Monday, August 14, 2017

ヘイト・クライム禁止法(133)カナダ

14日午後、人種差別撤廃委員会はカナダ政府の報告書の審査だった。NGO席は60人近くの傍聴者で埋まり、満席状態。ふだんは20人程度のところ。つまり、常連以外に、カナダ政府の報告書審査のために40人くらいは来た、ということだ。
前回、2012年の審査の時は、7~8人の先住民族たちが、鳥の羽の飾りを頭につけて最前列に並んだので壮観だったが、今回それはなかった。みな普通の衣装だった。40人のうち半分くらいは先住民族らしき人たち。他に黒人系、白人系、そしてアジア系の人たちがいた。
最初の政府報告で、カナダの女性担当官が、2012年と同じことをした。別人だが、前例に倣ったのだろう。「カナダは多文化社会で多言語です。だから、私の報告は英語とフランス語でやります」と言って、英語で始めたが、5分くらいたつとフランス語に、次にまた英語に、そしてフランス語、最後にまた英語。人種差別撤廃委員たちは笑っていたが、先住民族の傍聴者は怒っていた。
2012年の時には、休憩時間に会場でみんなに聞こえるようにはっきり言っていた。「私たちの言葉で就職できないから差別だと言っているのに、役人は英語かフランス語ができないからダメだと言う」。先住民族に対して「英語・フランス語ができれば就職できる」と言い放つ行為は、それ自体、同化の論理だ。2007年の国連先住民族権利宣言に反対した4つの国の一つがカナダだ。他はアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド。日本でさえ賛成したのに。先住民族に対して「あなたの努力が足りない」と言っているに等しい。
今回、上記のような発言はなかったが、先住民族の人たちは、同じように思っていただろう。私の隣に座った女性は、カナダ政府発言の時に、口の中でぶつぶつつぶやいていた。委員が厳しい質問をすると、小さく拍手していた。
カナダ政府が人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/CAN/21-23. 8 June 2016)によると、カナダには人種差別と闘い、実質的平等を進めるための強力な法制度があるという。カナダ人権・自由憲章、刑法、そして連邦及び州法は差別を禁止している。とくにカナダ多文化法はカナダ社会の基本的特徴を多様性ととらえている。
2013年、人種・民族に動機づけられたヘイト・クライムの警察への報告事例は585件であり、前年より17%減少した。人種的ヘイト・クライムのうち44%が黒人住民を標的とした。東アジア・南東アジア系住民が10%、南アジア系が9%、アラブ・西アジア系が8%、先住民族が5%である。
暴力行為は刑法で禁止され、犯罪の動機が量刑に際して考慮される。刑法は裁判官に、犯罪の動機が、人種、皮膚の色、宗教、国民的民族的出身を含む理由に基づいた偏見や憎悪である証拠があれば、判決において刑罰加重事由として考慮するよう要請している。
前回報告書で報告したように、刑法には3種類の憎悪宣伝犯罪がある。特定の集団に対するジェノサイドの唱導又は助長、公共の場所において平穏を侵害するに至るような特定の集団に対する憎悪の煽動、特定の集団に対する憎悪の故意による助長である。刑法は特定の集団を「皮膚の色、人種、宗教、国民的民族的出身、年齢、性別、性的志向、又は心身の障害」によって特徴づけている。
2015年、ケベック政府はヘイト・スピーチや暴力を煽動する言説を予防し闘う法律案を上程した。法案はヘイト・スピーチと暴力煽動言説を禁止している。ケベック権利・自由憲章に基づいている。法案は係属中である。
前回報告について『ヘイト・スピーチ法研究序説』参照。カナダのヘイト・スピーチ法については小谷順子(静岡大学教授)の詳細な研究がある。一部はオンラインで読むことができる。

<追記>
カナダ政府報告書は独自のスタイルのため読みにくかった。
CERDをはじめ、条約委員会への報告書にはおおむね2つのスタイルがある。1つは、条約の条文ごとに順番に実施状況を報告するスタイル。1条については…、2条については…というタイプ。もう1つは、前回の委員会からの勧告の順番で、これに応えるスタイル。前回の勧告1については…、というタイプ。ところが、カナダ政府報告書は、全く違って、民族文化集団、先住民族、司法の3つの柱建てをして、それぞれについて記述している。37頁の全部を読まないと、どこに何が書いてあるかわからない。普通の報告書なら、条約4条の部分をみれば、ヘイト・クライム/ヘイト・スピーチについてまとめて書いてある。
先住民族の教育に関する箇所に、真実和解委員会が出てくる。何かと思ったら、かつてのインディアン居住地学校について調査し、その実態を解明し、継続する遺産を解決するための委員会だと言う。2009年に設置され、調査を行うとともに、政府に勧告を出し、記録・資料を保管・公開する。2015年には教育、言語、文化、健康、司法制度などについて94の勧告を出したという。
また、先住民族宣言の履行と書いてある。国連総会で宣言が採択された時は反対投票したが、2012年に宣言を承認したという。

Noir Divin, Domaine du Paradis, 2015, Geneve. 赤い悪魔のラベル。