Ⅴ 挑戦と障害
サルヴィオリによると、国際犯罪や人道に対する罪の実行の被疑者は数が多いが、刑事捜査には、人的にも財政的にも資源、権限、意志の点で、制約があるという。効果的な捜査と処罰を追及できないことが、訴追と処罰の障害となる。これには様々な要因があるという。
A 法的不処罰
法的に不処罰の原因となるのは、①恩赦と免責、②時効、③犯罪の定義の不十分性、④猶予、特赦、減刑、⑤制裁の代替策である。
①
恩赦と免責
恩赦は、裁判官による裁判絵を受ける被害者の権利や、効果的な救済を受ける権利のような権利を侵害する。恩赦は、人権侵害に責任のある者の捜査、身柄拘束、訴追、処罰を妨げ、不処罰への道を開く。
アルゼンチン、ブラジル、チリ、コンゴ民主共和国、エルサルバドル、シエラレオネ、スペイン、南アフリカ、ウルグアイなど多くの国は、責任者の捜査と処罰を妨げる恩赦法を制定した。アルゼンチンやエルサルバドルはこうした恩赦法を見直したが、そのままにしている国もある。
真実を告白することと引き換えに恩赦を認める国もある。南アフリカ真実和解委員会は、条件付きの恩赦・真実モデルを提供し、ケニア、リベリア、シエラレオネも同様のモデルを採用した。
ウガンダでは恩赦が蔓延し、リビアでも恩赦が広く利用されている。犯行者の刑事責任追及を妨げる免責にもいくつものタイプがある。インドでは、公務員、民間人、文人を裁判にかけることを妨げる免責が法的枠組みに盛り込まれている。トルコでは、あいまいな免責条項があって、公務員の免責をしている。リビアでは、上官の命令で行動した者の免責を定める刑法がある。ミャンマーでは、憲法が政府の要職に就いたものの法手続きを妨げている。
②
時効
サルヴィオリによると、国際法ではこれらの犯罪には時効が適用されないが、時効や不遡及規定を利用して、重大人権侵害や人道に対する罪の捜査と処罰を妨げる国がある。エルサルバドル最高裁は、1989年11月に起きたイエズス会信徒虐殺の煽動者に対する刑法の適用を時効を理由に妨げた。
③
犯罪の定義の不十分性
人道に対する罪や重大人権侵害が刑法上定義されていないため、実行犯に適切な刑罰を科すことが困難な国がある。インドではジェノサイドと人道に対する罪が法的に定義されていない。ガンビアでは、憲法も刑法も強制失踪を犯罪として定義していない。拷問犯罪は憲法で禁止されているのに刑法で定義されていない。チュニジアでは、強制失踪や拷問が刑法制度に導入されていない。リビアの国内法は、国際法で定義された犯罪をカバーしていない。
④
猶予、特赦、減刑
サルヴィオリによると、有罪とされても、釈放されたり、猶予されたり、自宅謹慎に変更されたり、一時的に釈放される国がある。アルバニアでは、共産主義体制の指導者たちが一審裁判所でジェノサイドで有罪とされたが、最高裁で破棄された。共産主義体制下で侵されたほとんどの犯罪が今日まで捜査されていない。アイルランドとイギリスの良い金曜日協定は、協定で定められた一定の犯罪で有罪とされた者の釈放を定めている。二年後には全員が釈放された。人道に対する罪で有罪とされた者の早期釈放である。後に人道に対する罪に関してはこの規定は適用されないことになった。
アルゼンチンでは、1980年代に有罪とされた最高指導者が猶予にされた。刑事捜査を妨げる法が無効とされたのちに、数百人の軍人と民間人が裁判にかけられ有罪となったが、損赤には高齢を理由に自宅謹慎を言い渡された。アルゼンチン最高裁は、最終判決以前に身柄拘束された一日を刑事施設収容二日に等しいとする法律を適用した。これにより人道に対する罪で有罪とされた者が早期釈放された。この適用は後に法律で禁止された。
チリでは、人道に対する罪で有罪とされた者を、健康状態を理由に刑事施設収容ではなく他の手段に変更する努力がなされている。セネガルでは、前チャド大統領ヒセネ・ハブレが、単独房に収容されていたにも関わらず、新型コロナ禍の刑務所状況から、健康を理由に一時釈放された。スーダンでは、前大統領オマール・ハッサン・アーマド・アル・バシールが同様の理由で釈放を要求した。
ペルーでは、アルベルト・フジモリが高齢を理由に猶予を言い渡されたが、後に覆された。人道的理由から猶予を与える際には恣意的にならないように慎重に検討する必要がある。切迫した重病は猶予を与えられる理由があるが、単に時間が経過したとか、高齢であると言うだけでは十分な理由とは言えない。
⑤
制裁の代替策
サルヴィオリによると、移行期の正義の文脈で、重大人権侵害実行犯について施設収容しない代替策を用いる国がある。損害賠償の制裁は生じた被害に焦点を当てる。責任を自認し、真実を語ることと引き換えにする例もある。
リベリアでは、「国民的癒し、平和構築、和解のための戦略的ロードマップ」は、真実和解委員会の勧告の履行を支援するものであり、刑事責任よりも修復的司法に焦点を当てる。リベリア特別法廷の設立は、政治意志の欠如のために遅延している。
コロンビアでは、「準軍事勢力の復員のための正義と平和法」が重大犯罪実行犯の刑期を五年以上八年以下に限定した。「真実、正義、補償、再発防止包括システム」がつくられ、多様な代替策を可能としている。
B 事実上の不処罰
サルヴィオリによると、人的財政的資源の不足、技術的能力の不足、被害者・証人の案z年確保メカニズムの不在等により、重大人権侵害実行犯の捜査が事実上妨げられている。裁判官や検察官が圧力を受け、脅迫される。マイノリティ集団に対する構造的偏見が事実上の不処罰を帰結する。
グアテマラでは、重大人権侵害に関する法手続きが、裁判官や検察官に対する脅迫により妨げられた。インドでは、警察が被害者を威嚇して法手続きを終了させようとする。リベリアでは、真実和解委員会が実行犯と名指しした人物が政権にとどまっており、裁判を行えない。アルバニアでは、司法機関に公平性と正当性が欠如している。
ウガンダでは国際犯罪部局が被害者参加について、証人保護や被害者救済が難しく、手続きの困難を抱えている。ガンビアでは、司法医学が制約されており、ジェンダー暴力の告発ができにくい。モルディヴも、証拠収集と証人保護に難点がある。
国際法廷も挑戦に直面している。ルワンダ国際刑事裁判所はスタッフの安全確保に苦労しており、事務局は十分なスタッフを見いだせずにいる。レバノン特別法廷は、財政不足のため閉鎖の危機にある。カンボジア特別法廷は、外部資金に依拠しており、財政の自律性を保てない。
C 政治意志の欠如
国際刑事裁判所規程を批准した国は一三三カ国だが、中国、ロシア、アメリカが参加していない。アフガニスタン領で行われた犯罪の捜査の文脈では、アメリカは国際刑事裁判所の管轄権を認めていない。南アフリカ、ガンビア、ブルンジは国際刑事裁判所の手続きを回避してきた。
国際司法裁判所で、ミャンマー政府はマイノリティに対する制度的差別の一部が問われたが、ロヒンギャという言葉を用いることを避け「コミュニティ間暴力」と表現した。国際司法裁判所におけるガンビア対ミャンマー事件(ジェノサイド条約の適用)2020年1月23日決定。
サルヴィオリによると、政治意志の欠如を示す特徴は数多い。人道に対する罪を定義する法律が存在しないこと。恩赦や免責の適用。時効や不遡及の適用。犯罪の重大性に見合わない刑罰。犯罪の性格に合わない特徴づけ。宣告刑の減刑、早期釈放、自宅謹慎への変更。国際裁判所との協力をしない、普遍的管轄権を認めない。国際基準に反する協定締結。被害者支援を提供しない。恩赦法を正当化する公的言説。軍隊、警察、行政が保有する記録の破棄・隠蔽。被害を受けやすい集団(女性、子ども等を含む)の司法へのアクセスの困難さ。被害者が弁護を受ける権利がないこと。