電車」と哀れなサンデル君

松元雅和『平和主義とは何か』(中公新書)は、義務論としての平和主義の説明に際して、M・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』で有名になった「暴走する路面電車」の事例を借用している。                                                                                                                                                 ――前方に5人の作業員がいるが、ブレーキがきかなくなってしまった。このままでは5人をはねて死なせてしまう。ところが、右側に退避線がある。そこには作業員が1人いる。電車を退避線に向ければ、1人は死ぬが5人は助かる。運転士はどうするべきか。――                                                                                                                                                            サンデル来日時にマスコミでも大きく取り上げられた話だ。複数の義務に直面した場合の選択の困難を問う設問は「義務の衝突」とも呼ばれ、倫理学でも刑法学でも古典的な議論である。「トロリー問題」もあれば、「カルネアデスの板」問題もある。刑法学の違法性の議論では、義務の衝突論、緊急避難論の局面で取り上げられる。古くから知られる議論を、マスコミはサンデルの専売特許かのごとく大騒ぎした。ところで、サンデルは、もう一つの変形バージョンを提示していた。松元もこれを紹介している。                                                                                                                                           「今度は、あなたは運転士ではなく傍観者で、線路を見降ろす橋の上に立っている。線路上を路面電車が走ってくる。前方には作業員が5人いる。ここでも、ブレーキはきかない。路面電車はまさに5人をはねる寸前だ。大惨事を防ぐ手立ては見つからない――そのとき、隣にとても太った男がいるのに気がつく。あなたはその男を橋から突き落とし、疾走してくる路面電車の行く手を阻むことができる。その男は死ぬだろう。だが、5人の作業員は助かる(あなたは自分で跳び降りることも考えるが、小柄すぎて電車を止められないことがわかっている)。/その太った男を線路上に突き落とすのは正しい行為だろうか?」                                                                                                                                                これがサンデル教授の設問だ。ハーバード大学で人気の白熱授業というから、どんな話をするのかと思っていたが、サンデル来日時にこれを知って、のけぞった。バカだ、としか思えなかったからだ。間違いなくバカだ、サンデルもハーバード大学生も。忘れていたが、松元の引用のおかげで思い出した。当時、この設問への回答を授業で冗談として話したので、ここに書いておこう。                                                                                                                                         「ハーバード大学教授なのにおよそ思慮の足りないサンデル君は、隣の太った男を突き落そうとした。ところが、全力で押しても微動だにしなかった。5人の作業員を全員はねて死なせる路面電車を、この太った男1人で止めることが出来るという設定だから、太った男の体重は300キロをはるかに超えていた(笑)。振り返った男は、サンデル君を見てニヤリと笑い、軽く手を伸ばすやサンデル君を突き落した。哀れなサンデル君はまっさかさまに転落して、電車にはねられて死亡し、続いて5人の作業員も死んでしまった。サンデル君は小柄すぎで電車を止められないという設定だからだ。間抜けなサンデル君は無意味に死んでしまい、結局、6人が亡くなったとさ。」爆笑。