国連人権理事会第四八会期にファビアン・サルヴィオリ「真実・正義・補償・再発防止保障に関する特別報告者」の報告書が提出された。
最初の「真実・正義・補償・再発防止保障に関する特別報告者」はパブロ・デ・グリーフであった。デ・グリーフは二〇〇一年からニューヨークの「移行期司法のための国際センター」研究局長であった。ニューヨーク州立大学哲学准教授で、倫理学と政治理論も教えた。民主主義、民主主義理論、道徳・政治・法の関係に関する研究をし、著作を公表し、移行期司法のための国際センターで関連著書を出している。その報告書は例えば以下で紹介した。前田朗「真実・正義・補償に関する特別報告書(一)(二)」『統一評論』五七七号、五七九号(二〇一三年)。
ファビアン・サルヴィオリは、ラプラタ大学の国際人権法教授であり、人権研究所所長である。ストラスブール(フランス)の国際人権研究所及びサンホセ(コスタリカ)の米州人権研究所のメンバーでもある。国連人権メカニズム、米州人権メカニズム、補償、人権諸原則の解釈、及び国際司法を研究してきた。二〇〇九~一六年には国際自由権規約の自由権規約委員会委員であり、二〇一六年に同委員会による「補償に関するガイドライン」を執筆した。また、米州人権委員会及び米州人権裁判所において事案を扱った経験がある。米州人権裁判所に真実への権利に関する初めてのアミカス・キュリエ(法廷の友としての専門家意見書)を提出した。二〇一八年五月一日から、前任者のデ・グリーフに続く二人目の特別報告者として活動を始めた。前回報告書は以下で紹介した。前田朗「被害者の権利と歴史記憶化過程」『部落解放』二〇二〇年一二月号。
今回のサルヴィオリ報告書には次のようなタイトルがついている。
Accountability:
Prosecuting and punishing gross violations of human rights and serious
violations of international humanitarian law in the context of transitional
justice processes. Report of the Special Rapporteur on the promotion of truth,
justice, reparation and guarantees of non-recurrence, Fabian Salvioli
(A/HRC/48/60. 9 July 2021)
以下、報告書を簡潔に紹介する。
目次
Ⅰ 序文
Ⅱ 特別報告者の活動
Ⅳ 捜査し処罰する義務
A 法的不処罰
B 事実上の不処罰
C 政治意志の欠如
Ⅵ 良き実行例と教訓
A 法的枠組み
B アムネスティ
C 制度の容量、市民社会の参加、被害者中心性
D 国際制度と国内制度の
Ⅶ 結論
Ⅷ 勧告
*
Ⅰ 序文、Ⅱ 特別報告者の活動は省略する。
Ⅲ 概論
サルヴィオリによると、第二次大戦終結以来、重大人権侵害と国際人道法の重大違反を訴追・処罰するために多様な責任追及モデルが用いられてきた。国際法廷、ハイブリッド法廷、国内レベルで設置された特別法廷、既存の通常の国内法廷である。例としては、旧ユーゴスラヴィア国際法廷、カンボジア特別法廷、ルワンダ国際法廷、シエラレオネ特別法廷がある。ハイブリッド(混合)法廷としてはボスニア・ヘルツェゴヴィナ、コソヴォ、レバノン、東ティモール法廷がある。
国内レベルでは、コロンビアにおける真実、正義、補償、再発防止の包括的システムの特別平和管轄権、グアテマラの国内武力紛争に関する特別事件のためのハイ・リスク法廷と人権検察官、ウガンダの国際犯罪法廷、ルワンダのガチャチャ法廷がある。アルゼンチン、ペルー、ウルグアイなどでは通常の国内法廷がある。
これえらは不処罰と闘うための重要な前進を示す。しかし正義の追及には巨大な障害があった。1948~2008年に、850万から1700万もの人々が国内武力紛争及び国際武力紛争の結果、亡くなったと見積もられている。圧倒的多数の場合、重大国際犯罪の実行犯は不処罰のままである。
サルヴィオリによると、武力紛争を終わらせ民主的移行を実現するには、責任追及過程に否定的な影響が存在した。スペインでは、フランコ政権下の侵害行為が不処罰となった。エルサルバドルの事件では米州人権裁判所が非難の判決を出したが、政治的又は法的障害が立ちはだかった。スリランカにおける政権交代は紛争時における違反行為の捜査と訴追を始めることになったが、有罪とされた実行犯が恩赦になった。ガンビアでは、ヤヒャ・ジャメー前大統領の訴追を求める国際連合の呼びかけがなされたが、ジャメーが他国に亡命した。
Ⅳ 捜査し処罰する義務
サルヴィオリによると、訴追に関する義務を明確に理解する必要がある。裁きくことにより、被害者には権利の担い手としての認知が可能となり、法制度が信頼性を形成する機会を得られる。訴追が適切になされれば、法の支配を強化し、社会的和解に寄与する。大規模又は組織的人権侵害の被害者の正義の要求にとって、刑事司法だけでは十分でないが、記憶、真実、再発防止保障などほかの要素も必要である。しかし各国は真実と正義の間で選択する必要はない。移行期の正義は、重大人権侵害と国際人道法の重大違反の実行犯の刑事責任追及に対する代替案で見るべきではない。
国家の国際人権義務は、移行期の正義に完全に適用できる。責任追及義務は国際法に根拠を有する。
重大人権侵害と国際人道法の重大違反に責任ある者を捜査、訴追、処罰する国家の義務を確認した国際文書として、ジェノサイド条約、1949年のジュネーヴ諸条約、強制失踪保護条約、拷問等禁止条約がある。
人権委員会(国際自由権委員会)は、国家の訴追義務は、市民的政治的権利に関する国際規約第二条に定められた効果的救済の権利から引き出されると確認した。こうした侵害の捜査と訴追をしないことは、人権条約規定に対する違反となる。こうした侵害の不処罰は、その再発をもたらす否定的要因となる。
慣習国際法も、ジェノサイド、戦争犯罪及び人道に対する罪を捜査し処罰する義務を認めている。国際司法裁判所は、2015年2月3日のクロアチア対セルビア事件判決で、ジェノサイドの処罰は強行規範であるとした。国際司法裁判所は、2007年2月26日のボスニア・ヘルツェゴヴィナ対セルビア・モンテネグロ事件判決で、重大犯罪を行ったものを処罰することは、予防の最も効果的な形態の一つであるとした。さらに、米州人権裁判所は、2006年9月26日のアルモナシド-アレジャーノ対チリ事件判決で、人道に対する罪の禁止は強行規範であり、その処罰は一般国際法の下で義務的であるとした。
人権委員会(国際自由権委員会)は、重大人権侵害と戦争犯罪の実行犯と告発されたすべての者が公平に訴追され、有罪の場合は、有罪宣告をして、その地位に関わらず、国内の免責条項に関わらず、行われた犯罪の重大性に従って処罰されるようにすることが、国家の義務であると確認した。
サルヴィオリによると、国際人権法は、人道に対する罪について課される刑罰は犯罪の重大性に比例していなければならないとする。旧ユーゴスラヴィア国際法廷は、1997年10月7日のエルデモヴィチ事件控訴審判決で、人道に対する罪は極度に重大であり、最も重い刑罰を要求するという基準に言及した。刑罰について明確で一般的な基準があるわけではないものの、拷問等禁止条約第4条2項は「犯罪の重大な性質を考慮した適切な刑罰」としている。ジュネーヴ第一条約四九条は「効果的な刑事制裁」、ジェノサイド条約第五条は「効果的な」、強制失踪保護条約第七条は「極度の重大性を考慮した適切な刑罰」としている。国債刑事裁判所規程第七八条は有罪とされた者の個人事情を考慮するとしている。犯行の重大性、被告人の事件への関与の程度、個人的事情、その他の減軽事由・加重事由が考慮されなければならない。国債刑事裁判所規程第七七条はジェノサイド、戦争犯罪、人道に対する罪、侵略の罪について、(a)30年以下の刑事施設収容、又は(b)特に重大な場合、終身刑を定める。米州人権裁判所の2015年11月21日のガルシア・イバラ対エクアドル事件判決は、不適切な法的特徴付けや犯罪に不均衡な刑罰は不処罰の要素となり得るとした。米州人権裁判所の2012年9月7日のバリオス・アルトス対ペルー事件判決は、この義務を果たすため、国家は犯罪の性質、被告人の関与、被告人の責任を考慮しなければならないとした。
サルヴィオリによると、責任追及に対する国際法上の障害としては、アムネスティ(恩赦)、免責、時効等がある。戦争犯罪時効不適用条約があるが、人権委員会(国際自由権委員会)一般的勧告第三一号(二〇〇四年)は、刑事責任追及の認定に対する障害を除去しなければならず、重大人権侵害の実行犯を恩赦や免責によって法的責任を逃れさせてはならないと述べた。米州人権裁判所の2001年3月14日のバリオス・アルトス対ペルー事件判決に基づいて、国家は、恩赦や時効や刑法の不遡及等によって重大人権侵害に責任ある者を責任から逃れさせ、捜査や処罰を妨げようとしてはならないとした。2011年8月31日のコントレラ対エルサルバドル事件判決、2014年10月14日のロチャク・ヘルナンデス対エルサルバドル事件判決も同旨。
重大人権侵害で有罪とされた者の早期釈放も国際法に合致しない。国際共同体は、特赦や判決からの減刑のような法規範の利用を制限する必要を認めている。拷問禁止委員会は、重大人権侵害で有罪とされた者の早期釈放は拷問等禁止条約に違反すると述べた。米州人権裁判所によれば、特赦や判決からの減刑の過度の適用は不処罰の一形態となる。国債刑事裁判所規程第一一〇条は、刑を執行する国は、裁判所が言い渡した刑期の終了前にその刑を言い渡された者を釈放してはならないとし、裁判所が減刑を判断する際に、刑期の三分の二の期間又は終身刑の場合は二五年間刑に服した時に再審査するとしている。