Saturday, January 14, 2017

ヘイト・スピーチ研究文献(86)相模原障害者殺傷事件

立岩真也・杉田俊介『相模原障害者殺傷事件』(青土社、2016年)
『私的所有論』『弱くある自由へ』以来、魅力的な言論で活躍してきた社会学者と、『フリーターにとって「自由」とは何か』『無能力批評』の批評家による共著。
事件そのものを論じていない。メディアでは膨大な議論がなされたようにも見えるが、被疑者や被害者に関する具体的な情報が不足しているため、立岩は、事件そのものについて推測的な議論をすることの問題性を認識するとともに、溢れる不確実情報や、差別助長につながりかねない議論を排して、日本にける優生思想の歴史をていねいに掘り越し、その中に事件と事件をめぐる議論の全体を位置づける試みを続ける。
ヘイト・クライムを容認しているとジェノサイドにつながりかねないことを指摘し、優生思想に基づくヘイト・クライムを防ぐための思想的課題を論じる。ヘイト・クライムとジェノサイドの関連は欧米では常識に属すると言ってよいが、日本ではヘイト・クライム研究が不足しており、両者の関連も意識されていないので、本書の提起は重要である。
「現実否認と不安、マジョリティとマイノリティ、被害者意識と罪悪感の間で揺れ動くキメラ的な人々の内なる被害者意識やルサンチマンを、外側から政治的な『正しさ』によって批判し矯正するのみならず、内側からもすくい取り、完全に武装解除はできなくとも、少しずつ緩和していくような道はないのだろうか。」
著者らには答えはないが、答えを探しながら理論と実践の闘いを続ける意思が明確である。