「ファクトシート:ヘイト・スピーチ」は、「条約の保護の適用除外」「条約第10条(表現の自由)の保護に関する制限」「ヘイト・スピーチとインターネット」の3つのテーマに分けて、多くの判決を紹介する。
「条約の保護の適用除外」では、①「民族ヘイト」②「暴力の煽動とテロ活動支援」③「否定主義と修正主義」④「人種ヘイト」⑤「宗教ヘイト」⑥「民主的秩序への脅威」の6つに分けて、多数の判決を紹介している。
なお、以下の紹介における固有名詞の表記について、現地語の発音を調べていない。
④「人種ヘイト」
グリマーフェンとハーゲンベク対オランダ事件(1979年10月11日、欧州人権委員会決定)
本件では、申立人らは「白いオランダ人」に宛てたリーフレットを所持しており、それは特に白人でないすべての者をオランダから去らせようと意図するものであったために有罪とされた。
欧州人権委員会は、人種的に差別的な思想を広めるために条約第10条(表現の自由)を利用することを条約第17条(権利濫用の禁止)は許していないと認定して、申立ては許容されないと言い渡した。
⑤「宗教ヘイト」
ノーウッド対イギリス事件(2004年11月16日、許容性に関する決定)
申立人は、自分が所属するイギリス国民党BNPのポスターを窓に張り出したが、それには炎の中のツインタワーが描かれていた。「イスラム教をイギリスから追い出せ――イギリス人を保護せよ」と書かれていた。その結果、申立人は宗教集団に対する重大な敵意ゆえに有罪とされた。申立人はとりわけ、表現の自由が侵害されたと主張した。
欧州人権裁判所は、申立ては許容されないと言い渡した。裁判所によると、宗教集団に対して、その集団を全体として重大なテロ行為と結びつける一般的で、激しい攻撃は、欧州人権条約が明示して保障する価値、特に寛容、社会の平穏、非差別に合致しない。それゆえ裁判所は、申立人が当該ポスターを窓に張り出したことは条約第17条(権利濫用の禁止)の意味する行為に当たり、申立人は条約第10条(表現の自由)の保護を主張することができないとした。
ベルカセム対ベルギー事件(2017年6月27日、許容性に関する決定)
本件は、2012年に解散となった「シャリア4ベルギー」という団体の指導者でスポークスマンである申立人が、Youtubeで行った非ムスリムとシャリアに関する発言ゆえに、差別、憎悪、暴力の煽動であるとして有罪となった事案である。申立人は憎悪、暴力又は差別を他人に煽動するつもりはなく、単に自分の思想と意見を宣伝しようとしただけだと主張した。申立人は自分の発言は単に表現の自由と宗教の自由の表明であり、公共の秩序への脅威となる可能性はないと主張した。
欧州人権裁判所は、申立ては許容されないと言い渡した。裁判所によると特に、申立人はその発言で、非ムスリムを圧倒し、教訓を学ばせ、彼らと闘うことを視聴者に呼び掛けた。裁判所の考察では、問題の発言は明らかにヘイトの内容を有し、申立人はその経歴を通じてすべての非ムスリムに対して憎悪、差別及び暴力を掻き立てようとしてきた。裁判所の見解では、こうした一般的で激しい攻撃は、欧州人権条約の基礎にある寛容、社会の平穏、非差別という価値に合致しない。申立人の発言によるシャリアへの言及について、裁判所によると、シャリアを擁護しそのために暴力を呼びかけることはヘイト・スピーチであり、各締約国は宗教原理主義に基づく政治運動に反対する資格があると前に判断していた。本件において、裁判所は、申立人が、明らかに条約の精神に反する目的のために表現の自由の権利を行使して本当の目的から条約第10条(表現の自由)をそらそうとしている。従って、裁判所は条約第17条(権利濫用の禁止)に従って、申立人は条約第10条の保護を主張することができないと判断した。
⑥「民主的秩序への脅威」
一般に、欧州人権裁判所は、条約の価値の合致しないという理由で、全体主義原理に刺激された申立てや、民主的秩序の脅威となり、全体主義体制の再建につながる思想を表明する申立ては許容されないと宣言するであろう。
この点については、ドイツ共産党対ドイツ事件(1957年7月20日、欧州人権委員会決定)、B.H、M.W、H.P及びG.K対オーストリア事件(1989年10月12日、欧州人権委員会決定)、ナハトマン対オーストリア事件(1998年9月9日、欧州人権委員会決定)、シマネク対オーストリア事件(2000年2月1日、許容性に関する決定)参照。