Saturday, August 31, 2013

領土問題を地元住民・漁民の立場で考える

岩下明裕『北方領土・竹島・尖閣、これが解決策』(朝日新書)                                                            *                                                                                   3島返還案を提出して北方領土をめぐる議論に新しい地平を開いた『北方領土問題 4でも0でも、2でもなく』(中公新書)から8年、著者は領土問題、「国境学」の第一人者として領土研究をリードし、多くの編著を出すとともに、現実政治に介入して議論の一翼を担ってきた。今回は北方領土だけでなく、竹島、尖閣も含めて日本の領土問題を広い視野からとらえ返す試みである。まず、領土問題は実は日米同盟の従属変数として機能するしかなかった歴史を直視し、アメリカ頼り、アメリカ絡みの議論では解決しないこと、日本が自律的に周辺諸国に向き合う必要があることをセリする。そのうえで、第1に、「歴史問題」と「領土問題」を切り離して、歴史問題はそれとしてきっちり議論するフォーラムをつくり、領土問題は別途解決を探るべきとする。第2に、ロシアと中国が実践したようにフィフティ・フィフティ方式で解決する。第3に、地元住民や漁民の立場を十分に理解して、その声に耳を傾ける中から解決策を探るべきだという。第3の点は、本来当たり前のことであるが、領土問題、国境問題となると、どうしても中央政府同士の交渉となり、ナショナリズムが先走り、地元住民の利害が忘れ去られる。著者は、それぞれの問題について、地元住民や漁民がどのような生活をし、どのような意識を持っているかを重視する。その際、著者は「国境学」、ボーダーズスタディーズの専門家として、世界的な議論を踏まえて、論述を進める。また、フィフティ・フィフティといっても、具体的な事案ごとに意味や方法は異なるので、北方領土をモデルとしつつ、それぞれに応じた具体案を提起する。そこでは、歴史問題と領土問題の区分けとともに、海の空間管理、住民の生活圏、漁業水域などの諸論点を総合的にとらえる姿勢を明示する。とかくナショナリズムの対立が激化し、過熱している問題だけに、具体的な提案をすれば、あちらこちらから石が飛んでくるものだが、著者なりの基本ポリシーを丁寧に説明し、より良い解決策を提案する工夫をしている。その意味でとても参考になる本だ。                                                                                          もっとも、細かな点では疑問がないわけではない。著者は北方領土、竹島、尖閣がすべて本来は日本領と考えているようだがその理由は、北方領土以外は、必ずしも説明されていない。また、ナショナリズムに走るのではなく、冷静なが「国境学」の成果を踏まえた議論のはずなのに、「尖閣を譲れば、次は沖縄をとられる」式の議論が使われている。それならば、著者の言う3島返還論にしても「択捉を譲れば、次は色丹だ、歯舞群島だ。最後は北海道までとられる」という極論を否定できないのではないだろうか。また、引用文献を見ると、竹島について、基本文献というべき内藤正中、朴炳渉、池内敏の著作が参照されていない。下條正男の文献が2点もあげられているのに。