Saturday, August 31, 2013
レーティッシュ博物館散歩
グラウビュンデン州都のクールの旧市街はかつて城壁に囲まれていたが、いまは城壁がなく、周囲の近代的な町並みとつながっている。駅前通りを歩いて100メートルほどのところにある交差点でグラーベン通りを渡ると旧市街になる。クールの町中に「120分で5000年」という観光客向け歴史ツアーのポスターが貼ってあった。5000年というのは、紀元前3000年頃にはすでに集落が出来上がっていて、スイス国内で確認されている最古の町だからだ。ライン川に面した山間の谷につくられた町だ。なぜライン川に接してつくらなかったのかと不思議に思うが、少し離れた谷のほうが外敵からの防衛に便利だったのかもしれない。紀元前15年にローマ帝国の支配下にはいり、後にクールという名前になった。旧市街をざっと歩くのに2時間ということだろう。ポスト通りにはスイス国旗、グラウビュンデン州旗、クール市旗がはためく。やがて正面に見えてくるのがザンクト・マルティン教会で、その裏にクール・レーティシュ博物館があり、さらにその裏にカテドラルが聳える。
クール・レーティシュ博物館はグラウビュンデン州の歴史博物館で、以前見た時には展示品が単純に並べて置かれていたように記憶しているが、今はきちんと整理して、見学者に配慮した丁寧な展示になっている。案内パンフレットは二〇一一年の作成になっている。パンフレットは『調査発見』『労働とパン』『権力と政治』『信仰と知識』の4部構成だ。『調査発見』は、一六世紀に始まり、二〇世紀に本格化したグラウビュンデンにおける考古学の解説から始まる。スイスにおける石器時代、青銅器時代、鉄器時代、ローマ帝国時代、前期中世(五~九世紀)に分けて、概略が説明されている。展示『労働とパン』では、農業時代に始まって、商業、工業、交通業、観光業、移住と移民という構成で、それぞれの時代に人々がどのように生計を立てていたかを示す。展示『権力と政治』では、軍隊と戦争、領主と城、三国同盟、司法の暗い側面などのテーマごとの展示である。司法の暗い側面では、拷問器具や処刑についての解説がなされている。また、グラウビュンデン地域で権力的な地位にあった人々の写真が掲示され、83人の名前が掲げられている。15世紀のジャン・ジャコモ・トリヴルチオ、18世紀のヨハネス・パウル・ベーリ・フォン・ベルフォート、19世紀の宗教者ヴィルヘルム・マリア・リッジなど地元の政治や宗教上の指導者が並ぶが、他方で、政治とはかかわりのなかった画家ジョバンニ・セガンティーニや女性画家アンゲリカ・カウフマンも登場する。有名人や歴史上の人物ということだろうか。展示『信仰と知識』では、神と神々、伝承伝説、象徴と奇跡、生誕と死、教育などのテーマが設定されている。神と神々というのは、キリスト教以前は、太陽、泉、水、木々、畑などに宗教的観念を抱いた自然信仰の時代があったとされ、多神教から一神教の時代へという流れになるからだ。キリスト教の伝播は、4世紀半ばに聖ルジウスと使節団が布教し、380年にローマ帝国がキリスト教を国教として認知したことで一気に広まり、9世紀にはクール市況が異教を禁止したという。もっとも、その後もクールでは、マーキュリー像、商取引の神像、狩猟神像などさまざまな異教の観念が残っていたという。
クールは最古の町だけあって、スイスらしいが、スイスらしくない面もあり、おもしろい。グラウビュンデン州はロマンシュ語を話す地域でもある。スイスの公用語はドイツ語、フランス語、イタリア語に加えて、第4のロマンシュ語があるが、これはダヴォスやサンモリッツなどグラウビュンデン州、エンガディン地方の言葉である。