Sunday, October 23, 2011

レジュメ:戦争犯罪論と植民地犯罪論

≪2011年度「女性・戦争・人権」学会 年次大会
軍事化と女性に対する暴力 ――現在の国際的な動きのなかで――


2011年10月23日


立命館大学


*



戦争犯罪論と植民地犯罪論


  ――東アジア歴史・人権・平和宣言運動から



前田 朗(東京造形大学)


*



1 はじめに



 本年10月2日、明治大学で開催された集会において東アジア歴史・人権・平和宣言を採択した。宣言は、植民地支配は人道に対する罪であると確認するとともに、植民地犯罪でもあると宣言した。では、植民地犯罪とは何を意味するのだろうか。


「継続する植民地主義」の問題提起を踏まえて、植民地(支配)責任論と植民地犯罪論について考えたい。その際、これまで展開されてきた戦争責任論と戦争犯罪論の関係と対比してみることが整理に役立つのではないか。


1990年代に戦後補償運動が盛り上がり、戦争責任論が再度議論されていた時期、戦争犯罪論の重要性を唱えても、なかなか受け入れられなかった。それが受け入れられるようになったのは、日本軍性奴隷制問題を犯罪と認定したクマラスワミ報告書やマクドゥーガル報告書以後のことであったように思う。「慰安婦」問題に取り組む人たちの中では、戦争犯罪論が徐々に広がっていった。もっとも、戦後補償論には、戦争犯罪だけではなく、さまざまな論点が含まれていたので、このように単純化するのは必ずしも適切ではないかもしれない。


近年の世界的なポストコロニアリズムの隆盛、日本に関する植民地責任論の隆盛についても、そこから学ぶべきことが非常に多いと感じると同時に、その前提として、やはり植民地犯罪論が不可欠であると考える。


というのも、近代国際法は植民地を容認してきた。西欧諸国は自らつくった国際法を使って文明の名の下に植民地を広げていった。それゆえ、植民地支配そのものを批判するためには、国際法の換質が必要である。植民地を容認する国際法や、せいぜい植民地独立付与宣言レベルの国際法ではなく、植民地支配を犯罪とする視座を確立する必要がある。植民地支配下における虐殺や拷問だけが犯罪なのではなく、植民地支配そのものの犯罪性を明示していく必要がある。


そこで、本報告では、戦争責任論と戦争犯罪論についての報告者自身の経験を確認したうえで、植民地責任論と植民地犯罪論を意識して作成された東アジア歴史・人権・平和宣言の内容を紹介する。さらに、その前提となるべき植民地犯罪論について、1990年代の国連国際法委員会における議論を振り返り、今後の植民地犯罪論の可能性を考えてみたい。




2 戦争責任論と戦争犯罪論



2-1 研究と運動における成果


    ・戦争責任論の系譜――家永三郎、荒井信一、吉田裕


    ・戦後補償論の成果――80~90年代の各種訴訟


    ・戦後責任論の問題提起――高橋哲哉


2-2 戦争犯罪論の展開


    ・旧ユーゴ国際刑事法廷1993


・ルワンダ国際刑事法廷1994


・人類の平和と安全に対する罪の法典草案1996


    ・国際刑事裁判所規程1998


    ・ニュルンベルク・東京裁判の再検証


    ・国際化された法廷


2-3 日本軍性奴隷制問題


    ・ファン・ボーベン報告書1993


    ・国際法律家委員会報告書1994


    ・クマラスワミ報告書1996


    ・マクドゥーガル報告書1998


    ・女性国際戦犯法廷2000~01


2-4 国際刑事法の形成


    ・膨大な理論書


    ・判例の蓄積――ジェノサイドの初適用、戦時性暴力の処罰


    ・『戦争犯罪論』『ジェノサイド論』『侵略と抵抗』『人道に対する罪』




3 植民地責任論と植民地犯罪論



3-1 植民地責任論/ダーバン会議に学んだこと


    ・人種差別と植民地支配


    ・継続する植民地主義


    ・植民地犯罪論の可能性



3-2 東アジア歴史・人権・平和宣言の経過


    ・実行委員会2010


    ・日韓市民共同宣言2010


    ・東アジア宣言2011



3-3 宣言の紹介     →資料①



3-4 宣言運動のこれから


    ・記録の出版


    ・2012ソウル大会?


    ・国連人権機関へ




4 植民地犯罪論の模索



4-1 国連国際法委員会      →資料②及び資料ⓐ~ⓔ


    1947 国連総会決議


    1949 ジャン・スピロプーロス特別報告者


    1954 人類の平和と安全に対する犯罪法典草案


    1974 国連総会「侵略の定義」


    1981 作業再開


    1982 ドゥドゥ・ティアム特別報告者任命


         以後、9つの報告書(植民地支配犯罪の名称が入る)


    1991 法典草案暫定採択


    1992~93 国際刑事裁判所規程草案作成作業


    1994 第12報告書・草案の検討


    1995 第13報告書(植民地支配犯罪の名称が消える)


    1996 人類の平和と安全に対する罪の法典草案


    1998 国際刑事裁判所規程



    *植民地犯罪はなぜ消えたか?


*旧宗主国側の反発


    *法的定義の困難性


    *植民地被害の認識の不十分さ


    *植民地被害の継続・現在性の認識の不十分さ


植民地主義と人種差別



4-2 ダーバンNGO宣言2001


         植民地化は人道に対する罪


4-3 東アジア宣言2011


         植民地犯罪と人道に対する罪




5 おわりに



    植民地犯罪の法的定義の困難性


ダーバン・フォローアップの限界


    植民地犯罪論を問い続ける意義


    NGO主導による議論の再構築








<資料>



1991年の国際法委員会43会期に提出された報告書の規定


草案第15条 侵略


草案第16条 侵略の脅威


草案第17条 介入


草案第18条 植民地支配及びその他の形態の外国支配colonial domination and other forms of alien domination


 国連憲章に規定された人民の自決権に反して、植民地支配、又はその他の形態の外国支配を、指導者又は組織者として、武力によって作り出し、又は維持した個人、若しくは武力によって作り出し、又は維持するようにto establish or maintain by force他の個人に命令した個人は、有罪とされた場合、・・・の判決を言い渡される。


草案第19条 ジェノサイド


草案第20条 アパルトヘイト


草案第21条 人権の組織的侵害又は大規模侵害


草案第22条 重大な戦争犯罪


草案第23条 傭兵の徴集・利用・財政・訓練


草案第24条 国際テロリズム


草案第25条 麻薬の違法取引


草案第26条 環境への恣意的重大破壊



1991年7月11日の第2239会期の検討により修正


草案第18条 植民地支配及びその他の形態の外国支配


国連憲章に規定された人民の自決権に反して、植民地支配、又はその他の形態の外国支配を、指導者又は組織者として、武力によって作り出し、又は維持した個人、若しくは武力による設立又は維持をthe establishment or maintenance by force命令した個人は、有罪とされた場合、・・・の判決を言い渡される。



1995年の47会期による変更


草案第15条(侵略)、19条(ジェノサイド)、21条(人権の組織的侵害又は大規模侵害)、22条(重大な戦争犯罪)に限定



協議続行――25条の麻薬の違法取引、26条の環境への恣意的重大破壊



保留された条項――17条の介入、18条の植民地支配、20条のアパルトヘイト、23条の傭兵、24条の国際テロリズム



1998年7月 の国際刑事裁判所規程


侵略の罪、ジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪



各国政府(25カ国)が1993年の国連国際法委員会に提出した意見書より要約


(A/CN.4/448 and Add.1)



オーストラリア――人民の自決権の射程距離についてはかなり議論の余地があり、刑事犯罪の要素を定義するのに十分とはいえない。「外国支配」という語句にも困難がある。国際法委員会の注釈書によると、外国支配とは「外国占領又は併合foreign occupation or annexation」とされているが、これは自決権に対する犯罪と言うよりも、侵略のカテゴリーに含まれる。この語句は、古典的に原則が適用されてきた植民地の文脈を超えてしまう。



オーストリア――「植民地支配」という表現は特別に追加パラグラフにおいて定義されるべきである。「人民の自決権に反してcontrary to」という語句は「人民の自決権を侵害してinfringing」に変えられるべきである。



オランダ――17条について述べたのと同じ理由から、18条を法典に含めるのは望ましくないと考える。(17条について、その内容は15条の侵略に含まれるし、15条に含まれないようなものを含める必要はない、定義がルーズで不明瞭である、と主張している)



北欧諸国(5カ国)――この規定は、法典に置くのに適した基準を満たしていない。「人民の自決権に反して、外国支配」という語句は、あまりに不正確too impreciseで、あまりに包括的である。現在の用語法によれば、この規定は、例えば、さまざまな形態の貿易ボイコットや、開発援助供与国が開発援助に伴って一定の条件を要求するような状況にまで適用されるだろう。この規定はさまざまな解釈の余地があり、紛争を招くことになる。それゆえ、もしこの規定を存続させるのであれば、もっと正確に定義するべきである。



イギリス――「植民地支配」や「外国支配」という用語は、刑法典に含めるのに必要な法的内容を持っていないし、国際刑法に基礎を持っていない。「植民地支配」は、いずれにしても、政治的態度を思わせる時代遅れの概念である。この言葉が国家責任条約草案第19条にあることが、本法典に含めるのを正当化することにはならない。法的文書である法典に政治的スローガン以外の何物でもないものを導入することは遺憾である。委員会は、処罰されるべき行為や慣行を限定して、定義するべきである。「植民地支配や外国支配」の時期に行われた行為は、さらに定義づけがなされれば、法典にふさわしいものになるかもしれない。例えば、ジェノサイドや、人権の組織的又は大規模侵害のように。



アメリカ――提案されている植民地支配の犯罪は、前に論じた犯罪につきまとうのと同じ欠点を提出する。あいまいかつ過度に広範でありvague and too broad、定義ができていない。この欠陥は、今日の国際的な雰囲気において特に重大なものとなる。より大きな民族的分岐のある社会の領域からより小さな国家が出現しているのを目撃しているような状況では。「外国支配」のような行為を犯罪化しようとする試みは、国際緊張や紛争を増大させることにしかならないだろう。



スイス――この規定は植民地支配やその他の形態の外国支配を非難している。外国支配は、委員会の中にそう考えている国家があるように、「新植民地主義」の意味で理解されるべきであろうか?これには疑いがある。「新植民地主義」は法的に確立した概念ではない。さらに、「新植民地主義」は武力によって行われるとは限らない。それはしばしば国家間の経済的不均衡に由来する。従って、注釈から「新植民地主義」に言及した部分をすべて削除するのがよいのではないか。



*上記の資料①②は省略