Sunday, April 30, 2023

包括的差別禁止法のために04

『マイノリティの権利を保護する――包括的差別禁止法を発展させるための実務ガイド』の「第5部 差別と表現」は次の構成である。

Ⅰ 差別禁止法に直接関係する言説の局面

Ⅱ ヘイト・スピーチ及び差別、敵意、暴力の煽動の禁止

Ⅲ 煽動及びその他の憎悪や偏見に基づく表現に対する制裁

Ⅳ 非法的措置

Ⅱ ヘイト・スピーチ及び差別、敵意、暴力の煽動の禁止

実務ガイドによると、2010年代から2020年代初頭、ヘイト・スピーチ問題は国連システムの非常に強い関心事項となった。2012年には国連人権高等弁務官事務所が主宰して「ラバト行動計画」をまとめる国際会合が開かれた。2019年には国連事務総局が主導してヘイト・スピーチに対処する行動計画の戦略が練り上げられた。国連ヘイト・スピーチ戦略は、排外主義、人種主義、不寛容、暴力的な女性嫌悪、反ユダヤ主義、反ムスリムの嫌悪に対処しようとした。国連戦略によると、過去75年間、ヘイト・スピーチは、ルワンダ、ボスニア、カンボジアなどのジェノサイドのような虐殺犯罪の前触れである。

特にマイノリティに関して、2021年、マイノリティ問題特別報告者は国連人権理事会に報告書を提出し、ヘイト・スピーチやソーシャルメディアで標的とされているマイノリティを取り上げた。禁止されたヘイト・スピーチからマイノリティを保護することに国家が失敗してきたことを指摘している。ヘイト・スピーチは主にマイノリティに向けられており、人権保障にとって緊急の問題であるから、国家や市民社会の責任が大きいと指摘する。

国際自由権規約第202項は人種差別の唱道等を禁止することを求めている。規約第193項は、他人の権利や自由を保護するために表現の自由を制限することがあると明示している。ラバト行動計画が述べているように、ヘイト・スピーチは自由権規約第18条・第19条の下で制限されうる。

人種差別撤廃条約第4条は、人種的優越性の主張や、人種差別の煽動などヘイト・スピーチの規制を要請している。女性差別撤廃条約や障碍者権利条約はヘイト・スピーチに直接言及していないが、女性差別撤廃条約第5条は女性嫌悪スピーチの規制を含むと解釈されている。

 

実務ガイドによると、地域的人権システムもヘイト・スピーチに関連するアプローチを発展させている。米州人権委員会及び米州人権裁判所は、「表現の自由は絶対ではない」「問題のスピーチが政治的性質を有する場合であっても、制限が許される場合がある」としている。欧州人権裁判所は、ヘイト事件を相次いで審議してきた。

European Court of Human Rights, Beizaras and Levickas v. Lithuania, Application No.41288/15, Judgement, 14 January 2020.

20201月、欧州人権裁判所はリトアニア政府がオンライン・ヘイト・スピーチを捜査・制裁しなかった事案を検討した。フェイスブックにおける同性のキスの写真が公開された事案である。ピジーウス・ベイザラスとマンジーダス・レヴィッカスは数百件のオンライン憎悪書き込みを受け取った。書き込みはLGBTに対する憎悪煽動であり、2人に対する憎悪煽動でもあった。

201412月、LGBT協会は刑法170条(憎悪煽動)及び公共情報法第19条違反だと検事局に告発した。

リトアニア国内裁判所は本件につき捜査を開始しない決定をした。クライペダ地方裁判所は、リトアニア社会の多数は伝統的な家族の価値を尊重しているとして、LGBT協会の告発を却下した。

2020114日、欧州人権裁判所は、第8条(家族生活の尊重)を考慮しつつ、リトアニア政府は欧州人権条約第14条(差別の禁止)に違反し、第13条(効果的救済を受ける権利)に違反した、と判断した。

裁判所が強調したのは、「多元主義、寛容、寛大さを含む民主社会の特質」である。「多元主義と民主主義は多様性を真に認識し、尊重することによってつくられる」とした。裁判所は「他者に暴力を煽動する憎悪表現というもっとも重大な事案に責任のある個人に刑事制裁を科すことは最終手段としてのみ認められる。重大犯罪にあたる行為が、人の身体や人格の統合に向けられた場合、実効的な刑事法メカニズムだけが保護を可能とする。」とした。

欧州人権裁判所によると、リトアニア最高裁判決は、同性愛差別の被害申立人に効果的な国内救済を提供しなかった。本件は差別禁止法に基づくヘイト・スピーチに関する最近の重要判決である。

実務ガイドによると、差別の禁止のプリズムを通じて、国内及び地域レベルの裁判所がしだいにヘイト・スピーチを裁くようになっている。イタリアの裁判所はハラスメント規定(貶める雰囲気を作り出すこと)を反移住者ラジオ放送に適用した。欧州司法裁判所は、イタリアのラジオ放送で著名な弁護士が、「私の法律事務所ではゲイは雇わない」と述べた事案を雇用領域における差別と判断した。

Court of Justice of the European Union, Asociatia Accept v. Consiliul National pentru Combatera Discriminarii, Case C-81/12, Judgement, 25 April 2013; and NH v. Associazione Avvocatura per i Diritti LGBTI, Case C-507/18, Judgement, 23 April 2020.

LGBTに対するヘイト・スピーチ事案、反ユダヤ主義、反ロマ・ヘイト・スピーチの事案で、欧州人権裁判所は、差別に該当するオンライン・ヘイト・スピーチに当局が効果的に介入できなかったとした。

European Court of Human Rights, Beizaras and Levickas v. Lithuania, Application No.41288/15, Judgement, 14 January 2020.

実務ガイドは、その後、ラバト行動計画や国際自由権委員会決定を詳しく引用・紹介している。特にラバト行動計画におけるヘイト・スピーチの6つの成立要件を次のように引用している。

(a) 文脈:ある発言が、標的とされた集団に対する差別、敵意または暴力を煽

動する可能性が高いかどうかを判断するとき、文脈は非常に重要である。文脈は、意図及び/又は因果関係の両方に、直接関係しうる。文脈を分析するに際しては、その発言が行われ広められた時点で広範に成立していた社会的および政治的文脈のうちに、その言語行為を位置づけるべきである。

(b) 発言者:発言者の社会における位置や地位、とくにその発言が向けられた聴衆をとりまく状況におけるその個人ないし組織の立場が、考慮されるべきである。

(c) 意図:国際自由権規約第20条は、意図があることを予定している。この条項は、当該発言の単なる頒布や伝達ではなく、「唱道」と「煽動」に関わるので、不作為や不注意は、ある行為が同規約第20条の違反となるために十分とは言えない。このため、ある行為が違反となるには、言語行為の対象と主体およびその聴衆のあいだに成立する三者関係の作動が必要とされる。

(d) 内容と形式:発言の内容は、裁判所の審議にとって鍵となる点の一つであり、煽動の不可欠の要素である。内容分析は、発言が挑発的かつ直接的である度合い、発言によって展開された議論の形式、スタイルおよび性質、あるいは展開された様々な議論のあいだのバランスなどに関係する。

(e) 言語行為の範囲:範囲という概念は、その言語行為の届く範囲、公共的な性格、影響力、聴衆の人数といった要素を含む。考慮すべき他の要素として、発言が公共的な場でなされるかどうか、拡散のためにいかなる手段が用いられるか、例えば一つの小冊子なのか、マスメディアを通して放送されたり、インターネットによるものなのか、発言の頻度、伝達の量と範囲、聴衆がその煽動に応じて行動する手段を持っていたかどうか、その発言(あるいは作品)が限定された環境で流通するのか一般公衆にとって広く入手可能なのかといった点がある。

(f) 切迫の度合いを含む、結果の蓋然性:煽動は定義上、未完成犯罪である。その発言が犯罪に該当するうえで、煽動発言によって唱道された行為が実際に行われる必要はない。しかしながら、ある程度の危害リスクは確認されなければならない。これが意味するのは、裁判所が、発言と実際の行為の間の因果関係が相当程度直接的に成立していると認識し、当該発言が標的とされた集団に対する実際の行為を引き起こすことに成功する高い確率があると判断しなければならないということである。

以下は私のコメント。

2010年代から20年代初頭の国連人権機関におけるヘイト・スピーチ研究(ラバト行動計画、CERD一般的勧告35、国連ヘイト・スピーチ戦略、ベイルート宣言など)については、前田朗『ヘイト・スピーチ法研究序説』『ヘイト・スピーチ法研究原論』『ヘイト・スピーチ法研究要綱』において詳しく紹介済みである。

実務ガイドは、以上の国連関連文書を受けて、さらに欧州人権裁判所判例等を引用して、現在の国際人権法におけるヘイト・スピーチ規制の常識を確認している。国際人権法におけるヘイト・スピーチの議論はほぼ一段落したと言ってよいだろう。

上記の(a) 文脈、(b) 発言者、(c) 意図、(d) 内容と形式、(e) 言語行為の範囲、(f) 切迫の度合いを含む、結果の蓋然性、については、さらに個別事例の判断の積み重ねが重要となるだろう。

Saturday, April 29, 2023

包括的差別禁止法のために03

『マイノリティの権利を保護する――包括的差別禁止法を発展させるための実務ガイド』の「第5部 差別と表現」は次の構成である。

Ⅰ 差別禁止法に直接関係する言説の局面

Ⅱ ヘイト・スピーチ及び差別、敵意、暴力の煽動の禁止

Ⅲ 煽動及びその他の憎悪や偏見に基づく表現に対する制裁

Ⅳ 非法的措置

「第5部 差別と表現」の冒頭に要約が掲げられている。

・表現とコミュニケーションは、差別禁止法の下で記述された行為、理由に基づくハラスメントを生じさせる行為の要素になりうる。

・表現とコミュニケーションは、特に故意や動機の証拠のように、差別禁止法において、並びに差別の命令に関する事件において、役割を果たす。

・各国は、国際法の下で承認されたすべての理由に基づいて、暴力、差別、敵意又は憎悪を煽動することを禁止しなければならない。それには年齢、障害、ジェンダー表明、ジェンダー・アイデンティティ、国籍、人種又は民族、宗教、性別、性的特徴、性的指向が含まれるが、これらに限られない。

・国際法は、各国が、一つの人種、又は一つの皮膚の色や民族的出身の人の集団の優越性の思想や理論に基づく、又はいかなる形態でも人種憎悪や差別を正当化又は助長しようとする、すべてのプロパガンダやすべての団体を非難することを要請する。

・禁止が必ずしも犯罪化を意味するとは限らない。各国は、犯罪化を必要とする表現、民事制裁や行政制裁を必要とする表現、その他の形態の対応にメリットのある表現を区別するべきである。

・各国は、ヘイト・スピーチと闘う措置の採用が、人又は集団に対するいかなる形態の差別にならないように確保するべきである。

・ヘイト・スピーチには積極的な介入によって対処するべきである。教育、啓発、対抗言論を可能とする被害者支援、積極的な語りの流布、積極的な多様性を擁護するメッセージの公的情報キャンペーンが含まれる。

「第5部 差別と表現」では、非差別の権利と表現行為の関係が、複雑で多面的なものであることが論じられる。3つの要素が関連する。(1)思想、(2)表現、(3)行為、である。心の中のことは絶対的に保護される。差別禁止法の中には、表現と行為の間に高い壁を認定しようとする例がある。ただ、過度に単純化した議論をすべきではない。表現は差別禁止法において一連の領域における役割を有する。

Ⅰ 差別禁止法に直接関係する言説の局面

言説その他の表現の形態は、差別の権利と、幅広く複雑な相互関連にある。差別の形態の文脈では、言説や表現はハラスメントのような禁止された行為の要素となる。ハラスメントの多くは、言説や表現の形態であり、特定の人々に対して、敵意や傷つける環境を作り出す効果を有する。障害者権利委員会が述べたように、ハラスメントは、障害その他の根拠に関連して望まれない行為が人の尊厳を侵害する目的や効果を持って行われたり、敵意や傷つける環境を作り出す目的や効果を持って行われた差別の形態である。それは、障害者を抑圧する効果を有する行為や言葉を通じて実現されうる。障害者権利委員会は2018年、一般的勧告第6号で、ハラスメントにはサイバーいじめやサイバーヘイトが含まれるとした。

根拠に基づくハラスメントは、表現と差別の禁止の複雑な関係の一面に過ぎない。表現は、権力、影響力、権威ある立場にある者が差別を指令する場合のように、差別を生み出す手段を提供することがある。ハラスメントも差別の指令も、法で禁止されなければならない差別の形態である。標準的事例としては、これらの行為は民事法、行政法、労働法で扱われるべきであり、刑事法の対象ではない。しかし、旧ユーゴスラヴィア国際刑事法廷のカラジッチ事件判決(2016年)が述べたように、重大な危害を生み出すような差別の指令や命令は刑事責任を生じることがある。

言説その他の表現の形態は、差別事件の裁決において、差別動機や差別意図の証拠のように、重要な役割を果たすことがある。例えば、法執行官の人種差別事案において、欧州人権裁判所は、2人のロマ人を射殺した直後に軍人がロマ人への悪口を述べたという証言に依拠した。下級審では、その証言及びその他の証拠から差別が認定できるとしたが、欧州人権裁判所大法廷は、実体ではなく、手続きに着目して差別があるとした。反ロマ言説及びその他の証拠によって、国家当局は、人種主義や人種差別が手続きに影響を与えた可能性があれば、捜査を行うべきであったとした(欧州人権裁判所、ナチョヴァ等対ブルガリア事件、200576日判決)。同様の判断は、CERDのコプトヴァ対スロヴァキア事件(個人通報)1998年決定にも見られる。

以下、私のコメント

思想、表現、行為の3つを対比して、思想の自由の保障は絶対的であるとしている点は、極めて常識的である。

日本では、表現と行為だけをいきなり対比して、表現の自由の保障を絶対化する言説が少なくない。思想の自由と表現の自由を取り違えた、ありえない見解である。出発点からして非常識と言うしかない。

問題は、表現が重大な被害を生む場合である。思想を外部に表出する表現は、「表現行為」でもあり、他者との関係に影響を与えることがあるからだ。「表現作品」もそうだが、特に問題となるのは「表現行為」であろう。行為から切り離された表現だけを論じるべきではない。人種差別、セクシュアル・ハラスメント、パワー・ハラスメント、障害者差別のいずれの分野でも国際常識である。

Thursday, April 27, 2023

包括的差別禁止法のために02

国連人権高等弁務官事務所と、平等権信託(Equal Rights Trust)の『マイノリティの権利を保護する――包括的差別禁止法を発展させるための実務ガイド』の「第1    包括的差別禁止法を制定する国家の義務」「第2    包括的差別禁止法の内容」「第3部 マイノリティの権利を保護する」は、国際人権法における非差別の原則、法の下の平等、マイノリティの権利に関する解説である。その内容は、ほとんど、これまでに私の著書及びこのブログ上で何度も紹介してきた。

『マイノリティの権利を保護する――包括的差別禁止法を発展させるための実務ガイド』の「第4部 差別的暴力とヘイト・クライム」を簡潔に紹介する。

冒頭に要約が掲げられている。

・国際人権法はその状況において、一つ又は複数の差別の根拠に関連する理由で暴力行為又はその他の犯罪行為が行われた偏見動機を精確に認定するよう求めている。

・刑法・非行法は、国際法の下で承認された根拠によって具体化された犯罪又は非行の偏見動機の認定に役に立つべきである。この認定は、差別的暴力やヘイト・クライムに関連する特別刑法規定を定めること、又は特定の犯罪行為に関連する刑法規定に偏見動機に関する規定を追加することによって、なされうる。後者のアプローチを採用した場合、重要なのは、偏見動機がすべての可能な関連する刑法・非行法に関連して認定されることである。

・刑法に規定される根拠のリストは、刑法における予見可能性の要請ゆえに、必ず限定的でなければならない(「又はその他の類似した状態」というカテゴリーが含まれない)。

人種差別撤廃条約第4条(a)は、各国に、人種、皮膚の色、民族的出身に基づく人に対する「すべての暴力行為を法律で処罰すべき犯罪であることを宣言すること」を求めている。同様に障害者権利条約第161項は、家庭の内外におけるあらゆる形態の搾取、暴力及び虐待(性別に基づくものを含む。)から障害者を保護するための全ての適当な措置を取ることを求めている。女性差別撤廃条約は差別的暴力に言及していないが、女性差別撤廃委員会一般的勧告第35号は差別的暴力が条約第1条の差別の定義にあたることを確認している。

国際自由権規約第91項の下で、すべての者の安全についての権利が保障されており、自由権委員会一般的勧告第35号によれば、性的指向、ジェンダー・アイデンティティ、障害のような差別的理由に基づいてはならない。

実務ガイドは、ジェンダーに基づく暴力について、女性差別撤廃委員会一般的勧告第35号の参照を求めている。

さらに、ヴェルティド対フィリピン事件(レイプ)、A.T対ハンガリー事件(DV)、A.S対ハンガリー事件(強制妊娠中絶)についての女性差別撤廃委員会の決定、及び欧州人権裁判所のオプツ対トルコ事件判決を引用している。

また、生命への権利との関連での差別について、実務ガイドは、地域的な裁判所に言及している。

人種民族に基づく差別について、米州人権裁判所のアコスタ・マルティネス対アルゼンチン事件判決、欧州人権裁判所のクリッチ等対スロヴェニア事件判決、ストイツア対ルーマニア事件判決等。

障害に基づく差別について、欧州人権裁判所のチンタ対ルーマニア事件判決、エンヴァー・サヒン対トルコ事件判決、アフリカ人権委員会のプロフィットとムーア対ガンビア事件決定。

性的指向に基づく差別について、欧州人権裁判所のサバリッチ対クロアチア事件判決、X等対オーストリア事件判決等。

実務ガイドは、差別的暴力における偏見動機の認定の権利について論じている。

20131114日、ブルキナファソ出身のサリフォウ・ベレンヴィルはチシナウで公共交通機関に乗車していたところ、何も挑発していないのに、S.Iから攻撃された。ベレンヴィルが携帯電話で話していたところ、S.Iが予告なしに殴りかかり、人種主義的悪口を投げつけた。S.Iに対して、刑法第2871項のフーリガニズムで公訴提起がなされた。モルドヴァ法では、フーリガニズムは、敵意や動機なしに行われる行為と定義されている。

ベレンヴィルははじめ被害者として捜査及び手続きに参加した。法的代理人を通じて、検察官と裁判所に、攻撃の差別的性格から重大犯罪の一つとして扱うよう要請した。有罪判決が出たとしても、判決が人種的敵意に動機があったと認定しなければ、人種差別から実効的な救済を受ける権利が尊重されたとは言えないと主張した。地域法や国際法を引用して、暴力的人種主義行為は、社会にとって特に重要であり、攻撃の差別的性格が正確に認定されるべきだと主張した。裁判所も検察官もベレンヴィルの主張を採用しなかった。

20141022日、モルドヴァ最高裁は、S.Iを有罪とし、18カ月の刑事施設収容とした下級審判決を支持した。

ベレンヴィルは人種差別撤廃委員会CERDに申し立て、モルドヴァ当局が犯罪の差別的性格を認定しなかったことにより、条約第6条の権利を侵害したと訴えた。

CERDは本件で、条約第6条の実効的な救済を受ける権利が侵害されたと判断した。CERDによると、国家当局によって行われた犯罪捜査が、被告人の差別的動機に関して検討せずに実施された。人種的動機による犯罪は社会的結合と全体としての社会を解体し、個人にも社会にもより大きな害を加える。モルドヴァが人種的動機を捜査することを拒否したことは、申立人の救済を受ける権利を侵害した。CERDはモルドヴァに、条約違反による物的及び精神的害悪の適切な補償をベレンヴィルに支払うよう勧告した。

実務ガイドによると、「ヘイト・クライム」という用語は、偏見に基づいて、刑法で禁止された行動の形態を指す。ヘイト・クライムには、差別的暴力だけでなく、人種的又はその他の差別的根拠に基づく財産損壊行為も含まれるという見解もある。ヘイト・クライムは刑法で認定され、救済される必要がある。国際自由権委員会、CERD、女性差別撤廃委員会、障害者権利委員会は、各国の法制度において包括的なヘイト・クライム禁止がないことを批判している。

実務ガイドによると、刑法典にヘイト・クライムや偏見動機による犯罪の独立規定を設けるべきか、それとも、暴行や殺人のような刑法規定に刑罰加重事由を付す方法が良いかについては、コンセンサスはないという。

以下、私のコメント。

ヘイト・クライムをヘイト・クライムと認定することの重要性については、日本でも具体的な裁判において議論となった。ウトロ放火事件やコリア国際学園事件である。下記参照。

前田朗「ウトロ等放火事件刑事一審判決評釈」『部落解放』832号(2022年)

前田朗「コリア国際学園等刑事事件判決評釈」『部落解放』837号(2023年)

日本では、ヘイト・クライム立法がなく、ヘイト・クライムの認識が極めて薄かったため、ウトロ事件等でようやく、罪名や量刑をめぐって議論された。日本刑法では量刑が刑法総論に掲げられ、極めて一般的な議論しかしてこなかった。量刑研究においてもヘイト・クライムについて議論されたことがなかった。近年のヘイト・スピーチの議論の結果、ヘイト・クライムの量刑にようやく焦点が当たるようになった。

Wednesday, April 26, 2023

平和力フォーラム横浜2023 転換期の思想を問う 的場昭弘さんへのインタヴュー(第2回)

平和力フォーラム横浜2023

転換期の思想を問う――未来を拓くために

的場昭弘さんへのインタヴュー

 

2回 マルクスとともに考える

5月13日(土)1400開場、1430開始~1640終了

戦争と差別と腐敗の資本主義を超えるための、「的場マルクス学」の形成と展開の「入門編」である。西欧における産業革命と資本主義の形成過程で噴出した矛盾を解決するために、社会主義・共産主義の思想と理論が形成される過程の一断面。

 

5月13日(土)1400開場、1430開始~1640終了

 

1回 帝国主義戦争の時代に(終了)

2回 マルクスとともに考える

3回 待ち望む力――科学もユートピアも

 6月3日(土)1400開場、1430開始~1640終了

 

的場昭弘:神奈川大学教授(経済学、マルクス学)。慶応大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士、一橋大学助手、東京造形大学助教授、神奈川大学助教授を経て現在に至る。元アソシエ21事務局長。

主著に『トリーアの社会史——カール・マルクスとその背景』(未来社)『パリの中のマルクス』(御茶の水書房)『未完のマルクス——全集プロジェクトと20世紀』(平凡社)『マルクスだったらこう考える』『ネオ共産主義論』(以上光文社)『もうひとつの世界がやってくる』(世界書院)『待ち望む力——ブロッホ、スピノザ、ヴェイユ、アーレント、マルクスが語る希望』(晶文社)『マルクスとともに資本主義の終わりを考える』『未来のプルードン――資本主義もマルクス主義も超えて』(以上亜紀書房)『超訳「資本論」』全三巻(祥伝社)『「革命」再考』(角川書店)『「19世紀」でわかる世界史講義』(日本実業出版社)『資本主義全史』(SB新書)他多数。訳書に『新訳共産党宣言』『新訳初期マルクス』『新訳哲学の貧困』ジャック・アタリ『ユダヤ人、世界と貨幣——一神教と経済の4000年史』(以上作品社)他多数。

 

インタヴュアー 前田朗:朝鮮大学校講師。東京造形大学名誉教授。日本民主法律家協会理事、救援連絡センター運営委員、国際人権活動日本委員会運営委員。

 

会場:SPACE ALTA(スペース・オルタ)

222-0033 横浜市港北区新横浜284オルタナティブ生活館B1

https://kanagawa.seikatsuclub.coop/news/detail.html?nid=0000016963

https://www.mapion.co.jp/m2/35.5063719,139.61150466,16/poi=0000SPOT_001pa

 

料金/各回・当日1,200円、予約1,000

予約・問い合わせ/Tel&Fax:045472-6359(スペース・オルタ)

主催:平和力フォーラム

e-mail:akira.maeda@jcom.zaq.ne.jp

協賛:スペース・オルタ、脱原発市民会議かながわ、福島原発かながわ訴訟原告団

包括的差別禁止法のために01

国連人権高等弁務官事務所と、平等権信託(Equal Rights Trust)は2023年、『マイノリティの権利を保護する――包括的差別禁止法を発展させるための実務ガイド』を公表した。

Protecting Minority Rights, A Practical Guide to Developing Comprehensive Anti-Discrimination Legislation, United Nations Human Rights Office of the High Commissioner and Equal Rights Trust, 2023.

 

ERTは、EUやイギリス政府の財政支援を受けているが、本ガイドに示された見解はEUやイギリス政府の公式見解を反映しているとは限らないという。

 

本ガイドは200頁を超える大部のものであり、その概要を紹介することはとうていできない。まずは大目次だけ紹介する。

はしがき

要約

序文

Ⅰ 方法、射程、制約

Ⅱ 本ガイドをどう使うか

第1部    包括的差別禁止法を制定する国家の義務

 包括的差別禁止法を採択する必要に関するコンセンサス

 国連憲章機関とその他の国際手続き

 地域的法と各国法の発展

 結論

第2部    包括的差別禁止法の内容

Ⅰ 平等の権利と非差別

Ⅱ 救済

Ⅲ 司法と執行

Ⅳ 平等機関

Ⅴ 履行義務

3部 マイノリティの権利を保護する

Ⅰ マイノリティの権利と差別の禁止

Ⅱ 人種差別を受け被害を受ける集団

Ⅲ 宗教・信仰マイノリティと差別

Ⅳ 言語、言語的マイノリティ、差別、平等及び統合

Ⅴ マイノリティの参加と差別の禁止

Ⅵ 先住民族の権利

第4部  差別的暴力とヘイト・クライム

5部 差別と表現

Ⅰ 差別禁止法に直接関係する言説の局面

Ⅱ ヘイト・スピーチ及び差別、敵意、暴力の煽動の禁止

Ⅲ 煽動及びその他の憎悪や偏見に基づく表現に対する制裁

Ⅳ 非法的措置

第6部  多様性と平等の促進――差別の原因に対処する義務

 偏見、ステレオタイプ、スティグマに対処する国際法の義務

 特別措置

 結論:平等と多様性の促進