Saturday, August 31, 2013

領土問題を地元住民・漁民の立場で考える

岩下明裕『北方領土・竹島・尖閣、これが解決策』(朝日新書)                                                            *                                                                                   3島返還案を提出して北方領土をめぐる議論に新しい地平を開いた『北方領土問題 4でも0でも、2でもなく』(中公新書)から8年、著者は領土問題、「国境学」の第一人者として領土研究をリードし、多くの編著を出すとともに、現実政治に介入して議論の一翼を担ってきた。今回は北方領土だけでなく、竹島、尖閣も含めて日本の領土問題を広い視野からとらえ返す試みである。まず、領土問題は実は日米同盟の従属変数として機能するしかなかった歴史を直視し、アメリカ頼り、アメリカ絡みの議論では解決しないこと、日本が自律的に周辺諸国に向き合う必要があることをセリする。そのうえで、第1に、「歴史問題」と「領土問題」を切り離して、歴史問題はそれとしてきっちり議論するフォーラムをつくり、領土問題は別途解決を探るべきとする。第2に、ロシアと中国が実践したようにフィフティ・フィフティ方式で解決する。第3に、地元住民や漁民の立場を十分に理解して、その声に耳を傾ける中から解決策を探るべきだという。第3の点は、本来当たり前のことであるが、領土問題、国境問題となると、どうしても中央政府同士の交渉となり、ナショナリズムが先走り、地元住民の利害が忘れ去られる。著者は、それぞれの問題について、地元住民や漁民がどのような生活をし、どのような意識を持っているかを重視する。その際、著者は「国境学」、ボーダーズスタディーズの専門家として、世界的な議論を踏まえて、論述を進める。また、フィフティ・フィフティといっても、具体的な事案ごとに意味や方法は異なるので、北方領土をモデルとしつつ、それぞれに応じた具体案を提起する。そこでは、歴史問題と領土問題の区分けとともに、海の空間管理、住民の生活圏、漁業水域などの諸論点を総合的にとらえる姿勢を明示する。とかくナショナリズムの対立が激化し、過熱している問題だけに、具体的な提案をすれば、あちらこちらから石が飛んでくるものだが、著者なりの基本ポリシーを丁寧に説明し、より良い解決策を提案する工夫をしている。その意味でとても参考になる本だ。                                                                                          もっとも、細かな点では疑問がないわけではない。著者は北方領土、竹島、尖閣がすべて本来は日本領と考えているようだがその理由は、北方領土以外は、必ずしも説明されていない。また、ナショナリズムに走るのではなく、冷静なが「国境学」の成果を踏まえた議論のはずなのに、「尖閣を譲れば、次は沖縄をとられる」式の議論が使われている。それならば、著者の言う3島返還論にしても「択捉を譲れば、次は色丹だ、歯舞群島だ。最後は北海道までとられる」という極論を否定できないのではないだろうか。また、引用文献を見ると、竹島について、基本文献というべき内藤正中、朴炳渉、池内敏の著作が参照されていない。下條正男の文献が2点もあげられているのに。

レーティッシュ博物館散歩

グラウビュンデン州都のクールの旧市街はかつて城壁に囲まれていたが、いまは城壁がなく、周囲の近代的な町並みとつながっている。駅前通りを歩いて100メートルほどのところにある交差点でグラーベン通りを渡ると旧市街になる。クールの町中に「120分で5000年」という観光客向け歴史ツアーのポスターが貼ってあった。5000年というのは、紀元前3000年頃にはすでに集落が出来上がっていて、スイス国内で確認されている最古の町だからだ。ライン川に面した山間の谷につくられた町だ。なぜライン川に接してつくらなかったのかと不思議に思うが、少し離れた谷のほうが外敵からの防衛に便利だったのかもしれない。紀元前15年にローマ帝国の支配下にはいり、後にクールという名前になった。旧市街をざっと歩くのに2時間ということだろう。ポスト通りにはスイス国旗、グラウビュンデン州旗、クール市旗がはためく。やがて正面に見えてくるのがザンクト・マルティン教会で、その裏にクール・レーティシュ博物館があり、さらにその裏にカテドラルが聳える。                                                                       クール・レーティシュ博物館はグラウビュンデン州の歴史博物館で、以前見た時には展示品が単純に並べて置かれていたように記憶しているが、今はきちんと整理して、見学者に配慮した丁寧な展示になっている。案内パンフレットは二〇一一年の作成になっている。パンフレットは『調査発見』『労働とパン』『権力と政治』『信仰と知識』の4部構成だ。『調査発見』は、一六世紀に始まり、二〇世紀に本格化したグラウビュンデンにおける考古学の解説から始まる。スイスにおける石器時代、青銅器時代、鉄器時代、ローマ帝国時代、前期中世(五~九世紀)に分けて、概略が説明されている。展示『労働とパン』では、農業時代に始まって、商業、工業、交通業、観光業、移住と移民という構成で、それぞれの時代に人々がどのように生計を立てていたかを示す。展示『権力と政治』では、軍隊と戦争、領主と城、三国同盟、司法の暗い側面などのテーマごとの展示である。司法の暗い側面では、拷問器具や処刑についての解説がなされている。また、グラウビュンデン地域で権力的な地位にあった人々の写真が掲示され、83人の名前が掲げられている。15世紀のジャン・ジャコモ・トリヴルチオ、18世紀のヨハネス・パウル・ベーリ・フォン・ベルフォート、19世紀の宗教者ヴィルヘルム・マリア・リッジなど地元の政治や宗教上の指導者が並ぶが、他方で、政治とはかかわりのなかった画家ジョバンニ・セガンティーニや女性画家アンゲリカ・カウフマンも登場する。有名人や歴史上の人物ということだろうか。展示『信仰と知識』では、神と神々、伝承伝説、象徴と奇跡、生誕と死、教育などのテーマが設定されている。神と神々というのは、キリスト教以前は、太陽、泉、水、木々、畑などに宗教的観念を抱いた自然信仰の時代があったとされ、多神教から一神教の時代へという流れになるからだ。キリスト教の伝播は、4世紀半ばに聖ルジウスと使節団が布教し、380年にローマ帝国がキリスト教を国教として認知したことで一気に広まり、9世紀にはクール市況が異教を禁止したという。もっとも、その後もクールでは、マーキュリー像、商取引の神像、狩猟神像などさまざまな異教の観念が残っていたという。                                                                                                クールは最古の町だけあって、スイスらしいが、スイスらしくない面もあり、おもしろい。グラウビュンデン州はロマンシュ語を話す地域でもある。スイスの公用語はドイツ語、フランス語、イタリア語に加えて、第4のロマンシュ語があるが、これはダヴォスやサンモリッツなどグラウビュンデン州、エンガディン地方の言葉である。

Thursday, August 29, 2013

取り除ける放射能は取り除ける

児玉龍彦『放射能は取り除ける――本当に役立つ除染の科学』(幻冬舎新書)                                                                         *                                                                                           2011年7月の国会参考人演説で厳しい批判の声を上げ、被災者救済を訴えた著者の、『内部被曝の真実』に続く新書である。南相馬市を中心に福島の除染に携わってきた現場の体験と専門家の知識を総動員した本で、しかもとてもわかりやすい。除染に対する政府や東電の無責任ぶりが際立つだけに、「除染はできない。移染しているだけだ」という批判をしがちだが、きちんとした科学知識をもとに、現地の生活者の視線で、できる限りの除染を進めるべきだという著者の立場は、実践的に優れている。街中の生活空間、とりわけ子どもたちが通う幼稚園や学校の除染の正しい在り方が説明される。他方で、森林の除染は効果が出にくい。福島の農業を復興させるために、農地の除染はどのように進めるべきか。水は大丈夫か。こうした基本を丁寧に説明している。「除染できるところ、住めるところの環境を目一杯よくしていく。それとともに、10年以上も住めないという地域では、新しい町の構想を住民のコンセンサスでつくりあげていく。それが第一歩でないだろうか。」著者は、非科学的な議論を排除するとともに、現場で生活する「当事者主権」を強調し、上から官僚主導で進める除染や復興の虚偽を厳しく批判している。除染を「点」から「線」へ、そして「面」へとつなげていく息の長い、計画的で、政府の責任による除染計画の必要性が明らかにされる。

Wednesday, August 28, 2013

キルヒナー美術館散歩

ダヴォス・プラッツ駅からタル通りを北東にしばらく歩くとスポーツセンターに出る。左折してクルガルテン通りの坂道を登るとキルヒナー美術館だ。サンモリッツのセガンティーニ美術館が石塔で、小さいながら荘厳な印象を与えるのに対して、キルヒナー美術館は都市を描いたキルヒナーにふさわしいモダンな建物である。                                                                                                            ドイツ表現主義の代表格のエルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー(1880~1938年)はバイエルン出身のドイツ人で、ミュンヘンで絵画を学び、ドレスデンで「グループ「ブリュッケ」を創設し、新しい絵画を目指した。「ブリュッケ」には、ヘッケルやカール・シュミット(政治学者ではない)、ペヒシュタインがいた。後に、カンディンスキーやマルクらの「青騎士」にも加わっている。ベルリンなど都市の通りと人々を描いた作品で有名だ。「街」(1913年)「街の5人の女」(1913年)「兵士としての自画像」(1915年)などは有名だ。下記のサイトの上の3作品もその時代のものだ。                                                                                                                   http://pro.tok2.com/~art/K/Kirchner/Kirchner.htm                                                                                                                                  下記には多数の作品が無秩序に並んでいる。                                                                                                                             http://www.kunstkopie.de/a/kirchner-ernst-ludwig.html/&pid=999?gclid=CNmf0a_poLkCFYRP3godQCsABQ                                                                                                                                   しかし、第一次大戦後、病気療養のためスイスのダヴォスに移った。いまは世界経済フォーラムという世界資本の談合会議が開かれることで知られるダヴォスは、結核などのサナトリウムの町だったからだ。キリヒナーは生涯ダヴォスに住むことになった。ダヴォス移住後も、画風は基本的には同じと言えるが、それ以前は都市の表通りと華やかな人々を描いていたのが、ダヴォスを中心としたグラウビュンデンの風景画を多く描くようになった。人を描く場合も、アルプス地方の地味で落ち着いた女性を選ぶようになった。もっとも、同様にアルプスの景色と人々を描いたセガンティーニと比べると、キルヒナーは農民や牧人など地元の働く人々を主題としていないようだ。キルヒナーは宗教的題材を選ばなかったし、女性ヌードを多く描いた点でもセガンティーニとは異なる。                                                                                                                                                                                                                                     キルヒナー美術館にはダヴォス時代の作品が20点ほど展示されていた。「山のアトリエ」(1937年)はキルヒナー自身のアトリエだろう。壁に絵画がかけられ、一瞬、隣の部屋かと思わせる。「バルコニー」(1935年)の背景はダヴォスの町だ。「スタフェ・アルプスに登る月」(1917年)、「冬の月夜」(1919年)、「黒猫」(1924年)、「乗馬する女性」(1931年)、「アーチェリー」(1935-37年)。                                                                                                                                                          おもしろかったのは、「3人の老婦人」(1925/26年)だ。110✕130cmの作品だが、中央に3人のコートを着用した老婦人が並んで立っている。背景は特定できないが、ダヴォス周辺の山だろう。左上に小さく描かれた山はアルプスを意味している。3人の老婦人のポーズは単に立っているだけ。いずれも黒いコート姿。帽子も同じ黒だが、形が違い、一つはつば広だ。そして、3人の顔つきと表情が描き分けられている。いったい何を意味しているのか。老女たちの人生や物語があるのだろうか。キリヒナーは何を意図したのか。いろいろ思案したが、わからなかった。ところが、受付で販売している絵葉書の中に、「3人の老婦人」のモデルの写真が売られていた。マルグレート、ドローテ、エルスベート。なんと、まったく同じだ。背景は違うが、3人の老婦人のポーズ(コートだけでなく、手の位置も)、帽子、顔つきと表情も、写真をそのままえがいている。これには笑った。キルヒナーは特に何かを意図して顔つきや表情を選択したのではなく、モデル写真そのままに描いただけなのだ。まいった。キルヒナー、深い。                                                                                                                                                 若い時代、1912年に「青騎士」に出品していたので、パウル・クレーとの距離が気になった。当時は出会っていないようだが、美術館に掲示された年譜を見ると、1930年代半ば、つまり晩年にクレーの展覧会を見にいって、批評をしたと書いてあった。ナチス・ドイツによる「退廃芸術展」でも、クレーとキルヒナーはやり玉にあげられた仲間である。ともに、ナチスに迫害され、キルヒナーは1938年、クレーは1940年に世を去った。クレーはナチスとの精神の闘いの中、天使シリーズを遺した。キルヒナーは残念ながら自殺に追い込まれた。

天使がいっぱいの理論社会学

遠藤薫『廃墟で歌う天使――ベンヤミン『複製技術時代の芸術作品』を読み直す』(現代書館)                                                                                                         *                                                                                                                    ベンヤミンがパウル・クレーの「新しい天使」を購入し、亡命中に死去するまで持っていたこと、「新しい天使」という雑誌を出すべく準備して宣言文を書いたこと、「新しい天使」を「歴史の天使」と解釈したことは、あまりに有名だ。                                                                                                                                               著者はベンヤミンの論文を手掛かりに、そのアイデアを現在のデジタル情報が飛び交う時代に応用して「メタ複製技術時代」と解釈し、メディア状況を社会学的に分析する。驚いたことに、ベンヤミン、クレー、宮沢賢治、<初音ミク>が主役だ。棟方志功まで出て来る。理論社会学を専門とするが、実に博識で、ベンヤミン論を展開する中で、映画論、時計史、コンピュータ史、ポップアート史、アイドル史を縦横無尽に論じている。芳賀ゆい、伊達杏子、藤崎詩織、初音ミク、はちゅねミク、弱音ハク等々ヴァーチャルアイドルにも詳しい。博識とともに、強引である。博識博引強引傍証というべきか。                                                                                                                         第1章で、<モノ>概念について論じ、日本語ではマ(間、魔)、モ(母、文)、もの(者、物)、太平洋ではマナ(不可視の力)、英語ではmono(mother、mind、money、memory、medium・・・)、古代ギリシア語でmonos(alone、only、single)だと並べて、似てるでしょ、と説く。言葉遊びかと思ったら、そうではなく、まじめに「似てるでしょ」、そして、これを論拠として次の議論を展開していく。何しろ本書のキー概念だ。ちょっと、ついていけない。中国語、アラビア語、ロシア語、ヒンドゥー語その他枚挙しているなら、少しは信じてみようかという気になるかもしれないが。                                                                                                                   ベンヤミンと宮沢賢治を結びつけ、「共鳴し合う同時代性」「強い共振性を感じる」という。同時代人であること、天使に言及していること、である。同時代人などいくらでもいるのに。そして、なんとクレーと棟方志功も「重なり合う時代を生きていた」という。ちょっと待ってくれ、と言いたくなる。                                                                                                                                    ベンヤミン 1892年生まれ、1940年死去                                                                                                                     宮沢賢治 1896年生まれ、1933年死去                                                                                                                               クレー 1879年生まれ、1940年死去                                                                                                        棟方志功 1903年生まれ、1975年死去                                                                                                        同時代とか重なり合うというのはいいとしても、これでは重要な思想家、芸術家、文学者など何十人とあげることができる。みんな同時代だ。私だって棟方と重なり合っている。                                                                                                                                                    クレーと賢治を「共振」させるために、著者は、賢治が白樺派に共感をもったこと、その白樺派はロダン、セザンヌ、ゴッホに関心を持ったことを挙げ、「当時のヨーロッパ文化に同時代意識を持っていた」という。別に反対はしないが、間接的だ。それにベンヤミンもクレーもドイツ人だ。ロダンとセザンヌはフランス人、ゴッホはオランダ生まれでフランスで活躍した。まあ、いいけど。                                                                                                                                                                                                                    こうした強引さが随所で気になるが、本書は面白い本だ。いろんな視点を提示してくれる。複製技術時代とメタ複製技術時代の議論はこれからますます重要になるだろう。                                                                                           著者は、東京工業大学大学院、同大学助教授を経て、学習院大学教授。理論社会学、社会情報学。著書として『メディアは大震災・原発事故をどう語ったか』『大震災後の社会学』『グローバリゼーションと都市変容』『間メディア社会における<世論>と<選挙>』『社会変動をどうとらえるか(1~4)』など、このところ続々と出版しているようだ。

Monday, August 26, 2013

「暴走する路面電車」と哀れなサンデル君

松元雅和『平和主義とは何か』(中公新書)は、義務論としての平和主義の説明に際して、M・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』で有名になった「暴走する路面電車」の事例を借用している。                                                                                                                                                 ――前方に5人の作業員がいるが、ブレーキがきかなくなってしまった。このままでは5人をはねて死なせてしまう。ところが、右側に退避線がある。そこには作業員が1人いる。電車を退避線に向ければ、1人は死ぬが5人は助かる。運転士はどうするべきか。――                                                                                                                                                            サンデル来日時にマスコミでも大きく取り上げられた話だ。複数の義務に直面した場合の選択の困難を問う設問は「義務の衝突」とも呼ばれ、倫理学でも刑法学でも古典的な議論である。「トロリー問題」もあれば、「カルネアデスの板」問題もある。刑法学の違法性の議論では、義務の衝突論、緊急避難論の局面で取り上げられる。古くから知られる議論を、マスコミはサンデルの専売特許かのごとく大騒ぎした。ところで、サンデルは、もう一つの変形バージョンを提示していた。松元もこれを紹介している。                                                                                                                                           「今度は、あなたは運転士ではなく傍観者で、線路を見降ろす橋の上に立っている。線路上を路面電車が走ってくる。前方には作業員が5人いる。ここでも、ブレーキはきかない。路面電車はまさに5人をはねる寸前だ。大惨事を防ぐ手立ては見つからない――そのとき、隣にとても太った男がいるのに気がつく。あなたはその男を橋から突き落とし、疾走してくる路面電車の行く手を阻むことができる。その男は死ぬだろう。だが、5人の作業員は助かる(あなたは自分で跳び降りることも考えるが、小柄すぎて電車を止められないことがわかっている)。/その太った男を線路上に突き落とすのは正しい行為だろうか?」                                                                                                                                                これがサンデル教授の設問だ。ハーバード大学で人気の白熱授業というから、どんな話をするのかと思っていたが、サンデル来日時にこれを知って、のけぞった。バカだ、としか思えなかったからだ。間違いなくバカだ、サンデルもハーバード大学生も。忘れていたが、松元の引用のおかげで思い出した。当時、この設問への回答を授業で冗談として話したので、ここに書いておこう。                                                                                                                                         「ハーバード大学教授なのにおよそ思慮の足りないサンデル君は、隣の太った男を突き落そうとした。ところが、全力で押しても微動だにしなかった。5人の作業員を全員はねて死なせる路面電車を、この太った男1人で止めることが出来るという設定だから、太った男の体重は300キロをはるかに超えていた(笑)。振り返った男は、サンデル君を見てニヤリと笑い、軽く手を伸ばすやサンデル君を突き落した。哀れなサンデル君はまっさかさまに転落して、電車にはねられて死亡し、続いて5人の作業員も死んでしまった。サンデル君は小柄すぎで電車を止められないという設定だからだ。間抜けなサンデル君は無意味に死んでしまい、結局、6人が亡くなったとさ。」爆笑。

平和主義の政治哲学を学ぶ

松元雅和『平和主義とは何か――政治哲学で考える戦争と平和』(中公新書)                                                                                                            *                                                                                                                                                「愛する人が襲われても無抵抗?」/「正しい戦争はある?」/「虐殺を武力で止めないのは無責任?」/新世代がスリリングに論じる、いま目指すべき「平和主義」                                                                                                                                                     *                                                                                                                                                                                           以上が宣伝文句だ。たしかに非平和主義から平和主義に対する批判の数々を受け止めながら展開される議論はスリリングという言葉にふさわしい。著者は、1978年生まれ、慶応大学、ヨーク大学大学院などを経て、島根大学准教授。主著に『リベラルな多文化主義』がある。本書は、誰もが平和を愛するにもかかわらず、平和主義となると必ずしも多数ではなく、現実主義や人道的介入が唱えられる現代における平和主義の在り方を、政治哲学というレベルで検討する。平和主義を「義務論」と「帰結主義」の2つに分類し、戦争の殺人は許されるか、戦争はコストに見合うかを議論する。続いて、非平和主義として「正戦論」「現実主義」「人道介入主義」の3つの立場からの平和主義に対する批判を一つ一つ取り上げて、吟味したうえで、平和主義に十分に身があることを解明する。論点の整理がよくできていて、ていねいに論じている。特に反対意見との対話を心がけた記述であることから、議論の筋道が鮮明になる。政治哲学という土俵の中では、本書はとても分かりやすく説得力のある本だろう。勉強になった。                                                                                                                                                        しかし、平和運動という観点で読むと、ほとんど参考にならない。現代平和学のアプローチにも必ずしも適合的ではない。「戦争と平和」という問題設定に固執しているのは、「構造的暴力」論を批判する意味なのか、それとも、ここでの問題設定としてはこうなるという意味なのかも不明である。状態としての平和観念から出ようとしないことも。

セガンティーニ美術館散歩(2)

セガンティーニ美術館はサンモリッツの中心部ドルフと、もう一つのバートの中間の山の斜面に建てられた石積みの塔である。玄関前のベランダから見下ろすサンモリッツ湖も美しいが、逆に対岸から山腹を見ると、小さいながらも石塔がしっかと建っているのがわかる。セガンティーニの死から9年後の1908年、友人、後援者たちが準備したという。ムオタス・ムラーユ展望台とシャーフベルクの山小屋(セガンティーニの山小屋)のある東方向に向いているという。下にはアーチ形状の表門がつくられ、上部に切妻造の張り出しがある。石づくりのドーム建築は慰霊碑か記念碑を思わせるが、小さな素敵な美術館である。                                                                                                                           はじめてセガンティーニ作品を見たのはヴィンタトゥールのオスカー・ラインハルト美術館だったように思うが、スイス各地でいろんな機会に見てきた。アルプス3部作ははじめてサンモリッツに来たときにも見たし、東郷青児美術館でも再見した。新宿で見たアルプス3部作はやはり、どことなくさえなかった。見る側に精神の緊張がないためだろう。アルプス3部作は、やはりサンモリッツの石塔のドームに置かれているのがふさわしい。                                                                                                                      アルプス3部作が、当初は1900年のパリ万国博覧会のために建てられた巨大な構想に始まることはよく知られている。巨大すぎて構想が挫折し、企画が変転した結果、「生・自然・死」の3要素に収れんした作品群となった。しかも、セガンティーニの突然の死(1899年)のため<自然>は未完成のまま、1900年のパリ万国博覧会のイタリア館に展示され、好評を博したという。                                                                                                                                       アルプス3部作は「セガンティーニが19世紀末に制作した、当時最後の象徴的な内容の織り込まれた絵画(programmatic picture)のひとつである。それは、自然と美しく調和した人間の現実的存在を表現し」、「エンガディン地方とブレガリア地方の壮大なアルプスのパノラマは、比類なき造形力と象徴的な奥深い内容の秘められた汎神論的ヴィジョン(神は全てのものに宿っているという宗教観)を告げているのである」(ベアト・シュトゥッツァー)という。                                                                                                                                                                    セガンティーニ美術館の専門家が言うのだから間違いないのだろうが、気になるのは「汎神論」だ。                                                                                                                                                    セガンティーニは言うまでもなくキリスト信仰だ。作品を見ても、最初期の<聖アントニオのコーラス>(1879年)、<十字架へのキス>(1881/82年)、代表作の一つである<湖を渡るアヴェ・マリア>(1886年)、晩年の<二人の母親>(1898-1900年)を見ても、キリスト信仰に貫かれている。何よりも、<自画像>(1893年)は明らかに自分とイエス・キリストを重ねている。このことはアルプレヒト・デューラーの自画像との比較でよく言及されていることだ。そのセガンティーニの汎神論とはいったいどういうことなのだろうか。アルプスの自然の中に暮し、自然と農民たちを見つめながら制作していく中で独特の自然信仰になったということだろうか。                                                                                                                                                                         また、解説によっては、ニーチェの影響を受けたと書かれているが、ニーチェの何を、どのように読んで、影響を受けたのだろうか。ちょうど同じ時期にニーチェは同じエンガディンのシルスに住んでいた(今ではニーチェ・ハウスとして公開されている)。そのあたりをもう少し知りたくて、美術館で資料を入手してきた。

Sunday, August 25, 2013

セガンティーニ美術館散歩(1)

1年のうち9割くらいは晴れるというサンモリッツに着いたら、なんと雨だった。湖畔の道を霧雨の中、歩いて宿舎をめざす。地図で見ると、昔泊まったホテルの近くのゲストハウスなので道はわかっている。だが、寒い。8月というのに、まるで晩秋の雨の日だ。道行く人はみなジャンパーを着ている。寒さに震えながら早足で宿舎に駆け込んだ。                                                                                                                                        翌朝も小雨だったが、坂道をぐいぐい登ってセガンティーニ美術館へ歩いた。15年ほど前に改修工事をしたと言うが、前に来た時とどこが違うのか、よくわからない。だいたい建物の外観の記憶はあまりない。中に入って2階のドーム広間を見た時に、違いが分かった。                                                                                                                                                                  1階の展示室には、<十字架へのキス>、<生の天使>、<水飲み場の夕べ>、<早朝のミサ>、<湖を渡るアヴェ・マリア>、<水運び>に続いて、アルプス時代の<水を飲む少女>、<乾草の刈取り>など、20点ほどが展示されていた。                                                                                                                                                                                                         2階のドーム広間には、アルプス3部作の<生・自然・死>が壁面狭しと飾られている。このための改修工事だったようだ。中央の長椅子の真ん中に腰かけて、1時間ほど座っていた。次から次とやってくる他の客を無視して,特等席から離れずに3部作を堪能した。                                                                                                                                                                                                セガンティーニ美術館は2度目だし、バーゼル、チューリヒ、ザンクトガレン美術館にも主要作品があるので、かなり見てきた。生涯に70点ほどの作品を描いたと言われるが、2011年秋に、東京・新宿の東郷青児美術館でセガンティーニ展が開かれたので、かなり見たことになる。                                                                                                                                                                                                               セガンティーニと言えば「アルプスの画家」だ。1858年に北イタリアのアルコに生まれミラノで育ったが、23歳でブリアンツァ地方に住みついて農村の素朴な暮らしを題材とするようになった。1886年、グラウビュンデン州に移り、アルプスの風景と人々を描き始める。サヴォニン、次いでエンガディン地方のマロヤに移り、エンガディン地方のアルプスを描いた。1899年に41歳という若さで亡くなった。アルプス3部作をはじめ、アルプスの風景を描いた。東郷青児美術館のセガンティーニ展のポスターやカタログ表紙には<アルプスの真昼>が使われていた。たしかに「アルプスの画家」だが、もう一つ付け加えるとすれば「水平線の画家」とでも呼ぶべきだろう。                                                                                                                                                                                                             セガンティーニ作品のかなりのものが、水平線(またはそれに類する横線)によって特徴づけられている。画面は水平線によって上下に分割される。上と下とでは、明度が違ったり、色彩が違ったり、といった具合である。構図に明快な分割が持ち込まれ、物語が構築される。アルプス3部作の<自然>が典型的である。中央やや下寄りに水平線が描かれる。遠くにアルプスやエンガディン地方の湖が配置され、これが水平線となって、上下を分画する。上は夕暮れの太陽が沈んだ直後の空である。沈んで見えない太陽の光によって空は明るく輝いている。下はアルプスのどこにでもあるような小道で、羊飼いが羊を追って帰る様子である。3部作の<生>では、アルプスの峰と山道によって、上・中・下の分割になっていると見ることが出来る。<死>は中央の雪のアルプスが、上の空と雲と、下の葬儀の準備とを区切っている。                                                                                                                                                                   自然の水平線だけではない。たとえば、<早朝のミサ>は教会の階段と、青い空とに分割されている。階段中央を上る神父は、下界から天界への移行のはじまりにいるに違いない。人気作品の<湖を渡るアヴェ・マリア>も、太陽が沈んだ直後の空と、湖に浮かぶ小舟の上の羊、羊飼い、アヴェ・マリアとイエスによって構成され、間の地上が水平線となっている。セガンティーニの水平線の意味をもっと深く検討する必要があるだろう。

Friday, August 23, 2013

まだ知られざるミケランジェロ

池上英洋『神のごときミケランジェロ』(新潮社)                                                                           *                                                                                                同僚の本をほめるのもなんだが、同僚と言っても、こちらは法律屋で、先方は美術史家なのでまったく畑違い。「なんて素敵な本だろう」の一語だ。宣伝文句は「『西洋美術』とは何か? その答えがここに」と大きく出ている。たぶん編集者がつけたのだろう。「彫刻、絵画、建築のすべてで空前絶後の作品群を創りだした西洋美術史上最大の巨人。その全容をひもとく、待望の入門書。」9月6日から上野の国立西洋美術館で「ミケランジェロ展」が開かれるので、ちょうどいいタイミングだ。                                                                                                     序文で著者は「これほど巨大な彼のことを、私たちはまだ十分には知らない。彼の作品が何を意味し、どのような意図で制作されたかを私たちは知っていない。そして山ほどある彼の作品群の彼方に、はるかに多くの未完成作品が転がっていることを知らない。」と述べる。巨大すぎるミケランジェロ・ブオナローティを知るための格好の入門書として、本書はある。表紙も装丁も、構成も文章も、どれをとっても素敵な本だ。120頁の小著だが、ミケランジェロの生涯がわかる。主要作品がわかる。カラー写真で見ることが出来る。次々とエピソードが紹介される。人間模様も見えてくる。とてもぜいたくな気分にさせてくれる。全12章は、父の反対を押し切って彫刻家を目指した少年の話から、時代を代表する巨人の死まで、順を追い、その時々の主要作品を取り上げながら万華鏡のように進行する。変転し、闘い、かと思えば素早く逃げ回り、愛し、憎み、それでも愛した巨人にして弱虫の華麗だが放埓な生涯を知ることで、時代の香りを少しわかった気になれる。本当はサンピエトロ大聖堂に持って行って読みたいが、そうもいかない。レマン湖畔のモンレポ公園で大噴水と水遊びする子どもたちを見ながら、ゆっくりと紐解いた。                                                                                                                                                           著者は東京造形大学准教授。イタリアを中心に西洋美術史、文化史を研究。東京藝術大学卒業、大学院修士課程修了。イタリア留学を経て帰国。著書に『Due Volti dell’ Ananorfosi』『レオナルド・ダ・ヴィンチ』『もっと知りたいラファエッロ』『恋する西洋美術史』『イタリア24の都市の物語』『西洋美術史入門』など。

Thursday, August 22, 2013

ヘイト・クライム禁止法(36)

8月22日、人権高等弁務官事務所会議室で、人種差別撤廃委員会のスウェーデン報告書審査が行われた。政府代表は10人。傍聴は25名ほど。うち6名はよく傍聴しているNGOや研究者。他はスウェーデン報告書審査を聞きに来た人か。政府報告もクーツ委員の論評も、ヘイト・クライム、ヘイト・スピーチに焦点を当てていた。スウイェーデン報告書はかなり前に読んだことがあり、その時にはヘイト・スピーチはそんなに問題になっていなかったように記憶している。今回の報告書を見ると、外国人住民の記載が、特徴的だった。スウェーデンの人口は950万。外国出身は、フィンランド16万6000、イラク12万5000、ポーランド7万2000、ユーゴスラヴィア7万、イラン6万3000、ボスニアヘルツェゴヴィナ5万6000となっている。トルコ、ソマリア、レバノン、シリア出身も増えているようだ。つまりイスラム系住民が増えている。                                                                                                                   スウェーデン政府報告書(CERD/C/SWE/19-20. 5 November 2012)によると、刑法は、人種、皮膚の色、国民的又は民族的出身、宗教信仰、又は性的志向に基づく侮辱や差別を禁止する規定を持つ。一つは、16章8節(国民的又は民族的集団に対するアジテーションに関するもの。もう一つは、16章9節(違法な差別)。また、1998年の電子掲示板責任法も国民的又は民族的集団に対するアジテーションを扱っている。刑法29章2節によれば、犯罪の動機が人種差別の場合、刑罰加重事由としている。                                                                                                                                           差別煽動に関しては、国民的、民族的又はその他の集団に対する脅迫や侮辱を含むメッセージや情報伝達を口頭又は文書で流布した場合、国民的又は民族的集団に対するアジテーションという犯罪とし、2年以下の刑事施設収容とし、軽微事案は罰金としている。重大な性質と判断されれば6月以上4年以下。こうした組織に参加することは、犯罪実行の共謀、予備、未遂、共犯とされる。刑法23章4節は、実行者だけでなく、助言した場合も共犯としている。                                                                                                                 これまでに何度も報告しているため、今回の報告書では記載はあまり詳しくない。前回報告書参照と書かれている。要チェック。

恋愛とセクハラの近くて遠い距離を測る

牟田和恵『部長、その恋愛はセクハラです!』(集英社新書)                                                                       *                                                                                                           著者は社会学者で大阪大学教授。1989年に起きた福岡セクハラ裁判、当時セクハラ訴訟第一号とも呼ばれ、日本にセクハラという言葉を広めた事件の裁判に関わり、それ以来セクシュアル・ハラスメントの理論と実践に取り組んできた専門家だ。                                                                                                だが、本書は通常のセクハラ解説書ではない。タイトルだけを見て受け狙いで面白いタイトルを考えたなと思ったが、内容はまさにタイトルに合致している。つまり、セクハラしそうな男性、あるいは職場で部下にセクハラされるかもしれない管理職男性のための、やさしい、そして深い手ほどき本である。                                                                                                        「なぜ男性はセクハラしていること、セクハラと受け取られることに気付かないのか、セクハラと訴えられてもその理由が理解できないのはなぜなのかに焦点を当て明日。言い換えれば、男性にはなぜ『現実』が見えないのか。セクハラしたつもりはないのに、セクハラだと訴えられる、『理不尽』と燃える目になぜ遭わなければならないのか。そして、『自分はやっていない』と主張しているうちに、男性にとって事態はますます悪化していく・・・。どうしたらそんな目に遭うのを防げるのか――そうしたことを考えていきます。」                                                                                                  第一章 間違いだらけのセクハラ「常識」                                                                                               第二章 セクハラの大半はグレーゾーン                                                                                                第三章 恋愛がセクハラになるとき                                                                                                             第四章 女性はなぜはっきりとノーを言わないのか、                                                                                                       男性はなぜ女性のノーに気付かないのか                                                                                           第五章 恋愛とセクハラの近くて遠い距離                                                                                                       第六章 オフィスにセクハラの種はつきまじ                                                                                                                第七章 周囲の方々、担当者へ                                                                                                                                  終章  後で訴えられないために                                                                                                                                           *                                                                                                                         出て来る事例を読むと、おもしろくて笑える(笑っている場合ではないのだが)。しかも、なるほどなるほどこんな奴いるなと思い当ってしまう(思い当っている場合ではないのだが)。次から次と悲しい男たちの話が出て来るので、しまいにはうんざりしてしまう(うんざりするのは女性たちのほうだろうが)。「女性はイヤでもにっこりするもの」とか、「中高年のモテ要素は、地位と権力が九割がた」とあるのも、納得。こんな簡単なことに気付かない男が多いことも驚きだが、気付いているつもりの自分も危ういと教えてくれる本だ。

Wednesday, August 21, 2013

ジュネーヴ美術館散歩(2)

ジュネーヴ美術館(美術歴史博物館)はスイスの地元作家の作品展を開催していて、入場無料になっていた。3階は大半が地元作家作品展。2階と1階は常設の博物館展示。地下は民俗学や考古学展示。                                                                                         ジュネーヴ美術館のいいところは、2~3時間で近世・近代西洋美術史を追いかけることが出来るところだ。ルーブルやサンピエトロ寺院だと、ざっと見るだけでも大変な時間がかかる。バーゼルもそうだが、ジュネーヴはその点、便利だ。                                                                               15世紀のコンラド・ヴィッツの宗教画。ルネサンスからバロックでは、マリオット・アルベリティネリ、ニコラス・ド・ヌシャテル、ニコラス・ベルヒェム、17世紀のアブラハム・ド・ヴリス、アンドレア・ヴァカロなど。18世紀になると、ヴォルテール像もあるが、肖像画に加えて、ジャン・バプティスタ・オードリの「白鳥とブルドック」のような作品もある。ジャン・エチエンヌ・リオタールの作品も数点。                                                                                                             さらに新古典主義やロマン主義も、ジャン・ピエール・サントゥールの「オリンピック・ゲーム」、地元出身のアダム・ウォルフガング・テプファー、ジャック・ローラン・アガセが多数並ぶ。アレクサンドル・カラーメも以前見た時からいくつもあるなと思っていたが、地元出身だ。「ハンデックの嵐」「ジュネーヴから見たモンブラン景観」、ジャン・バプティスタ・カミーユ・コローの「横たわるニンフ」「ジュネーヴのパキ港」。モネ、セザンヌ、ルノワール、ピサロなど印象派は今回撤去されていた。                                                                                                             圧巻はホドラーだ。フェルディナンド・ホドラーは、まさにスイスを代表する画家だ。もちろん、アンカーやパウル・クレーなどたくさんいるが、スイスを描き、膨大な作品を残した変貌する画家ホドラーはなんといっても目立つ。ホドラーの自画像が10点以上並べられていた。若きホドラーから老練のホドラーまで。レマン湖、トゥン湖、モンブランなど風景画も多いが、人物画もあれば、宗教的色彩の強い、極めてアクの強い作品もある。ホドラーはあらゆる手法、あらゆる様式に挑戦した。                                                                                                       バヨットンも多数展示されていたが、ジョヴァンニ・ジャコメティ、アウグスト・ジャコメッティ、クーノ・アーミエは今回見ることが出来なかった。シャガールとモジリアニはあったが。ピカソも数点あったはずが、水浴1点のみ。                                                                                                          近世近代西洋美術史というよりも、スイス美術史という意識で見たほうが良かったかもしれない。夏の間に機会があればもう一度行ってみよう。

ヘイト・クライム禁止法(35)

8月20日午後、人種差別撤廃委員会はベラルーシ政府報告書の審査を行った。ベラルーシ代表団は司法大臣以下10名、傍聴人は15名ほど。大半はNGOだが、一人、博士論文執筆のためというカリフォルニア青年がいた。修士課程を修了したが、大学院に籍を置かず、しかし、博士論文執筆のための申請をして奨学金を得てスイスにきて人種差別撤廃委員会を傍聴している。                                                                                      ベラルーシ政府のプレゼンテーションは、大半は報告書の紹介だったが、報告書に乗っていない話もあった。一つは、子ども多文化フェスティバルで、他の諸国ではやっていないと思うと言っていた。小中学生のための多文化教育だが、いろんな企画を交えてフェスティバルとしている。もう一つはホロコースト犠牲者のためのメモリアル施設だ。ナチスによる強制収容所などで20万が死亡したこと、現在のユダヤ人コミュニティの権利保障をしていることなど。もっとも、なぜ報告書に書いていないのだろうかと疑問に思った。委員会からの質問でもまったくこの件に触れないのでいぶかしく思っていたところ、終了後にケマル委員がホロコースト被害への地区実の具体的内容、それと現在のネオナチの活動やヘイト・スピーチについて追加質問した。                                                                                                 ベラルーシ政府報告書(CERD/C/BLR/18-19. 15 November 2012)によると、行政犯罪法9.22条によれば、ベラルーシ語およびその他の国語(national language、公用語)への公然侮辱又は中傷、その使用への妨害又は制限、言語を理由とした敵意の唱道は刑事責任を生じる。同法7.3条1項6号によれば、人種的、民族的又は宗教的憎悪に基づく行政犯の実行は責任加重事由とされている。                                                                                                             刑法190条によれば、人々との自由や平等などの憲法上の権利への侵害は刑事責任を生じる。ジェンダー、人種、民族又は言語集団、出身、財政状態または職業、居住地、宗教信念に基づいて市民に、権利と自由を直接間接に侵害したり、直接間接に特権を与えたりすることは刑事責任を生じる。                                                                                                           刑法130条によれば、人種的、民族的又は宗教的敵意や不和の煽動は刑事責任を生じる。130条1項は、人種的、民族的又は宗教的敵意や不和、国民の名誉と尊厳の貶めを先導するための故意の行為を処罰する。130条2項は、公務員が権限を行使して前項の犯罪を行った場合)。刑法127条や128条によれば、人種的、民族的又は宗教的敵意や不和、一定の社会集団に対する政治的イデオロギー的敵意や憎悪に基づいて、例えばジェノサイド、人道に対する罪、殺人のような犯罪が行われた場合、刑事責任を生じる。

Tuesday, August 20, 2013

ジュネーヴ美術館散歩(1)

かつて宗教改革の旗手ジャン・カルヴァンが活躍したサン・ピエール寺院と国際宗教改革博物館からブール・ド・フール広場を通り抜けて、ジャック・ダルクローズ通りの上に架かった歩道橋を渡るとジュネーヴ美術館(正式にはジュネーヴ美術歴史博物館)に出る。ジュネーヴにはいくつもの美術館・博物館があるが、単に美術館と言えばジュネーヴ美術館のことと言っていいだろう。もっとも、美術館も博物館もミュージアムだから、ミュージアムと言ってもどこを指すのかわからなくなる。                                                                           1994年、はじめてジュネーヴに来た時に見学して以来、何度か訪れている。今回で何度目になるだろうか。たぶん、6度目か7度目になるのではないか。スイスでは、チューリヒ美術館、ヴィンタトゥール美術館、バーゼル美術館などと並ぶ美術館だ。                                                               2013年夏、美術館はスイスの地元作家の作品展を開催していて、入場無料になっていた。8月のジュネーヴは世界中から観光客がやってくるし、夏休みだから地元の子どもたちにも見てもらえる。黙っていても見学にやってくるはずだが、入場無料だから、見学が増えるだろう。とは言っても、平日の午後だったので、混んだりはしない。大きな展示室では他の客と出会うが、小さな展示室では一人で鑑賞できる。美術品を見てるのか、他人の頭や背中を見ているのかわからない日本の美術展とは大違いだ。                                                                                              そういえば、日本では爆発的なフェルメール人気で、何度か見に行ったが、とにかく人間が多すぎて嫌になる。仕方のないことだが、大声で喋り散らす「解説屋」が多いのも耳障りだ。「真珠の首飾りの少女(青いターバンの少女)」の時は、見に行くのを止めた。ハーグのマウリッツハウスで何度も見た。平日の午前なら、三〇分ほど展示室に一人きりで、ゆっくり見ることができることもある。だから、他人の後頭部を見に行く必要はない。                                                                                                                  ジュネーヴ美術館に話を戻すと、スイスを中心に西欧中世・近代の美術品が多いが、歴史博物館でもあるので、民族学、宗教史、風俗史に関連する所蔵品も多い。コイン、衣装、食器・陶器、家具、インテリア、武器、ステンドグラスなども多数展示されている。                                                                                                                紀元前4世紀ころの近東の花瓶、古代エジプトの立像、スフィンクス像、紀元前5世紀のアテネのコインやメダル、紀元2世紀ころのローマ時代シリアのディオニュソス画(モザイク)、4世紀ジュネーヴの銀製器ヴァレンティニアン、11世紀コンスタンチノープルの聖十字架など興味深い遺物が所蔵されている。

時間と空間の謎を愉しむ

橋元淳一郎『時間はどこで生まれるのか』(集英社新書)                                                                                             *                                                                                                                         冒頭の「哲学と科学の乖離」にはなるほどと思った。現代の哲学者による時間論は、相対論と量子論以後の現代物理学をほとんど無視して、いまだにニュートン流の考え方である。他方、科学者による時間論は、人間世界の時間に立ち入らない。両者が乖離している、と著者は言う。なるほど。そこで著者は、現代物理学を踏まえた哲学的時間論を期待しつつ、そのための「呼び水」として本書を書いた。                                                                                                                                 ミクロの世界に温度は存在しない                                                                                             空間は虚である                                                                                                      今という瞬間は誰とも共有できない                                                                                    確定できない「事件」発生時刻                                                                                       時間と空間を交換できるファインマン図形                                                                                           秩序維持の「意思」は進化の過程で生まれた                                                                                                われわれは宇宙の創造に参画している                                                                                                                         著者は「時間の謎へのやるせない想い」「片想いの恋」を抱き、現代物理学の入門的解説をしながら、時間の謎に迫ろうとする。とはいえ、現代物理学の知見を踏まえた時間論とは難しいもので、読者の理解をやさしくするために、いくつものたとえ話が用いられる。代表が赤玉と白玉の交換図式だ。説明はわかりやすいが、「わかる」のは「たとえ」の部分であって、時間論そのものではない。それでも時間の謎を愉しむにはいい本だ。結論は「時間の創造は宇宙の創造であり、われわれはそれに参画しているのだ」という楽しい言葉だ。                                                                                                            著者は、SF作家・相愛大学教授。

Monday, August 19, 2013

ヘイト・クライム禁止法(34)

先週からパレ・ウィルソン(国連人権高等弁務官事務所)で人種差別撤廃委員会(CERD)83会期が開かれている。8月19日は、ブルキナファソ政府報告書の審査だった。冒頭に、かつて人権高等弁務官事務所で働いていたデメロの死を追悼して参加者一同黙祷した。ブッシュによるイラク戦争のさなかに国連代表としてバグダッドを訪問し、爆殺されたデメロである。                                                                                          ブルキナファソ政府報告書(CERD/C/BFA/12-19. 17 April 2013)によると、情報法112条2項は、市民の間に憎悪を煽動する意図をもって人種的出身、地域的出身、宗教ゆえに人々の集団を中傷することを非難し、1月以上1年以下の刑事施設収容又は10万以上100万以下のCFAフランの罰金としている。1992年の結社の自由法47条は、人種差別を煽動、奨励する組織の解散を命じ、リーダーを処罰することが出来るとしている。リーダーの処罰は1996年の刑法132条による。前回審査の勧告に従った措置を講じていないが、現行法は、条約第4条の要請に従って、行為を処罰している。人種の優越性や憎悪に基づく観念の流布や、人種差別の煽動、人種や皮膚の色の異なる集団への暴力や煽動、財政支援など人種差別活動への援助を処罰している、という。刑法第1部第4章「人種的、地域主義的、宗教的、性的又はカーストに基づく性質の犯罪」に置かれた刑法132条は、良心の自由や礼拝の自由に反する差別行為について、1年以上5年以下の刑事施設収容及び5年間の居住制限を課している。

ヘイト・クライム禁止法(33)

コロンビア政府報告書(CERD/C/COL/14. 5 May 2008)によると、2000年の刑法には差別の禁止に関する諸規定があり、国際人道法や武力紛争における差別を禁止している。刑法第2章は「国際人道法によって保護された人および財産に対する犯罪」であり、刑法147条は「人種差別行為」であり、武力紛争にさして行われる人種隔離を犯罪としている。差別的行為による場合の加重処罰規定もある。刑法166条4項は、強制失踪犯罪のような場合に人種差別があれば刑罰加重を定めている。しかし、ヘイト・スピーチ規定はない。                                                                           20007年の法改正草案には「差別の煽動」規定が導入されているというが、報告書には具体的な条文草案が引用されていない。                                                            人種差別撤廃委員会勧告(CERD/C/COL/CO/14. 28 August 2009)によると、委員会は、コロンビア政府がアフリカ系住民や先住民族に対する差別を認めて対処していることを留意しつつ、人種差別禁止の一般規定がないこと、条約4条に従った煽動禁止規定がないこと、改正法が成立していないことを指摘し、条約に合致する法改正を行うよう勧告した。武力紛争時における殺害や強制失踪などの重大人権侵害に対する刑事司法による対処を勧告した。

Sunday, August 18, 2013

近代立憲主義のやさしい入門書

伊藤真『憲法問題――なぜいま改憲なのか』(PHP新書)                                                                                             なぜPHPなのかなどと呟きながらも成田空港の書店で購入してきて、読んだ。著者は、言うまでもなく「伊藤塾塾長」である。                                                                                           「そもそも憲法とは何か? 憲法の本質から、自民党改憲案を考える」と宣伝しているとおり、自民党改憲案を批判的に検討している。新書1冊で、よくここまで丁寧に書けるものだと、著者の力量に改めて感心した。文章は平易な語り口で、自民党改憲案の問題点が基本からちゃんとわかるようにできている。                                                                                                 「人権が軽視されて、国民に義務を課す憲法に」「憲法に大きな期待をかけてはいけない」「96条改正は会見の裏口入学だ」「天皇を戴く国家が日本の伝統化?」「奴隷の幸せでいいのか」「新しい人権は、人権もどきにすぎない」「檻から出たライオンは、自分で檻に戻らない」。                                                                                                                     何と言っても、「そもそも憲法とはなにか?」「憲法の本質」にかかわる、立憲主義の説明が巧みになされている。改憲問題は、近代立憲主義をしっかりと踏まえて議論しないと、イデオロギーの空中戦に陥りかねない。本書は、立憲主義とは何かを、簡明にわかりやすく書いている。読者は、立憲主義をきちんと把握して、そこから自民党案と、著者の見解を対比して、自分で判断することができるだろう。

国連人権理事会諮問委員会11会期閉会

国連人権理事会の下部に置かれた専門家機関である諮問委員会は、8月16日、5日間に及ぶ11会期を終了して閉会した。委員会は3つの決議を採択した。                                                                                  決議案1は「災害後・紛争後における人権の促進と保護」であり、7人の委員による作業部会を設置し、報告者に鄭鎮星委員を指名し、諮問委員会12会期(2014年2月予定)と人権理事会26会期に報告書を提出するとしている。                                                                                                         決議案2は「人権分野における国際協力の強化」であり、9名の委員による作業部会を設置し、報告者にオカフォル委員を指名し、諮問委員会12会期と人権理事会26会期に報告書を提出するとしている。                                                                                            決議案3は「腐敗が人権の享受に与える否定的影響」であり、13人の委員による作業部会を設置し、パベル委員を報告者に指名し、諮問委員会12会期と人権理事会26会期に報告書を提出するとしている。                                                                                                        諮問委員会11会期の全体のまとめは、オカフォル委員が作成した報告書(A/HRC/AC/11/2)に記載されている。                                                                                                               以下、感想。11会期はさびしい会期であった。議題が以上の3つに限られていたこともあり、実質的な意見交換も少なく、報告書作成に向けた事務手続きに終始した感がある。平和への権利国連宣言のための審議が前会期で終了したこともあって、注目するべき議論はほとんどなかった。ズルフィカー委員の発言では、前回10会期は平和への権利の議題しかなかったが、今回は3つあったので良かったと言っていたが、違うと思う。平和への権利の議論は、委員だけでなく、多くの政府が賛否両論を闘わせ、NGO発言も相次いだ。そして、ともあれ国連宣言草案が作成されて、人権理事会に送られた(人権理事会に作業部会が設置され、議論が続いている)。今回は、発言したのはほとんど委員だけで、政府発言もNGO発言も過去最低の回数であった。発言以前に、有力NGOのほとんどが参加しなかった。国際的に評価の高い有名NGOは、諮問委員会に見向きもしなくなった。諮問委員会の審議が充実していない証拠である。もっとも、それは委員の責任ではない。諮問委員会の権限が、かつての人権委員会人権小委員会と違って、極めて限定されているためだ。この点を見直さないと、諮問委員会はその役割を低下させ続ける一方だろう。

Thursday, August 15, 2013

8.15に永続敗戦という視座を学ぶ

白井聡『永続敗戦論――戦後日本の核心』(太田出版)                                                                 *                                                                                                       第二次大戦で敗北したにもかかわらず、アメリカに対しては敗北を認め盲従しながら、国内においては敗戦ではなく終戦とし、アジアに対しても敗北を否認するメンタリティが続いてきた。現実を否定して敗北を否認するために、国内においても、周辺諸国との関係でも価値観が対立し、紛糾する。それゆえ、いつまでも「敗北」が繰り返され、続くことになる。天皇制を存続させたことが一つの要因であるが、天皇制存続と9条がセットとなってきた関係を、支配層だけではなく、民衆の側でも深くとらえてこなかった。このことが、現在の、天皇制維持と、9条改定の分裂となって現象している。「慰安婦」問題に代表される戦後補償問題でも、責任の否認が続く。北方領土、竹島、尖閣諸島の領土問題においても、敗戦(ポツダム宣言、サンフランシスコ条約)の意味に目を閉ざす議論が横行する。いずれも永続敗戦の帰結である。しかし、永続敗戦は明らかな破綻に瀕している。著者はこのような理解に立って、戦後日本社会の分裂と変遷を斬る。なかなか鋭い論法だ。永続敗戦という切り口の必然性は定かでない。戦後日本社会論としてはよくある議論の一種でもある。とはいえ、200頁ほどの1冊の本で、すっきりと描き出しているので、見通しがきいてわかりやすい好著だ。8月15日に読むのにふさわしい。                                                                                                          著者は1977年生まれ、一橋大学大学院をへて、文化学園大学助教。著書に『未完のレーニン――「力」の思想を読む』『「物質」の蜂起をめざして――レーニン、<力>の思想』があるが、読んでいない。

Monday, August 12, 2013

原発民衆法廷を国連に報告

NGOの「国際人権活動日本委員会(JWCHR、前田弓恵)は、8月12日、ジュネーヴで開催中の国連人権理事会諮問委員会11会期で、原発民衆法廷について報告した。趣旨は次の通り。                                                                           <私たちは2012年2月から原発民衆法廷を開始し、福島、大阪、広島など各地で公判を開き、本年7月21日の東京公判で判決を出した。判決は28項目の勧告から成るが、原発の全面廃止を要求し、国連人権理事会に「原発事故と人権特別報告者」を設置すること、国連総会に原発禁止条約の採択を呼びかけることを盛り込んでいる。アメリカによる原爆投下から66年後、福島原発事故は再び多くの被爆者を生んだ。事故から2年経っても被害は続いている。政府は除染作業を放棄し、被害者による自己管理を求めている。福島の子どもの甲状腺がん比率が急激に上昇している。子ども被災者支援法は機能していない。復旧のための被ばく労働も続いている。原発は棄民政策の上に成り立っている。国連人権理事会諮問委員会が、チェルノブイリと福島の教訓に学んで、災害後の人権について研究するよう要請する。>                                                                                             発言は、今回から新たな議題として設定された議題「災害後・紛争後の人権の促進と保護」で行われた。この議題の下で事務局が準備した報告には、キルギスタン、ハイチ、フィジー、サモア、キリバスなどが取り上げられていたが、福島は取り上げられていなかった。JWCHR発言の後、諮問委員会のベンゴア委員、スーフィ委員などが福島の事態を取り上げる必要性があると発言した。                                                                                  諮問委員会は、国連人権理事会の下に置かれた専門家委員会で、人権理事会から諮問を受けた課題について専門的検討を加える。これまで、職業と身分の差別、ハンセン氏病と人権、テロと人質、平和への権利国連宣言などの報告をまとめて、人権理事会に送ってきた。「災害後・紛争後の人権の促進と保護」は前回の人権理事会で話題となって新たに議題とされたが、その最初の発言がJWCHRであった。

Thursday, August 08, 2013

待ち望む力とは何か

的場昭弘『待ち望む力』(晶文社)                                                            http://www.shobunsha.co.jp/?p=2698                                                                                 *                                                               「希望だけがない国」日本で希望を語るためには、なにが必要なのか?                                                          著者はこの問いを掲げて、ブロッホ、スピノザ、ヴェイユ、アーレント、マルクスという5人の思想家への旅を続ける。マルクス学の第一人者による、今の時代における希望のあり方を探る著作である。                                                            第一章 希望をもつということ──ブロッホ『希望の原理                                                           第二章 喜びをもつこと──スピノザ『エチカ』                                                           第三章 重みに堪えること──ヴェイユ『重力と恩寵』                                                           第四章 愛をもつこと──アーレント『アウグスティヌスの愛の概念』                                                            第五章 未来を切り開くこと──マルクスの希望の冒険                                                           

 このところお散歩と森林浴の日々だったので、毎日、一章ずつ読んできた。焦らず、あわてず、ゆっくりと。印象的な言葉があり、心に残る思索があり、ためになる本だ。「踏み越えるものとしての希望」を手探りした著者は、革命と希望をめぐる思念の闘いを追跡し、嫉妬と高慢と愛と想像力をひとつひとつ言葉にして確かめていく。「マルクスの革命と希望」において、著者は意外なことに、マルクスの革命思想ではなく、「マルクス自身を革命すること」について語る。そこには著者・的場自身を革命することが企図されているはずだ。ならば、私たちは私たち自身を革命するために読書するのでなければならない。                                                                                                                
 「予定調和的に未来を語ることがマルクス主義者だといわれていた時代がありましたが、未来は不確かなわけです。だから未来を待ち望む希望が必要なのです。望まないものは実現されないということ、これが本書の課題であるともいえます」。                                                                                                         
かつて同僚だった著者の主要な著作をだいたいは読んできた。『トリーアの社会史』以来のマルクス・マルクス思想・マルクス思想背景研究に始まり、「マルクス学」を宣言して以後の翻訳・再訳、そして『マルクスだったらこう考える』『ネオ共産主義』、あるいは意表を突いた「とっさのマルクス」。そうか、この道を歩んできたのか、という思いで勉強させてもらった。                                                                                                                        本書で取り上げられた思想家5人はユダヤ人だ。誰もが気になるであろうことは、ベンヤミンが取り上げられていないことだ。ベンヤミンの「歴史の天使」には希望がないためだろうか。                                                                                                           
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的場昭弘(まとば・あきひろ)                                                                                                                        1952年宮崎県生まれ。神奈川大学経済学部教授。                                                           著書に『超訳「資本論」第1巻~第3巻』(祥伝社)、『マルクスだったらこう考える』『ネオ共産主義』(以上、光文社)、『新訳共産党宣言』(作品社)、『一週間 de 資本論』(NHK出版)など多数。   

Wednesday, August 07, 2013

吹き荒れる歴史修正主義に抗して

「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクションセンター編『「慰安婦」バッシングを越えて』(大月書店)                                                                                        http://www.otsukishoten.co.jp/book/b114532.html                                                                                            *                                                                                                            「慰安婦」問題で歴史修正主義、歴史の否認発言を繰り返してきた安倍晋三政権発足後、安倍自身はもとより、橋下徹・維新共同代表も加わって、「アウシュビッツの嘘」ならぬ「慰安婦の嘘」発言が猛威を振るってきた。ついには「麻生ナチス発言」まで飛び出して、歴史修正主義者の無知と無恥がさらけ出されている。                                                                                                こうした状況への抵抗として、本書は世に出された。「慰安婦」問題を裁いた2000年女性国際戦犯法廷から13年、VAWW-RACの女性たちを中心に、男性も協力して、「慰安婦」問題における「歴史の否認」「安易な和解の押しつけ」「植民地主義」を克服し、東アジアにおける平和と正義を実現するための「主体」を構築するための1冊だ。                                                                                                 「慰安婦」誘拐犯罪に関するコラムを執筆させてもらったが、時間を取れず読んでいなかったので一気に読み通した。                                                                                                      社会権規約委員会や拷問禁止委員会も「慰安婦」問題に言及して日本政府に勧告しているように、国際的にはずっと以前から決着している問題に、日本政府だけが背中を向け続け、ついには異常な歴史修正主義者が政権の座についている。国内の異常な無責任ぶりをただすために、さらなる努力が必要だ。                                                                                                    *                                                                                                                                  第1部「河野談話」と「慰安婦」制度の真相究明――何がどこまでわかったのか?                                                                                    1 「河野談話」をどう考えるか――その意義と問題点(吉見義明)                                                                                                        2 被害者証言に見る「慰安婦」連行の強制性(西野瑠美子)                                                                                      【コラム】中国山西省・盂県に見る性暴力被害の強制性(池田恵理子)                                                                             3 「慰安婦」問題と公娼制度(小野沢あかね)                                                                                                                 【コラム】「慰安婦」誘拐犯罪――静岡事件判決(前田朗)                                                                                                                              第2部 日本政府の法的責任――なぜ「国民基金」は解決に失敗したのか?                                                                                                                                 1 「国民基金」の失敗―日本政府の法的責任と植民地主義(金 富子)                                                                                                             2 韓国挺対協運動と被害女性―なぜ「国民基金」に反対したのか(尹美香)                                                                                                        3「国民基金」と反対運動の歴史的経緯(鈴木裕子)                                                                                                                              【コラム】東京裁判・BC級戦犯裁判と日本政府の責任(林博史)                                                                                          4 被害者不在の「和解論」を批判する(西野瑠美子)                                                                                    第3部 「慰安婦」問題の解決――今何が必要か                                                                                                            1 なぜ多くの若者は「慰安婦」問題を縁遠く感じるのか――若者の現在を読み解く(中西新太郎)                                                                                                       2 教科書問題と右翼の動向(俵義文)                                                                                                              【コラム】忘却に抵抗するドイツの歴史教育・記憶の文化(岡裕人)                                                                                          3 「慰安婦」問題の解決に何が必要か――被害者の声から考える(梁澄子)                                                                                            【コラム】日本軍「慰安婦」問題解決のためのもう一つの国連人権制度・UPR(安善美)                                                                                                    4 日韓請求権協定と「慰安婦」問題(吉澤文寿)                                                                                                       5 世界史のなかの植民地責任と「慰安婦」問題(永原陽子)                                                                                                                                      付録 ブックガイド、年表、「河野談話」など各種資料

ヘイト・クライム禁止法(32)

中国政府が人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/CHN/10-13. 24 March 2009)によると、1997年改正の刑法第249条は「民族憎悪又は差別を唱導した者は、事案が重大な場合、3年以下の刑事施設収容、刑事拘禁又は監視、又は政治的権利の剥奪に処する。事案が特に重大な場合、3年以上10年以下の刑事施設収容とする」とする。                                                                                                       刑法第250条は「民族的マイノリティを差別又は侮辱する文書の出版に直接責任のある者は、事案が重大な場合、及び重大な結果を惹起した場合、3年以下の刑事施設収容、刑事拘禁又は監視に処する」とする。                                                                                     刑法151条は「宗教的信念への市民権を不法に剥奪したり、民族的マイノリティの慣習を妨げた国家機関職員は、事案が重大な場合、2年以下の刑事施設収容又は刑事拘禁に処する」とする。                                                                                              2000年12月28日のインターネット安全国家委員会決定は、インターネットを利用して、民族憎悪、民族差別を唱導し、又は民族の一体性を貶めた者は、関連する刑法規定に従って処罰されるとしている。                                                                                               2005年の公共の安全行政刑法第47条は「民族集団の間に憎悪又は差別を煽動した者、又は民族マイノリティ集団を差別又は侮辱する内容を出版した者は、10日以上15日以下の拘留とし、1,000ウォンの罰金を併科することができる」とする。

Tuesday, August 06, 2013

原発推進派はたった0.6%!?

平智之『なぜ少数派に政治が動かされるのか?――多数決民主主義の幻想』(ディスカヴァー携書)                                                                                 *                                                                                               2009年から1期、衆議院議員(民主党、後に離党)を務めた著者は、速やかな原発ゼロこそが成長戦略だとする「禁原発」政策を主張している。いわゆる原子力ムラの利権集団(電力会社、プラントメーカー、ゼネコン、経産省、研究者、マスコミ)の人口を独自計算により70万人と弾きだし、日本の全人口の0.6%とみる。「この少数の利権集団が、官僚制度や政治家をうまく使いこなして、原発行政を推進している」という。反原発、脱原発こそ本当の多数派であるにもかかわらず、政治は多数派の期待に反して、原子力ムラの利害を反映する。それはなぜか。どのようなメカニズムなのか。                                                                           「少数派は、繰り返しの情報操作によって、世論を誘導している。だから、ネガティブ・サイレント・マジョリティは彼らが作り出したマジョリティだ。彼らの提供する情報によって、消極的な推進派にされている。事実を提示し、対案を出して初めて、本当の多数派が形成される。それが政治家の責務だが、そこに挑戦する政治家が少なすぎる。」                                                                                                   著者は、少数派による情報操作がいかに巧みに行われ、利権が掠め取られるかを、いくつもの事例をもとに展開している。弱者の声が政治に届かない理由を明快に提示している。原発に限らず、いくつもの政治課題において、官僚依存体質がもたらしている弊害を明らかにしている。「多数決民主主義の幻想」が、これでもかと説明される。                                                                                        それでは処方箋は何か。即効薬はもちろんないが、少数派の利権を維持するための非効率社会を、より効率的な社会に代え、政治を変えていくために、たとえば地方分権化が提起される。その他、相続税ゼロ、減税など様々な提案がなされている。何よりも政治家とは何であり、いかに行動するべきかが提起されている。                                                                                      *                                                                                                               原子力ムラ60万という数字を見た時に、かつてアメリカの軍需産業の経営者・社員・その家族を含めた軍需産業人口700万という数字を思い出した(数字の正確さははっきりしないが)。2億5000万のアメリカの700万を多いと見るか、少ないと見るか。700万は、戦争を欲する人々である。戦争が起きないと、食べていけない。もちろん、自分たちは戦争に巻き込まれることなく、戦場に赴くことなく、劣化ウラン弾の製造で被曝することもなく、優雅にぜいたくな生活をすることだけを望んでいる。戦争の悲惨さは他人の上にだけ落ちていく。700万は、ノルウェー、フィンランド、スイスのような欧州の普通の国家の人口に匹敵する。700万の優雅な生活のために、彼らは軍産複合体をつくり、アメリカの戦争政策に影響を与え続けている。                                                                                               *                                                                                                                   ブルーチーズと、赤い悪魔のラベルのPARADIS,Pinot Noir, Geneve,2011.

Monday, August 05, 2013

ヘイト・クライム禁止法(31)

チリ政府が人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/CHL/15-18. 13 March 2009)によると、憲法は表現の自由と事前検閲の禁止を掲げている。意見表明の自由に関するチリ法は、何らかの社会コミュニケーション手段によって、人種、性別、宗教又は国籍を理由として、個人又は集団に対する憎悪又は敵意を煽動する出版物を製作した者に罰金を課している。再犯の場合、罰金の上限は200UTM(約34,000ペソ=13,100米ドル)である。

ビートルズの読み方(ロックの限界も)

武藤浩史『ビートルズは音楽を超える』(平凡社新書)                                                                                           *                                                                                                                                        レマン湖を見下ろす丘の上で森林浴と読書の日々。雲一つない青空、優しい陽射し、爽やかな風、木漏れ日のベンチでゆったりと時間が流れる。普段のように論文を書くために次々と頁をめくるのではなく、できるだけゆっくりと読んでは休み、休んでは読む。膝の上を蟻が歩いているのを眺めながら。                                                                                                                   本書は、ロックで世界を変えたビートルズのサウンドではなく、「彼らの身ぶり、彼らの言葉から見えてくること」に焦点を当てる。著者はイギリス文学研究者(慶応義塾大学教授)で、ドラキュラ論や「チャタレー夫人」論の著者だ。                                                                                                                             「ビートルズを知ることなくして20世紀の文化を語ることはできないし、ビートルズを語るためには、音楽の知識だけでは不十分である。本書は、音楽研究とは別の角度から、イギリス文学研究者が、イギリス20世紀文化史の文脈から見つけた『ミドルブラウ文化』、『笑い喋り動く身体』、『つながる孤高』をキーワードとして、ビートルズという現象を歴史的に、しかし時には歴史を超えることも辞さずに、読み解こうとしたささやかな試みである。」                                                                                                                                             世にビートルズ論は掃いて捨てるほどあるし、ビートルズ辞典やビートルズ全書もあるが、本書は、上記3つのキーワードで切り取ったビートルズの文化史的特質を描き出している。その手法は鮮やかで、面白い。博識だが、時に拍子抜けする。強引だ。かなり強引だ。でも、納得させられる。なんだか騙されていると思うこともないではないが、楽しい本だから、これでいいのだ。                                                                                                                                   ミドルブラウ文化、リバプールの笑いと大阪の笑い、不思議の国のアリス、ハンプティ・ダンプティ、走ることは生きることである、ビートルズとクレイジーキャッツ、対抗文化と反戦、世界を反転させるジョン。                                                                                                                著者はビートルズを持ち上げるばかりではなく、最後のエピローグ「ビートルズは危険である」において、「ロックとクラシック音楽の共通点は、白人中心主義と男性中心主義である」と断定する。著者は、ビートルズ・ファンであると同時に、クラシック・オタクであるが、「男だらけのロック・グループ、男だらけの作曲家や指揮者、おじさんだらけのオーケストラ(とくにウィーン・フィル)などなど」として、その限界を明示している。クラシックの場合、女性作曲家も多数いたのに、それらが排除され、男性中心主義が意図的に作られてきた。ヨーコ・オノの登場がビートルズ解散の一つのきっかけとなるのも、まさにこの理由だ。その後のジョン、ポール、ジョージ、リンゴのそれぞれの人生と音楽活動は、この分岐点をめぐって展開したと言える面がある。                                                                                                                              たのしみながら、口を突いて出たのは吉田拓郎だった。                                                                                                                               人が幸せになるのを                                                                                                                                     批判する権利は誰にもない                                                                                     みんな幸せになっていいんだ                                                                                 人に迷惑さえかけなければね                                                                                               ビートルズが教えてくれた                                                                                                          ビートルズが教えてくれた                                                                                                                 ビートルズが                                                                                                                いったい何十年ぶりにこの歌を思い出しただろうか。

Sunday, August 04, 2013

6.16新大久保駅前弾圧救援会主催報告集会7.31

 七月三一日、「六・一六新大久保駅前弾圧救援会」主催の報告集会が開催された。六月一六日に新大久保駅前で行われた「在日特権を許さない市民の会(在特会)」らの差別排外デモに抗議した市民が、混乱の中逮捕された。大半は逮捕だけで釈放されたが、一名、Aさんだけが勾留され、七月五日に釈放と不起訴を勝ち取った。その報告集会である。                                                                         主催者声明によると、「今回の弾圧はあまりに多くの問題があります。まず新大久保の『在特会』らのデモのひどさは周知の通りであり、抗議した側を逮捕するなど言語道断です。もちろんAさんは逮捕されるような事など全くしていません。差別排外デモに甘く差別に抗議する側に厳しい警察権力、ひいては日本国家の政策が現場に表れたのです。抗議する側にいて逮捕された四名のうち、三名は三日間で釈放されました。さらに、在特会の逮捕者四名すら一二日目までに全員が釈放されたのです。しかしAさんだけは、勾留理由などないのに二〇日間も勾留されました。明らかに狙い撃ちにされた嫌がらせで、ありえない事です。捜査を主導した公安検事・鈴木敏宏と検察庁は絶対に許されません」という。                                                                                               勾留が長期化したのは、取調べを拒否したため、これに対する報復であると推測される。「監獄や裁判所も責任が強く問われます。担当の新宿署は原宿署と結託し、取り調べを拒否するAさんを部屋から引きずり出そうとしました。巨大留置場を持つ原宿署は『足首が痛い』と通院を求めるAさんを二週間近く放置しました。ともに『代用監獄』の非人道的な本質を露呈させたのです。私たちの原宿署前での激励行動も激しく弾圧してきました」。「しかし私たちは出来る限りの最大限の反撃を行い、解放を勝ち取った事が成果です。Aさんは取り調べに出ること自体を最後まで拒否し続け、検事に一切調書を作らせず、裁判持ち込みを断念させました。同時に取調べを強要する代用監獄の不当性も明らかにしたのです」。                                                                                           報告集会では、被逮捕当事者であるAさんから報告があり、続いて接見及び不起訴獲得に活躍した弁護団から三名の弁護士があいさつした。続いて、鵜飼哲(一橋大学教授)     「反レイシズムと弾圧」、前田朗(東京造形大学教授)「黙秘と取調拒否の権利」の二つの問題提起がなされた。前田発言は、前田朗「取調拒否権の思想(一~八)」『救援』五一九~五二六号(二〇一二~一三年)を参照。                                                                                                      鵜飼哲は、冒頭に日韓の青年の「国境を超えた歴史和解」のために二〇一二年夏にソウルで開催された討論会で、日本側の学生が和解や相互理解をほとんど拒否するナショナリズム発言を事前準備して行ったことを紹介した。続いて、新大久保絵の在日特権会に対するカウンンター行動の意義を「この列島における反レイシズム運動を大衆的な文化闘争として表現したこと」と位置付けた。さらに、「レイシズムと警察」と題して、「すべての(旧)植民地宗主国で『警察はレイシスト』は圧倒的な歴史的、日常的現実」と指摘した。植民地時代のアルジェリアにおけるフランス官憲がレイシストであったことはもちろんだが、近縁のフランス郊外蜂起においても警察はレイシスト的役割をはたして、移住者を弾圧した。日本でも同じことが言える。「レイシストに甘い警察はレイシスト」「反レイシズム運動を弾圧する警察はレイシスト」という認識を確立することの重要性が指摘された。それゆえ、現在のヘイト・クライム、ヘイト・スピーチの法規制をめぐる議論に、「日本の警察の民族差別的体質に関する具体的な調査にもとづく認識を繰り込む必要」があるという。                                                                                                                       極めて重要な指摘である。この間の議論の中で、「ヘイト・スピーチを法規制すると、日本人と朝鮮人が対立した事件で、警察は被害者である朝鮮人を加害者に仕立てる恐れがある。こうした危険性を排除できないから、立法は逆効果だ」という主張がなされることがある。日本警察の実態を見れば、なるほどという面もある。しかし、鵜飼の指摘を踏まえて、警察がレイシストとしてふるまうことを厳しく批判していく運動が求められている。警察に反レイシズム運動の重要性を認識させ、レイシストに甘いと批判されないように意識させる必要である。とても重要な指摘である。

Saturday, August 03, 2013

「アラブの春」とは何だったのか

重信メイ『「アラブの春」の正体――欧米とメディアに踊らされた民主化革命』(角川ONEテーマ21)                                                                    *                                                                                   チュニジアのジャスミン革命に始まった「アラブの春」をメディア戦争という観点で再検討した1冊。                                                                                                  チュニジア、やエジプトについては民衆の不満が噴出して民主化革命が起きたという理解にさしたる疑問がないとしても、リビア、バーレーン、イエメン、オマーン、サウジアラビア、ヨルダン、モロッコ、シリア、レバノン、カタールと続く事態を全体としてみると、一方には非暴力の民衆による闘いがあり、他方に内戦や外国軍の介入があり、実に多様である。「アラブの春」という言葉では到底表現しきれない。とりわけ、リビアやシリアへの外国軍の干渉は、民衆による民主化運動への支援ではなく、むしろあからさまな利権目当ての軍事介入である。                                                                                                 本書は、アラブ各国の状況を、各国の歴史と国家形成の差異、民衆の不満と要求のあり方、メディア、とりわけインターネットとアルジャジーラの影響に着目して、それぞれの特徴を描き出している。平易な語り口で、わかりやすい。国際政治経済の分析は弱いが、「アラブの春」の全体像を新書1冊で上手にまとめている。一般読者向けの解説としてかなりよくできている。                                                                                                          著者は、1973年、ベイルート生まれの中東問題専門家、というより日本赤軍の重信房子の娘として知られる。

ジュネーヴのサバティカル

今年度後期は勤務先からサバティカル(有給休暇)をいただいた。西欧の大学では、教員は7年に一度サバティカルというのがモデルだったようだが、日本だと10数年に一度が普通のようだ。私の勤務先は小規模なので、期間が一年ではなく半年だ。それでも夏休みを含めて、8月から来年3月まで8か月のお休みだ。                                                            数年前、「軍隊のない国家」の調査で世界中を回った。今回もどこか新しいところへと考えないでもなかったが、移動ばかりでは疲れるので、むしろなじみのジュネーヴに滞在することにした。                                                             ジュネーヴには1994年夏にはじめてやってきた。「北朝鮮核疑惑」問題が最初に浮上して、在日朝鮮人の子どもに対する差別と暴力事件が起きたので、被害調査をして、当時の国連人権委員会差別防止少数者保護小委員会に報告に来たのが最初だ。「国連なんて帝国主義諸国の利害調整機関にすぎない」と決めつけていたが、人権機関の様子を見ると、第三世界諸国が盛んに発言し、人権NGOも活躍している。「日本軍慰安婦」問題の議論も盛んになされている。これは重要かもしれないと思った。結局それ以来20年、春休みと夏休みにジュネーヴに通い続けることになった。                                                                                                   現在は、国連人権理事会、人権高等弁務官事務所、そこで開催される人種差別撤廃委員会、拷問禁止委員会、自由権規約委員会などを傍聴して、資料を収集し、時にはNGOの代表として発言もできる。来週から国連人権理事会諮問委員会が始まる。                                                                                                                    2日、ジュネーヴ(スイス)に来て、郊外のグランサコネの丘の上の山小屋に滞在している。ジュネーヴの写真はブログに何度もアップした。たとえば。                                                                                                                                  http://maeda-akira.blogspot.ch/2010_08_01_archive.html                                                                                                                             7月は、いつにもましてハードスケジュールだった。週8コマの授業、学期末試験と採点、原発民衆法廷東京公判、領土とナショナリズム討論集会、反レイシズム・取調拒否権の集会などが続き、かなり疲れていたので、とりあえず数日はのんびり休養だ。涼しくで乾燥した爽やかなジュネーヴで骨休め。