Wednesday, September 15, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(187)日仏比較

野口有祐美「日仏のヘイトスピーチに対する法規制に関する一考察」『法学研究』94巻1号(2021年)[慶応義塾大学]

はじめに

一 日本のヘイトスピーチ規制法

1 歴史的・社会的背景

2 法成立当時の政治的要因

3 法的側面

二 フランスのヘイトスピーチ規制法

1 プレヴァン法

2 ゲソ法

終わりに

本論文は、日仏「両国の国会審議資料及びヘイトスピーチに関する専門家の論文・著作を基礎として、両国の差異の背景を、主にヘイトスピーチ規制法の立法過程から検証することを試みる」として、両国の規制法の差異の理由を探ることを課題とする。

日本については、ヘイト・スピーチ解消法の制定過程をフォローし、それ以前には規制法が存在しなかった理由、国際人権法の要請の強まり、ヘイト現象の流行から解消法が制定された理由を解明する。規制しない規制法としての解消法が「現時点での法的論争の最善の帰結」という。手堅い分析であるが、すでに多くの論者が指摘してきたことと同じである。

フランスについても、プレヴァン法とゲソ法の制定過程として国会への法案提出、そして国会審議における議論を紹介している。フランスではなぜ、どのようにして両方が成立したのかわかりやすくまとめている。

その上で、日仏の「比較」を行うとしているが、規制するフランスと規制しない日本の差異を、規制しないのが「最善の帰結」という立場で見ているため、差異を確認して終わりというのが実情である。「異なる背景・歴史」「アプローチの仕方も異なる」として、第一に問題の政治的な場での発言のプロセスの違い、第二に法成立当時の政治的要因の違い、第三に表現の自由の捉え方の違いである。

「このように、差別的言論の規制に対して歴史的・社会的・政治的・法律的な合意が戦前からある程度あったフランスに対し、差別について語られること自体が少なく、規制をしないことへの暗黙の了解があった日本で、フランスのように厳格な対処がされてこなかったのは、当然の帰結であると言える。」という著者は、ヘイト・スピーチについては法規制をしないことを是としつつ、差別の撲滅のためにどのように対処するかについての議論を続けることが必要と言う。

論旨は明快であり、読みやすい論文である。研究論文としてはいささか疑問がないではない。特に先行研究のフォローがほとんど行われていない。被害についても、法規制の可否についても、比較法情報についても、解消法の制定過程についても、数多くの先行研究があるが、ごくごく一部を利用しているに過ぎない。

フランス法についてはすでに光信一宏の詳細な研究があり、それを引用しているが、先行研究に何を付け加えることができているのか、その点で心もとない。フランス法については成嶋隆、曽我部真裕の研究も重要であるが、引用されていない。フランス法の制定過程の論述は一次資料を調査したとは見えないし、フランスにおける研究論文についても調査を行っていない。たまたま入手したごく一部の文献に依拠している。研究論文の検討も判例分析もなされず、フランス法について検討する場合に必須の欧州人権裁判所への視線も見られない。