Saturday, January 28, 2017

ヘイト・スピーチ研究文献(88)人間の尊厳と法の下の平等

金尚均「人種差別表現に対する法的規制の保護法益」『龍谷大学政策学論集』5巻2合(2016年)
著者は編著『ヘイト・スピーチの法的研究』をはじめ、数々のヘイト・スピーチ法研究を公表してきた刑法研究者である。ヘイト・スピーチ規制の保護法益に関して、これまで人間の尊厳、社会参加、法の下の平等などを論じてきたが、それらの成果の上に本論文で一応のまとめをしている。副題に「ヘイト・スピーチ規制の憲法的根拠づけ」とある。
個人の尊重(憲法13条)と人間の尊厳の連関を問い、芦部信喜、美濃部達吉、宮沢俊義、広中俊雄、高山佳奈子、青柳幸司、樋口陽一、蟻川恒正らの見解を踏まえて、議論している。日本国憲法には人間の尊厳概念が規定されていないので、個人の尊重の中に入れるのか。それとも、憲法9条の戦争放棄と平和主義の背景に人間の尊厳がある、と解釈するのか。
続いて法の下の平等について、浦部法穂、奥平康弘らの見解を取り上げ、ドオーキンやウルドロンの見解も検討しながら、法の下の平等一般ではなく、ヘイト・スピーチ問題に即して法の下の平等を理解する方法を明らかにする。
最後に、法の下の平等と人間の尊厳の連関も取り上げ、その連続性に着目する。
「法の下の平等の侵害と人間の尊厳の侵害の関連に着目すると、両社は連続の関係にある。また、人間の尊厳の否定は、法の下の平等の侵害の動機であり、そしてそれの帰結である。」
私は、ヘイト・スピーチの憲法論を、憲法前文の精神(国際協調主義、平和主義、平和的生存権、恐怖と欠乏からの自由等)を解釈基準として、個人の尊重(13条)、法の下の平等(14条)、自由行使の責任(12条)を総合的にとらえるべきだと考える。それゆえ、表現の自由(21条)について、多くの憲法学者が言う「マジョリティの表現の自由」ではなく、「マイノリティの表現の自由」を保障するという観点から、把握している(『ヘイト・スピーチ法研究序説』)。
金が憲法9条に言及している点は、遠藤比呂通が同様の見解と言えようか。私は、人間の尊厳を9条に読み込むことは考えていなかったが、憲法前文の精神を個別の憲法条文の解釈基準とするという立場であり、同じことを言おうとしているのだろうと思う。