平和博『信じてはいけない――民主主義を壊すフェイクニュースの正体』(朝日新書)
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<「ヒラリー・クリントンが児童性愛の地下組織に関与」──。一見ばかばかしいだけの「偽ニュース」が、世界を変えるきっかけになり始めている。誰が何の目的で流し、なぜ人は信じてしまうのか? 「脱真実」時代の正体を解き明かす。>
2016年アメリカ大統領選を通じてフェイクニュースやポスト・トゥルースという言葉が世界的流行語になった。日本でも一気に広がった。
日本政治はもともとトゥルースだったことがないのに、いまわざわざポスト・トゥルースと言うことは、以前はトゥルースであったかのような誤解と隠蔽を生じるので、適切な言葉とは言い難い。アンチ・トゥルース、ノン・トゥルースの極致が安倍政治である。
さて、本書が取り上げるのはほとんどアメリカのインターネット上のフェイクニュースである。有名な事例が多いが、それだけではなく、幅広く、さまざまなフェイクニュースを取り上げ、その広がり方、影響、それに対するチェックの在り方などをていねいに紹介している。
何しろアメリカ大統領選挙がネットのフェイクニュースによって左右されたのではないかと議論を呼んだくらいだ。クリントン候補に対する誹謗中傷のフェイクニュースが非常に多く、その一部は明らかにトランプ陣営が仕掛けたものだ。他方、政治的意図は必ずしもないが、風刺やパロディで投稿したフェイクニュースが思いがけない反響を呼ぶこともある。
風刺・パロディから、誤った関連付け、誤解させるコンテンツ、誤ったコンテクスト、なりうましコンテンツ、操作されたコンテンツ、そして捏造コンテンツといった類型に整理する見方もあるという。
ピザゲート事件、ローマ法王トランプ支持説をはじめ、多くのフェイクニュースの場合、その誤りを指摘し、正しい事実を提示してもあまり効果のないことがある。陰謀論を信じる人々は、自分が読みたい記事を信じるのであって、正しい記事を信じるわけではない。従って、事実誤認を指摘してもそれは広がらず、フェイクニュースが一方的に広がっていく。アメリカでは「トランプ・メディア生態系」ができあがっていて、そこでは他のメディアとは隔絶したネットワーク空間が広がっているという。
2017年のフランス大統領選でもフェイクニュースの仕掛けがあったが、かなり対処ができていたことも紹介されている。
本書はこうしたインターネット時代のフェイクニュース現象を次々と具体例と、これに関する調査分析を紹介している。分野により、事例により、さまざまな現象形態をとるが、著者は、誰も正しい情報を信じなくなり、開かれた議論の意味が失われ、フェイクニュースが民主主義を壊してしまう危険性を指摘している。
「信頼できないコンテンツがネット空間にあふれ、ユーザーからの信頼は失われ、広告は離れていく。それだけでなく、民主主義を損なう『敵』になっていくのか――。」
ではフェイクニュースニだまされないためにはどうすればいいのか。本書が紹介する対処法はファクトチェックであり、資料公開、訂正、説明責任であり、意外にも古典的な対処法だ。それしかない。
ただ、ファクトチェックと言っても、いまやファクトチェックに対する攻撃も行われているし、ファクトチェックする側の説明責任も問われるので、単純ではないという。なるほど。