Thursday, January 05, 2017

川崎市ヘイト・スピーチ報告書を読む(2)

1.提言の概要(2)
川崎「提言」は次のように≪インターネット上の対策≫に言及する。
「インターネット上のヘイトスピーチによる被害は深刻であり、その解消に向けた対策を、積極的に講じていく必要がある。
 具体的には、SNSを活用した発信や、積極的な削除要請などを行う必要がある。」
 注目すべきは「インターネット上のヘイトスピーチに関して、客観的な事実が明らかな
場合、積極的に削除要請を行うべきである。」としていることである。
2.「部会報告」の概要(2)
 川崎市にはインターネット上の情報収集を専門に行う部署はないことを確認し、「多文化共生の意義、多文化共生社会の実現に向けた市の施策や取組みを積極的に発信すること」を強調し、「市民等からの情報提供等によりインターネット上でのヘイトスピーチを発見した場合、市が国と協力して削除要請することは重要である。たとえそれがいたちごっこになったとしても、知り得たヘイトスピーチを放置することはあってはならないし、ヘイトスピーチを許さないという姿勢を示すことにもなる。」としている。
 また、今回の提言には含まれていないが、検討課題として、「川崎市は人種差別行為を認めないという姿勢を示すためにも、大阪市の条例では実現しなかった人種差別行為の被害者による訴訟の支援も検討されるべきである。」、「差別は生活の場で起こるものであり、また、人種差別撤廃条約上の義務は地方公共団体も負っていることから、川崎市が他都市や国の施策をリードするくらいの姿勢をもつべきであろう。」としている点も重要である。
3.コメント
 ヘイト・スピーチの被害を認めたので当然ではあるが、インターネット上のヘイト・スピーチの被害の深刻性を認識している点は重要である。
 憲法学者の中には、ヘイト・スピーチの被害を否定したり、軽視したりする例が少なくない。まして、インターネット上のヘイト・スピーチについて認識を示す例はごくわずかである。現実を見ようとしない。
 これに対して、川崎市報告書は、協議会の審議過程において被害の聞き取りを行い、ヘイト・スピーチ研究の第一人者である師岡康子弁護士からの聴取も行ったうえで、ヘイト・スピーチの被害を的確に把握し、それゆえインターネット上のヘイト・スピーチ被害が深刻であることも正しく理解している。
 ヘイト・スピーチを犯罪としている西欧諸国では、ドイツのように一般的にヘイト・スピーチを禁止する条文の解釈としてインターネット上のヘイト・スピーチも禁止している例と、刑法の条文の中にインターネット、電磁的手段などと明示している例があるが、いずれにせよ、インターネット上で行われたヘイト・スピーチも法定の要件を満たせば犯罪とされている。
 インターネット上のヘイト・スピーチに関する削除要請、ないし削除命令の実態がどのようになっているかは、必ずしも明らかではない。日本の研究水準ではそこまで調査していないからである。私の調査も不十分である。ただ、犯罪に該当するヘイト・スピーチについては削除は当然のことであろうと推測できる。犯罪に相当しないヘイト・スピーチについては不明である。
 川崎市報告書は、ヘイト・スピーチ解消法の趣旨を踏まえて、市が削除要請を行うことを提言している。ヘイト・スピーチを許さない市民の責務に関連して、市民の協力にも言及している。優れた見解である。
 「たとえそれがいたちごっこになったとしても、」と明記しているように、実際には膨大な差別落書きがなされ、ヘイト・スピーチが繰り返されているため、削除要請を行ってもヘイト・スピーチをなくすことはできない。なくすことはできないことを理由に、削除要請を否定する見解があるが適切でない。差別とヘイトを許さないという姿勢を鮮明に打ち出すことが大切である。
 また、「人種差別行為の被害者による訴訟の支援」についても言及がなされている。これは人種差別撤廃条約第6条の被害者救済に関連する。昨年、条約6条に関する西欧諸国の履行状況を調査したが、私が調べた範囲でも、いくつかの国で被害者への法律扶助を行っている例がいくつかある。

その他、多様な被害者救済の方策がありうるので、その調査も十分に行うべきである。私は、以前は条約4条のヘイト・スピーチに関する国際的な状況を120か国以上調査してきたが、昨年から2条(反差別法・政策)、6条(被害者救済)、7条(差別と闘う教育)について調査している。川崎市の専門家もぜひ調査を進めてほしい。