*以下の紹介における固有名詞の表記について、現地語の発音を調べていない。各国の法制や社会状況を調べていない。このため、事案の内容が正確にわからない場合がある。
「ファクトシート:ヘイト・スピーチ」は、「条約の保護の適用除外」「条約第10条(表現の自由)の保護に関する制限」「ヘイト・スピーチとインターネット」の3つのテーマに分けて、多くの判決を紹介する。
第2の「条約第10条(表現の自由)の保護に関する制限」では、①「暴力及び敵意の煽動の謝罪」、②「テロリズムの容認」、③「戦争犯罪の容認」、④「国民アイデンティティの侮辱」、⑤「過激主義」、⑥「論争のある歴史意味内容を伴う旗の掲揚」、⑦「同性愛ヘイト・スピーチ」⑧「民族憎悪の煽動」、⑨「国民憎悪の煽動」、⑩「人種差別又は憎悪の煽動」、⑪「宗教的不寛容の煽動」、⑫「国家公務員の中傷」に関する判決を紹介している。
以下では、⑦「同性愛ヘイト・スピーチ」⑧「民族憎悪の煽動」、⑨「国民憎悪の煽動、⑩「人種差別又は憎悪の煽動」、⑪「宗教的不寛容の煽動」、⑫「国家公務員の中傷」を紹介する。
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⑦ 「同性愛ヘイト・スピーチ」
ヴェジデランドその他対スウェーデン事件(2012年2月9日)
本件で、申立人らは中学校で約100枚のリーフレットを配布したところ、裁判所によって同性愛者に対して攻撃的であると認定され、有罪とされた。申立人らは、「国民青年」という団体のリーフレットを生徒のロッカーに配布した。リーフレットには特に、同性愛は「逸脱した性的傾向」であり、「社会の大部分に道徳破壊的影響」を及ぼし、HIV/ AIDSの流行に責任があるという主張が書かれていた。申立人らによると、同性愛を集団として侮辱する表現をしようと意図しておらず、活動目的はスウェーデンの学校教育において客観性が欠けていることについて論争を始めることだと主張した。
欧州人権裁判所は、申立人が憎悪行為を直接呼びかけていないとしても、その主張は重大で偏見に満ちた主張であると認定した。裁判所によると、性的志向による差別は人種、出身、皮膚の色に基づく差別と同様に重大である。裁判所は、条約第10条(表現の自由)の侵害はなかったと結論付けた。というのも、申立人らの表現の自由の行使への介入は、スウェーデン当局によって、他者の名誉と権利の保護のために「民主主義社会において必要」であると合理的に認定されたからである。
ベイザラスとレヴィカス対リトアニア事件(2020年1月14日)
申立人らは恋愛関係にある若い男性2人であり、2人のうち1人に対してフェイスブックで憎悪コメントが書かれた件で予審捜査を開始することを当局が拒否したので、性的志向に基づいて差別されたと申し立てた。2人がキスしている写真がフェイスブックに投稿され、それに数百のオンライン・ヘイト・コメントが書かれた。LGBTの人々一般についてのものもあれば、申立人らを個人的に威嚇するものもあった。申立人らによると、性的志向に基づいて差別された。申立人らは捜査を拒否したことが、法的救済の可能性を失わせたと主張した。
欧州人権裁判所は、条約第8条(私的生活の尊重の権利)に照らして条約第14条(差別の禁止)の侵害があったと判断した。裁判所の認定によると、申立人らは性的志向に基づいて差別され、リトアニア政府は異なる取り扱いが条約が示す基準に合致していると示す正当事由を提示していない。裁判所によると、申立人らの性的志向が、申立人らが政府から取り扱いを受ける方法について役割を与えられ、予審捜査の開始を拒絶した際に、明らかに申立人らが同性愛であることを明示して不賛成を表明していたことは明らかである。こうした差別的態度は、申立人らがケイ所法のもとでの、心身の統合に対する攻撃を呼びかけられない権利が保護されなかったことを意味する。裁判所は、条約第13条(効果的救済の権利)があるのに、申立人らはその申立てについて効果的な国内救済を否定されたと判断した。
リリエンダール対アイスランド事件(2020年5月12日、許容性に関する決定)
本件は、オンラインの記事に応答して、同性愛的発言を行ったことで有罪とされ、罰金を科された事案である。申立人は表現の自由の権利が侵害されたと申し立てた。
欧州人権裁判所は、条約第10条(表現の自由)の下で申立人の主張は明らかに誤りであり、その許容性は否定されると判断した。裁判所によると、申立人のコメントは判例法の意味におけるヘイト・スピーチに明らかに当たる。裁判所は、申立人のコメントが「重大で、深刻に有害で、偏見に満ちている」というアイスランド最高裁の認定を容認し、もともと論争を招いた決定は、LGBT問題に関する学校教育を強化する措置に関するものであり、こうした重大な反応を是認するものではなかったとした。国内裁判所の本件決定は、申立人の表現の自由と、ジェンダー及び性的マイノリティの権利の間で広範囲にわたってバランスをとるものであり、それゆえ合理性があって正当化される。
⑧ 「民族憎悪の煽動」
バルサイテ・リデイキーネ対リトアニア事件(2008年11月4日)
申立人は出版社を経営していた。2001年3月、ポーランドの裁判所は、申立人が行政犯罪法に違反したと認定した。彼女が「2000年のリトアニア・カレンダー」を印刷・配布し、政治学専門家の結論によると民族憎悪を助長するとされたためである。彼女は行政警告を受け、未販売のカレンダーは没収された。申立人は、カレンダーの没収とその配布の禁止が表現の自由の権利を侵害すると主張した。
欧州人権裁判所は、条約第10条(表現の自由)の侵害はなかったと判断した。裁判所によると、申立人は攻撃的ナショナリズムと自民族中心主義を表明し、ポーランド人とユダヤ人に対する憎悪を煽動する発言をしたので、リトアニア当局が重大関心を持つことになった。こうした状況で条約締約国に残された論評の限界に照らして、欧州人権裁判所は本件では、国内当局が論評の限界を超えていないと認定した。というのも、リトアニア当局は申立人に対して措置をとる社会的必要があると検討した。欧州人権裁判所によると、申立人に課された没収がかなり重大であるとみなされたとしても、申立人は罰金を課されることはなく、より穏当な行政罰呂して警告がなされたに過ぎない。それゆえ欧州人権裁判所は、申立人の表現の自由の権利に対する介入は、他者の名誉と権利の保護のために「民主主義社会に必要」と合理的に考えられるとした。
アタマンチュク対ロシア事件(2020年2月11日)
本件は、ある会社員が地方新聞に書いた記事で非ロシア人について発言し、憎悪と敵意を煽動したとして有罪とされた事案である。
欧州人権裁判所は、条約第10条(表現の自由)の侵害はなかったと判断した。というのも、ロシアの裁判所は申立人を訴追し有罪とするのに事案の文脈で重要かつ十分な理由を示しており、申立人に刑罰を科すことを正当化する例外的事情があった。欧州人権裁判所によると、申立人が行った発言は、いかなる公共の議論にも寄与しないので、非ロシア人の地方住民に対して感情を掻き立て偏見に満ちていると国内裁判所が評価したことに同意できる。さらにロシアの裁判所は、ヘイト・スピーチに対する法律の文脈で判決が下されるとし、申立人に罰金を課し、2年間文筆・出版活動を行うことを禁止した。さらに、判決はジャーナリストではなく会社員である被告人にとって顕著な帰結を生むものではない。
⑨ 「国民憎悪の煽動」
へスル・ダウムその他対ポーランド事件(2014年10月7日、許容性に関する決定)
申立人らはポーランド国民を侮辱し、国民憎悪を煽動したとして訴追された。申立人らは第二次大戦後にポーランド人とチェコ人がドイツ人に行った残虐行為をドイツ語のポスターを掲げたために有罪とされたのは、表現の自由の権利を侵害したと訴えた。
欧州人権裁判所は国内救済を尽くしていないので申立ては許容されないと判断した。裁判所は、非難された刑法典の規定に対して憲法訴願をしていないので、申立人はポーランド法が用意した救済手続きを尽くしていないと判断した。
⑩ 「人種差別又は憎悪の煽動」
イェルシルト対デンマーク事件(1994年9月23日)
申立人はジャーナリストであり、「グリーンジャケット」と自称する若者集団の3人のメンバーに行ったテレビ・インタヴューから抜粋したドキュメンタリを制作した。インタヴューで、若者たちはデンマークにおける移住者と民族集団について口汚い軽蔑的発言をした。申立人は人種主義発言を教唆したことで有罪とされた。申立人は表現の自由を侵害されたと申し立てた。
欧州人権裁判所は、人種主義発言を公然と行った「グリーン・ジャケット」メンバーと、特定の青年集団に発言させ、分析し、説明しようとし、「当時すでに重大な公共の関心事項であった特定の問題」を扱おうとした申立人を区別した。ドキュメンタリは全体として人種主義者の見解や思想を宣伝する目的ではなく、公衆に社会問題を伝えようとするものであった。従って、裁判所は、条約第10条(表現の自由)の侵害があったと判断した。
スーラその他対フランス事件(2008年7月10日)
本件は、「欧州の植民地化」というタイトル、「移住者とイスラムに関する真実」というサブタイトルの本を出版して、刑事訴追された申立人の事案である。刑事手続きの結果は、北及び中央アフリカ出身のムスリム共同体に対する憎悪と暴力の煽動ゆえに有罪となった。申立人らは表現の自由が侵害されたと申し立てた。
欧州人権裁判所は条約第10条(表現の自由)の侵害はなかったと判断した。裁判所によると特に、申立人を有罪とした際に、国内裁判所は当該著書で用いられた用語が軍事用語を用いており、読者に拒否と対立の感情を呼び起こし、民族再征服戦争を行うべしという著者の解決策を読者に共有させることになる。申立人の有罪を支える理由が十分かつ妥当なので、裁判所は申立人の表現の自由の権利への介入は、「民主主義社会において必要」なものである。最後に裁判所は、当該著書の非難された文章は、申立人の事件で条約第17条(権利濫用の禁止)の適用を正当化するほど十分に重大ではなかったとした。
フェレ対ベルギー事件(2009年7月16日)
申立人はベルギーの国会議員であり、ベルギーの「国民戦線」という政党の議長であった。選挙運動の際に、数種類のリーフレットが配布されたが、そのスローガンは「ベルギーのイスラム化に反対して立ち上がれ」「見せかけの統合政策を止めよう」「仕事目当ての非ヨーロッパ人を送り返せ」であった。申立人は人種差別の煽動で有罪とされた。申立人は社会奉仕命令と10年間の議員資格はく奪を言い渡された。申立人は表現の自由の権利が侵害されたと申し立てた。
欧州人権裁判所は条約第10条(表現の自由)の侵害はなかったと判断した。裁判所の見解では、申立人の発言は明らかに、外国人に対する不信、拒絶、又は憎悪の感情を、公衆の知識の十分ない人々に掻き立てることに責任がある。申立人のメッセージは、選挙の文脈で行われたもので、反響を呼び起こし、明らかに憎悪の煽動に当たる。申立人の有罪は無秩序を予防し、他者の権利、すなわち移住者の共同体の権利を保護する利益という観点で正当化される。
ル・ペン対フランス事件(2010年4月20日、許容性に関する決定)
事件当時、申立人はフランス「国民戦線」という政党の議長であった。申立人は特に特定の民族集団、国民、人種又は宗教の出身又はメンバーであること又はメンバーでないことを理由に、人々の集団に対して差別、憎悪、暴力を煽動したとして有罪とされた。理由は、申立人が新聞「ル・モンド」のインタヴューでフランスにおけるムスリムについて、行った発言である。申立人はとりわけ「今やフランスには500万どころか2500万ものムスリムがいる。奴らは負担となっている」と主張した。申立人は表現の自由が侵害されたと申し立てた。
欧州人権裁判所は申立ては許容されない(明らかに誤っている)と判断した。裁判所によると、申立人の発言は受入れ国における移住者の定住と統合に結びついた問題に関する一般討論の文脈で行われた。さらに、当該問題は時に誤解や理解不能をもたらすほど変容する性質のものであり、個人の表現の自由への干渉の必要を評価する際、国家に相当の裁量が委ねられる必要がある。しかし本件では、申立人の発言はムスリム共同体全体に拒否と敵意の感情を惹き起こしそうな物騒な方法で行われた。申立人は一方で宗教信条を明確に特定した共同体に対してフランスを対置し、当該宗教の成長がすでにフランス人の尊厳と安全に潜在的脅威となっていると主張した。国内裁判所が申立人を有罪とした理由は妥当且つ十分である。課された刑罰は均衡を欠いたものではない。それゆえ裁判所は申立人の表現自由の権利の享受に対する介入は「民主主義社会のいて必要」であったと判断した。
ぺリンチェク対スイス事件(2015年10月15日、大法廷)
本件は、トルコの政治家である申立人がスイスで、1915年以後にオスマン帝国で起きたアルメニア人に対する大量強制移住と虐殺はジェノサイドにあたらないという見解を公然と表明したために有罪とされた事案である。スイスの裁判所は特に、申立人の動機は人種主義的、自国中心主義的であり、その発言は歴史論争に寄与しないとした。申立人は有罪と刑罰は表現の自由の権利の侵害であると申し立てた。
欧州人権裁判所は条約第10条(表現の自由)の侵害があったと判断した。アルメニア人大量強制移住と虐殺をジェノサイドと見るべきであることはアルメニア人共同体にとって極めて重要なことであるがので、裁判所によると、被害者の尊厳及び現在のアルメニア人の尊厳とアイデンティティも条約第8条(私生活の尊重の権利)による保護を受ける。それゆえ裁判所は条約上の2つの権利、表現の自由と私生活の尊重の権利のバランスを取らなければならず、本件事案の特殊な条件、用いられた手段の間の均衡性、及び達成されるべき目的を考慮しなければならない。本件では、裁判所は、本件では問題となっているアルメニア人共同体の権利を保護するために申立人に刑罰を科すことは民主主義社会において必要とは言えないとした。特に裁判所が考慮したのは次の諸要因である。申立人の発言は公共の利害のため二なされ、憎悪と不寛容を呼びかけるものではない。発言がなされた文脈はスイスにおいて緊張を高めたり、特別な歴史的意味合いを有するものではない。申立人の発言はスイスにおいて刑法による応答を要するほどアルメニア人共同体のメンバーの尊厳に影響を与えると見ることはできない。スイスには申立人の発言を処罰する国際法上の義務はない。スイスの裁判所はスイスにおいて証明されたものと異なる意見を声に出しただけの申立人を非難したように思われる。申立人の表現の自由の権利への介入が刑事法の有罪という重大な形態であった。
シムニッチ対クロアチア事件(2019年1月22日、許容性に関する決定)
申立人はフットボール選手であり、フットボールの試合の観客に人種、国籍、信仰に対する憎悪を表明又はそそのかす内容のメッセージを発したために軽犯罪で有罪とされた。申立人は表現の自由が侵害されたと申し立てた。
欧州人権裁判所は、条約第10条(表現の自由)についての申立人の主張は明らかに誤っているので許容されないとした。申立人の表現の自由の権利への介入は妥当で十分な理由によって支持される。クロアチア当局は、申立人に比較的軽い罰金を課し、申立人が問題の文句を叫んだ文脈を考慮し、一方で申立人の自由な発言の利益、他方でスポーツイベントにおける寛容と相互尊重を助長する社会の利益の間で公正なバランスを取り、スポーツを通じた差別と闘おうとしたのであって、裁量の範囲内である。欧州人権裁判所によると特に、申立人は有名なフットボール選手であり、多くのフットボールファンにとって役割モデルでもあるので、挑発的な叫び声が観客の行動に与える否定的影響を配慮すべきであり、そうした行為を慎むべきであった。
⑪「宗教的不寛容の煽動」
I.A対トルコ事件(2005年9月13日)
出版社の社長兼責任者であった申立人は、心理学的哲学的な問題を小説形式で書いた著書を2000部発行した。イスタンブール検察官は、申立人がその出版を通じて「神、宗教、予言者及び聖書」を侮辱したとして起訴した。一審裁判所は申立人に2年間の刑事施設収容と罰金を命じ、刑事施設収容を罰金に減軽した。申立人が控訴したが、控訴裁判所は判決を支持した。申立人は有罪と判決が表現の自由の権利を侵害したと申し立てた。
欧州人権裁判所は、条約第10条(表現の自由)の侵害はなかったと判断した。裁判所は特に、自己の宗教を表明する自由の行使を選択した者は、宗教的マジョリティのメンバーとしてであれ、マイノリティのメンバーとしてであれ、いかなる批判をも免れると合理的に期待することはできない。自己の宗教を表明する自由の行使を選択した者は、自分の宗教信仰を他者が否定することに寛容であり、これを受け入れなければならない。自分の信仰と敵対する教義を他人が宣伝することも受け容れなければならない。しかし、本件では、「攻撃的」な意見で妨害しショックを与えるコメントだけでなく、イスラムの予言者に対する口汚い攻撃もなされている。世俗の原理が深く根付いているトルコ社会においては宗教協議への批判には一定の寛容が見られるにもかかわらず、信仰者は当該著書の一部の文章によって、不当な攻撃を受けていると感じるであろう。以上の事情から、裁判所は、問題の措置は、ムスリムにとって神聖であるとみなされている事柄への攻撃から保護しようとするものであり、それゆえに「社会的必要がある」。欧州人権裁判所は、トルコの裁判所が当該著書の没収を命じることなく、それゆえ課された罰金が問題の措置によって追及された目的にとって均衡がとれていた、と判断した。
エルバカン対トルコ事件(2006年7月6日)
申立人は政治家であり、有名なトルコ首相であった。事件当時、申立人は「福祉党」党首であったが、1998年、世俗主義原理に反する活動ゆえに解散となった。申立人は特に公開演説における発言ゆえに、憎悪と宗教的不寛容を煽動したとして、有罪とされたので、表現の自由の権利が侵害されたと申し立てた。
欧州人権裁判所は、条約第10条(表現の自由)の侵害があったと判断した。裁判所によると、公開集会における著名な政治家である申立人の発言は、それが実際になされたとすると、宗教的価値をめぐって社会をより排他的に構築しようというビジョンとなっており、異なる集団型の集団と向き合いながら存在する多元的に代表された現代社会と一致するのが困難である。すべての形態の不寛容と闘うことが人権保護の基本部分であると指摘しつつ、欧州人権裁判所は、政治家はその発言において不寛容を促進する発言をすることを避けるべきことが決定的に重要であると判断した。しかし、民主主義社会においては自由な政治論議が基本として認められるので、裁判所によると、申立人の訴追を正当化するために提出された理由が、表現の自由の権利の行使への介入が「民主主義社会において必要」であるということを十分に満たしてないと結論付けた。
タギエフとフセイノフ対アゼルバイジャン事件(2019年12月5日)
本件は、著名な作家、コラムニスト、編集者である申立人が2006年に出版した記事のイスラムに対する見解が宗教憎悪と敵意を煽動するとして有罪とされた事案である。
欧州人権裁判所は、申立人の有罪判決が過剰であり、表現の自由を侵害したので、条約第10条(表現の自由)の侵害があったと判断した。裁判所によると、国内裁判所はその記事が西欧と東洋の価値を比較した場合に、そして公共の利害に照らして、すなわち社会における宗教の役割に関する議論に寄与する場合に、なぜ申立人の有罪判決が必要であるのか正当な説明をしていない。実際、国内裁判所は、特定の文節が宗教憎悪と敵意の煽動であるという認定をしたが、その発言の文脈を検討せず、申立人が宗教に関する自己の見解を公にする権利と、宗教者がその信仰を尊重する権利とのバランスを取ろうと努力した形跡もない。
オテギ・モンドラゴン対スペイン事件(2011年3月15日)
申立人は左翼系バスク分離主義の議員グループのスポークスマンであり、記者会見において、バスクの日刊紙(ETAとの結びつきの嫌疑から)の閉鎖に言及し、警察活動の際に逮捕された人々に虐待したと唱えた。申立人はスペイン国王に言及して「スペイン軍の元帥、言い換えると、拷問者を指揮した人物であり、拷問を擁護し、拷問と暴力を通じてわれわれ人民に対する専制体制を課した人物」と述べた。申立人は国王に対する重大侮辱犯罪ゆえに刑事施設収容を言い渡された。申立人は表現の自由の権利が侵害されたと申し立てた。
欧州人権裁判所は、条約第10条(表現の自由)の侵害があったと判断した。裁判所によると、申立人の有罪判決は、追及された正当な目的、すなわちスペイン憲法が保障するスペイン国王の名誉を保護するのに均衡を欠いている。裁判所によると特に、申立人が用いた言葉は挑発的とみなしうるが、留意すべき重要点は、申立人の発言で用いられた言葉の一部が性質上敵対的であるとしても、暴力の煽動はなく、ヘイト・スピーチには当たらないことである。さらに、それは記者会見の過程で口頭でなされたものであり、申立人がそれが公になる前に訂正、言い換え、又は撤回することができなかった。
スターン・タウラとローラ・カペレラ対スペイン事件(2018年3月13日)
本件は2人のスペイン国民が2007年9月に国王のジローナ公式訪問の際に行われた公開デモで国王夫妻の写真に火を付けたために有罪とされた。申立人は特に国王に対する侮辱で有罪とした判決は表現の自由の権利に対する不当な介入に当たると主張した。
欧州人権裁判所は、条約第10条(表現の自由)の侵害があったと判断した。裁判所によると、申立人が行ったとされた行為は、個人的なものではなく、一般に王政に対する政治批判、特にスペイン王政に対する政治批判の一部であった。裁判所は、当該行為はメディアの関心を呼ぶために「設定」された挑発的「イベント」の一つであり、表現の自由の枠内で批判的メッセージを伝えるために許容される程度の挑発を利用することを越えていないことに、留意した。さらに裁判所は、非難された行為は憎悪や暴力の煽動と見ることに納得しなかった。本件では、イベントの設定のために用いられた「筋書き」の検討からも、実際に行われた文脈からも、暴力の煽動がなされるとは考えられなかった。行為の結果を基に見れば、暴力行為や混乱に至るようなこともなかった。さらに、本件事実がヘイト・スピーチに当たると考えられない。最後に裁判所は、申立人に言い渡された刑事施設収容は、追及された正当な目的(他者の名誉又は権利の保護)と均衡を欠いており、「民主主義社会において必要」と言えない。