Sunday, January 08, 2017

ヘイト・スピーチ研究文献(85)ヘイト・スピーチ事案の刑事手続

桜庭総「ヘイトスピーチ規制における運用上の諸問題」内田博文先生古稀祝賀論文集『刑事法と歴史的価値とその交錯』(法律文化社、2016年)
『ドイツにおける民衆扇動罪と過去の克服――人種差別表現及び「アウシュヴィッツの嘘」の刑事規制』の著者による最新論文である。
櫻庭は、まずヘイト・スピーチの保護法益について社会的法益説と個人的法益説を検討し、社会的法益とする理解を支持しつつ、それがヘイト・スピーチの「害悪」を示すものであるが、害悪と被害とは区別されるという。
本論文では、「被害」のうち、捜査機関による差別的捜査について論じている。すなわち、検挙・起訴すべき事案が適切に検挙・起訴されない場合と、逆に検挙・起訴すべきでない事案が検挙・起訴される場合である。ヘイト・スピーチの現場で警察官が何ら対処しない場合や、ヘイト・デモの側ではなくカウンターの側が検挙される場合や、国会周辺での反原発デモの規制を唱える場合などが念頭に置かれる。
差別的訴追については最高裁判例もあり、アメリカにおける研究もあるが、現行法と体制では、適切な対処が難しい。差別的捜査であることの立証が難しい。
それゆえ、櫻庭は立法論の検討を行う。立法事実は明らかであるが、現行法体系との性愚性も検討しなくてはならない。独占禁止法の規定する公正取引委員会の専属告発制度を瞥見し、職務の専門性をさらに検討するべきという。
重要な問題提起である。著者自身、まだ論点整理にとどまるが、今後さまざまな観点から議論していく必要がある。私はこうした論点については、あまり言及してこなかった。今後はこれらの論点を意識しながら研究を進めたい。