Sunday, September 19, 2021

魂の帰郷、道の精神史

立野正裕『紀行 忘却を恐れよ』(彩流社、2021年)

https://sairyusha.co.jp/products/978-4-7791-2767-0

<コロナ禍により移動できなくなった旅人は故郷へ、日本国内へ、「思索」の旅をする。

第1部では故郷・遠野を軸に「語り」の世界を追究し、第2部では日本全国を舞台とした文学作品、映画作品を辿ることで思考をめぐらした。>

立野の「紀行」シリーズ10冊目である。30年余りに及ぶ旅の数々、その旅先での思索の数々を、この10年余の間に続々と著書として世に送り出してきた。

矢継ぎ早に「紀行」を送り出してきた立野は休む間もないのではないかと見えるが、旅先でいかに多忙であり、いかに北へ南へ移動し、いかに思索を巡らせようとも、その旅先こそが心の休まる時間でもあるのだろう。

第1部は、故郷・遠野の旅である。

第1章・花冷えの道 吉里吉里四十八坂

第2章・沖縄と遠野 三つの手紙

第3章・遠野物語の土俗的想像力

第4章・河童と羅漢 旱魃の記憶

第5章・語り部礼讃 遠野物語と千夜一夜物語

第6章・語り部の墓 佐々木喜善

第7章・忘却を恐れよ 大津波の跡

遠野における少年時代の記憶、文学研究者となってからの短い帰郷、そして3.11以後の様相を変えた「故郷」への帰還の折々に、柳田国男『遠野物語』を手掛かりに、あるいは東北の文学者たちの仕事、世界の文学の名作を手掛かりに、生きること、語ること、笑うこと、伝えることを、問い続ける。

表紙の写真「遠野荒川高原に立つマダの木」は著者撮影――「自分が何処を旅し、何処を漂泊しようと、自分のうちに一本のマダの木が根を張っている」。

第2部は、日本各地への旅であり、北海道、津軽に始まり、奄美まで南下するが、いったん秋田に戻り、最後は宮本武蔵の「我事に於て後悔せず」の読解で終わる。

第1章・北海道への旅 朱鞠内湖

第2章・津軽への旅 龍飛崎

第3章・若狭への旅 水上勉・古河力作・徳富蘆花

第4章・土佐への旅 物部川渓谷

第5章・奄美大島への旅 田中一村

第6章・秋田への旅 戸嶋靖昌

第7章・精神の旅 宮本武蔵と独行道

朱鞠内湖では殿平善彦らの空知民衆史講座による朝鮮人遺骨発掘に学びながら、立野は「自分の心を掘る」――歴史意識や人権意識の根源を探る。物部川渓谷では『きけわだつみのこえ』の木村久夫の遺書を手掛かりに、カーニコバル島のスパイ事件に思いをめぐらせ、「処刑までの日々の揺れ動く心のありようを、絶望と怒り、諦念と執着、感動と感謝、敬虔と慎み、その一つ一つに向き合っ」た木村の「運命」――絶望と将来の世代へのかすかな希望に目を向ける。

旅する文学者が辿り着いた境地

https://maeda-akira.blogspot.com/2020/01/blog-post_11.html

遡行する旅、氾濫する旅

https://maeda-akira.blogspot.com/2017/03/blog-post_5.html

文学者が旅するということ

https://maeda-akira.blogspot.com/2015/06/blog-post_14.html

Saturday, September 18, 2021

スガ疫病神首相語録60 ZOOMは踊る

ジミン総裁選がいよいよ始まった。917日、告示。29日、投開票。

マスコミ・ジャックと呼ばれるように、総裁選報道に名を借りたジミン大宣伝が全国にいきわたっているが、国際社会はほとんど関心を持っていないと言う。

 

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ジョー――もしもし、ボリス、お前の予想は全くアテにならないな。「日本ジミンの総裁選は、アメリカで言えば民主党の大統領候補選びに匹敵するから、政治家の理念と構想が語られるはずだ。しっかり見ておこう」、だなんて、まったく違うじゃないか。時間の無駄だった。

ボリス――いや~すまん、すまん。うちの保守党でも党首選びの時は、候補者は政治家としての見識を問われるから、世界観、文明観の基本に立ち返って演説するし、党員だけでなく国民全体に語りかけるんだが。日本はどうも違うようだ。アベさんに忖度とか言って、前々首相の犯罪を隠蔽することが最大の課題になるなんて、不思議なものだ。

エマニュエル――派閥がどうとか、女系天皇がどうとか、そんなこと言われても我々には何のことだか。日本には日本のやり方があるのだろうけど、地球環境が丸ごと危機に陥っている時に、地球的視野の見識のないお子様が出て来るのは困りものだね。私は独立系の大統領候補だったから、全党派、全国民に直接語りかけると同時に、全欧州に、そして全世界に向けて演説したものだ。そうしないとフランスではやっていけない時代だ。

アンゲラ――キリスト教民主同盟なら、党首になるどころか、議員資格が疑われるわよ。脱原発と言っていたのに、突如、封印ですって。政治家としての信念に基づいてのことならまだしも、派閥のボスに気兼ねして意見を変えたなんて、信じられない。クズね。

ウラジミール――だから言っただろう。日本の政治家には見識もなければ、責任意識もない。我が家の飼い猫並みの知性もない。公文書を改ざんするか、文字が読めず漫画を読むか、パンケーキを食べるかしかできない連中だ。ウオッカをガブッと煽る力量もない。

アンゲラ――あなたはただのアルコール依存症でしょう(笑)。

ウラジミール――あんたは相変わらず、きついな。それにしても、ロシアの野党がみな日本の政治家だったら最高に楽なんだがな。ナワリヌイみたいなやつは日本に強制送還して、代わりに日本の政治家を拉致してこようかな。

ボリス――やっぱり、ウラジミールはナワリヌイを不当弾圧してたのか。

ウラジミール――冗談だよ。怒るな。

ジョー――うちのドナルドも引き取ってくれないか()

ウラジミール――それだけは勘弁してくれ。ドナルドはヤンゴンかカブールに送ってくれ。カブールで地雷を踏んだことにすれば大丈夫だ。

エマニュエル――おいおい、本音を言っちゃだめだ。壁に耳あり、障子に目ありというからな。

アンゲラ――日本のことわざを勉強してるのね。今はZOOMに録音ありよ。

エマニュエル――でも、野党のトレードはいい案かもしれないぞ。うちの黄色いベスト運動には手を焼いてるんだ。奴らを日本に送り込んで、日本のリッケンミンシュをパリに招待しよう。そうすればわが政権は安泰だ。昼寝してても大丈夫。

ジョー――でも日本にはコミュニストがいるぞ。パリについて行ったらどうするんだ。

エマニュエル――「敵の出方論」を封印したそうだから、黄色いベスト運動のようなことにはならないさ。

ボリス――ロックバンドのドラマーだったという女性候補がいたな。日本も案外、破天荒かもしれない。ジョン・ボーナムやニック・メイスンの女性版が首相候補というのはなかなかイケテるぞ。

アンゲラ――女性候補が2人というのは初めてのようよ。ここは評価できるわ。

ウラジミール――女が政治に口を出したらおしまいだ()

ジョー――まだそんなギャグを言っているのか。いくらロシアでも国民の支持を失うぞ。

ウラジミール――お前のところのカマラを見てみろ。人気は瞬間風速で、あとは転落あるのみじゃないか。

アンゲラ――ジョーが倒れたら初の女性大統領誕生って、世界中が期待してたんだけど(笑)。

ジョー――いい加減にしてくれ!! 私は元気だ!!

ボリス――怒鳴るなよ。タローのようにキレていては政治家は務まらないぞ。

エマニュエル――キレないやつほどすぐキレる(笑)。

ジョー――私がタロー並みだというのか!! 宣戦布告だな、これは。

エマニュエル――いいじゃないか、日本の首相が決まったらワシントンに呼びつけて命令するのがあんたのお楽しみだろ。

ジョー――知っていたか。スタッフも「子どもの使いに命令遊び」と呼んでいて、ホワイトハウスの伝統なんだ。待ちきれないから先にスガを呼んだくらいだ。今度、見学にこないか。パリに呼ぶときの参考になる。

エマニュエル――遠慮しとくよ。TOKYOからPARISはオリンピックだけにしておきたいからね。

Wednesday, September 15, 2021

非国民がやってきた! 002

三浦綾子『氷点(上下)』(角川文庫)

7月に田中綾『非国民文学論』(青弓社)を読んだ。ハンセン病療養者や徴兵忌避者を取り上げて、「抵抗の文学」や「反戦の文学」と区別される「非国民文学」という枠組みを設定する著作だ。

非国民がやってきた! 001

https://maeda-akira.blogspot.com/2021/07/blog-post_11.html

私は「抵抗の文学」や「反戦の文学」と「非国民文学」を区別せず、重なるものとして理解してきたが、田中綾の著書を読んで、「非国民文学」にはもっとさまざまな広がりがあるのだろうと思った。そもそもかつての日本では女性はすべて「非国民」扱いだったと言って構わないだろう。私が取り上げた女性非国民は、管野すが、金子文子、伊藤千代子、そして治安維持法と闘った女たちだが、他にも多くの非国民女性たちの歴史がある。

田中綾は三浦綾子記念文学館館長だという。私は三浦綾子をきちんと読んでいない。なんと、『氷点』だけだ。『銃口』を青年劇場で見た時にきちんと読んでおくべきだった。『銃口』はまさに非国民の闘いだが、それ以前に三浦綾子は小林多喜二の母をモデルにしたと言う『母』を書いている。にもかかわらず三浦綾子による「非国民文学」を私は読んでいない。遅まきながら少しは読まなくてはと思い、まずは、確かに読んだのに、いつ読んだかさえ定かでない『氷点』を読んだ。

三浦綾子(19221999)のデヴュー作であり、大ベストセラー、代表作である『氷点』は196412月から朝日新聞に連載され、その後、単行本になったという。映画化され、何度もテレビドラマになった。映画は見ていないが、テレビの一部を確かに見た記憶がある。小説を読んだのは高校時代か大学時代だと思うが、定かでない。大雑把なあらすじは、その主題が明確なだけに、覚えているが、細部は全く覚えていない。唯一覚えているのは、最後のどんでん返しに不満を持ったことだけだ。

『氷点』の主題は人間存在の根源に関わる原罪である。三浦綾子自身が、幼い時に妹を亡くしており、肺結核の療養中に洗礼を受けてクリスチャンとなり、愛と信仰を生きた作家である。その後の30数年に及ぶ作家活動で送り出した数々の名作においても、問い続けた主題である。生涯をかけたテーマと言って良いだろう。

「大衆文学」と「純文学」が截然と分けられていた時代に、「大衆文学」の代表作ながら、日本の「純文学」がなしえなかった問いに挑み続けた稀有の作家である。江藤淳が「この作品は文壇への挑戦である」と言ったという。その後の日本文学史において、三浦綾子の名前が登場しない文学史がいくらでもある。まして文壇史には一切登場しない。だが、どちらが文学の名にふさわしいか言うまでもない。

と、ここまで書いて思い出した。岡和田晃()『北の想像力――《北海道文学》と《北海道SF》をめぐる思索の旅』(寿郎社、2014年)にも三浦綾子は登場しない。「《北海道文学》と《北海道SF》をめぐる思索の旅」と銘打った800頁の大著である。

 「安部公房・荒巻義雄の古典的作品から清水博子・円城塔の実験的作品、アイヌ民族の口承文学、北海道が描かれた海外作品、北の風土にかかわる映画・アニメ・ソフトウエア・音楽にいたるまで――。ジャンルを超えた批評家たちの倦まざる批評実践によって日本近代文学の限界を炙り出し、〈辺境文学〉としての北海道文学と北海道SFを〈世界文学〉〈スペキュレィティヴ・フィクション〉として読み直すことで、文学とSFの新たな可能性を〈北の大地〉から見出した、空前絶後の評論大全、北海道の出版社から刊行。」

 この宣伝文句にふさわしい大著であり、私も感銘を受けた。北海道出身なのに、北海道文学に無知であり、荒巻義雄のファンであるが、他の北海道SFを知らない私にとって、『北の想像力』は素晴らしいナビゲーターだ。しかし、『北の想像力』に三浦綾子は出てこなかったと思う。

確認したところ、やはり出てこない。「《北海道文学》と《北海道SF》をめぐる思索の旅」に北海道文学の最高峰・三浦綾子の名前が登場しないのは信じがたいことだ。編者である岡和田に何らかのポリシーがあって、三浦綾子には絶対言及しないと決めたのだろうか。よくわからない。

『氷点』をかつて読んだ時に気にも留めなかった、忘れていたことで2つ。

1つ、主人公夏枝の友人の辰子のセリフに、戦争中に東京で付き合った男のことが出て来る。

「相手はマルキストでね。節を曲げずに獄死したのよ。万葉集なんか読んでね。死なすのが惜しい人だった。」

非国民という観点からは気になるセリフだ。これ以上のことは分からないが、小林多喜二をはじめ、治安維持法と闘い、倒れた人々を想起する。

もう1つ、主人公啓造が娘陽子を連れて、アイヌの墓地に連れて行くシーンだ。

「ここがアイヌの墓地だよ。旭川に住んでいる以上、一度は陽子にも見せたかったのだがね」。

「明治三十八年には一万坪だったアイヌ墓地が、今は九百五十坪に減らされたということだけでも、アイヌの人たちに気の毒なことだと啓造は思った。」

この文章を三浦綾子は1964年に書いた。その後、半世紀を超える歳月、この大ベストセラーのこの文章を日本文学は如何に読んできただろうか。

アイヌ遺骨返還が裁判で戦われている現在、つまり日本の学問と行政がアイヌの墓地を暴いて盗んだ遺骨をいまだに返さない現在、私たちはこの一節をどう読むのか。

ヘイト・スピーチ研究文献(187)日仏比較

野口有祐美「日仏のヘイトスピーチに対する法規制に関する一考察」『法学研究』94巻1号(2021年)[慶応義塾大学]

はじめに

一 日本のヘイトスピーチ規制法

1 歴史的・社会的背景

2 法成立当時の政治的要因

3 法的側面

二 フランスのヘイトスピーチ規制法

1 プレヴァン法

2 ゲソ法

終わりに

本論文は、日仏「両国の国会審議資料及びヘイトスピーチに関する専門家の論文・著作を基礎として、両国の差異の背景を、主にヘイトスピーチ規制法の立法過程から検証することを試みる」として、両国の規制法の差異の理由を探ることを課題とする。

日本については、ヘイト・スピーチ解消法の制定過程をフォローし、それ以前には規制法が存在しなかった理由、国際人権法の要請の強まり、ヘイト現象の流行から解消法が制定された理由を解明する。規制しない規制法としての解消法が「現時点での法的論争の最善の帰結」という。手堅い分析であるが、すでに多くの論者が指摘してきたことと同じである。

フランスについても、プレヴァン法とゲソ法の制定過程として国会への法案提出、そして国会審議における議論を紹介している。フランスではなぜ、どのようにして両方が成立したのかわかりやすくまとめている。

その上で、日仏の「比較」を行うとしているが、規制するフランスと規制しない日本の差異を、規制しないのが「最善の帰結」という立場で見ているため、差異を確認して終わりというのが実情である。「異なる背景・歴史」「アプローチの仕方も異なる」として、第一に問題の政治的な場での発言のプロセスの違い、第二に法成立当時の政治的要因の違い、第三に表現の自由の捉え方の違いである。

「このように、差別的言論の規制に対して歴史的・社会的・政治的・法律的な合意が戦前からある程度あったフランスに対し、差別について語られること自体が少なく、規制をしないことへの暗黙の了解があった日本で、フランスのように厳格な対処がされてこなかったのは、当然の帰結であると言える。」という著者は、ヘイト・スピーチについては法規制をしないことを是としつつ、差別の撲滅のためにどのように対処するかについての議論を続けることが必要と言う。

論旨は明快であり、読みやすい論文である。研究論文としてはいささか疑問がないではない。特に先行研究のフォローがほとんど行われていない。被害についても、法規制の可否についても、比較法情報についても、解消法の制定過程についても、数多くの先行研究があるが、ごくごく一部を利用しているに過ぎない。

フランス法についてはすでに光信一宏の詳細な研究があり、それを引用しているが、先行研究に何を付け加えることができているのか、その点で心もとない。フランス法については成嶋隆、曽我部真裕の研究も重要であるが、引用されていない。フランス法の制定過程の論述は一次資料を調査したとは見えないし、フランスにおける研究論文についても調査を行っていない。たまたま入手したごく一部の文献に依拠している。研究論文の検討も判例分析もなされず、フランス法について検討する場合に必須の欧州人権裁判所への視線も見られない。

Sunday, September 12, 2021

スガ疫病神首相語録59 さなえちゃんを消したの

ジミン総裁選がいよいよ始まる。史上初の女性総裁・宰相をめざすサナエは3本柱の政策を掲げて総裁選に挑む。

 

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――サナエ候補からの所信表明でした。それではただいまから質疑応答の時間といたします。まず幹事社のアサッテ新聞の鶴さん。

 

――サナエ前総務大臣、ありがとうございます。アサッテ新聞の鶴から、政策3本柱について伺います。1本目がアベさんの言いなり、2本目がアホノミクスならぬサナエノミクス(さなえのみ、くすっと笑う)、3本目がモリトモ隠しでしたね。

 

サナエ――それは当初の3本柱です。その後、4本目に靖国神社参拝、5本目にアフガニスタン情勢の変化に伴う日米軍事同盟の見直しと先島諸島の防衛強化、6本目に政権を誹謗中傷するTV局の電波停止法をつくります。7本目に新型コロナ対策があります。特に新型コロナ対策では、わたくし、画期的な新政策を用意しております。「新型コロナ」という名称のため、国民の皆さんが不安を抱えていることから、名称変更いたしまして、「旧型コロナ」とします。これにより国民の皆さんの不安を一気に払しょくします。「なんだ普通のインフルエンザや風邪と変わらない」と思っていただければ、それだけで問題の半分が解消したようなものです。あとはワクチンと治療薬の開発が進んでいますから、前政権のように意味のない緊急事態宣言を発する必要もなくなります。

 

――週刊ブンブンの亀です。かつてマスコミでサナエ前総務大臣の経歴詐称問題が取りざたされたことがありますが、いかがでしょうか。トリゴーエさんが指摘していましたよね。

 

サナエ――失礼な。嫌がらせのハラスメント質問はやめてください。あなた、フミオの手先じゃないんですか。学歴詐称のユリコと一緒にしないでください。ジミンの政治家はマスコミから妬み、嫉みで、やれ学歴詐称だの経歴詐称だのと疑われるのはいつものことです。経歴に多少手を加えただけ、お化粧しただけじゃないですか。みんなやってることよ。だいたい、この国にはお化粧の自由もないんですか。アフガニスタンじゃないんですからね。

 

――続きましてアカフジテレビの猫です。ワクチンタロー大臣が脱原発や女系天皇という持論を封印して話題となっていることについて一言お願いします。

 

サナエ――タローさんにはタローさんのやり方があるんじゃないでしょうか。私は封印することも、隠すこともございません。原発はエネルギー政策としても防衛政策としても必須不可欠です。SDGsの観点からも原発再稼働を進めるのが良識です。いざという時の防衛のためにプルトニウムを備蓄しておくことも課題です。また、我が国は肇国以来、皇統連綿として男系天皇を戴いてまいりました。そのことを誇らしく思います。

 

――サンキュー新聞の猿です。先日の記者会見でサナエ前総務大臣は敵基地攻撃のための電磁波兵器を開発するとのことでした。

 

サナエ――よくぞ聞いてくれました。敵に攻撃されてからでは防衛はできません。国の安全を守るためには、憲法に従って専守防衛ですが、専守防衛のためには敵からの攻撃に対処しなくてはなりません。そのためには敵基地から攻撃が飛び立つ前に叩く必要がります。敵基地を無能化し、徹底破壊する。これぞ憲法9条に従った専守防衛の王道です。電磁波兵器を装備して、いざという時は確実に敵基地を叩く。私はこの国を守るためにやるべきことをやる決意でございます。

 

――電磁波兵器と仰るわけですが、本当に可能でしょうか。攻撃できるほどの電磁波を発すると、真っ先に日本に被害が起きるという説もありますが。

 

サナエ――何を言ってるんですか、「ドラゴンボール」のカメハメ波を知らないんですか。「宇宙戦艦ヤマト」の波動砲を知らないんですか。愛国者は長年の努力でいろんな電磁波兵器を開発してきたんです。

 

――サクランちゃんねるの馬です。サナエ前総務大臣は地震爆弾の開発にも余念がないと伺いましたが。

 

サナエ――これは極秘プロジェクトですから、詳しいことは言えませんが、軍事専門の研究所報告書によりますと、例えば東京で1000万人の住人が、ある日、ある時間に一斉に飛び上がって、1メートル上から着地すると膨大なエネルギーが発生します。これが地殻を伝わっていって大陸の首都を崩壊させます。

 

――素晴らしい。でも、その瞬間、東京は崩壊していませんか。

 

サナエ――国を守るためには多少の犠牲はつきものです。資源の少ないわが国で、防衛予算も限られているんです。もちろん、私が首相になれば防衛予算を増やしますが、それでも足りません。もっとも効率的な新型兵器を開発しなくてはなりません。憲法改正をして晴れて全方位攻撃態勢をくめるようになるまでの間、工夫が必要です。ですから、防衛省では極秘裏にナマズを養殖しています。秋篠宮のご指導のもと地震爆弾5Gを開発します。ことあるごとに我が国を誹謗する周辺諸国にはいつか目にもの見せてやらなくてはなりません。

 

――以上をもちまして質疑応答の時間を終了します。ありがとうございました。

 

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古井戸の「さなえちゃん」のメロディで

 

大学ノートの裏表紙に

さなえちゃんを描いたの

一日中かかって

いっしょうけんめい描いたの

でも鉛筆で描いたから

いつのまにか消えたの

総裁候補リストの

さなえちゃんが消えたの

もう会えないの もう会えないの

二度と会えないの

 

大学ノートの3ページに

タロー君を描いたの

一日中かかって

いっしょうけんめい描いたの

でもどんどんぶれるから

だんだんだんだん消えたの

大学ノートの3ページの

タロー君も消えたの

もう会えないの もう会えないの

二度と会えないの

 

大学ノートの隅っこに

イシバさんを描いたの

ほんとは嫌だけど

あとが恐いから描いたの

大学ノートの隅っこの

イシバさんも消えたの

もう会えないの もう会えないの

二度と会えないの

 

大学ノートのおもて表紙に

ボクを描いたの

一日中かかって

いっしょうけんめい描いたの

あんまり素敵だから

消すのはもったいないの

大学ノートのおもて表紙に

ボクは消えないの

ぜったい消えないの

ぜったい消えないの

ぜったい消えないの

 

と、フミオが毎晩、お風呂で歌っていると専らの噂

 

 

古井戸 さなえちゃん 1972

https://www.youtube.com/watch?v=NyT4ixnhQyw

Friday, September 10, 2021

沖縄に対する植民地主義を終わらせるために

高橋哲哉『日米安保と沖縄基地論争――〈犠牲のシステム〉を問う』(朝日新聞出版)

https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=23033

<依然として7割以上の米軍基地が集中する沖縄。国民の8割が日米安保に賛成するなか、人口1%に「犠牲」を押し付けるシステムは正当なのか。基地の「本土引き取り」を提唱する著者が、様々な論争からこの国の"差別政策"の所在を示す。>

「犠牲のシステム論」を発展させ応用した『沖縄の米軍基地――「県外移設」を考える』で基地引き取り論を提唱した高橋の最新刊である。

「県外移設」「基地を引き取れ」と呼びかける沖縄の声に応答し、日米安保体制を選択し、日本を守るために米軍基地を容認し、これを沖縄に押しつけてきた「本土」の一員の「責任」として「基地引き取り論」を展開した前著は、「琉球新報」「沖縄タイムス」をはじめとする沖縄メディアで論争を呼び起こした。

「植民地主義者」であり続けることを是認しないために、思想的かつ実践的に提起された議論である。

高橋が哲学研究者であるため、基地引き取り論は思想的、哲学的にのみ提示されていると決めつけ、運動論としては異なるのだと受け止める向きもあるようだが、高橋の基地引き取り論を思想的、哲学的と限定する理由はない。

むしろ、日本という国の政治主体として、主権者として、その一員として、安保体制を前提とせざるを得ない現状では、まず基地引き取りを、そして安保の解消をと求める立場は、実践的でもある。

本書で高橋は、基地引き取り論への批判に応答する。

沖縄の映像批評家・中里効、沖縄近現代文学・ポストコロニアル批評の新城郁夫、思想史家・鹿野政直、ドールーズ=ガタリをはじめとする現代思想研究者の廣瀬純と佐藤嘉幸、そして社会思想史の大畑凛――いずれも私たちが敬愛してきた研究者であり、豊かな研究業績、鋭い分析、幅広い視野で私たちに思想と理論の輝きを教えてくれた論客である。高橋の基地引き取り論がそれだけ論争誘発的な意欲作だったためである。

ただ、これらの優れた思想家と高橋の間には随分と大きなすれ違いがある。なぜ、これほどの論客達が高橋の著述をこれほど誤読してしまうのか、いささか不思議な思いをすることも少なくない。

「戦後責任論」「靖国論」以来、長い間、私は高橋の著作に多くを学んできた者の一人であり、高橋に説得されてきた者の一人である。基地引き取り論についても、基本的に「高橋派」ということになる。

私自身、植民地主義批判、レイシズム批判を研究の基軸に据えてきたつもりである。私の問いは「私たちはなぜ植民地主義者になったのか」である。

「私はなぜ植民地主義者になったのか」――沖縄=琉球について言えば、「500年の植民地主義」「150年の植民地主義」「70年の植民地主義」が積み重なって、沖縄=琉球差別が歴史的に続いてきており、基地押しつけはその一例である。

「植民地主義者であり続けたくない」と考えるのなら、沖縄=琉球差別をいかにやめることができるかを考えなければならない。内心における偏見や差別に留意するだけでは、それは果たせない。現に眼前にある制度的法的歴史的な「構造的差別」を解体する思想を紡ぎ出すことなしに「植民地主義批判」をすることはできない。

それゆえ、私も基地引き取り論者であるが、それを前面に打ち出しては来なかった。友人達と数年間取り組んだ沖縄=琉球シンポジウムで高橋に講演をしてもらったり、新横浜のスペースオルタで高橋にインタヴューする中で基地引き取り論を受け止めてきた。

高橋哲哉・前田朗『思想はいまなにを語るべきか 福島・沖縄・憲法』(三一書房)

https://31shobo.com/2018/02/18006/

私自身は、琉球独立論により関心を持って受け止めてきた。まず独立論、それと並行して基地引き取り論ということになる。それができない段階においても沖縄ヘイトに反対し、差別を批判し続けることに変わりはない。

いずれにせよ、高橋の冷静で、ていねいな応答によって、基地引き取り論をめぐる論争は新しい段階を迎えることになる。そして、重要なのは、沖縄からという以上に、「本土」の側から、きちんと応答することである。

Thursday, September 09, 2021

スガ疫病神首相語録58 退任記者会見Show Must Go On

9月9日、スガは新型コロナの緊急事態宣言延長を決めて、記者会見を開いた。会見では、総裁選不出馬の理由、一年間の総理としての仕事を振り返る発言も。

 

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え~、この度、党総裁の任期切れに伴いまして、もろもろの役職も併せて、無事、退任の暁となりました。まとめて退任のご挨拶といたします。

今日は原稿を用意しておりませんので、棒読みにはなりません。読み間違いや読み飛ばしもありません。私、一世一代の晴れ舞台の意気込みです。

えっ、退任あいさつが晴れ舞台かって、そうなんです。私、一年前は何もしないうちに首相になりましたからね。気がついたら総裁候補になって、目が覚めたら首相になっていたくらいです。

 思い起こせば、一年前の夏、投げ出し常習の前任者がまさかの政権投げ出しに走りまして、不肖、私が党総裁に選出されたのでありました。何の苦労もせずに首相だなんて夢のようでしたが、悪夢の始まりでしたね。

 就任以来、新型コロナ対策に追われ、モリ・カケの隠蔽工作に追われ、大変でした。なんで私が尻拭いないのかと思いつつも、政権運営を安定させるためには、とにかく嘘、ごまかし、恫喝に走るしかありません。まあ、嘘も恫喝も十八番ですが。

 一年間の任期中の実績をどのように評価するか。自分で成績をつけるというような僭越なことは致しかねますが、歴史の評価に耐えうる仕事に精励したと言って良いのではないでしょうか。

 何よりも、明かりが見えてきました。私の不出馬宣言によって、世の中一気に、確かな明かりが見えてきたのではないでしょうか。凄いことです。私の人徳のなせる業です。

一年以上にわたって、暗いトンネルの中を一歩一歩手探りで歩いてきました。特に観光業と飲食業のみなさんの心痛は、わがことのように感じております。

 何とか窮状を打開しようと、Go To トラベルという妙策を発案しまして、周囲の反対を惜し切って実施しました。見事、感染者急増という画期的な成果をあげることができました。一番の成果は「窮状」という言葉を普及させたことです。政治の世界から「9条」という嫌な言葉が消えてなくなったのも、私の実績です。

アフガニスタンにも自衛隊機を飛ばしました。1人しか救出しなかったって、そんなことはどうでもいいんです。飛ばすことが大事なんですから。

 新型コロナ対策では後手後手との厳しいご批判をいただきましたけれども、ワクチン普及によりまして、8000人の命が救われたという厚生労働省の報告も出ています。私が救ったのですから、国民栄誉賞ものですね。人間国宝でもいいくらいです。退任前に推薦手続きをしておこうかな。

1万7000人が死んだと言う方もいますが、それは前任者が新型コロナ対策に着手するのが遅れたためではないでしょうか。野党が結束して足を引っ張ったことも死者の増加を加速させたのではないでしょうか。

 ワクチン接種につきましては、なんとしてでもこれを実現したいという熱意と意気込みで、ワシントン訪問の折にファイザー社のCEOにお電話をしまして、ワクチンを確保した次第です。私の英断によって多くの国民の命を救うことができたのですから、私は救国の英雄として歴史に刻まれるに違いありません。

電話なら東京からかければよいなどと、間の抜けたことを言う輩もおりますが、たとえ無意味に思えるようであっても、わざわざワシントンへ出かけて電話をするという誠意を見せることが、何よりも大切なことではないでしょうか。

 就任当初から、次々と話題を提供することができました。国民の皆さんを驚かせる話題づくりの才能では、M1グランプリから出演依頼が来たほどです。

学術会議任命拒否問題では、誰を拒否したのかわからずに拒否した次第ですが、見事に的中していたのは私の人徳のなせる業です。携帯料金値下げ、デジタル庁設置、そして皆さんにお楽しみいただいた東北新社問題も懐かしい青春の思い出です。

 そして何と言っても東京オリンピック・パラリンピック2020―2021です。これで私はレジェンドとなりました。IOCのバッハ会長と私は、傲慢、空気が読めない、反省しない、反論を許さないという完璧なコンビぶりを発揮して、M‐1グランプリ制覇を果たすことができたのではないでしょうか。

 総裁選でだれを支持するかですか。いや、まだ始まっておりませんから、立候補者が揃ってから考えたいと思います。

 出馬には物凄いエネルギーが必要で新型コロナ対策に専念したいから不出馬なのに、ワクチン担当大臣が出馬するのはおかしい、ですか。いろいろご意見はあるかもしれませんが、政治の世界はなんとかも方便、舌の根もなんとやら、です。

 私だって、ニカイヨウカイナンカヨウカイから「恩知らず」と罵倒されるまでは、出馬しよう、何とかなると思ってましたからね。

 ですから、何とかなります。誰が総裁になっても、誰が総理になっても大丈夫です。私だってできたんですから。

それに政治は変わりません。ジミンは変わりません。誰が総裁になっても、誰が総理になっても、茶番は変わりませんから。Show Must Go Onですよ。

 

 

Queen - The Show Must Go On

https://www.youtube.com/watch?v=t99KH0TR-J4

 

 

Empty spaces.

What are we living for?

Abandoned places.

I guess we know the score,

On and on.

Does anybody know what we are looking for?

 

Another hero,

Another mindless crime

Behind the curtain

In the pantomime.

 

Hold the line.

Does anybody want to take it anymore?

Show must go on.

Show must go on.

 

Inside my heart is breaking.

My make-up may be flaking.

But my smile still stays on.

 

Whatever happens,

Ill leave it all to chance.

Another heartache,

Another failed romance.

On and on.

Does anybody know what we are living for?

 

I guess Im learning.
I must be warmer now.

Ill soon be turning
Round the corner now.

Outside the dawn is breaking,
But inside in the dark I
m aching to be free.

Show must go on.
Show must go on.

Inside my heart is breaking.
My make-up may be flaking.
But my smile still stays on.

My soul is painted like the wings of butterflies.

Fairytales of yesterday will grow but never die.
I can fly, my friends.

Show must go on.
Show must go on.

Ill face it with a grin.
I
m never giving in

Oh
with the show.

Ill top the bill,
I
ll overkill.

I have to find the will to carry on with the show.
On with the show.
Show must go on.

エルトン・ジョン参加版

Queen Elton John & Tony Iommi - The Show Must Go On

https://www.youtube.com/watch?v=MqesIQa_4xw

モントルーでフレディ生誕70年記念

The Queen Extravaganza - The Show Must Go On

https://www.youtube.com/watch?v=uo6N01-3wYM

Wednesday, September 08, 2021

RAWAと連帯する会9.24オンライン講演会

RAWAと連帯する会9.24オンライン講演会

「アフガンニスタン混迷の20年を問う――女性の権利を求めるRAWAの闘いは今」

 

9月24日オンライン講演会

時間:19:00~20:40

清末愛砂(RAWAと連帯する会共同代表・室蘭工業大学教授)

前田  朗(RAWAと連帯する会共同代表・東京造形大学名誉教授)

参加費:無料

 

Zoomミーティングに参加する:

https://us06web.zoom.us/j/84008775567?pwd=WFRUYzE5VVYvV1ZuVkY3L3ZkSmYydz09

ミーティングID: 840 0877 5567

パスコード: 200510

予約はいりません。

当日、上記のパスコードを入力してご参加ください。

 

RAWA(アフガニスタン女性革命協会)は1977年にミーナが設立した女性の権利運動団体です。ミーナはイスラム原理主義者によって暗殺されましたが、ムジャヒディンによる暴力に抗し、タリバーンによる抑圧に抗して、一貫して女性の権利と民主主義を求めて闘ってきました。

RAWAと連帯する会は、2004年にRAWAに学び、RAWAと連帯するために設立されました。きっかけとなったのは、9.11後のアフガニスタン戦争におけるアメリカの戦争犯罪を裁くために開催された「アフガニスタン国際戦犯民衆法廷」でした。法廷のための実行委員会にRAWAが参加し、全面協力してくれました。

これまでに下記の著書を公にしてきました。

アフガニスタン国際戦犯民衆法廷実行委員会『アフガニスタン女性の闘い――自由と平和を求めて』(耕文社、2003年)

http://www.mdsweb.jp/doc/802/0802_08b.html

メロディ・チャビス『ミーナ』(耕文社、2005年)

http://mdsweb.jp/doc/882/0882_08b.html

清末愛砂・前田朗・桐生佳子『平和とジェンダー正義を求めて――アフガニスタンに希望の灯火をアフガニスタン』(耕文社、2019年)

https://honto.jp/netstore/pd-book_29909933.html

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784863770584

さらに清末愛砂(RAWAと連帯する会共同代表・室蘭工業大学教授)さんは下記の著書を出版しました。

清末愛砂『ペンとミシンとヴァイオリン――アフガン難民の抵抗と民主化への道』(寿郎社、2020年)

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784909281272

清末愛砂『“世界”がここを忘れても―アフガン女性・ファルザーナの物語』(寿郎社、2020年)

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784909281265

Tuesday, September 07, 2021

ファクトシート:ヘイト・スピーチ(欧州人権裁判所)(6)

*最終回である。

 

*ガロディ事件、ル・ペン事件、ペリンチェク事件は知っていたが、大半の判決は全く知らなかった。欧州人権裁判所の研究者は日本にも何人もいて、欧州人権裁判所の判例についての本も出ているが、ヘイト・スピーチについてはあまり紹介されていないのではないだろうか。この10年間、ヘイト・スピーチを巡る議論が行われてきたのに、欧州人権裁判所の判決がきちんと紹介されてこなかったのはなぜだろう。

 

*以下の紹介における固有名詞の表記について、現地語の発音を調べていない。各国の法制や社会状況を調べていない。このため、事案の内容が正確にわからない場合がある。

 

「ファクトシート:ヘイト・スピーチ」は、「条約の保護の適用除外」「条約第10条(表現の自由)の保護に関する制限」「ヘイト・スピーチとインターネット」の3つのテーマに分けて、多くの判決を紹介する。

 

以下では最後の「ヘイト・スピーチとインターネット」の部分を紹介する。

 

デルフィ対エストニア事件(2015616日、大法廷)

本件は、欧州人権裁判所がインターネット・ニュースポータルの利用者によるコメントに関する責任について、申立てを検討した初めての事件である。申立企業は商業のため二ニュースポータルを運営していた。フェリー会社についてのオンライン・ニュース記事の下に読者が書き込んだ攻撃的コメントについて、申立人は国内裁判所から刑事責任を問われた。フェリー会社の所有者の弁護士の要請により、申立人は書き込みから6週間後に攻撃的書き込みを除去していた。

欧州人権裁判は条約第10条(表現の自由)の侵害がなかったと判断した。欧州人権裁判所はインターネットの利便性、すなわち表現の自由のために前例のないプラットフォームを提供していることと、インターネットの危険性、すなわちヘイト・スピーチや暴力を煽動する言説が瞬時に世界中に拡散され、それが残り続けることの間の紛争の現実について初めて言及した。欧州人権裁判所はさらに、問題の書き込みの違法な性質は、書き込みの大半がフェリー会社の所有者に対する憎悪又は暴力を煽動するもので会たことに基づいていると判断した。それゆえ、条約第102項の下で、前になされた書き込みに利用者が書き込み、実名であれ匿名であれ利用者が明らかに違法な書き込みをした場合の、商業ベースのプラットフォームを提供する、インターネット・ニュースポータルの義務と責任に関する事案は、他人の人格権を侵害し、ヘイト・スピーチ及び他人に対する暴力への煽動にあたる。第三者の利用者の書き込みがヘイト・スピーチの形式であり、個人の身体の統合に対して直接脅威となる本件のような事案では、欧州人権裁判所は、他人の権利と利益及び社会全体の利益が、締約国に、インターネット・ニュースポータルに関する責任を課している。もし明らかに違法な書き込みを遅滞なく削除する措置を取らなければ、条約第10条に違反していなくても、被害者や第三者からの告知がない時でさえも、削除する措置を取らなければ責任が生じうる。この点での具体的な評価に基づいて、特に問題のコメントの極端な性質、商業ベースで運営された専門的ニュースポータルに申立会社が投稿した記事への反応として投稿された事実、ヘイト・スピーチ及び暴力を煽動する言説に当たるコメントが出たのち遅滞なく申立会社が削除措置を取らなかったこと、責任を問われるコメントの投稿者の見通し、及び申立て会社に課された制裁(320ユーロ)が穏当なものであることなどを考慮に入れて、欧州人権裁判所は、エストニアの裁判所が申立て会社に責任を認めたことは、ポータルの表現の自由への政党で均衡のとれた制限であるとした。

 

マギャー・タータロムゾルガルタトク・エギュシュレテ及びインデックス.hu Zrt対ハンガリー事件(20162月2日)

本件はインターネット・コンテンツ・プロバイダーとインターネット・ニュースポータルの自己規制組織が、2つのウェブサイトにビジネスを批判して意見が書き込まれたため、ウェブサイトに投稿された卑猥で攻撃的なオンライン・コメントについての責任に関する事案である。申立人は、ハンガリーの裁判所が、申立人にはウェブサイトの読者が行ったコメントの内容を穏当なものにする義務があったとして、申立人に責任を問うたことについて、インターネットの自由な表現を越えると論じて、申立てた。

欧州人権裁判所は条約第10条(表現の自由)の侵害があったと判断した。裁判所は、書き込みは伝統的な意味での出版ではないが、インターネット・ニュースポータルは原則として義務と責任を負うと強調した。しかし、欧州人権裁判所は、ハンガリーの裁判所が申立人の件で責任観念について判断した際、競合する権利の間で、すなわち申立人の表現の自由の権利とウェブサイトの商業上の評判を尊重される権利の間で適切な比較考量をしなかった、と判断した。申立人の事案は、先述のデルフィ対エストニア事件とは異なる側面がある。デルフィ事件では、欧州人権裁判所は商業運営のインターネット・ニュースポータルにはその読破による攻撃的なオンライン・コメントについて責任があるとした。申立人の事案には、デルフィ事件のようなヘイト・スピーチと暴力の煽動という中核的要素がない。本件書き込みは攻撃的で卑猥であるが、明らかに違法な言説に当たらない。さらに、インデックスは経済的利益を持つと見られる大きなメディア企業の所有者であるが、マギャー・タータロムゾルガルタトク・エギュシュレテはそうした利益があるとは知られていない、インターネット・サービス・プロバイダーの非営利的自主規制組織である。

 

ピール対スウェーデン事件(201727日、許容性に関する決定)

申立人は、あるブログに匿名で書かれたオンライン書き込みで中傷された。申立人はそのブログを運営していた小さな非営利組織を相手に、第三者による書き込みに責任を持つべきだと民事訴訟を起こした。申立人の請求はスウェーデンの裁判所及び司法官によって拒否された。申立人は欧州人権裁判所に、この組織に責任を負わせなかったことによって、政府当局は申立人の名誉を保護せず、私生活を尊重される権利を侵害したと申し立てた。

欧州人権裁判所は申立てが明らかに誤っているとして許容されないと判断した。欧州人権裁判所は特に、本件のような事案では、私生活を尊重される個人の権利と、インターネット・ポータルを運営する個人または集団が享受する表現の自由の権利の間でバランスがとられなければならないとした。本件の事情に照らして、欧州人権裁判所は、国内当局が匿名コメントについて組織の責任を問うことを拒否する際に、公正なバランスを取らなかったと認定した。特に次の理由による。当該コメントは攻撃的であるが、ヘイト・スピーチや暴力の煽動には当たらない。非営利組織が運営する小さなブログへの投稿である。申立人が申立ててから経過した期日。コメントがおよそ9日間しか掲載されていなかったこと。

 

スマジッチ対ボスニア・ヘルツェゴヴィナ事件(2018118日、許容性に関する決定)

本件は、戦争のさなかブルコ地方でセルビア人の村に行われた軍事作戦について、インターネットf・オーラムに一連の投稿を行ったため、国民、人種、宗教憎悪、不和、又は不寛容の煽動で有罪とされた申立人の件である。申立人は特に、公共の関心のある事柄について自分の意見を表明したために有罪とされたと申し立てた。

欧州人権裁判所は、申立ては明らかに誤っており条約第10条(表現の自由)のもとで許容されないと判断した。裁判所は特に、国内裁判所が申立人を有罪とするための正当事由が十分にあると注意深く検討した、と認めた。すなわち、申立人は、紛争後のボスニア社会言置ける民族関係という非常にセンシティブな問題に言及しながら、セルビア人に対する強く誣告する表現を用いたことを認定した。さらに、申立人に課された刑罰は執行猶予付きとコンピュータの没収であり、過剰なものではない。それゆえ、申立人の表現の自由の権利への介入は、法律に定められており、他者の名誉と権利を保護する正当な目的を追求したもので、条約の侵害の兆候を示していない。

 

ニックス対ドイツ事件(2018313日、許容性に関する決定)

本件では、申立人はブログにナチスの指導者の肖像とカギ十字を投稿したとして有罪とされた。申立人は、国内裁判所が、申立人のブログ投稿が、移民の背景から子どもたちに対する学校や雇用事務所の差別に抗議としようとしたことを考慮していないと主張した。

欧州人権裁判所は、申立ては明らかに誤っているので許容されないと判断した。申立人が全体主義のプロパガンダをするつもりはなく、暴力を煽動したりヘイト・スピーチをするつもりもなく、公共の関心事項について議論しようと考えたことは認められるが、国内裁判所は、申立人が「人目を惹く」装置としてナチス親衛隊長ハインリヒ・ヒムラーとカギ十字を用いたのであり、それは反憲法的組織のシンボルの利用を予防するために刑罰を科すことを法律が定めているものの一つ(いわゆる「伝達タブー」)であるとしたことを、非難することはできないと欧州人権裁判所は判断した。国内判例法は明らかに、こうしたシンボルの批判的利用だからといって、刑事責任を免れるのに十分とは言えず、ナチス・イデオロギーに明確に反対することが必要だとしている。申立人の事案では、欧州人権裁判所は、申立人がブログの投稿においてナチス・イデオロギーに明確に反対しなかったという国内裁判所の評価から離れる理由はないとした。それゆえ欧州人権裁判所は、国内当局は申立人の表現の自由への介入に妥当且つ十分な理由を示したのであり、本件では評価の限界を超えていないと結論付けた。

 

サヴァ・テレンティエフ対ロシア事件(2018828日)

本件は申立人がブログ投稿の書き込みにおいて警察官を侮辱する発言をして憎悪の煽動で有罪とされた事案である。

欧州人権裁判所は、条約第10条(表現の自由)の侵害があったと判断した。欧州人権裁判所によると、申立人の言葉は攻撃的でショックなものだったが、それだけで表現の自由への介入を正当化するのに十分とは言えないとした。国内裁判所は、申立人の書き込みの全体の文脈を見るべきであり、申立人は警察に対する身体暴力を呼びかけたのではなく、警察による介入に対して感じた怒りを表現するのに挑発的な仕方をしたに過ぎない。

 

ベイザラスとレヴィカス対リトアニア事件(2020年1月14日)

⑦「同性愛ヘイト・スピーチ」を参照。

 

                                    以上

Monday, September 06, 2021

ファクトシート:ヘイト・スピーチ(欧州人権裁判所)(5)

*以下の紹介における固有名詞の表記について、現地語の発音を調べていない。各国の法制や社会状況を調べていない。このため、事案の内容が正確にわからない場合がある。

 

「ファクトシート:ヘイト・スピーチ」は、「条約の保護の適用除外」「条約第10条(表現の自由)の保護に関する制限」「ヘイト・スピーチとインターネット」の3つのテーマに分けて、多くの判決を紹介する。

 

2の「条約第10条(表現の自由)の保護に関する制限」では、「暴力及び敵意の煽動の謝罪」、「テロリズムの容認」、「戦争犯罪の容認」、「国民アイデンティティの侮辱」、「過激主義」、「論争のある歴史意味内容を伴う旗の掲揚」、「同性愛ヘイト・スピーチ」「民族憎悪の煽動」、「国民憎悪の煽動」、「人種差別又は憎悪の煽動」、「宗教的不寛容の煽動」、「国家公務員の中傷」に関する判決を紹介している。

 

以下では、⑦「同性愛ヘイト・スピーチ」⑧「民族憎悪の煽動」、⑨「国民憎悪の煽動、⑩「人種差別又は憎悪の煽動」、⑪「宗教的不寛容の煽動」、⑫「国家公務員の中傷」を紹介する。

 

**********************************

 

    「同性愛ヘイト・スピーチ」

 

ヴェジデランドその他対スウェーデン事件(20122月9日)

本件で、申立人らは中学校で約100枚のリーフレットを配布したところ、裁判所によって同性愛者に対して攻撃的であると認定され、有罪とされた。申立人らは、「国民青年」という団体のリーフレットを生徒のロッカーに配布した。リーフレットには特に、同性愛は「逸脱した性的傾向」であり、「社会の大部分に道徳破壊的影響」を及ぼし、HIV/ AIDSの流行に責任があるという主張が書かれていた。申立人らによると、同性愛を集団として侮辱する表現をしようと意図しておらず、活動目的はスウェーデンの学校教育において客観性が欠けていることについて論争を始めることだと主張した。

欧州人権裁判所は、申立人が憎悪行為を直接呼びかけていないとしても、その主張は重大で偏見に満ちた主張であると認定した。裁判所によると、性的志向による差別は人種、出身、皮膚の色に基づく差別と同様に重大である。裁判所は、条約第10条(表現の自由)の侵害はなかったと結論付けた。というのも、申立人らの表現の自由の行使への介入は、スウェーデン当局によって、他者の名誉と権利の保護のために「民主主義社会において必要」であると合理的に認定されたからである。

 

ベイザラスとレヴィカス対リトアニア事件(2020年1月14日)

申立人らは恋愛関係にある若い男性2人であり、2人のうち1人に対してフェイスブックで憎悪コメントが書かれた件で予審捜査を開始することを当局が拒否したので、性的志向に基づいて差別されたと申し立てた。2人がキスしている写真がフェイスブックに投稿され、それに数百のオンライン・ヘイト・コメントが書かれた。LGBTの人々一般についてのものもあれば、申立人らを個人的に威嚇するものもあった。申立人らによると、性的志向に基づいて差別された。申立人らは捜査を拒否したことが、法的救済の可能性を失わせたと主張した。

欧州人権裁判所は、条約第8条(私的生活の尊重の権利)に照らして条約第14条(差別の禁止)の侵害があったと判断した。裁判所の認定によると、申立人らは性的志向に基づいて差別され、リトアニア政府は異なる取り扱いが条約が示す基準に合致していると示す正当事由を提示していない。裁判所によると、申立人らの性的志向が、申立人らが政府から取り扱いを受ける方法について役割を与えられ、予審捜査の開始を拒絶した際に、明らかに申立人らが同性愛であることを明示して不賛成を表明していたことは明らかである。こうした差別的態度は、申立人らがケイ所法のもとでの、心身の統合に対する攻撃を呼びかけられない権利が保護されなかったことを意味する。裁判所は、条約第13条(効果的救済の権利)があるのに、申立人らはその申立てについて効果的な国内救済を否定されたと判断した。

 

リリエンダール対アイスランド事件(2020512日、許容性に関する決定)

本件は、オンラインの記事に応答して、同性愛的発言を行ったことで有罪とされ、罰金を科された事案である。申立人は表現の自由の権利が侵害されたと申し立てた。

欧州人権裁判所は、条約第10条(表現の自由)の下で申立人の主張は明らかに誤りであり、その許容性は否定されると判断した。裁判所によると、申立人のコメントは判例法の意味におけるヘイト・スピーチに明らかに当たる。裁判所は、申立人のコメントが「重大で、深刻に有害で、偏見に満ちている」というアイスランド最高裁の認定を容認し、もともと論争を招いた決定は、LGBT問題に関する学校教育を強化する措置に関するものであり、こうした重大な反応を是認するものではなかったとした。国内裁判所の本件決定は、申立人の表現の自由と、ジェンダー及び性的マイノリティの権利の間で広範囲にわたってバランスをとるものであり、それゆえ合理性があって正当化される。

 

    「民族憎悪の煽動」

 

バルサイテ・リデイキーネ対リトアニア事件(200811月4日)

申立人は出版社を経営していた。20013月、ポーランドの裁判所は、申立人が行政犯罪法に違反したと認定した。彼女が「2000年のリトアニア・カレンダー」を印刷・配布し、政治学専門家の結論によると民族憎悪を助長するとされたためである。彼女は行政警告を受け、未販売のカレンダーは没収された。申立人は、カレンダーの没収とその配布の禁止が表現の自由の権利を侵害すると主張した。

欧州人権裁判所は、条約第10条(表現の自由)の侵害はなかったと判断した。裁判所によると、申立人は攻撃的ナショナリズムと自民族中心主義を表明し、ポーランド人とユダヤ人に対する憎悪を煽動する発言をしたので、リトアニア当局が重大関心を持つことになった。こうした状況で条約締約国に残された論評の限界に照らして、欧州人権裁判所は本件では、国内当局が論評の限界を超えていないと認定した。というのも、リトアニア当局は申立人に対して措置をとる社会的必要があると検討した。欧州人権裁判所によると、申立人に課された没収がかなり重大であるとみなされたとしても、申立人は罰金を課されることはなく、より穏当な行政罰呂して警告がなされたに過ぎない。それゆえ欧州人権裁判所は、申立人の表現の自由の権利に対する介入は、他者の名誉と権利の保護のために「民主主義社会に必要」と合理的に考えられるとした。

 

アタマンチュク対ロシア事件(2020211日)

本件は、ある会社員が地方新聞に書いた記事で非ロシア人について発言し、憎悪と敵意を煽動したとして有罪とされた事案である。

欧州人権裁判所は、条約第10条(表現の自由)の侵害はなかったと判断した。というのも、ロシアの裁判所は申立人を訴追し有罪とするのに事案の文脈で重要かつ十分な理由を示しており、申立人に刑罰を科すことを正当化する例外的事情があった。欧州人権裁判所によると、申立人が行った発言は、いかなる公共の議論にも寄与しないので、非ロシア人の地方住民に対して感情を掻き立て偏見に満ちていると国内裁判所が評価したことに同意できる。さらにロシアの裁判所は、ヘイト・スピーチに対する法律の文脈で判決が下されるとし、申立人に罰金を課し、2年間文筆・出版活動を行うことを禁止した。さらに、判決はジャーナリストではなく会社員である被告人にとって顕著な帰結を生むものではない。

 

    「国民憎悪の煽動」

 

へスル・ダウムその他対ポーランド事件(201410月7日、許容性に関する決定)

申立人らはポーランド国民を侮辱し、国民憎悪を煽動したとして訴追された。申立人らは第二次大戦後にポーランド人とチェコ人がドイツ人に行った残虐行為をドイツ語のポスターを掲げたために有罪とされたのは、表現の自由の権利を侵害したと訴えた。

欧州人権裁判所は国内救済を尽くしていないので申立ては許容されないと判断した。裁判所は、非難された刑法典の規定に対して憲法訴願をしていないので、申立人はポーランド法が用意した救済手続きを尽くしていないと判断した。

 

  「人種差別又は憎悪の煽動」

 

イェルシルト対デンマーク事件(19949月23日)

申立人はジャーナリストであり、「グリーンジャケット」と自称する若者集団の3人のメンバーに行ったテレビ・インタヴューから抜粋したドキュメンタリを制作した。インタヴューで、若者たちはデンマークにおける移住者と民族集団について口汚い軽蔑的発言をした。申立人は人種主義発言を教唆したことで有罪とされた。申立人は表現の自由を侵害されたと申し立てた。

欧州人権裁判所は、人種主義発言を公然と行った「グリーン・ジャケット」メンバーと、特定の青年集団に発言させ、分析し、説明しようとし、「当時すでに重大な公共の関心事項であった特定の問題」を扱おうとした申立人を区別した。ドキュメンタリは全体として人種主義者の見解や思想を宣伝する目的ではなく、公衆に社会問題を伝えようとするものであった。従って、裁判所は、条約第10条(表現の自由)の侵害があったと判断した。

 

スーラその他対フランス事件(2008710日)

本件は、「欧州の植民地化」というタイトル、「移住者とイスラムに関する真実」というサブタイトルの本を出版して、刑事訴追された申立人の事案である。刑事手続きの結果は、北及び中央アフリカ出身のムスリム共同体に対する憎悪と暴力の煽動ゆえに有罪となった。申立人らは表現の自由が侵害されたと申し立てた。

欧州人権裁判所は条約第10条(表現の自由)の侵害はなかったと判断した。裁判所によると特に、申立人を有罪とした際に、国内裁判所は当該著書で用いられた用語が軍事用語を用いており、読者に拒否と対立の感情を呼び起こし、民族再征服戦争を行うべしという著者の解決策を読者に共有させることになる。申立人の有罪を支える理由が十分かつ妥当なので、裁判所は申立人の表現の自由の権利への介入は、「民主主義社会において必要」なものである。最後に裁判所は、当該著書の非難された文章は、申立人の事件で条約第17条(権利濫用の禁止)の適用を正当化するほど十分に重大ではなかったとした。

 

フェレ対ベルギー事件(2009716日)

申立人はベルギーの国会議員であり、ベルギーの「国民戦線」という政党の議長であった。選挙運動の際に、数種類のリーフレットが配布されたが、そのスローガンは「ベルギーのイスラム化に反対して立ち上がれ」「見せかけの統合政策を止めよう」「仕事目当ての非ヨーロッパ人を送り返せ」であった。申立人は人種差別の煽動で有罪とされた。申立人は社会奉仕命令と10年間の議員資格はく奪を言い渡された。申立人は表現の自由の権利が侵害されたと申し立てた。

欧州人権裁判所は条約第10条(表現の自由)の侵害はなかったと判断した。裁判所の見解では、申立人の発言は明らかに、外国人に対する不信、拒絶、又は憎悪の感情を、公衆の知識の十分ない人々に掻き立てることに責任がある。申立人のメッセージは、選挙の文脈で行われたもので、反響を呼び起こし、明らかに憎悪の煽動に当たる。申立人の有罪は無秩序を予防し、他者の権利、すなわち移住者の共同体の権利を保護する利益という観点で正当化される。

 

ル・ペン対フランス事件(2010420日、許容性に関する決定)

事件当時、申立人はフランス「国民戦線」という政党の議長であった。申立人は特に特定の民族集団、国民、人種又は宗教の出身又はメンバーであること又はメンバーでないことを理由に、人々の集団に対して差別、憎悪、暴力を煽動したとして有罪とされた。理由は、申立人が新聞「ル・モンド」のインタヴューでフランスにおけるムスリムについて、行った発言である。申立人はとりわけ「今やフランスには500万どころか2500万ものムスリムがいる。奴らは負担となっている」と主張した。申立人は表現の自由が侵害されたと申し立てた。

欧州人権裁判所は申立ては許容されない(明らかに誤っている)と判断した。裁判所によると、申立人の発言は受入れ国における移住者の定住と統合に結びついた問題に関する一般討論の文脈で行われた。さらに、当該問題は時に誤解や理解不能をもたらすほど変容する性質のものであり、個人の表現の自由への干渉の必要を評価する際、国家に相当の裁量が委ねられる必要がある。しかし本件では、申立人の発言はムスリム共同体全体に拒否と敵意の感情を惹き起こしそうな物騒な方法で行われた。申立人は一方で宗教信条を明確に特定した共同体に対してフランスを対置し、当該宗教の成長がすでにフランス人の尊厳と安全に潜在的脅威となっていると主張した。国内裁判所が申立人を有罪とした理由は妥当且つ十分である。課された刑罰は均衡を欠いたものではない。それゆえ裁判所は申立人の表現自由の権利の享受に対する介入は「民主主義社会のいて必要」であったと判断した。

 

ぺリンチェク対スイス事件(20151015日、大法廷)

本件は、トルコの政治家である申立人がスイスで、1915年以後にオスマン帝国で起きたアルメニア人に対する大量強制移住と虐殺はジェノサイドにあたらないという見解を公然と表明したために有罪とされた事案である。スイスの裁判所は特に、申立人の動機は人種主義的、自国中心主義的であり、その発言は歴史論争に寄与しないとした。申立人は有罪と刑罰は表現の自由の権利の侵害であると申し立てた。

欧州人権裁判所は条約第10条(表現の自由)の侵害があったと判断した。アルメニア人大量強制移住と虐殺をジェノサイドと見るべきであることはアルメニア人共同体にとって極めて重要なことであるがので、裁判所によると、被害者の尊厳及び現在のアルメニア人の尊厳とアイデンティティも条約第8条(私生活の尊重の権利)による保護を受ける。それゆえ裁判所は条約上の2つの権利、表現の自由と私生活の尊重の権利のバランスを取らなければならず、本件事案の特殊な条件、用いられた手段の間の均衡性、及び達成されるべき目的を考慮しなければならない。本件では、裁判所は、本件では問題となっているアルメニア人共同体の権利を保護するために申立人に刑罰を科すことは民主主義社会において必要とは言えないとした。特に裁判所が考慮したのは次の諸要因である。申立人の発言は公共の利害のため二なされ、憎悪と不寛容を呼びかけるものではない。発言がなされた文脈はスイスにおいて緊張を高めたり、特別な歴史的意味合いを有するものではない。申立人の発言はスイスにおいて刑法による応答を要するほどアルメニア人共同体のメンバーの尊厳に影響を与えると見ることはできない。スイスには申立人の発言を処罰する国際法上の義務はない。スイスの裁判所はスイスにおいて証明されたものと異なる意見を声に出しただけの申立人を非難したように思われる。申立人の表現の自由の権利への介入が刑事法の有罪という重大な形態であった。

 

シムニッチ対クロアチア事件(2019122日、許容性に関する決定)

申立人はフットボール選手であり、フットボールの試合の観客に人種、国籍、信仰に対する憎悪を表明又はそそのかす内容のメッセージを発したために軽犯罪で有罪とされた。申立人は表現の自由が侵害されたと申し立てた。

欧州人権裁判所は、条約第10条(表現の自由)についての申立人の主張は明らかに誤っているので許容されないとした。申立人の表現の自由の権利への介入は妥当で十分な理由によって支持される。クロアチア当局は、申立人に比較的軽い罰金を課し、申立人が問題の文句を叫んだ文脈を考慮し、一方で申立人の自由な発言の利益、他方でスポーツイベントにおける寛容と相互尊重を助長する社会の利益の間で公正なバランスを取り、スポーツを通じた差別と闘おうとしたのであって、裁量の範囲内である。欧州人権裁判所によると特に、申立人は有名なフットボール選手であり、多くのフットボールファンにとって役割モデルでもあるので、挑発的な叫び声が観客の行動に与える否定的影響を配慮すべきであり、そうした行為を慎むべきであった。

 

「宗教的不寛容の煽動」

 

I.A対トルコ事件(2005913日)

出版社の社長兼責任者であった申立人は、心理学的哲学的な問題を小説形式で書いた著書を2000部発行した。イスタンブール検察官は、申立人がその出版を通じて「神、宗教、予言者及び聖書」を侮辱したとして起訴した。一審裁判所は申立人に2年間の刑事施設収容と罰金を命じ、刑事施設収容を罰金に減軽した。申立人が控訴したが、控訴裁判所は判決を支持した。申立人は有罪と判決が表現の自由の権利を侵害したと申し立てた。

欧州人権裁判所は、条約第10条(表現の自由)の侵害はなかったと判断した。裁判所は特に、自己の宗教を表明する自由の行使を選択した者は、宗教的マジョリティのメンバーとしてであれ、マイノリティのメンバーとしてであれ、いかなる批判をも免れると合理的に期待することはできない。自己の宗教を表明する自由の行使を選択した者は、自分の宗教信仰を他者が否定することに寛容であり、これを受け入れなければならない。自分の信仰と敵対する教義を他人が宣伝することも受け容れなければならない。しかし、本件では、「攻撃的」な意見で妨害しショックを与えるコメントだけでなく、イスラムの予言者に対する口汚い攻撃もなされている。世俗の原理が深く根付いているトルコ社会においては宗教協議への批判には一定の寛容が見られるにもかかわらず、信仰者は当該著書の一部の文章によって、不当な攻撃を受けていると感じるであろう。以上の事情から、裁判所は、問題の措置は、ムスリムにとって神聖であるとみなされている事柄への攻撃から保護しようとするものであり、それゆえに「社会的必要がある」。欧州人権裁判所は、トルコの裁判所が当該著書の没収を命じることなく、それゆえ課された罰金が問題の措置によって追及された目的にとって均衡がとれていた、と判断した。

 

エルバカン対トルコ事件(20067月6日)

申立人は政治家であり、有名なトルコ首相であった。事件当時、申立人は「福祉党」党首であったが、1998年、世俗主義原理に反する活動ゆえに解散となった。申立人は特に公開演説における発言ゆえに、憎悪と宗教的不寛容を煽動したとして、有罪とされたので、表現の自由の権利が侵害されたと申し立てた。

欧州人権裁判所は、条約第10条(表現の自由)の侵害があったと判断した。裁判所によると、公開集会における著名な政治家である申立人の発言は、それが実際になされたとすると、宗教的価値をめぐって社会をより排他的に構築しようというビジョンとなっており、異なる集団型の集団と向き合いながら存在する多元的に代表された現代社会と一致するのが困難である。すべての形態の不寛容と闘うことが人権保護の基本部分であると指摘しつつ、欧州人権裁判所は、政治家はその発言において不寛容を促進する発言をすることを避けるべきことが決定的に重要であると判断した。しかし、民主主義社会においては自由な政治論議が基本として認められるので、裁判所によると、申立人の訴追を正当化するために提出された理由が、表現の自由の権利の行使への介入が「民主主義社会において必要」であるということを十分に満たしてないと結論付けた。

 

タギエフとフセイノフ対アゼルバイジャン事件(2019125日)

本件は、著名な作家、コラムニスト、編集者である申立人が2006年に出版した記事のイスラムに対する見解が宗教憎悪と敵意を煽動するとして有罪とされた事案である。

欧州人権裁判所は、申立人の有罪判決が過剰であり、表現の自由を侵害したので、条約第10条(表現の自由)の侵害があったと判断した。裁判所によると、国内裁判所はその記事が西欧と東洋の価値を比較した場合に、そして公共の利害に照らして、すなわち社会における宗教の役割に関する議論に寄与する場合に、なぜ申立人の有罪判決が必要であるのか正当な説明をしていない。実際、国内裁判所は、特定の文節が宗教憎悪と敵意の煽動であるという認定をしたが、その発言の文脈を検討せず、申立人が宗教に関する自己の見解を公にする権利と、宗教者がその信仰を尊重する権利とのバランスを取ろうと努力した形跡もない。

 

「国家公務員の中傷」

 

オテギ・モンドラゴン対スペイン事件(2011315日)

申立人は左翼系バスク分離主義の議員グループのスポークスマンであり、記者会見において、バスクの日刊紙(ETAとの結びつきの嫌疑から)の閉鎖に言及し、警察活動の際に逮捕された人々に虐待したと唱えた。申立人はスペイン国王に言及して「スペイン軍の元帥、言い換えると、拷問者を指揮した人物であり、拷問を擁護し、拷問と暴力を通じてわれわれ人民に対する専制体制を課した人物」と述べた。申立人は国王に対する重大侮辱犯罪ゆえに刑事施設収容を言い渡された。申立人は表現の自由の権利が侵害されたと申し立てた。

欧州人権裁判所は、条約第10条(表現の自由)の侵害があったと判断した。裁判所によると、申立人の有罪判決は、追及された正当な目的、すなわちスペイン憲法が保障するスペイン国王の名誉を保護するのに均衡を欠いている。裁判所によると特に、申立人が用いた言葉は挑発的とみなしうるが、留意すべき重要点は、申立人の発言で用いられた言葉の一部が性質上敵対的であるとしても、暴力の煽動はなく、ヘイト・スピーチには当たらないことである。さらに、それは記者会見の過程で口頭でなされたものであり、申立人がそれが公になる前に訂正、言い換え、又は撤回することができなかった。

 

スターン・タウラとローラ・カペレラ対スペイン事件(2018313日)

本件は2人のスペイン国民が20079月に国王のジローナ公式訪問の際に行われた公開デモで国王夫妻の写真に火を付けたために有罪とされた。申立人は特に国王に対する侮辱で有罪とした判決は表現の自由の権利に対する不当な介入に当たると主張した。

欧州人権裁判所は、条約第10条(表現の自由)の侵害があったと判断した。裁判所によると、申立人が行ったとされた行為は、個人的なものではなく、一般に王政に対する政治批判、特にスペイン王政に対する政治批判の一部であった。裁判所は、当該行為はメディアの関心を呼ぶために「設定」された挑発的「イベント」の一つであり、表現の自由の枠内で批判的メッセージを伝えるために許容される程度の挑発を利用することを越えていないことに、留意した。さらに裁判所は、非難された行為は憎悪や暴力の煽動と見ることに納得しなかった。本件では、イベントの設定のために用いられた「筋書き」の検討からも、実際に行われた文脈からも、暴力の煽動がなされるとは考えられなかった。行為の結果を基に見れば、暴力行為や混乱に至るようなこともなかった。さらに、本件事実がヘイト・スピーチに当たると考えられない。最後に裁判所は、申立人に言い渡された刑事施設収容は、追及された正当な目的(他者の名誉又は権利の保護)と均衡を欠いており、「民主主義社会において必要」と言えない。

Sunday, September 05, 2021

ファクトシート:ヘイト・スピーチ(欧州人権裁判所)(4)

*今回でファクトシートの約半分を紹介することになるが、大変驚いている。欧州人権裁判所でヘイト・スピーチについてこれほど多くの判決例があることが、これまできちんと紹介されてきただろうか。私が無知なだけかもしれないが、これまで見た論文では、せいぜい1つか2つの判決を紹介している程度だったように思う。国際人権法研究者で、欧州人権裁判所を研究してきた研究者はたくさんいるのに。もっと本格的な研究を示してくれると助かる。

 

*なお、以下の紹介における固有名詞の表記について、現地語の発音を調べていない。各国の法制や社会状況を調べていない。このため、事案の内容が正確にわからない場合がある。

 

「ファクトシート:ヘイト・スピーチ」は、「条約の保護の適用除外」「条約第10条(表現の自由)の保護に関する制限」「ヘイト・スピーチとインターネット」の3つのテーマに分けて、多くの判決を紹介する。

 

2の「条約第10条(表現の自由)の保護に関する制限」では、「暴力及び敵意の煽動の謝罪」、「テロリズムの容認」、「戦争犯罪の容認」、「国民アイデンティティの侮辱」、「過激主義」、「論争のある歴史意味内容を伴う旗の掲揚」、「同性愛ヘイト・スピーチ」「民族憎悪の煽動」、「国民憎悪の煽動、「人種差別又は憎悪の煽動」、「国家公務員の中傷」に関する判決を紹介している。 

 

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条約第102項の下で、欧州人権裁判所が検討するのは、表現の自由への干渉があったか否か、この干渉が法律に基づいて、一つ以上の正当な目的を追求しているか否か、そして最後に、この目的を達成することが「民主的社会において必要」であるか否かである。

 

    「暴力及び敵意の煽動の謝罪」

 

シュレク(no.1)対トルコ事件(199978日、大法廷)

申立人は週刊誌の発行人で、二人の読者からの手紙を掲載したが、それは南東トルコにおける政権の軍事行動を激しく非難し、独立と自由を求めて闘うクルド人に対する残忍な抑圧だと告発した。申立人は国家の不可分性に対する宣伝を行ったこと、及び人々の間に敵意と憎悪を助長したとして有罪となった。申立人は表現の自由が侵害されたと主張した。

欧州人権裁判所は、欧州人権条約第10条(表現の自由)の侵害はなかったと判断した。裁判所によると、告発された手紙は血の復讐のアピールになっており、一通の手紙は人名を特定して、彼らへの憎悪を掻き立て、彼らに対する物理的暴力の危険性にさらすものであった。申立人自身はその手紙に書かれた見解と結びついてはいなかったが、手紙の書き手に暴力と憎悪を掻き立てる通路を提供した。裁判所によると、雑誌の発行人である申立人には、雑誌の編集者や記者たちが情報を収集し、公衆に情報を提供し、紛争や緊張状態においてより大きな重要性を果たせるようにする間接的な義務と責任があった。

この点については、エズギュル・ギュンデン対トルコ事件(2000316日、日刊紙で、武装闘争を強化し、戦争を賛美し、血の最後の一滴まで戦うことを支持っする文章を含む三つのっ記事を掲載したために有罪)、メディアFMレハ・ラジオ・イレティシム・ヒズメトレリ対トルコ事件(20061114日、許容性に関する決定。国家の統一性と領土の統合性原則に反対し、暴力、憎悪及び人種差別を煽動しそうなラジオ番組を繰り返したため、放送権の一年間停止とされた事案)参照。

 

ギュンデュズ対トルコ事件(20031113日、許容性に関する決定)

申立人はあるイスラム宗派の指導者であり、報道された発言において犯罪実行を煽動し、宗教憎悪を煽動したとして有罪とされた。申立人は四年二カ月の刑事施設収容と罰金を言い渡された。申立人はとりわけ表現の自由の権利が侵害されたと主張した。

欧州人権裁判所は、申立ては明らかに誤りで許容されないとした。裁判所の認定によると、申立人に課された刑罰の重さは、追及された正当な目的、すなわち犯罪実行の公然煽動の予防のために不均衡とはみなされない。裁判所が特に強調したのは、本件で行われたような発言のように、ヘイト・スピーチに当たる発言、暴力の賛美や煽動に当たるような発言は、寛容の観念に合致すると見ることができず、条約前文で設定された正義と平和という基本価値に違反する。確かに、申立人の発言はマスコミを通じて行われたので重大である。しかし、裁判所によると、トルコ法における刑罰軽減規定は、実行行為がとっさになされたものであることを要するとしており、多元的民主主義の基礎となる原理を否定する場合には不寛容となる。

 

ギュンデュズ対トルコ事件(2003124)

申立人はあるイスラム宗派のメンバーと自称していた。深夜のテレビ討論番組で、申立人は民主主義を非難し、現在の世俗政権は不敬であるとし、世俗的民主的原理を激しく批判し、シャリア法を導入するべきだと主張した。申立人は宗教宗派のメンバーであることに基づいた区別をして、人々に憎悪と敵意を公然と煽動したとして有罪とされた。申立人は表現の自由の権利が侵害されたと申し立てた。

欧州人権裁判所は条約第10条(表現の自由)の侵害があったと判断した。裁判所によると、申立人が唱えた宗派の過激な思想はすでに公衆にはなじみのあるもので、公衆の議論において活発に言及されていた。多元主義の討論は、その宗派と異端の思想を提示しようとするものであり、民主主義の価値がイスラムの観念と合致しないという考えを表明することを含む。このテーマはトルコのメディアで広く議論されてきたものであり、一般の関心のある問題に関連する。裁判所によると、申立人の発言は宗教的不寛容に基づいて暴力を呼びかけたり、ヘイト・スピーチとされるものではない。シャリアを単に擁護するだけで、シャリアを導入するために暴力を呼びかけていないので、ヘイト・スピーチとは見なされない。

 

ファルーク・テメル対トルコ事件(20112月1日)

合法政党の議長である申立人は、政党の集会でプレスに対して声明を読み上げて、アメリカのイラクへの介入と、テロ組織の指導者を拘禁したことを非難した。また警察に身柄拘束された人物が失踪したと批判した。声明の後、申立人は暴力その他のテロ手段の行使を公然と擁護したという理由で、プロパガンダ流布ゆえに有罪とされた。申立人は表現の自由が侵害されたと論じた。

欧州人権裁判所は条約第10条(表現の自由)の侵害があったと判断した。裁判所によると、申立人は政治活動で野党のメンバーとして発言し、一般の関心のあるトピックについての党の見解を表明した。行われた発言は他人に暴力の使用、武装抵抗、蜂起を煽動するものではなく、ヘイト・スピーチには当たらないとした。

この点については、ディクル(no.2)対トルコ事件(2006411日判決。セミナー報告の出版による社会階級、人種及び宗教の間の区別に基づく憎悪と敵意の煽動の有罪)、エルダル・タス対トルコ事件(20061219日判決、クルド問題の分析を含む新聞記事の出版による、テロ組織の声明を出版した故の国家の不可分性に対するプロパガンダの流布による有罪)を参照。

 

アルティンタス対トルコ事件(2020310日)

本件では、申立人が2007年に定期刊行物「トカット・民主主義」に掲載した記事で、「キジルデル事件」の実行者を、特に「若者のアイドル」と特徴づけたことで罰金を科された。問題の事件は19723月に起きたもので、NATO軍の3人のイギリス人が誘拐され、処刑された。申立人は2008年に刑事裁判所で、当該記事がこれらの事件を含む反乱を賛美したとして有罪とされた。申立人は有罪とされ罰金を科されたのは表現の自由の侵害であると主張した。

欧州人権裁判所は条約第10条(表現の自由)の侵害はないと判断した。裁判所によると、申立人の表現の自由の権利への介入は、追及された正当な目的に照らして不均衡とは言えない。裁判所の見解では、「キジルデル事件」の実行者その行為について当該記事で用いられた表現は、暴力を賛美する、あるいは少なくとも暴力を正当化するものである。裁判所が考慮に入れたのは、本件で国家当局が与えた評価の限界と、申立人に課された罰金が合理的であるかである。さらに重要なのは、その著述が、若者たちに、特に違法組織のメンバーやシンパに同様の暴力行為を行って「若者のアイドル」になろうと促し又は駆り立てる危険性を最小化することではない。用いられた表現は、特に、同様の政治的意見を共有する人々に、問題の事件の実行者が促進したことを、その人々が自分たちのイデオロギーでは正当であると見做すようにする目的を実現するために、暴力の行使が必要であり正当であると公衆の意見に印象づけるものであった。

 

    「テロリズムの容認」

 

レロイ対フランス事件(200810月2日)

申立人は漫画家であり、2001913日のバスクの週刊新聞に、WTCツインタワー攻撃を描いて、有名ブランドの広告文句のキャプションに似せて、「われわれはみんなそれを夢見た。ハマスはそれをやった」と書いたため、テロリズムを公然と容認したとして有罪とされた。申立人は表現の自由が侵害されたと主張した。

欧州人権裁判所は、テロリズムを容認する共犯についての有罪に関して、条約第10条(表現の自由)の侵害はなかったと判断した。裁判所が特に考慮したのは、その漫画がアメリカ帝国主義を批判するに限らず、暴力的破壊を支持し賛美したことである。この点で、裁判所は、漫画に添えられたキャプションに着目し、申立人が、2001911日の攻撃実行犯と考えた人々への精神的支持を表現したことに留意した。キャプションの言葉の選び方から、申立人は数千人の民間人に対して行われた暴力を是認する発言をし、被害者の尊厳を貶めた。さらに、認定されるべきことは、漫画が本件事案の条件において申立人が実現しなければならない特別な意味を有したことである。さらに、政治的にセンシティブな地域、バスクへのこうしたメッセージの影響は、見過ごされてはならない。週刊新聞の配布は限られているが、裁判所が留意したのは、この漫画の出版が一定の公的反応を呼び起こし、暴力を掻き立て、その地方の公共の秩序に影響を与えうることであった。結論として、裁判所が考慮したのは、国内裁判所が申立人を有罪とした根拠が重要かつ十分であり、申立人に課されたのが罰金という控えめな刑罰であり、非難の対象となった漫画が出版された文脈に照らして、裁判所は、申立人に課された措置が追求された正当な目的に不均衡ではなかったとした。

 

スタマキン対ロシア事件(20185月9日)

本件で、申立人はチェチェンの武力紛争について書いた新聞記事ゆえに、5年間の刑事施設収容を言い渡されたが、国内裁判所は、それがテロリズムと暴力を正当化し、憎悪を煽動するものであったという。申立人は新聞で表明した見解故に有罪とされたと主張した。

裁判所は条約第10条(表現の自由)の侵害があったと判断した。裁判所によると、記事の中には許容される批判の境界を越えて、暴力の呼びかけとテロリズムの正当化になっているものがあった。しかし、その他の記事は許容範囲内であった。全体として、申立人の発言の一部をとらえて処罰、権利を侵害する重い刑罰を科して、申立人の権利に介入する社会的必要性はなかった。裁判所は、国家がヘイト・スピーチ犯罪の範囲を定義する際に、注意深いアプローチを採用することが重要だと付け加えた。裁判所は各国に、問題となっている事案が当局やその政策を批判している場合には、こうしたスピーチに対する措置の外観を装って過剰に介入することを避けるために、厳密に法律を解釈するよう呼びかけた。

 

    「戦争犯罪の容認」

 

レイデューとイソルニ対フランス事件(1998923日)

申立人らは日刊新聞「ルモンド」に文章を執筆し、ナチスに協力したペタン元帥の政策にべールをかけて、好ましいものとして描き出した。文章はペタン元帥の記憶を擁護することにささげられた2つの団体のために書かれた勧誘であり、1945年にペタンへの死刑判決と公民権喪失をもたらした裁判を見直し、ペタンを復権させようとするものであった。レジスタンス国民同盟の告発によって、2人の著者が戦争犯罪と対敵通謀の犯罪を公然と擁護したとして有罪とされた。申立人らは表現の自由が侵害されたと主張した。

欧州人権裁判所は、条約第10条(表現の自由)の侵害があったと判断した。裁判所によると、非難された文章は論争的であると見做されうるが、否定主義とは言えない。というのも、著者らは個人の資格で書いたのではなく、2つの合法団体を代表して書いたのであり、個人としてナチス政策を擁護したわけではない。最後に裁判所によると、文章で言及された出来事は出版よりも40年以上前に起きたのであり、時の経過により、40年たったため10年や20年前の重大性と同じように扱うことは不均衡である。

 

    「国民アイデンティティの侮辱」

 

ディンク対トルコ事件(2010914日)

アルメニア出身のトルコ人ジャーナリストのフィアト(フランク)ディンクはイスタンブールで出版されたトルコ語アルメニア語の2言語新聞の出版人であった。8本の新聞記事でディンクはアルメニア出身のトルコ人のアイデンティティに関する見解を表明したところ、2006年に「トルコ人のアイデンティティを侮辱した」として有罪とされた。2007年、ディンクは新聞社を出たところ、頭の3発の銃弾を受けて殺害された。家族が申立人となり、有罪とされた罪に不服を申し立て、過激なナショナリスト集団によって標的とされたと主張した。

欧州人権裁判所は、フィアト・ディンクを「トルコ性」を侮辱したかどで有罪とする社会的必要が示されていないとして、条約第10条(表現の自由)の侵害があったと判断した。裁判所によると、一連の記事は全体として他人を暴力、抵抗又は反乱に煽動するものではない。著者はジャーナリスト及びトルコ・アルメニア語新聞編集人として、政治情勢に関する言論人としての役割に沿ってアルメニア人マイノリティ問題について論評したに過ぎない。申立人は民主主義社会における公衆の関心ある問題について自分の思想と見解を表明したに過ぎない。民主主義社会では、特定の重大な性質を有する歴史的出来事に関する論争は自由に行うことができ、それが歴史的真実を求める表現の自由の不可分の部分を成す。最後に、非難された記事は不必要に攻撃的でも侮辱的でもなく、他人にブレ嫌憎悪を煽動するものでもない。

 

    「過激主義」

 

イブラヒム・イブラヒモフその他対ロシア事件(2018828日)

本件はロシアにおける反過激主義法と、イスラム教の本の出版・配布の禁止に関する件である。申立人らは、2007年及び2010年にロシアの裁判所が著名なトルコ系ムスリムの神学者でクルアーンの註釈者であるサイード・ヌルシは過激主義者であり、彼の著作の出版・配布は禁止されると判断を下した、と申し立てた。申立人らはヌルシの著書を出版し、その出版権を得ていた。

欧州人権裁判所は、条約第10条(表現の自由)の侵害があったと判断した。裁判所によると、ロシアの裁判所はなぜその禁止が必要であるかを正当性をもって示していない。ロシアの裁判所は自ら分析を行うことなく、その著書や表現が文脈上問題があると見做されるとすることもなく、単に言語学者や心理学者の専門報告をもとに事実認定をしただけである。さらに、ロシアの裁判所は、申立人らがヌルシの著書は穏健で主流のイスラム教に属することを説明する証拠を提出しようとしたのに即座にこれを拒絶した。申立人の事案における裁判所の分析は、禁止されるより7年間も出版されていたのに、この本がロシアにおいて又は他の諸国で、いかに宗教間の緊張を惹起し、惹起する危険があるか、武力をもたらしたかを示していない。

 

    「論争のある歴史意味内容を伴う旗の掲揚」

 

ファーバー対ハンガリー事件(2012724日)

申立人は、人種主義と憎悪に反対するデモから100メートルと離れていないところで、論争のある歴史的意味をもつ縞模様のアーパド旗(Arpad flag)を掲げたことにより罰金刑を言い渡されたと申し立てた。

欧州人権裁判所は、条約第11条(集会結社の自由)に照らして条約第10条(表現の自由)の侵害があったと判断した。裁判所によると、ハンガリーの全体主義体制時に至る所で用いられたシンボルを掲揚することは、まさにその掲揚によって侮辱されたと感じる過去の犠牲者や家族に不安を呼び起こすかもしれない。しかし、裁判所によると、その感情は理解できるとは言え、表現の自由を制限する理由にならない。申立人は暴力的又は脅迫的方法で行動していない。申立人は非暴力で行動しており、デモ参加者との間に距離を置いていたし、公共の安全に危険を惹き起こしていないので、裁判所は、ハンガリー政府が、申立人が当該旗を降ろすことを拒否したとして、申立人を訴追し、罰金を科すのに、正当な理由を示していないと認定した。単に旗を掲揚しただけなので、公共の秩序を乱し、デモ参加者の集会の権利を侵害していないし、脅したり、暴力を煽動することもなかった。