Thursday, September 02, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(186)

萩原優里奈「フランスにおけるヘイトスピーチ規制――表現の自由との関係性の検討」『言語・地域文化研究』第27(2021)

目次

はじめに

1.フランスにおけるヘイトスピーチ規制の法的枠組み

11 プレヴァン法

12 ホロコースト否定罪

2.インターネット上のヘイトスピーチ規制

21 インターネット上のヘイトスピーチ規制をめぐる近年の動向

22 アヴィア法

3.近年の判例

31 ガロディ事件

32 スーラ事件

33 レロイ事件

おわりに

これまで日本、アメリカ、ドイツについて検討してきた萩原はフランス法にも目を配る。

本論文は、目次を一瞥すれば明らかなとおり、フランスにおけるヘイトス・スピーチ規制法の基本を明らかにしたうえで、インターネット時代の状況もフォローし、さらに判例として欧州人権裁判所に提訴された事案を検討している。フランスにおけるヘイト・スピーチ規制の概要が分かりやすく、手堅くまとめられている。

フランスについてはこれまで成嶋隆、光信一宏、曽我部真裕らの研究がある。そこでは最近のアヴィア法が取り上げられていないが、それ以外はかなり明らかにされてきた。萩原は主に光信及びEsther Janssenの研究に依拠している。萩原論文の新規性はアヴィア法の成立過程を論じたところにあると言えようか。もっとも、フランスにおける研究を紹介するのではなく、Yahooニュースやウィキペディアに依拠している点が限界であろう。フランス法の全体像を見渡せるようにするためには、光信や、Janssenの英語論文に依拠するのではなく、フランスにおける一次文献、二次文献を探索するべきだろう。

萩原論文の意義は、本論文だけではなく、先行する日本、アメリカ、ドイツに関する研究と一体として、その全体の意義を見るべきだろう。アメリカ、ドイツ、フランスの3カ国の法状況を比較して、そこからヘイト・スピーチ刑事規制の法的論点を抽出し、日本における議論の参考にする問題意識が明白であり、この点では高く評価できる内容となっている。一人の研究者でこれら3カ国を論じている例は珍しい。アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアを研究する奈須祐治、アメリカとカナダを研究する小谷順子、アメリカと欧州を対比するエリック・ブライシュがあり、これらに続く研究として位置付けることができる。

論文末尾に次の一文があるのが気にかかる。

「日本におけるヘイトスピーチ対策では、マイノリティの人権保障を重視するあまり、規制により表現の自由という権利が不当に侵害された者の救済措置の検討がおろそかになりがちである。規制によって利益を受ける側、不利益を受ける側、双方の視点から、すべての国民に対する確かな人権保障体制作りが、今日本に求められている喫緊の課題なのではないだろうか。」

この文章は、論文全体の記述とは関係なく、突如として最後に置かれている。この文章が何を念頭に置いているのか、理解するのは難しい。「日本におけるヘイトスピーチ対策では、マイノリティの人権保障を重視するあまり、規制により表現の自由という権利が不当に侵害された者の救済措置の検討がおろそかになりがちである」というのは、何を指しているのだろうか。ヘイト・スピーチ解消法は対策を講じない対策法である。川崎市条例を指しているのだろうか。この文章だけを見ると、萩原には差別問題への関心が薄いのかもしれないと感じられるが、どうだろうか。