Tuesday, July 27, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(182)c アンチレイシスト入門

イブラム・X・ケンディ『アンチレイシストであるためには』(辰巳出版、2021年)

4章以下で、著者はさまざまなレイシズムとアンチレイシズムを俎上に載せて、分析していく。生物学的レイシズムと生物学的アンチレイシズム(第4章)、民族レイシズムと民族アンチレイシズム(第5章)、身体レイシストと身体アンチレイシスト(第6章)、文化レイシストと文化アンチレイシスト(第7章)、行動レイシストと行動アンチレイシスト(第8章)と、レイシズムは多様な現象形態を有する。

著者はこれらのレイシズムを理論的に提示するのではなく、自分自身の体験を通じて提示する。ある時は友人が、ある時は教師が、そしてある時は著者自身がレイシストとして登場し、レイシズムに影響された発言や行動をする。ある時は、レイシズムに気づき、レイシズムを乗り越えようと格闘するが、こちらのレイシズムからあちらのレイシズムに移行してしまう。著者の成長過程はレイシズムからレイシズムへの旅であり、逆戻りであり、試行錯誤であり、失態の連続である。

もちろん、著者は単に個人的体験を語っているのではない。1980年代にアメリカに生まれ、1990年代から2000年代にかけて成長した黒人男性が遭遇するレイシズムと、それとの葛藤を描くと同時に、個人的体験を全米の黒人男性の問題としてとらえ返し、さらに近代の奴隷制や黒人差別の歴史と照らし合わせ、現代のアメリカの政策を検証する。これによって叙述が厚みを増し、多角的な分析が可能となり、読者は一つひとつ確認しながら読み進めることができる。

「ぼくは優秀なクラスメートたちの目を通して自分を見ていた――この場にいるのがふさわしくない者だと。無視してもいいやつだと。ぼくは優秀な知性の海のただなかで、独り溺れて死にそうになっていた。/ぼくは、自分が勉強の出来が悪くて苦しんでいるのは、自分だけでなく、黒人全体の出来が悪いからだと考えていた。なぜなら、ぼくは周りの人々の目――あるいはぼくが勝手に想像していた周りの人々の目――と、自分自身の目を通して、黒人を代表していると考えていたからだ。」

カラーリズムとカラーアンチレイシスト(第9章)、反白人のレイシスト(第10章)、黒人のレイシスト(無力だからという自己弁護)(第11章)、階級レイシストとアンチレイシストの反資本主義者(第12章)、空間レイシズムと空間アンチレイシズム(13)、ジェンダーレイシズムとジェンダーアンチレイシズム(14)、クィアレイシズムとクィアアンチレイシズム(第15章)。

あらゆる差異がレイシズムを生み出す。皮膚の色もジェンダーも階級も性的マイノリティも。白人優越主義が隆盛するが、反白人のレイシストも生まれる。黒人が黒人を卑下し、見下すレイシズムも存在する。レイシズムはくみしやすい敵ではない。レイシズムは外からやってくるだけでもない。反レイシズムのつもりがレイシズムを内面化してしまっている場合もある。多様なレイシズムの生命力を軽視してはならない。アンチレイシズムは固定した使嗾ではなく、つねにレイシズムとの格闘を求められている、現在進行形の思想でなくてはならない。

「アンチレイシストであろうとする者は、レイシストと白人を混同しない。白人のなかにもアンチレイシストはいるし、有色の人々にもレイシストはいることを知っているのだから。/アンチレイシストであろうとする者は、白人をひとくくりにしない。一般的な白人は、有色人種を踏みつけにすることもあるが、頻繁にレイシズムパワーの被害を受けてもいる。」

 「レイシズムとアンチレイシズムは表裏一体なのだと認めれば、ぼくたちは自分の内面にあるレイシズム思想やレイシズムポリシーについて未整理な考えを客観視できるようになる。/たとえば、ぼくは人生の大部分で、レイシズムとアンチレイシズムの両方の考えをもち、レイシズムとアンチレイシズムの両方のポリシーを支持してきた。ある瞬間にはレイシストだったし、またある瞬間にはアンチレイシストだった。」

 第12章「資本主義とレイシズムの双子」では、階級レイシストを、階級を人種化し、そうした階級を圧迫する人種資本主義ポリシーを支持し、正当化している人と定義する。マーティン・ルーサー・キングにならって、レイシズムの問題、経済搾取の問題、戦争の問題は結びついていると見る。「世界システム」論を参照し、大航海時代が植民地主義、帝国主義の時代であり、植民地と奴隷制の中に「資本主義とレイシズム」を確認する。アンチレイシズム的反資本主義への入り口に立つ。

Monday, July 26, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(182)b アンチレイシスト入門

 イブラム・X・ケンディ『アンチレイシストであるためには』(辰巳出版、2021年)

著者は1982年、ニューヨーク州生まれである。90年代にサウスサイド・クイーンズで少年時代を過ごし、ヒップホップカルチャーを全身に浴びて育った。黒人文化の代表格とされるヒップホップは「とりわけ垢抜けていて芸術的にも成熟している」と感じるか、「下品な言葉で悪影響が生じる」と感じるか。文化レイシズムの問いを身をもって生きたとも言える。

 第1章で著者は基本的立場を打ち出す。さまざまな人種的不公平を生み出し、維持するためのあらゆる手段がレイシズムポリシーであり、これに対してアンチレイシズムポリシーとは、人種的公平を生み出し、維持するためのあらゆる手段になる。著者は「非レイシズム」のポリシーや、「人種中立的」なポリシーは存在しないという。ただし、人種差別ばかりに目を向けるとレイシズムの中心にあるものが見えなくなるという。中心にあるものとは権力であり、レイシズムパワーである(第3章)。

 第2章「引き裂かれる心」で著者は、黒人がしばしば経験する葛藤に言及する。黒人でありたいという思いと、アイルランド人のようにアメリカ人のなかにまぎれこみたいという思いである。アンチレイシズムと同化主義の葛藤である。同化主義はレイシズムであり、それゆえレイシズムとアンチレイシズムの間で揺れ動く心に悩むことになる。「黒人の自立の問題は両刃の剣」である。白人にも分離主義と同化主義の対立がある。そして「白人のほうが優位な社会にあって、白人の内なる対立意識は、黒人の内なる対立意識に大きな影響を及ぼした」。アンチレイシストになるためには、この対立意識から解放される必要がある。

 第3章で、人種とは権力がつくり出した幻想であるという。定義としては「権力が、さまざま集団に見られる違いを、集約あるいは融合することでつくりあげた概念」となる。このことを著者は植民地支配と奴隷制の歴史の中で形成された人種概念にさかのぼって検証する。そして「レイシズムポリシーの背後には経済的、政治的、文化的に強い私利私欲――ポルトガル王室や奴隷商人の場合は昔ながらの富の蓄積――がある。ズラーラの系譜につらなる有力で狡猾な知識人たちは、その時代のレイシズムポリシーを正当化するためにレイシズム思想を生み出し、その時代に存在した『人種的不公平』はポリシーではなく特定の人々のせいだと責任転嫁してきた」。

人種は幻想にすぎない、あるいは人種というものは存在しないということは、欧州でもずっと以前から語られてきた。存在しないにもかかわらず、その社会の中で何らかの理由で、つまり利益不利益の関係構造の中で人種概念はつくられる。ここでは人種が存在するか否かは本当の問題ではない。あらゆる差異が利用される。民族、言語、宗教、皮膚の色、容貌、社会的地位、世系・出身、性別、性的アイデンティティ、あらゆる差異を基に集団が作られ、差別が始まる。

いったんつくられると、人種概念は猛威を振るう。あらゆる法、制度、政策、規則、ガイドライン、文化が、優越者の利益に奉仕するように仕向けられる。レイシズムの機能をもっとも活性化させるのが、中立幻想である。「私はレイシストではない」と言いながら、中立であるかのごとく振舞い、結果としてレイシズムを放置する。差別を容認し、維持する。「私はレイシストではない」はレイシストの仮装の抗弁にすぎないことが多い。「私はアンチレイシストである」と立場を明確にするべき理由はここにある。

 この議論は、中立公平のふりをする日本の憲法学がヘイト・スピーチを擁護する時に、同じメカニズムが作動していることを教えてくれる。憲法学は、表現の内容と形式を恣意的に分離し、「表現内容中立規制は許されるが、表現内容規制は許されない」とし、「ヘイト・スピーチの規制は表現内容規制だから許されない」と言う。日本国憲法を無視して、差別と差別表現を守るためならどんな理屈でも持ち出す。「私はレイシストではない」ふりをするが、アンチレイシズムに対して猛烈な批判を繰り返す。

Sunday, July 25, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(182)a アンチレイシスト入門

イブラム・X・ケンディ『アンチレイシストであるためには』(辰巳出版、2021年)

http://www.tg-net.co.jp/item/4777827739.html

<全米130万部ベストセラー!

《米Amazon1位》《NYタイムズ・ベストセラー第1位》

2020年最も影響力のある100"に選ばれた世界が注目する歴史学者による世界に蔓延るレイシズム(人種主義)を解き明かすためのガイドブック。>

<アンチレイシストとは人種だけでなく、民族、文化、階級、ジェンダー、セクシュアリティなどの違いを平等に扱う人のこと。

世界に蔓延るレイシズム(人種主義)の構造や本質をみずからの体験を織り交ぜながら解き明かし、制度としてのレイシズムを変え、「アンチレイシスト」としての態度をとりつづけることがその解決策だと訴える。

レイシズムが深く浸透した社会では、自身をふくむほとんどの人の心にレイシズム的な考え方が潜んでいる。

レイシストの権利者たちがつくりだす「ポリシー(政策、制度、ルール)」を変えない限りレイシズムは解決できず、「レイシストではない」と発言する人も、そのポリシーを容認する限り仮面を被ったレイシストなのだと厳しい目を向ける。

だからこそ、「アンチレイシスト」でありつづけるためには、レイシズムを生物学、民族、身体、文化、行動、肌の色、空間、階級に基づいてよく理解し、レイシズム的な考え方を見つけるたびに取り除いていく必要がある。

問題の根源が「人々」ではなく「権力」に、「人々の集団」ではなく「ポリシー」にあることに目を向ければ、アンチレイシズムの世界が実現可能となる。

ぼくたちはレイシストであるための方法を知っている。

レイシストでないふりをする方法も知っている。

だからいま、アンチレイシストであるための方法を学び始めよう。>

著者は歴史学者で作家であり、ボストン大学の反人種主義研究・政策センター所長。本書は2019年に出版され、アメリカでベストセラーになったという。

 半分ほど読んだところだが、いくつか本書の特徴を示しておこう。

1の特徴は、著者自身の出身、子ども時代の体験を素材に、日常生活の具体的な一コマ一コマを通じてレイシズムがいかに発言しているか、いかに乗り越えるかを説明している点である。このためにとても読みやすい。

アフリカ系アメリカ人の両親がどのように出会って、結婚し、著者が生まれたか。その歴史を見ただけでアメリカにおけるレイシズムの多様な網の目の中で考える必要がよくわかる。やる気のない高校生だった著者がマーティン・ルーサー・キング・ジュニア・スピーチコンテストの決勝に残り、スピーチをした時のエピソードも、レイシズムの複雑さを考える最適の事例となっている。著者がなぜ、どのように転校し、どの高校に通ったのか、それもレイシズム抜きに説明できない。アフリカ系アメリカ人やアフリカやカリブ地域からの移民アフリカ人を取り巻いている生活世界そのものがレイシズム渦巻く世界である。アフリカ系であれインド系であれ白人であれ、それぞれに社会条件に規定された人生を生きざるを得ない。その諸相を、当時の少年の視点と、現在の歴史学者の視点で、巧みに描き出しているので、読みやすく、叙述が具体的である。

2の特徴はレイシズムの定義方法にある。従来の諸学問におけるレイシズムにとらわれることなく、独自の定義を試みる。第1章「定義することからはじめよう」の冒頭に次のような定義が示される。

レイシスト 行動する(しない)こと、またはレイシズム的な考えを表明することによって、レイシズムのポリシーを支持している人

アンチレイシスト 行動する(しない)こと、またはアンチレイシズム的な考えを表明することによって、アンチレイシズムのポリシーを支持している人

一目見てわかるように、これは実は定義になっていない。「レイシストとはレイシズムのポリシーを支持している人」ならば「デモクラットとはデモクラシーのポリシーを支持している人」であり、「ファシストとはファシズムのポリシーを支持している人」である。

定義になっていないのに、本書を読み進めると、この定義は妙に説得力のあるものだということがわかる。著者は第2章以下で、同様に同化主義者、分離主義者、生物学的レイシスト、生物学的アンチレイシスト、民族レイシズム、民族アンチレイシズム、身体レイシスト、身体アンチレイシストなどを定義していく。いずれも定義になっていない。でも、説得力のある定義である。ここが重要なところだ。定義することは大切だが、定義のための定義をする必要はない。重要なのは具体的な事例を提示して、著者の定義が何を意味しているかをきっちり伝えることである。それが本書の方法である。

3の特徴は歴史的考察である。アメリカにおける黒人に対する差別を論じているので当たり前のことだが、近代奴隷制の歴史を踏まえて、そこからさまざまな事例を取り出して、現代アメリカの現実に立ち向かう。世界的な奴隷制の歴史と思想が何を生み出し、現在の私たちを支配しているかを巧みに、鮮やかに描き出している。

4の特徴はレイシズムの多様性を十分に考慮している。白人が黒人を差別して捏造したレイシズムだが、いったんつくられたレイシズムは多様な局面で機能する。特に黒人内部への影響である。著者自身が子ども時代にレイシズムの影響を受け、レイシズムを内面化していた。著者の両親もそれぞれにレイシズムに脅かされていた。黒人の間でも、アフリカ系アメリカ人と移住アフリカ人の間の差別がある。黒人がアジア系に対して持つ差別、経済的に成功した黒人が失業している黒人に対して持つレイシズム。人種、民族、言語、皮膚の色、宗教、身体的特徴、性別、性的アイデンティティなど多様な要因がレイシズムに巻き込まれていく。このことをしっかり認識しておかなくてはならない。レイシズムとアンチレイシズムの区分けを忘れてはならないが、レイシズムは一枚岩ではない。

Saturday, July 24, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(181)差別と闘うために

角南圭祐『ヘイトスピーチと対抗報道』(集英社新書、2021年)

共同通信ヘイト問題取材班で「反ヘイト報道」を続けてきた著者による新書本である。

<「私は差別をしない」では差別はなくならない。「私は差別に反対する。闘う」でなければならない。そのために、差別に反対する政策と法制度をつくり出し、差別に反対する仲間を増やしていきた。>

私が書いた文章かと思うほど、最初から最後まで共感を抱くことの多い本だ。

著者は日本軍慰安婦や徴用工などの戦後補償問題の取材をしてきた経験に続いて、ヘイト・スピーチの取材に入っている。それだけに歴史認識と反差別の軸がしっかりしている。安直などっちもどっち論に流されることなく、差別は許されないという視点が本物であり、いかにして差別をなくすかに一歩踏み出している。

<「公正・中立」に慣れている記者は、社会を破壊し、マイノリティの魂を殺すヘイトスピーチ吹き荒れるデモを取材しても、両論併記的な“お利口さん”記事を書く傾向が強い。ヘイトスピーチを批判しながらも、「ヘイトスピーチ規制は、憲法が保障する表現の自由の侵害になる」というものだ。しかし、ヘイトスピーチは表現の範疇に入るものではなく、暴力そのものだ。暴力に対して、中立はあり得ない。>

的確な認識である。

1章 ヘイトスピーチと報道

2章 ヘイトの現場から

3章 ネット上のヘイト

4章 官製ヘイト

5章 歴史改竄によるヘイト

6章 ヘイト包囲網

路上におけるヘイト、オンラインのヘイト、そして官製ヘイト、歴史改竄ヘイトに目を配り、反ヘイトのための立法論にも及ぶ。

ヘイト被害を受けて闘ってきた人々も様々な形で紹介されている。また、ヘイトと闘ってきた先輩の石橋学記者、師岡康子弁護士、上瀧浩子弁護士、神原元弁護士、金竜介弁護士、ジャーナリスト安田浩一、中村一成、しばき隊・CRACの野間易通、国際人権法学の阿部浩己・明治学院大学教授、刑法学の金尚均・龍谷大学教授、日本軍慰安婦問題では強制動員真相究明ネットワークの小林久公、永井和・京都大学教授、吉見義明・中央大学名誉教授をはじめ、理論と運動を支えてきた人々が多数登場する。

運動の成果としてヘイトスピーチ解消法や川崎市条例ができたが、内容は十分とは言い難いし、運用を見ても限界がある。著者はこう述べる。

<さまざまな形が考えられるだろうが、私が考える望ましい形は、「人種差別撤廃基本法」で差別言動を違法とした理念を示した上で、「人種差別禁止法」で禁止条項と罰則条項を設け、刑法にも差別罪を設けることだと考える。>

Thursday, July 22, 2021

小林賢太郎解任問題 ――歴史の事実を矮小化する犯罪について

1.小林発言の法律問題

 

東京オリンピック開会式の演出担当だった小林賢太郎が過去に「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」なる差別的揶揄と受け取られる発言をしていたことが発覚して、五輪組織委員会が小林を解任した。

小山田圭吾の差別と差別発言が発覚した時の対応のまずさに比較すると、迅速な解任となった。後手後手との批判を避けるためであったことと、ユダヤ人差別という国際問題になることが明らかだったためだろう。橋本聖子も「外交に関わる」と述べた。

本件は解任によってすでに決着がついた形になった。とはいえ、なぜこのような事態になったかの総括は、後日、組織委員会がきちんとしなくてはならないだろう。

ネット上の発言のごく一部を見たが、小林発言を「アウシュヴィツの嘘」犯罪と関連付けている例が見られる。

「アウシュヴィツの嘘」犯罪を引き合いに出して考えておかなくてはならないことは確かである。小林発言は、ユダヤ人虐殺をお笑いにしたことによって、「肯定」したものと受け止められる可能性がある。

さらに問われるべきは「矮小化」である。事実を矮小化すると犯罪になる場合がある(後述する)。小林発言は事実の矮小化に当たるか否か、検討しなくてはならない。その意味で深刻な問題であることを理解しておくべきである。

ただ、「アウシュヴィツの嘘」犯罪についての不正確な情報、断片的な情報を基に発言している例が少なくない。

 

2.「ホロコースト否定犯罪」とは

 

ドイツにおける「アウシュヴィツの嘘」犯罪については、下記の2点が重要文献である。

1.      櫻庭総『ドイツにおける民衆煽動罪と過去の克服』(福村出版、2012年)

2.      金尚均『差別表現の法的規制: 排除社会へのプレリュードとしてのヘイト・スピーチ』(法律文化社、2017年)

いずれも専門書なので、一般の人が手に取ることは少ないと思われるが、ドイツ法についてはネット上で見ることのできる情報もある。

ユダヤ人虐殺を正当化したり、事実を否定する発言を犯罪とするのはドイツだけであるかのごとく誤解する人も少なくない。

憲法学者たちが、ドイツではヘイト・スピーチや、歴史否定発言を処罰するが、アメリカでは表現の自由だから処罰しない、という発言を繰り返してきたからである。

極めて大雑把に言えば、これは決して間違いではないが、ちゃんとした法律専門家がこのような発言をすることはない。そもそもドイツだけに絞るのは妥当ではない。欧州を中心に、同種の犯罪類型を持つ国は30近くあるからだ。

私がこれまでに紹介した国は、ドイツ、フランス、スイス、オーストリア、ベルギー、ブルガリア、クロアチア、キプロス、チェコ、ギリシア、ハンガリー、イタリア、ラトヴィア、リトアニア、リヒテンシュタイン、ルクセンブルク、マルタ、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、スロヴァキア、スロヴェニア、アルバニア、マケドニア、スペイン、ロシア、イスラエル、ジブチなどである。

ちなみに、何らかのヘイト・スピーチを処罰する国は約150カ国あることを紹介してきた。

何を「同種」と見るか自体、実は難しい問題を孕む。

ドイツの場合、ナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺の事実を否定したり、正当化することが犯罪とされる。

フランスの場合、国際刑事裁判で有罪とされた人道に対する罪の事件の事実を否定したり、正当化することが犯罪とされる。これにはナチス・ドイツのユダヤ人大量虐殺だけでなく、それ以外の地域における人道に対する罪の犯罪が含まれる。

スイスも同様であり、このため第一次大戦時のトルコによるアルメニア・ジェノサイドの事実を否定したり、正当化する発言が犯罪となるという実際の裁判例がある。

何を犯罪とするかは国によって異なる。全体を表現する適切な名称がないが、「ホロコースト否定」犯罪、「歴史否定犯罪」、「法と記憶」問題などの言葉で表現される。ヴィダル・ナケの著名な本のタイトルを借りると「記憶の暗殺者」問題である。

ただし、記憶という表現を用いると、記憶の否定が直ちに犯罪になるかのような誤解を与えかねない。

事実を否定し、歴史を歪曲し、記憶を抹消することが直ちに犯罪となる国はあまりないだろう。

これらが犯罪とされるのは、歴史を歪曲することによって被害者集団を中傷・侮辱するからという理解が普通である。

西欧と東欧とではやや事情が異なる、バルト3国でも同様の法律があるが、その適用に際して、スターリン時代の国家犯罪の否定や正当化を犯罪とする例がある。議論のベクトルが異なるので、単純に一括することは避けたほうが良い。

1.橋本伸也『記憶の政治――ヨーロッパの歴史認識紛争』(岩波書店、2016年)

2.橋本伸也編『紛争化させられる過去――アジアとヨーロッパにおける歴史の政治化』(岩波書店、2018年)

3.ニコライ・コーポソフ「『フランス・ヴィールス』――ヨーロッパにおける刑事立法と記憶の政治」『思想』1157号(2020年)

 

3 韓国の状況

 

他方、韓国では同様の法律案が国会に何度か上程されてきた。法律はできていないが、日本よりもずっと研究が進んでいる。

1.康誠賢著『歴史否定とポスト真実の時代――日韓「合作」の「反日種族主義」現象』(大月書店、2020年)

この本に、ソウル・シンポジウムにおける私の報告とホン・ソンス(洪誠秀)の報告が紹介されている。ホン・ソンスの研究が重要である。

日本軍性奴隷制や、植民地支配時代の事実の否定を犯罪とする法案や、軍事独裁政権時代の犯罪をどう扱うかなどの議論が成されてきた。

 

4 実行行為――矮小化も犯罪となる国がある

 

もう1つ、実行行為(何をすると犯罪となるか)については、否定や正当化など、これも国によって異なる。

オーストリアでは、否定、重大な矮小化、是認、正当化である。

ブルガリアでは、否定、とるにたりないと矮小化、正当化である。

チェコでは、否定、問題視(疑問視)、称賛、及び正当化である。

スペインでは、法律では否定、賛美、矮小化であるが、憲法裁判所は「否定しただけで犯罪にするのは憲法違反」とした。

矮小化の例は、例えば、1)ナチス・ドイツによって殺害されたユダヤ人の数はもっと少ないとして、事実を小さく見せる場合、2)被害事実はあったが、それは取るに足りないことだ、小さな出来事だと述べる場合、3)被害事実はあったが、被害者の側にも問題があったとして相対化する場合などである。

小林発言の場合、「***ごっこ」として遊びの対象とするお笑いであるので、遊びとお笑いが重なって「矮小化」に当たる可能性が出てくるだろう。

 

5 刑罰はどうか

 

刑罰も紹介しておこう。

スロヴァキアでは、1年以上3年以下の刑事施設収容である。つまり、懲役だ。

ポルトガルでは、6月以上5年以下の刑事施設収容である。

イタリアでは、2年以上6年以下の刑事施設収容である

ラトヴィアでは、5年以下の刑事施設収容、罰金、又は社会奉仕命令である。

このように、刑罰がかなり重いことが分かる。それだけ重大犯罪とされている。

もちろん、ついうっかりの発言がそれほど重く処罰されるわけではない。重く処罰されるのは、ネオナチのような確信犯が違法発言を公然と繰り返した場合に限られる。

とはいえ、日本では歴史偽造や歪曲が平気で行われている。重大な被害を生む重大犯罪であり、刑罰は重いことを知る必要がある。

Tuesday, July 20, 2021

スガ疫病神首相語録48 華麗なる辞退劇

五輪開会式の音楽担当の小山田圭吾の障害者差別問題で、組織委員会は世間の期待通りに右往左往、迷走してみせた。

 

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1時間後

セイコ――小山田さんのいじめ発言って、何言ってるの、いじめはいつだってあったじゃない。どうってことないわよ。

ユリコ――何も問題ないわ。子どもの遊びでちょっといじめただけでしょ。

タマヨ――ニードロップですって、なんだか楽しそうね。

 

12時間後

セイコ――20年以上も昔のこと、なんで今さら取り上げるのよ。ネットはこれだから困るのよ。

ユリコ――雑誌発言ですからね、おもしろおかしく書いただけじゃないの。

タマヨ――いじめられる側には絶対問題なかったなんて断定できるかしら。

 

24時間後

セイコ――そりゃあ、まずかもしれないけど、冗談交じりの差別でしょ、小さなことよ。マスコミが騒いでるだけよ。開会式が迫ってるんだから、今さら変更なんてできないわ。

ユリコ――本人は反省して、謝罪してるっていうから問題ないわ。

タマヨ――いつまでも許さないなんて、心の狭い人たちね。

 

36時間後

セイコ――何か、やばいみたいね、どうしたらいいの、事務局、なんとかしなさいよ。えっ、私が何を言ったかですって、秘密よ、秘密。漏らしたりしたら、ただじゃおきませねんからね。モリ先生に言いつけるわよ。

ユリコ――ネット炎上だけでは収まらないみたいね。謝罪文を公表したらどう。

タマヨ――被害者に謝罪したいって言ってるし、誠実な様子だから大丈夫よ。

 

48時間後

セイコ――辞退? どういうこと? 本人が辞退したのね。ちょっと、待って、コメント考えなくちゃ。

ユリコ――なんでこうなるのよ、二転三転してみっともない。私のせいじゃありませんからね。

タマヨ――最初からきちんと対応しておけばよかったのよ。五輪の精神に相応しいかどうか、ちゃんと判断してよね。

 

60時間後

セイコ――小山田さんから辞任の届けがございました、組織委員会としても、今回のことは大変残念に思っております。

ユリコ――はい、最初から私が申しておりました通り、東京オリンピック・パラリンピックの理念に相応しい、みなさまに楽しんでいただける素晴らしい五輪にいたします。

タマヨ――今回のことは非常に残念です。最初から申しておりますように、差別は絶対に許されません。

 

72時間後

セイコ――多様性を重んじる組織委員会として、今回のことは大変残念です。すべては私の責任です(もちろん言葉だけで、実際の責任は取りませんからマスコミの皆さん、いつものように、よろしく)。

ユリコ――組織委員会において適切に判断したものと承知しております(いつまでもしつこいわね。もう済んだことでしょ)。

タマヨ――私には全く理解できない事態でした。多様性を大切に、適切に開催してまいります(被害、被害って、ひがみ根性の人間が多くて困るのよね)。

 

84時間後

セイコ――えっ、パラリンピックの文化プログラムの絵本作家・のぶみさんも辞退ですって、もういい加減にしてほしいわ。選んだのは組織委員会だろうって、だから何だっていうのよ。あ、いけない、本音を言っちゃ。

ユリコ――私は知りませんよ。組織委員会の問題でしょ。

タマヨ――ノーコメントです(なによ、差別したことのない奴なんているわけ? あんたたちだって、真っ白じゃないでしょ)。

Saturday, July 17, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(180)

前田朗「ヘイト・スピーチ処罰は民主主義の条件」『思想運動』1066号(2021年)

前田朗「部落差別解消マニュアルを読む」『部落解放』807号(2021年)

前田朗「表現の不自由展・その後妨害事件再び」『マスコミ市民』630号(2021年)

前田朗「生きる、学ぶ、闘う――不屈の歴史学」『救援』626号(2021年)

前田朗「国連人権理事会強姦法モデル案」『救援』627号(2021年)

前田朗「日本植民地主義をいかに把握するか(七)コリアン文化ジェノサイド再論」『さようなら!福沢諭吉』第11号(2021年)

Friday, July 16, 2021

スガ疫病神首相語録47 ヒロシマで平和を祈る

7月15日、バッハIOC会長がヒロシマを訪問し、コーツ調整委員長がナガサキを訪問した。

 

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 ついに平和都市ヒロシマにやってきた。感慨深いものだ。76年前、科学の力がこの上空で炸裂し、日本軍国主義の息の根を止め、平和をもたらした。戦後の国際平和を念願してこのまちの人々は目覚め、国際平和都市として再出発したそうだ。平和の祭典オリンピックはこの国の首都・東京で開催だが、ヒロシマという平和のまちをIOC会長が訪問することによって、われわれは平和と正義の力を示すことができる。聖なる五輪に幸いあれ。

 ここが平和公園か。素晴らしい場所だ。高く澄み渡る空にヒコーキ雲、日差しは厳しいが爽やかな微風が心地よい。誰もが敬虔な思いで平和を願い、佇んでいる。この人々はなんて素晴らしいのだろう。日本国民は模範的で、まさに五輪精神にフィットしている。整然と、静かに、優しく、笑顔で私を迎えてくれる。私を神のごとく崇め奉り、憧れの眼差しで讃えてくれる。いま、この瞬間がIOCの世界精神と平和を願う日本の人々が重なり、波長を合わせ、一つになる時だ。

 それにしても日本国民は素晴らしい。一瞬にして20万もの犠牲者を生んだ科学の力に帰順し、ひたすら寛容で、アメリカに平伏し、穏やかに付き従っている。蹴られても、踏みにじられても、殴り倒されても、あらゆる苦悩を振り捨てて、命令に従い、不平も言わずじっと耐えている。新型コロナ禍にもかかわらず、五輪開催にもかかわらず、黙って言いなりになる強い精神の持ち主だ。この人々にやさしい言葉はいらない。押し付け、騙し、振り回し、やりたい放題やってあげるのが恩寵というものだ。

他の国民なら何度暴動が起きるか分からない。暴れまわり、多数の犠牲者が出て、政権が崩壊してもおかしくない。マンハッタンなら10人は死ぬな。シャンゼリゼの店舗は壊滅だ。中央アフリカやウガンダなら町が一つ消えてしまうかもしれない。それがどうだ、日本国民は結束し、沈黙し、礼儀正しく、私たちの言いなりになってくれる。この鍛えられた国民精神こそ文字通り五輪に相応しい。鋼というよりも、チタンというよりも、ダイヤモンドのように硬質な純度100%の従順だ。当たり外れなし。五輪開催と新型コロナで必ずや医療崩壊をきたし、犠牲が増えると聞いているが、それも彼らは気に留めない。いや、崇高なる五輪のための犠牲となることを心の底から願っている。ひょっとすると、これが特攻精神というやつかもしれない。玉砕精神とも言ったかな。死をも恐れず邁進する犠牲のための犠牲となり、代償を求めることなく、ひたすら滅私奉公の死の精神。おかげでIOCの財政は安泰だ。

 さあ、世界平和のために祈りを捧げよう。何よりも、私と私の家族のために。IOCの永遠の未来のために。ついでに、世界の紛争地で脅えている子どもたちのために。屈従と危険のために苦しむ女性たちのために。どうでもいいけど、東京とヒロシマの栄のために。率先して犠牲となってくれる日本国民の誠意に心から感謝して。無能なスガと無責任なユリコ、2人のお調子者を持ち上げておけば、すべてが許される。神の祝福と五輪の平和のために、祈りを捧げよう。すべてが静謐で、滑らかで、波一つ立たず、心の平穏に満たされたヒロシマに幸いあれ。

 んんんっ? どこかで声が聞こえる。「バッハ、ゴーホーム」?

 気のせいだろう。いずれにしても、さあ帰ろう。パフォーマンスはおしまいだ。東京に戻って快適なホテルで五輪開催を待つことにしよう。命令を出すまでもなく、すべて完璧に忖度してくれる日本国民とともに。

Monday, July 12, 2021

スガ疫病神首相語録46 晴海の恋の物語

タロー・ワクチン混乱大臣はモデルナ・ワクチンが足りないことは連休前からわかっていたと認めた。足りないことが分かっていながら、足りると嘘をついて配布を調整していたことが発覚。打ちすぎた自治体のせいにして責任逃れを繰り返している。嘘つき天国。

ニッシー経済破壊担当大臣は、金融機関が酒の提供停止を拒む飲食店に圧力をかけるよう求める発言をして、業界の反発を招いた。ニッシー発言はガースーの了解を得ていたとの情報があるが、ガースーは口をつぐみ、マスコミはすべてニッシーのせいにしている。忖度しろよと圧力天国。

東京五輪、いよいよ開幕を迎え、組織委員会は選手団に配布するコンドームの準備も万端。五輪選手村では連日連夜、福島の被災者そっちのけでアスリート・ファーストの「夜の復興」、新型コロナ感染恐怖に「打ち勝った証」としての「平和の祭典」――何が何でも五輪開催、ハルマゲドンでも五輪開催。

https://www.tokyo-sports.co.jp/sports/3212040/

https://news.goo.ne.jp/article/mag2/nation/mag2-488742.html

 

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*銀座の恋の物語のメロディで

 

武漢で生まれた その日のように

東京五輪の 真夏の夜に

イギリスで生まれた あの日のように

思わず蒸せる 暑い夜

東京で一つ

晴海で一つ

若い2人が はじめて逢った

ほんとの 恋の 物語

 

インドで生まれた デルタ型

ブラジル生まれの 私たち

空を越えて 海を越えて

飛んでくと言う娘の いじらしさ

東京で一つ

晴海で一つ

若い2人が 命をかけた

ほんとの コロナの 物語

 

ビレッジプラザで 瞼をとじて

次々生み出す 変異株

観客なしでも このままで

嵐が来たって 五輪開催

東京で一つ

晴海で一つ

若い2人が 誓った夜の

ほんとの コロナの 物語

 

世界に広める コロナ禍を

ほんとの コロナの 物語

 

*銀座の恋の物語

https://www.youtube.com/watch?v=Xa7aMt2rvVI

Sunday, July 11, 2021

非国民がやってきた! 001

田中綾『非国民文学論』(青弓社)

https://www.seikyusha.co.jp/bd/isbn/9784787292520/

<ハンセン病を理由に徴兵されなかった病者、徴兵検査で丙種合格になった作家、さまざまな手段で徴兵を拒否した者――。総動員体制から排除された戦時下「非国民」の短歌や小説を読み込み疎外感と喪失感を腑分けし、そこから生じる逆説的な国民意識を解明する。>

「いのちの回復」への苦悩の歩みを、「「絶望」を超えて――〈書く〉ことによるいのちの回復」と表現し、ハンセン病療養者の存在、生き様、そして短歌に「〈国民〉を照射する生〉を見る。

歌集『白描』の明石海人に「〈幻視〉という生」の視点から迫り、精神の自由を求めて歌誌「日本歌人」にたどり着いたもう一つの思いを探り、二・二六事件歌に「天刑と刑死」の厳しさを確認する。

次に、ハンセン病療養者とともに非国民とされた徴兵忌避者について、金子光晴『詩集 三人』と丸谷才一『笹まくら』を素材に検討する。

著者は「抵抗の文学」や「反戦の文学」と区別される「非国民文学」という枠組みを設定する。徴兵検査から排除され、国民から除外されながら、なお<国民>的な心性を持ち、国民への激しい希求を抱きながら、やはり「非国民」でしかありえない存在とされたところに「非国民文学」の場を設定する。金子光晴は「抵抗の文学」に数えられてきたが、著者は金子の場合、国家から排除されたために家族によりどころを求めたという。

他方、明治天皇御製が一九四〇年前後(昭和十年代)にいかなる位置を得て、いかなる影響を及ぼしたか。『国体の本義』などにみる明治天皇御製を追跡し、御歌所所員らの「謹話」にみる明治天皇御製にも目を配る。

著者は最後に「仕遂げて死なむ――金子文子と石川啄木」として、大逆の文子と啄木の短歌世界を論じて本書を閉じる。

本書で扱えなかった「非<国民>文学」として著者は太宰治、高見順、伊東静雄、亀井勝一郎、保田輿重郎をあげる。「女こどもについてはほとんど言及することができなかった」と述べるように、取り上げられた女性は金子文子だけであるが、少数者への視線――「国家からとりこぼされてしまう人々をこそ見つめたい」という意識を持っていることが分かる。

著者は北海道出身で、北海学園大学教授、三浦綾子記念文学館館長である。

私は長年「非国民研究者」と自称してきた。10年間、勤務先で「非国民」という日本唯一の授業も開講した。<非国民がやってきた!>シリーズを3冊出版している。

『非国民がやってきた!――戦争と差別に抗して』(耕文社、2009年)

『国民を殺す国家――非国民がやってきた!Part.2』(耕文社、2013年)

『パロディのパロディ 井上ひさし再入門――非国民がやってきた!Part.3』(耕文社、2016年)

1作の『非国民がやってきた!』では、やはり北海道を描いた作家の夏堀正元の『非国民の思想』と、ジャーナリストの斎藤貴男の『非国民のすすめ』を手掛かりに、幸徳秋水・管野すが、石川啄木、鶴彬、金子文子・朴烈らを取り上げた。

2作の『国民を殺す国家』では石川啄木、伊藤千代子、小林多喜二、槇村浩、そして治安維持法と闘った女たち・男たちを取り上げた。

3作の『パロディのパロディ 井上ひさし再入門』では非国民にこだわった井上ひさしと、非国民として亡くなった父親を取り上げた。

天皇と国民の野合(憲法第1条)でまとめられた日本という国民主義の世界では、マイノリティ、先住民族、外国人、そして思想的マイノリティ、変革を志す人々は非国民として指弾され、殺されていく。非国民を生み出す国民国家・日本は現在も変わらない。

田中綾『非国民文学論』はハンセン病療養者と徴兵忌避者に焦点を当てつつ、最後には文子と啄木にたどり着く。続きを読みたくなる本だ。

北海道出身ながら、北海道文芸には通じていない私は、夏堀正元の『渦の真空』を文学史のベスト10にいれている。ちなみに『死霊』は個人的に好きではないので、井上ひさしや大江健三郎は別格として、大西巨人の『神聖喜劇』がトップクラスになる。つまり北海道文芸としては夏堀ということになる。

田中綾は三浦綾子記念文学館館長だという。私は三浦綾子をきちんと読んでいない。なんと、『氷点』だけだ。『銃口』を青年劇場で見た時にきちんと読んでおくべきだった。反省。

Saturday, July 10, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(179)ネット差別と法

月刊『部落解放』807号(20217月号)

https://www.kaihou-s.com/book/b586694.html

特集●ネット差別と法

明戸隆浩「ネット上のヘイトスピーチの現状と課題―「2016年」以後を考える」

唐澤貴洋「インターネット上の扇動表現と発信者情報開示請求」

上瀧浩子「インターネット上の複合差別と闘う」

金尚均「ドイツのネットワーク法執行法について」

宮下萌「インターネット上の人権侵害に対する法整備のあり方」

Saturday, July 03, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(178)都市計画の視点

中澤知己・杉田早苗・土肥真人「川崎市ヘイトスピーチ解消に向けた条例制定の動きとその成立事情」『都市計画論文集』55巻3号(公益財団法人日本都市計画学会、2020年)

ヘイトスピーチ規制の刑事罰を導入した「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」の成立に至る議事録とパブリックコメントを分析する論文である。分析の視点として都市における多文化共生という認識が示される。

ヘイト・スピーチの沿革、内外におけるヘイト対策を概観し、川崎市の人権施策の変遷を確認した上で、条例制定経過を追跡する。活字部分だけを読むと従来指摘されてきたことの繰り返しがほとんどに見えるが、著者らが作成した図表を見ると、周到な研究をしていることがわかる。

320132020にかけての川崎市のヘイト関連年表。

4は川崎市議会における議員の発言回数と賛否の一覧。

5は市の担当部局の発言数と賛否

圧巻は図2「市議会での議論の変遷」という図である。川崎市における出来事、市議会における議論の移り変わり、ヘイト・スピーチ一般への対応、公共施設利用ガイドライン、条例化、罰則、インターネットのヘイト等について、2015~2020の動向をまとめた図で、盛り込まれた情報が多く、カラーで見やすく、いろんな読み方ができる。この図ひとつだけで極めて有益な論文である。さらにパブリックコメント結果についても分析している。

結論として、川崎の場合、独自の歴史を通じて、「都市の中に多文化共生の意識が醸成されてきたと考えられる。ヘイトデモに対抗する市民の数の多さや、ヘイトデモに対する迅速で粘り強いカウンター行動は、そうした歴史が素地になったと考察される」という。

「都市の中に多文化共生の共通認識があり、市民、市議会、行政が同じ方向を向き一丸となったからこそ、全国で初めてとなる対策を実行できた。都市のビジョンを共有する事は、都市問題に立ち向かう力になりうることがわかった。」

結論も、従来から知られていることと同じと言えば同じだが、この結論に至る調査の裏打ちが豊富である。

スガ疫病神首相語録45 適度の疲労(ヒーロー)

7月1日、「過度の疲労」で入院していた小池都知事が退院した。前週から感染者が増加して、前日には700人を超え、非常事態が迫る中、「過労」とは言えないのに「過度の疲労」で入院していた。マスコミは横並びで「過度の疲労」という珍妙な言葉を振りまいた。

政界では、都知事選からの逃走説、小池知事と菅首相の連係プレー説、愛猫死亡による黄昏説が飛び交った。過度の疲労で同情集めのヒーロー/ヒロイン演技説も。

 

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セイコ――ユリコさんは過度の疲労ですって。大変だわ(この大事な時にお休みだなんて何なの。私は休んでる暇なんてないのよ)

タマヨ――平和の祭典開催に向けて準備に追いまくられたから(逃げたに決まってるわ、敵前逃亡よ)

セイコ――いよいよ3週間よ(マスコミも中止と言わなくなって良かった)

タマヨ――ユリコさんのいない間、私たちでフォローしなくちゃ(ユリコのいない間に方針を決めましょう)。

セイコ――そうしましょう(何言ってるの、あなたは方針と関係ないのよ)

タマヨ――無観客か有観客かって大騒ぎですもの(無観客なんてありえないわ、IOCに顔向けできないじゃない)

セイコ――無取材陣なら素敵だけど。

タマヨ――ダメよ、セイコさん、本音を漏らすとまたマスコミからとやかく言われるわ。

セイコ――そうね、自分では何もできないくせに揚げ足取りだけは上手な連中だから(あなたのことなんだけど)

タマヨ――だ、か、ら、セイコさん、本音を漏らしちゃダメだって(マスコミに告げ口しておくわよ)

セイコ――ここにはタマヨさんしかいないから大丈夫よ(何の政治的見識もないあなただから安心よ)

タマヨ――そうね(……スケートと自転車の二股セイコを信用するのはアブナイかも)

セイコ――「バブルだから大丈夫」なんて嘘をつくのも疲れてきたわね。

タマヨ――だ、か、ら、セイコさん、本音を漏らしちゃダメだって(何言ってるの、この馬鹿、バブルは安全安心なのよ)

ユリコ――どうも、入院でご迷惑をおかけしました。

セイコ・タマヨ――わっ、出た!!(何よいきなり、ミドリムシおばさん)。

ユリコ――この度はご迷惑をおかけして(私のいない間に勝手なことしてないでしょうね)

セイコ――お元気そうでよかったわ(もっと入院してればよかったのに)

タマヨ――本当に退院おめでとう(仮病のくせにわざとらしい)

ユリコ――それじゃあ、これから3週間、言動には気を付けてくださいね。

セイコ――気をつけろですって?

ユリコ――あら、失礼。言い間違えよ。3週間、ラストスパート、よろしくお願いします。

セイコ・タマヨ――大和撫子トリオで頑張りましょう。

ユリコ――よろしくね(無能なあなたたちと一緒じゃ、お笑いトリオになってしまうけど)

Wednesday, June 30, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(177)f インターネットとヘイトスピーチ

中川慎二・河村克俊・金尚均編『インターネットとヘイトスピーチ――法と言語の視点から』(明石書店、2021年)

河村克俊「ヘイトスピーチと互恵性原則」

著者はヘイト・スピーチを互恵性原則に照らして考える。「互恵性は『平等』に通じる基本的原則であり、この原則を基礎づけるのは誰もがもつ人間の『尊厳』である」。著者はドイツでの議論を参照する。ヘイト・スピーチの定義をいくつか紹介しているが、人種的嫌悪、敵意、反ユダヤ主義をはじめとする不寛容な言語表現であり、「ヘイトスピーチは暴力である」という見解を紹介する。

独逸におけるヘイト・スピーチの事例を崩壊した上で、著者は言論の自由との関係に進む。公正な議論を通じて民主主義社会が成立するので、言論の自由は不可欠の原理である。だが無制限ではない。言論の自由は何でもありの自由ではなく、他者の尊厳や名誉を尊重しなければならない。そうでなければ、互恵性がないことになる。尊厳や互恵性を著者はその専門であるカント哲学に基づいて詳説する。カントの「黄金律」そして「定言命法」に遡る。

「あなたの人格のうちなる人間性を、またどの他者の人格うちにもある人間性を、常に同時に目的として扱い、決して単なる手段として扱わないように行為しなさい。」

著者は、ヘイト・スピーチが被害者の人間の尊厳を攻撃する点だけではなく、加害者の人間の尊厳を自ら損なうことに注目する。

「自らを目的として扱おうとする限り自己に対してふりかかるヘイトスピーチはあらゆる手段を行使することでこれを退けねばならない災厄である。憎悪に満ちた言葉の暴力は私たちの自己意識を苛み、自身の能力の開発どころか自分であろうとすることすら困難にする。したがってこれを退けることは自分自身に対する義務となる。換言すれば、もしそのヘイトスピーチの暴力によって私たちが自らの生きようとする意欲を否定するほどに傷つくならば、この暴力を排除することと同時に、自らを維持することが自分自身に対する道徳的義務となる。」

哲学的な互恵性理解に立ってヘイト・スピーチの本質を明らかにする試みであり、傾聴に値する。

私は「ヘイト・スピーチは社会を破壊する」と主張してきた。被害を生むだけではなく社会の存立にとって妨害となるからだ。ヘイト・スピーチは民主主義に反し、民主主義を破壊する。民主主義を守るためにはヘイト・スピーチを処罰するべきである。表現の自由を守るためにはヘイト・スピーチを処罰するべきである。国際常識であり、このことを10年以上主張してきたが、日本の憲法学者からはほとんど賛同が得られない。日本の憲法学は「マイノリティに対するヘイト・スピーチの自由」を必死で擁護するが、これは「日本人の特権」を主張していることでしかない。互恵性と尊厳の理解を参照して、さらに説得していく必要がある。

Tuesday, June 29, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(177)e インターネットとヘイトスピーチ

中川慎二・河村克俊・金尚均編『インターネットとヘイトスピーチ――法と言語の視点から』(明石書店、2021年)

中川慎二「常態化したヘイトスピーチの恐怖――コミュニケーション・ジャンルからの考察」

冒頭に簡潔な要約がなされている。

「ヘイトスピーチの持つ恐怖と扇動について、言語コミュニケーション研究の立場から議論したい。最初はオーストリアで常態化した恐怖の政治について言及し、次にヘイトスピーチの定義に触れ、ルックマンのコミュニケーション・ジャンル理論からヘイトスピーチの分析を試みる。ルックマンのコミュニケーション・ジャンル理論に含まれる内構造、外浩三、場面実現構造をヘイトスピーチの例から解き明かし、場面実現構造の内容を、フォン・トゥーンのコミュニケーション・モデルとワツラーヴィックらの5つの格率から考察する。また、コミュニケーションのメディア性に触れたのちにヘイトスピーチの背景にある制度内で慣例化した人種差別について議論する。」

50頁弱の論文で、結構長いが、多くは上記のコミュニケーション・ジャンル理論やその元になった理論の解説である。知らないことばかりだったので、勉強になった。理論の解説の際に、日本での会話の実例が多数活用されていてわかりやすい。日本のヘイトの現場の状況を言語論的に分析しているところも興味深い。

ハイムズのスピーキング・モデル、ルックマンのコミュニケーション・ジャンル理論、フォン・トゥーンのコミュニケーション理論、ワツラーヴィックらの5つの格率などを活用した分析は面白いが、きちんと理解できたかどうかはわからない。

最後に「差別の意匠」として「制度内で慣例化した人種差別とスーパーダイバーシティ」を論じている。インターネットでは「個人としてのレイシズムと制度としてのレイシズムとがインターネットの中で複雑に絡み合っているのだ。そして、場合によっては個人としてのレイシズムの確信もないままにSNSの書き込みを行い、制度としてのレイシズムに『のっかり』ゲームのように人種差別をするSNSユーザーが現れたの得ある。彼らは新自由主義という背景の中で、社会の主流の中に存在しながら、少数者をいわゆる権謀術数理論によって誹謗中傷する。」という。納得である。

個人としてのレイシズムと制度としてのレイシズムをどのように関係づけて分析するのか、私自身、課題を意識してはきたが、まだまだ模索中なので、参考になった。

Sunday, June 27, 2021

スガ疫病神首相語録44 吾輩はコロナ坊ちゃんである

新型コロナ感染リバウンド状況になり、ワクチン接種とオリンピック開催をめぐる議論が続いている。理念も開催意義も失われたオリンピックに向けて「ずるずる、だらだらの暴走」が止まらない。

 

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 吾輩はコロナである。型名はまだ無い。

 どこで生れたか頓と見當がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所で武漢型とモゴモゴしていた事丈は記憶して居る。吾輩はこゝで始めて人間といふものを見た。

親讓りの無鐵砲で子どもの時から損ばかりしている。ロンドンに居る時分ロンドン一のおバカと言われた輩に感染させて一週間程除菌室に送られた事がある。

然もあとで聞くと、それはジョンソンといふ人間中で一番珍妙な種族であつたさうだ。此ジョンソンといふのは、時々我々を捕へてワクチンに差し出すといふ話である。

なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。ロンドンの二階バスから首を出して居たら、武漢型の一人が冗談に、いくら威張つても、そこから飛び降りる事は出來まい。弱虫やーい。と囃したからである。

然し其當時は何といふ考もなかつたから別段恐しいとも思はなかつた。但彼の掌に載せられてスーと持ち上げられた時、何だかフハフハした感じが有つた許りである。掌の上で少し落ち付いてジョンソンの顔を見たのが、所謂人間といふものゝ見始であらう。

医療用プレパラートに乗せられて歸つて來た時、おやぢが大きな眼をして二階位から飛び降りて腰を拔かす奴があるかと云つたから、此次はジャパニーズに感染させて見せますと答へた。

此時妙なものだと思つた感じが今でも殘つて居る。第一スパイクを以て装飾されるべき筈の顔が、つるつるして丸で薬罐だ。其後インド型やブラジル型にも大分聞いたがこんな型には一度も出會はした事がない。加之顔の眞中が餘りに突起して居る。そうして其穴の中から時々ぷうぷうと烟を吹く。どうも咽せぽくて實に弱つた。是が人間の飲む烟草といふものである事は漸く此頃知つた。

親類のものからデルタ型のスパイクを貰つて奇麗な刃を日に翳して、友達に見せて居たら、一人が光る事は光るが感染しさうもないと云つた。感染せぬ事があるか、何でも感染させて見せると受け合つた。

 そこでトーキョーに来てしばらくはよい心持に坐つて居つたが、暫くすると非常な速力でワクチン接種とあいなった。ワクチンが効いたのか自分が弱体化したのか分らないが無暗に眼が廻る。胸が惡くなる。到底助からないと思つて居ると、どさりと音がして眼から火が出た。夫迄は記憶して居るがあとは何の事やらいくら考へ出さうとしても分らない。

 ブラジル型が、そんならジャパニーズと共生してみろと注文したから、何だジャパニーズぐらい此通りだと北のススキノや南の国際通りまでぐるっと回って見せた。幸ひワクチンが遅れたのと、タローの官僚が無能だつたので、今だにジャパニーズと共生して居る。さてこそ傷痕は死ぬ迄消えぬ。

 ふと氣が付いて見るとイギリス型は居ない。澤山居つた兄弟が一疋も見えぬ。肝心の母親さへ姿を隱して仕舞つた。其上今迄の所とは違つて無暗に明るい。眼を明いて居られぬ位だ。果てな何でも容子が可笑いと、のそのそ這ひ出して見ると非常に痛い。吾輩は藁の上から急にワクチン広場へ棄てられたのである。急遽最強のトーキョー型に変異しなくてはと必死の工作中である。

 次第に訳がわからなくなってきた。井上ひさしの芝居には『吾輩は漱石である』があるが。猫と坊ちゃんをかけた試みは初めてだと思うが、予想通り収拾がつかない。

スガ疫病神首相語録43b パンデミックが止まらない(2)

ひょうたん島研究会・TT(高木@千葉高退教)さんが「ロマンチックが止まらない」の替え歌を作っています。

 

ご本人は「かなり苦しい替え歌になっている」とのことですが、私のと同じ趣向です。

 

また「次に替え歌を作るときは、やっぱり演歌にしようっと!」とのことです。

 

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パンデミックが止まらない                                          

│(作詞:TT、作曲:筒美京平)                                      

                                                                  

│長い宣言 終わって(Fu-Fu 無理やりに)                           

│五輪開幕 もうすぐ(Fu-Fu 無理やりに)                            

│無観客 5000人から はみだした                                    

│観客数は 1万                                                    

                                                                  

│誰か オリンピック 止めて オリンピック                           

│マスクで 息が 苦しくなる                                        

                                                                  

│五輪貴族に甘く 言いなりの                                        

│組織委じゃ パンデミックは                                        

│止まらない       

Sunday, June 20, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(177)d インターネットとヘイトスピーチ

中川慎二・河村克俊・金尚均編『インターネットとヘイトスピーチ――法と言語の視点から』(明石書店、2021年)

オヌール・エツァータ「ドイツ国家社会主義地下組織(NSU)とドイツにおけるヘイトクライムに対する取り組み」

著者はネオナチ地下組織のNSUの裁判で付帯訴訟の代理人を務めた弁護士である。ヘイトクライム事件の弁護人経験を有し、反レイシズムの立場である。NSU事件とは19982011年にかけてNSUメンバーが人種差別動機で10人の殺人事件を起こした事件で、2013年に始まった裁判は437回の公判を開く、ドイツ刑事裁判史に残る長期裁判となったが、NSUの組織的背景や、連続殺人に至るプロセスは未解明のまま終わった。というのも警察側に反レイシズムが徹底しておらず、それどころか被害者たちをテロや麻薬事犯の容疑者ではないかと疑いをかけ、加害者の特定が遅れるなど、ドイツ刑事司法に大きな制約があったという。

郭辰雄「ヘイトスピーチ根絶のための取り組み――鶴橋、ネット、二つの事例から見えるもの」

著者はヘイトスピーチと闘ってきたコリアNGOセンター代表理事。鶴橋に代表されるヘイトデモへのカウンター行動、被害実態調査を行い、ヘイトスピーチ禁止の仮処分申請を行ってきた。その経緯がつづられる。さらに李信恵・反ヘイトスピーチ裁判の支援も続けた。その経験をもとに、ネット上のヘイトの法的責任追及、複合差別との闘いを論じている。

2論文はいずれも反ヘイトのカウンタ委の理論と実践に大いに有益である。ただ、「インターネットとヘイトスピーチ」という本書の主題から言うと、ややずれている印象がある。

Thursday, June 17, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(177)c インターネットとヘイトスピーチ

中川慎二・河村克俊・金尚均編『インターネットとヘイトスピーチ――法と言語の視点から』(明石書店、2021年)

金尚均「ヘイトスピーチの社会問題化とヘイトスピーチ解消法」

序 問題

 インターネット上のヘイトスピーチ

 ヨーロッパにおける対応

Ⅲ ドイツにおける新立法(SNSにおける法執行を改善するための法律

Ⅳ 若干のまとめ

序ではヘイトスピーチ解消法の問題点・限界を確認し、Ⅰでネット上の情報の特殊性やネット被害回復の困難さを確認した上で、金はヨーロッパにおける対応としてプラットフォーム行動規範と欧州委員会の対応を紹介し、本論でドイツの新立法を詳しく紹介・検討する。

ドイツでは刑法に民衆煽動罪の規定がありヘイト対策が成されてきたが、SNSへの対応は不十分であった。プロバイダの自主規制が模索されてきたがやはり不十分なため、SNSにおける法執行を改善するための法律に至った。

ドイツ国内に200万人以上の利用者のいるSNSの迂遠映写に、苦情手続きを設け、利用者の苦情を受理し、刑法上問題になる書き込みを24時間以内に削除又はブロッキングすることを義務づけ、実施しなければ最高500万ユーロ(企業には5000万ユーロ)の罰金を課すことにした。刑法上問題になるものに、犯罪の煽動、テロ団体結成、児童ポルノとともにヘイト・スピーチが掲げられている。苦情処理手続きも具体駅に定められている。

金は新法を「義務を懈怠した場合に過料を科すことで、従来、司法による判断に委ねていた微妙な表現内容もホスティング・プロバイダに対応を迫ることになる。第1に単に表現と交流の場としてのプラットフォームを中立の立場で提供しているにすぎない、そして表現の自由という基本的人権の保護に照らし表現の自由について司法判断に委ねるとのホスティング・プロバイダの態度、第2に問題ある投稿による法益侵害の拡散と継続、そして第3に投稿者の行為の『野放し』状態、というこれら三者三つ巴の狭間でホスティング・プロバイダを対象にしてとられたインターネット上の表現対策と言える」という。

「インターネット技術の発展によって社会において差別に対する障壁が低くなるおそれすらある」ので、ルールづくりが必要となる。

新法で違法な情報とされているのは刑法上の犯罪に該当する表現である。「特定人を攻撃対象にしてない誹謗中傷表現はドイツにおいても民事賠償の対象とはならず刑事規制の対象でしかない。このような刑事規制の対象にしかならない表現行為を中心に削除又はブロッキング措置をとることは、ドイツ通信媒体法との関係で法の間隙が生じることを回避し、これらの拡散の阻止という見地からは一定の意義があると思われる」という。

ドイツ法の仕組みの概要がわかって参考になる。フランス法は、刑罰導入について一部違憲との判決が出たようだが、欧州全体での取り組みがどのようになっていくのか知りたいところだ。

Wednesday, June 16, 2021

「日本国憲法の改正手続に関する法律の一部を改正する法律」の可決成立に強く抗議する法律家団体の声明

2021年6月16日

改憲問題対策法律家6団体連絡会

社会文化法律センター 共同代表理事 宮里 邦雄

自由法曹団 団長 吉田 健一

青年法律家協会弁護士学者合同部会 議長 上野 格

日本国際法律家協会 会長 大熊 政一

日本反核法律家協会 会長 大久保賢一

日本民主法律家協会 理事長 新倉 修

 

1 拙速な可決成立に対して、強く抗議する

本年 6 11 日、参議院本会議で、「日本国憲法の改正手続に関する法律の一部を改正する法律」(以下「改正改憲手続法」または単に「改正法」という。)が、自民、公明、維新、国民、立民などの賛成多数で可決成立した。改正改憲手続法は、2016 年に累次にわたり改正された公職選挙法(名簿の閲覧、在外名簿の登録、共通投票所、期日前投票、洋上投票、繰延投票、投票所への同伴)の7項目にそろえて改憲手続法を改正するものである。衆議院憲法審査会で立民の修正提案で、「施行後 3 年を目途に」、有料広告制限、資金規制、インターネット規制などの「検討と必要な法制上の措置その他の措置を講するものとする」附則第4 条が加えられた。

 改憲問題対策法律家6団体連絡会は、2018 6 月の法案提出以来一貫して法案の重大な欠陥を指摘し続けてきた。昨年 11 月から始まった衆・参憲法審査会の審議において、その欠陥は動かしがたく明らかとなったにもかかわらず、何らの見直しもないまま法案を成立させたことに強く抗議する。附則 4 条は、立法者自ら改正改憲手続法の重大な欠陥を認めて、この法律のままでは公平公正な国民投票が実施できないことを明らかにしているが、だとするならば、重大な欠陥の解決を先送りにしてまでこの改正法を成立させる理由は全くなく、徹底審議の上で一旦廃案にする選択以外にはなかったはずだ。

 

2 改正法は、憲法改正国民投票の公平公正が確保されない欠陥法であること

 そもそも憲法96条の憲法改正国民投票は、国民の憲法改正権の具体的行使であり、最高法規としての憲法の国民意思による正当性を確保する手段であることから、できる限り多くの国民に平等に投票の機会を保障し、公平公正を確保する手続きであることが憲法上強く要求されている(国民主権;前文、憲法 1 条、法の下の平等;憲法 14 条、硬性憲法と憲法の改正手続き;憲法 96 条、最高法規;憲法 97 条、98 1 項)。

() 投票できない国民がいることを放置したままであること

 遠洋航行などで長期にわたり洋上にいる船員等の中には、改正法のままでは憲法改正国民投票ができない人が出てくる。また、郵便投票の対象者が要介護5に限定されてい るため現在でも投票できない国民が相当数いることが指摘されている。新型コロナ感染症の拡大により、指定病院等に入院中の方や、宿泊施設や自宅で療養を余儀なくされている場合も投票ができない可能性がある。このように、正当な理由なく憲法改正国民投票の機会を奪われている国民がいるとすれば、2005 9 14 日の最高裁判例に照らしても、改正改憲手続法が違憲状態にあることは明らかである。

さらに、繰延投票の告示期日の短縮はそれ自体投票環境の後退であり、憲法改正国民投票に繰延投票が適切なのかという根本問題も提起されている。期日前投票の弾力的運用は、開始時刻の繰り下げと閉鎖時刻の繰り上げという投票時間の短縮となっていたり、共通投票所の設置が、投票所の集約合理化(=投票所の削減)をもたらしているという実態が明らかとなった。また、在外投票については在外投票名簿の登録率も投票率もともに減少しており、在外邦人の投票の機会が十分に保障されない制度上の問題点が指摘されている。

 憲法改正国民投票は、前記の性質上、できる限り多くの国民に対し平等に投票の機会が保障されなければならないが、改正法は、投票できない国民が放置されているなど、違憲の疑いが極めて強いといえる。

(2)憲法改正国民投票の公平公正が担保されていないこと

 改憲手続法については、2007 5 月の成立時において参議院で 18 項目にわたる附帯決議がなされ、2014 6 月の一部改正の際にも衆議院憲法審査会で7項目、参議院憲法審査会で 20 項目もの附帯決議がなされる等、多くの問題点が指摘されているにもかかわらず、こられの本質的な問題点が、改正法ではまたもや放置され先送りとされた。

とりわけ、①ラジオ・テレビ、インターネットの有料広告規制の問題やインターネット、ビッグデータ利用の適正化を図る問題、②公務員・教育者に対する不当な運動規制がある一方で、外国企業を含む企業や団体、外国政府などは、費用の規制もなく完全に自由に国民投票運動に参加できるとされている問題、③最低投票率が設けられていない問題等の見直しは、国民投票の公平公正を確保し、憲法改正の正当性を担保するうえで不可欠の根本問題である。

今回成立した改正法は、以上のような国民投票の公平公正を担保し、投票結果に正しく国民の意思が反映されるための措置について全く考慮されていない欠陥法であり、このままでは違憲の疑いが極めて強いといえる。

 

3 改正改憲手続法のもとで、改憲発議を行うことは憲法上許されないこと

菅首相や自民党など改憲派は、「施行後 3 年を目途に」、有料広告制限、資金規制、インターネット規制などの「検討と必要な法制上の措置その他の措置を講するものとする」附則 4条の措置がとられなくても、改憲発議は妨げられないとして、自民党改憲 4 項目改憲原案の議論を一気に加速させることを狙っている。

しかし、前述のとおり、改正法は、憲法改正国民投票の公平公正が確保されない違憲状態の欠陥法である。そして改憲手続法の違憲状態を解消することは、国会に課された義務であり、その義務の履行を怠ったまま、国会が、改憲の発議権を行使することが許されないことは、前述の憲法改正国民投票の性質上当然である。

 附則 4 条は、施行後 3 年を目途という期限をきって、このことを確認したものであり、法的な拘束力を持つことは明らかである。

 以上より、改正法の違憲状態を解消するために必要な措置が講じられるまでは、国会議員による憲法改正原案の発議(国会法 68 条の2)、憲法審査会による憲法改正原案の提出(同法 102 条の7)、国会による憲法改正の発議(憲法 96 条)は、いずれも、憲法上許されないというべきである。

4 市民と野党の共闘で、自民党改憲 4 項目(安倍・菅改憲)発議を阻止しよう。

2017 5 月、当時の安倍首相は 2020 年までに新しい憲法の施行を宣言し、2018 年3月に自民党は、9 条に自衛隊を明記するなどの4項目の改憲案(素案)を取りまとめて、同年 6 月に、改憲手続法改正案を国会に上程した。その狙いが安倍改憲を憲法審査会で議論するための呼び水であったことは、今年 5 3 日菅首相が、改正改憲手続法案について「憲法改正議論の最初の一歩として成立を目指さなければならない」と発言したことからも明らかである。しかし、改憲派の議席が 3 分の 2 以上を占める中で、市民と野党は共闘し、安倍 9 条改憲 NO3000 万署名運動を広め、安倍改憲を一歩も前に進めさせることなく、安倍首相を辞任へと追い込んだ。このことは特筆されるべき成果であり、憲法が市民の中に定着している何よりの証左である。

安倍首相の後継である菅首相もまた、今年 6 10 日、改正改憲手続法の成立を機に、憲法9条への自衛隊明記や緊急事態条項の創設などを盛り込んだ自民党改憲4項目の改憲論議を進める決意を公言した。本来、「憲法尊重擁護義務」(憲法99条)を負う首相や国会議員が国民の意思を無視して改憲を先導主導することは憲法に違反する。憲法改正は、国民の中から憲法改正を求める意見が大きく発せられ、世論が成熟した場合に限り行われるべき

ものである。今、国民は、政府や国会に対し、コロナ対策、命と生活を守る政治を求めているのであって、改憲世論は全く熟していない。

憲法によって公権力を制約し、国民の権利・自由を保障するのが立憲主義である。憲法に拘束される権力の側が、国民を差し置いて憲法改正を声高に叫び、改憲発議のために憲法審査会の開催を要求することは、立憲主義の危機であり、十分な警戒が必要である。この点、改正改憲手続法の審議の中で、附則 4 条の解釈も含め、自民党などが進める改憲論議と改憲発議に対して憲法上の楔を打ち込んだことは、今後に大きな意味を持つであろう。

コロナ禍に乗じた改憲発議を許さず、立憲主義を守るため、改憲問題対策法律家6団体連絡会は、今後も、市民と立憲野党と共闘して奮闘することを宣言する。

 以上

スガ疫病神首相語録43 パンデミックが止まらない

6月15日、野党はスガ内閣不信任決議案を提出したが、与党により否決された。これにより国会は閉会となり、新型コロナ対策もオリンピック開催問題も経済政策も議論が閉ざされた。

6月16日、オリンピック放映権を独占するNBC首脳は、これで史上最高額の収益確実、と勝利宣言をした。

この日、東京の新型コロナ感染者数が増えたが、もちろん大物のガースーはそんな些細なことは気にしない。一部勢力の反対の議論など時間の無駄と蹴散らし、屍を乗り越え、思い出たっぷりのオリンピックに突入するのである。

 

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C-C-Bの「ロマンティックが止まらない」のメロディで

 

長い自粛の途中で (Fu Fu さりげなく)

時短要請 解除 (Fu Fu 小手先で)

3密の エリアから はみだした

君の青い 柄マスク

 

誰か パンデミック 止めて パンデミック

胸が胸が 苦しくなる

 

惑う 基準 甘く 溺れて

Hold me tight  オリンピックは

止まらない

 

入国の基準 緩めて (Fu Fu だらしなく)

遊びなのと 聞いたね (Fu Fu ささやいて)

言葉では 答えない 基準はない

力こめる Tonight

 

誰か パンデミック 止めて パンデミック

息が息が 燃えるようさ

 

同じ孤独を 抱いて生きたね

今夜一人では 眠れない

 

誰か パンデミック 止めて パンデミック

胸が胸が 苦しくなる

 

走るスガに 背中押されて

Hold me tight  オリンピックは

Fu 止まらない

 

 

C-C-B Romanticが止まらない

https://www.youtube.com/watch?v=Oo71KT4SUhw

Friday, June 11, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(177)b インターネットとヘイトスピーチ

中川慎二・河村克俊・金尚均編『インターネットとヘイトスピーチ――法と言語の視点から』(明石書店、2021年)

申恵「インターネットとヘイトスピーチ――国際人権法の観点から」

はじめに

 人種差別撤廃条約とその国内実施

1.4条の規定とこれに対する留保・解釈宣言

2.4条の国内実施状況

3.日本の状況

(1)   ヘイトスピーチと不法行為法の解釈・適用

(2)   ヘイトスピーチ解消法

(3)   地方公共団体及び国の行政機関によるネット上のヘイトスピーチ対策

 ヨーロッパにおけるヘイトスピーチ禁止規範とそれに

1.欧州評議会レイシズムと不寛容と戦う欧州委員会の政策勧告

2.刑事法の手段による人種主義及び外国人嫌悪との闘いに関するEU理事会枠組み決定

(1)   EU枠組み決定とそれに基づく国内法整備

(2)   EU枠組み決定を受けた行動綱領――IT業者によるヘイトスピーチ削除の取り組み

おわりに

国連レベルの人種差別撤廃条約の国内実施と、欧州レベルの欧州評議会やEUの取り組みの紹介・分析を通じて、ヘイト・スピーチの刑事規制とオンラインからの削除の取り組みの現状を明らかにする手堅い論文である。取り上げられた情報の大半は私も紹介してきたが、これだけ手際よく整理することはできていない。

4条の国内実施についてはフランスとオーストラリアの状況を取り上げているが、この2カ国は日本と同様に4条に留保を付しているが、フランスは刑事規制を行いオーストラリアは国内人権委員会を活用している。また4条は刑事規制だけを要請しているわけではないので、民事法や行政法のレベルの規制も必要であるという。

欧州評議会レイシズムと不寛容と戦う欧州委員会の政策勧告の紹介もなされている。「ホロコースト否定犯罪」への言及も紹介している。欧州諸国における「ホロコースト否定犯罪」について私はこのところ調査中だが、東欧と西欧とでは状況がかなり異なるので、整理の仕方を考える必要がある。

EU理事会枠組み決定を受けた行動綱領(2016年)について私は紹介していない。その実施状況も少し紹介されている。今後まとまった研究が期待される。

「ヘイトスピーチを明文で禁ずるのでなく不法行為の規定で対処することの一つの限界は、不法行為法は金銭賠償による救済をもたらしうるにとどまり、人種差別を防止し及び再発を防止する規範としての役割を十分果たしうるとはいい難いことである。2016年にはヘイトスピーチ解消法が成立したが、同法にも、人権条約に沿った形でのヘイトスピーチの定義、及びそれを明確に『違法』とする規定はなく、人の行為規範また当局の法的措置の根拠として用いられるにはおのずと限界がある。」

同感である。

最後に申は2019年のオンライン・テロ防止の「クライストチャーチ・コール」に言及している。これも重要であり、さらに詳細な研究が望まれる。

Wednesday, June 09, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(177)a インターネットとヘイトスピーチ

中川慎二・河村克俊・金尚均編『インターネットとヘイトスピーチ――法と言語の視点から』(明石書店、2021年)

ヘイト・スピーチ刑事規制については、ヘイト・スピーチの本質論を抜きに、「表現の自由」が語られてきた。「ヘイト・スピーチ刑事規制は表現の自由を委縮させるから憲法に抵触するので許されない」という非常識で奇怪な主張が横行してきた。このため私は「インターネットとヘイト・スピーチ」という問題設定できるだけ回避してきた。「インターネットとヘイト・スピーチ」という問題設定をすれば「表現の自由」の議論に陥ることが目に見えているからだ。国連人権理事会の女性に対する暴力当別報告者は「オンライン暴力」という表現を用いているし、EUでは「サイバー暴力」という言葉も用いられる。私もこれらの表現を使う。とはいえ、「インターネットとヘイト・スピーチ」という問題設定は重要であり、喫緊の解題である。

本書の編者のうち2人はヘイト・クライム研究会で一緒に研究してきた。信頼できる研究仲間の編集による著書なので、じっくり勉強したい。

冒頭にジャーナリストの中村一成のエッセイが収められている。新聞記者時代とフリーになってから、いずれもヘイト・スピーチや歴史修正主義との闘いを続けてきた経過が紹介されている。中村については

https://maeda-akira.blogspot.com/2017/02/blog-post_3.html

次に中川慎二、木戸衛一、辛淑玉による鼎談「インターネットとヘイトスピーチ」だ。3人とも昨春まで留学でドイツに滞在していた。コロナが流行した時期に、木戸と辛は帰国したが、中川はオーストリアに滞在を続けたようだ。新型コロナとヘイトスピーチの関連、ドイツと日本の対比、植民地主義の変容、そしてフライデーズ・フォー・フューチャー、そして選民思想と天皇制。

木戸「フライデーズ・フォー・フューチャーが問題提起しているのは、今までの生き方、過剰生産・過剰浪費・過剰廃棄の生活様式でいいのかということですよね。先ほども新自由主義の話題が出ましたが、強欲資本主義というか、自然環境も人間社会もボロボロにする暴力経済を何とかしなければいけない。」

辛「もう、殺されないですむにはどうすればいいのかっていうレベルなんだと思うんですよ。」

中川「やっぱり敗戦の時に本当に天皇制を廃止していたらよかったんですよね。」

木戸「コロナ危機に乗じて差別とニヒリズムを使嗾し体制転覆も謀る『反コロナ運動』は、民主主義は民主主義の敵にどれだけ寛容であるべきなのかという問いを改めて投げかけている。」