Tuesday, January 18, 2022

1.23 ウトロ放火事件緊急糾弾集会

ウトロで何が起きたのか!レイシストが奪おうとしたものは何か!

 

★ 日時:123日(日)16時開始(開場 1545分)

★ 場所:新宿区大久保区民センター 集会室A(新宿区新大久保2-12-7

★ 講師:「京都府・京都市に有効なヘイトスピーチ対策の推進を求める会」事務局長  さとう大さん

★ コメンテーター:東京造形大学名誉教授 前田朗さん

★ 資料代 1000

 

・呼びかけ:ウトロ放火事件糾弾緊急集会実行委員会  連絡先:070-6550-0917(三木)

・賛同:差別・排外主義に反対する連絡会

 

2021830日午後4時 京都府宇治市ウトロ地区で火災が発生しウトロの歴史を語る様々な看板などが保管されていた倉庫を含む建物5棟が全焼、住宅2棟が半焼しました。人的被害は発生しませんでしたが、高齢者やこどもなどの命が奪われかねない火災でした。建物が密集し、生活インフラがぜい弱で、プロパンガスが使われているウトロ地区の火災だけに被害がさらに大きく拡大する可能性もありました。

 当初は失火の可能性も高いとされていた火災は、レイシストによる放火でした。126日に奈良県桜井市高田の有本匠吾容疑者が非現住建造物等放火の容疑で京都府警が逮捕し火災の原因は放火である疑いが強いと発表したのです。有本容疑者は726日午後7時頃名古屋市中村区の韓国民団本部に放火した疑いで11月に器物損壊の疑いで起訴されている人物です。他の施設にも同様の放火をしたことを示唆しているという報道もあります。有本容疑者は在日コリアンコミュニティに狙いを定め短期間に放火を繰り返していたのです。

 それだけではありません。1219日には東大阪市韓国民団枚岡支部事務所に長さ20センチのハンマーが何者かによって投げ込まれ窓硝子が割られているのが発見されました。在日コリアンをターゲットとした凶行が続いています。今も容疑者の放ったヘイトの炎は日本社会の中でめらめらと燃え続けています。

 200912月京都朝鮮第一初級学校の生徒と教職員が授業中にレイシストの襲撃を受けた忌まわしい事件から12年経過してもなお日本社会はヘイトクライムと対峙できていません。日本政府も地方自治体も今回の放火事件の容疑者逮捕に関し何もメッセージを発していないのです。ヘイトクライムを禁止する法律もありません。在日コリアンコミュニティに対する日本版ポグロム(ポグロム=ユダヤ人殺戮)は関東大震災時の数千名と推定される朝鮮人・中国人等の虐殺から今に至るまで無反省に繰り返されているのです。

 ウトロで何が起きたのか、私たちは何をしたらいいのか考える機会を東京でも持たなければならないという強い気持ちから今回の緊急集会を企画しました。

 私たちは緊急集会実行委員会を作り、京都から「京都府・京都市に有効なヘイトスピーチ対策の推進を求める会」事務局長のさとう大さんをお招きします。コメンテーターをヘイトクライム研究の第一人者である前田朗さんにお願いしました。厳しい環境の下での開催となりますが、是非関心を寄せていただいて会場まで足をお運びください。あたらしい出会いと議論の場を作りましょう。

Saturday, January 15, 2022

フェミサイド研究文献レヴューの紹介04

 フェミサイド研究文献レヴューの紹介04

 

4.2 フェミサイド確認のために用いられる変数

 

フェミサイドを確認するには、殺人の諸要素を確認し、その文脈、環境、個人の行動を評価する必要がある(Lorente,2019)。

Walklate et al. 2020は、フェミサイドの「薄い」説明と「厚い」説明を区別する。薄い説明とは、殺人の原因、刑法における概念化に焦点を当てる行政情報に主に見られる。厚い説明は、暴力と共に生きるストレスの帰結をも考慮に入れる死亡結果を探求することも含み、「緩やかなフェミサイド」を射程に入れる。フェミサイドの厚い説明の諸形態は、イギリスのDobash and Dobash、トルコのToprak and Ersoyに見られる。フェミサイドを可能とする社会的ダイナミクスと個人的ダイナミクスを深く分析している。Vives-Cases et al. 2016は、欧州におけるフェミサイドの報告システムをいかに改善するかを分析している。欧州における国別の情報収集を制度化し、専門家を訓練するよう勧告している。少なくとも、被害者の性別、加害者の性別、被害者―加害者関係の類型、暴力の前歴、当局による介入歴を収集するべきである。

UNDOCのグローバルな殺人研究は助成のジェンダー関連殺害に関する比較可能な除法を提供している。モナシュ大学のジェンダー・家族暴力予防センターフェミサイド確認のための具体的な要素や変数を提言していないが、フェミサイド事件を報告・説明する民族的政治的なあいまいさについて論究している。

女性の故意の殺人/故意によらない殺人とジェンダー動機

フェミサイドの主要な議論は故意の問題、ジェンダーに特殊な状況、動機に関わる。故意の有無はどの国の司法でも刑法上重要である。故意がフェミサイドの要素であると主張する論者もいるが、故意によらない行為もあり得ると主張する論者もいる。Dawson and Carrigan(2020)は、故意は必要ない、男性パートナーによる女性の死は、殺すつもりがなくてもフェミサイドであるという。Lorente(2019)は、文化的、社会的なジェンダー背景に着目し、ジェンダー化された背景や相互関係が重要と見る。

故意は女性を統制・支配しようという考えに基づくこともある。女性が男性の地位を攻撃する場合にも。女性を利用しようとしたり、憎悪したりすることも女性殺害の行為をもたらすかもしれない。フェミサイドは、故意によるものであれ故意によらないものであれ、個別の出来事としてではなく、プロセスとして見なければならない。

Lorente(2019)は、ジェンダー動機に関連して3つの層を区別する。第1に、ジェンダーに動機を持つ行動は、ジェンダー化された文化に根差している。男女の不平等、家父長制、男女ともにこれらの文化に影響されている。第2に、ジェンダー動機殺害は社会の中で起きる。ジェンダーによる行動が実行されている文脈である。親密なパートナー、堕胎、FGM。第3に、ジェンダー動機殺害は個人間の関係の中で起きる。

Pasini(2016)は、親密なパートナー・フェミサイドに関連して男性性の側面を検討し、男性の攻撃性、人間関係における奴隷制、嫉妬、感情的依存性に即して見ている。Abrunhosa et al.(2020)は、これに「行動を支配する」という要因を追加する。「男性は「俺がお前を所有できないなら、誰にも所有させない」と考えて、別れようとする女性を殺害する。この場合、男性は自分を被害者ととらえて、女性が殺されたがっているとさえ考える。

 

4.3 リスク要因とリスク評価

ジェンダーに基づく殺人の定量的研究の主な目的は、この犯罪の流行、DVのリスク要因、フェミサイドとつながる関係性を研究することである。既存情報の二次的分析は、ジェンダーに基づく暴力とフェミサイドのリスク要因を確認しようとする。フェミサイドを殺人一般としてではなく、フェミサイド固有の文脈で研究する。Garcia et al.(2007)は、フェミサイドになりそうな親密なパートナーによる殺人の評価の重要な次元を確認する。ジェンダー、婚姻状態、年齢、民族、人種、妊娠、環境、凶器、アルコール等。トルコについてはKarbeyaz et al.2018も。イタリアについてNicolaidis et al. 2003及びZara et al. 2019. Frye et al. 2008は、周辺環境の役割を研究し、ニューヨーク市における近隣の社会解体(貧困、隣人関係の希薄性)は必ずしもリスク要因ではないという。逆にBeyer et al. 2015はウィスコンシン近隣状況が役割を果たすという。

リスク評価のため、Campbell et al.2009は、リスク評価一覧に注目する。Messing et al. 2013は、移民の重要性を指摘し、リスク評価の文化的要因に注目し、移住女性は夫の移住状態に依存するため、特別に被害を受けやすいという。

多くの研究が、親密なパートナー暴力が殺人にエスカレートするという。Boxall and Lawler,2021は、エスカレーション概念を再検討し、この概念には多様な意味合いがあるという。すべての暴力がエスカレートする訳ではない。Dobash and Dobash. 2015は、現在の紛争と以前の暴力が殺人の指標となるという。Stockl and Devries. 2013は、世界的に親密なパートナー暴力が減少すれば殺人率が下がるという。同時に、しかし、Sebire. 2017は、すべての虐待が致死暴力につながるわけではないという。

多くの質的調査研究によると、親密なパートナー殺人のリスク要因として次のものが挙げられる。

・被害者と加害者の年齢(女性が若いことが顕著)

・虐待者の失業

・精神疾患

・アルコール乱用又は薬物乱用

・両者の関係(婚姻よりも同居がリスクが高いかどうか)

・妊娠

・離別

・同居の被害女性が虐待者から去った場合

・加害者による統制・支配

・虐待者の暴力行動又はストーキング

・子どもに対する攻撃

・殺すという脅迫歴

・自宅の外での暴力

・虐待者の実子でない子ども

・自宅に武器がある場合

・被害者及び加害者の移住者の地位

非国民がやってきた! 010

鶴彬通信はばたき第39号を読む

鶴彬を顕彰する会

http://tsuruakira.jp/

 

26回鶴彬川柳大賞報告が掲載されている。大賞作品は

文明の垢で命の海が泣く        阿部 浩(神奈川県横浜市)

SDGsが国際的な最大の関心事になっている現在に相応しい、環境汚染を読んだ秀句だ。作者も選者もさすが。

 

優秀賞は3句。

ワクチンをうつ手に銃は持たせない   有安 義信(岡山県加賀郡)

自死させた嘘は野放しされたまま    原  新平(神奈川県中郡)

さとうきびザワワ軍靴の音を消す    中沢 光路(新潟県十日町)

 

他に、第8回かほく市民川柳祭の優秀作品(小学生の部、中学生の部、一般の部)も掲載されている。小学生や中学生も川柳だ。鶴彬の故郷、かほく市は日本一、川柳づくりの多い町だろう。一般の部の佳作には次の1句も。高松は、石川県かほく市の高松だ。

コロナ禍の中の日本は植民地      三宅 義久(高松)

 

また、金津淑子さんのお話(原稿)「反戦川柳作家鶴彬について」によると、鶴彬の句碑は7つあるという。

金沢市卯辰山公園

かほく市高松歴史公園

盛岡市松園観音公園

遠野市上郷慰霊の森

大阪市大阪城公園

かほく市高松・喜多義教宅

かほく市高松浄専寺境内

「まとめ」では、次のように述べている。

「彼の命がけの願いが、戦後に漸く実を結び、農地解放や労働運動、売春防止法などにより、住みよい社会に変わってきました。」

「暁を、夜明けを待ちに待ちながら、闇の中にじっと堪えていた蕾も、今は花開き、盛岡の窓から、日本の空を風になって、自由にはばたいている事だろうと思います。」

 

「鶴彬研究の古典 秋山清「ある川柳作家の生涯」の紹介」も掲載されている。秋山清の『日本の反逆思想』『ニヒルとテロル』『大杉栄評伝』『竹久夢二』『近代の漂泊』はいまもなお読み継がれるべき本だ。と思ったら、著作集第7巻に『自由おんな論争』という本もあるという。これは読んだことがない。

Thursday, January 13, 2022

ダーバン+20:反レイシズムはあたりまえキャンペーンシンポジウム

ダーバン+20:反レイシズムはあたりまえキャンペーンシンポジウム

「みんな違って、みんないい」に違和感あり!―「ダイバーシティ」でホントにいいの?

◆日時: 219日(土)12:30-15:00

◆場所: オンライン(Zoomウェビナー)

◆参加費: 無料

◆参加申し込み: 

https://docs.google.com/forms/d/1SSXVyUOimh0ynEdvEYkGJZxg1dIIyOg3FUZlQL7rtL8/edit

 ※参加を申し込んだ方には前日に主催者から視聴用のZoomリンクをお送りします。

 ※当日参加できなかった場合も、後日、期間限定で視聴可能です(参加申込者に限る)。

◆主催: ダーバン+20:反レイシズムはあたりまえキャンペーン

◆協力: 市民外交センター、人種差別撤廃NGOネットワーク(ERDネット)、Peace Philosophy Centre、ヒューライツ大阪

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◆プログラム

1部 ダイバーシティへの異議

 発題1 出口真紀子(上智大学)

 「マジョリティの特権とは――レイシズムの観点から」

 発題2 丹羽雅雄(弁護士)

 「なぜ「多文化共生」ではなく「多民族・多文化共生社会」なのか」

 対話:「ダイバーシティ」のどこが問題か~教育を切り口として

モデレータ:榎井縁(大阪大学)

2部 ディスカッション「ダイバーシティ推進で何が起きているか」

    モデレータ:藤岡美恵子(法政大学)

                    発題1:大阪市の「多文化共生」指針(藤本伸樹)

      発題2:カナダの多文化主義の経験(乗松聡子)

    QA

閉会挨拶

 

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 「みんな違って、みんないい」――民族/文化やジェンダーや性的指向などにかかわらず誰もが尊重される社会をめざしたい、そんな気持ちをあらわす言葉です。最近では「ダイバーシティ&インクルージョン」の推進にとりくむことが企業にとって不可欠、と言われるようになっています。政府や自治体はとくに2000年代以降に「多文化共生」政策を掲げています。

 これらをみると、日本社会で多様性を尊重しようと気運が高まっているように思えます。差別され、あるいは社会の中で見えない存在にさせられてきたマイノリティにとって、差別をなくし生きやすい社会にするためのきっかけとなるのではないかとの期待もあります。

 しかし、ずいぶん以前からこの二つの言葉への違和感をもつ人々がいます。「みんな違って、みんないい」では差別や生きにくさを生む社会の構造を変えられないのではないか? 「多文化共生」政策ではなぜ、何世代にもわたって日本に暮らしてきた在日朝鮮人・中国人、そしてアイヌ民族、琉球民族のことには触れられないの? 現実にずっと以前から日本は「多文化」なのに、いまになって共生しましょうなんて、マジョリティのエゴでは?

 「ダーバン+20:反レイシズムはあたりまえキャンペーン」は日本で反レイシズムがあたりまえになる社会を作るためには、レイシズムが継続する制度的、構造的な問題と、現在のレイシズムに連なる植民地主義を問う必要があると考えます。その視点から「ダイバーシティ」のどこが問題なのか、社会のマジョリティ側にどんな問題があるのか、そしてそれをどう乗り越えていくかを考えます。

 

 

◆ダーバン+20:反レイシズムはあたりまえキャンペーンとは:

 2001年、レイシズム(人種主義)と植民地主義を世界的課題として話し合う画期的な会議がありました。南アフリカのダーバンで開かれた「人種主義、人種差別、外国人排斥および関連するあらゆる不寛容に反対する世界会議」(略称:ダーバン会議)です。ダーバン会議は人種差別がジェンダーなどの他の要因と絡み合う「複合差別」の視点や、目の前にある差別は奴隷制や植民地支配など過去の歴史と切り離せないことを示すなど貴重な成果を残しました。

 そのダーバン会議から20年の2021年、その意義を再確認しながら、反レイシズムがあたりまえになる社会を日本につくるために「ダーバン+20:反レイシズムはあたりまえキャンペーン」を立ち上げました。

 

<共同代表>上村英明(恵泉女学園大学) 藤岡美恵子(法政大学) 前田朗(東京造形大学)

<実行委員会> 一盛真(大東文化大学) 稲葉奈々子(上智大学) 上村英明(恵泉女学園大学) 榎井縁(大阪大学) 清末愛砂(室蘭工業大学) 熊本理抄(近畿大学) 乗松聡子(『アジア太平洋ジャーナル・ジャパンフォーカス』エディター) 藤岡美恵子(法政大学) 藤本伸樹(ヒューライツ大阪) 前田朗(東京造形大学) 矢野秀喜(強制動員問題解決と過去清算のための共同行動事務局) 渡辺美奈(アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)    

2022日年月現在)

 

メール: durbanRCS@gmail.com

ブログ: https://durbanplus20japan.blogspot.com/ 

Wednesday, January 12, 2022

フェミサイド研究文献レヴューの紹介03

3.4 データ収集における偏見

 

諸文献で論じられている主要な偏見は、民族的文化的偏見である。2019年、カナダは殺害された先住民族女性についての情報がないことに焦点を当てている。カナダのメディアにおけるフェミサイド報道を分析して、Shier and Shor(2016)は、フェミアイ度を文化化され、病理学化された取扱いがなされているという。近代的でリベラルな西側世界と伝統的で家父長的な東側世界という偏見が再生産されているが、ジェンダー規範、家父長制、女性蔑視及びジェンダー関連暴力のその他の形態は、複合的で交差的なパターンを持つことが隠されている。重要なのは、フェミサイドを惹き起こす交差的要因、文化、社会、経済、法的文脈のような要因に敏感になることである。

Walklate ret al. (2020)はもう一つの偏見として、フェミサイドの個人化(個別化)に注目する。脱政治家を批判することにより、ほとんどの情報を性別だけに絞り込み、フェミサイドのジェンダー関連の動態を理解できなくさせるという。フェミサイド事件のジェンダー批判的分析が必要である。犯罪を単に個人化(個別化)するのではなく、女性と加害者の人生と人生設計に焦点を当てるべきだという。フェミサイドのリスク要因は、府っ平等なジェンダー関係という構造、文化、時、空間に関連する。周縁化された女性殺害が忘れられてしまうリスクを強調する。

 

3.5 データ管理

 

Walby et al. (2017)によると、公的な情報は断片化されており、情報へのアクセスが不十分になるという。情報収集と公表へのより良い調整には、指標に関する合意ができるような文脈が必要である。国の中でも、国々の間でも異なる措置を連結させていくべきだという。

家族内の暴力殺害の国際比較において、Bugeja et al(2015)は、家族内暴力とフェミサイドの管理には、適切な監視機関が必要であり、暴力とその予防のためにWHOが準備したエコロジカルな枠組みを承認するべきであるという。国連女性連盟のKendall(2020)は、女性に対する暴力情報の良き統治・管理のためのプロトコルのために有益な提言をしている。

 

4.フェミサイド(類型)確認に用いられる要素と変数に関する有意義な議論

 

4.1 調査で議論されたフェミサイドの類型

EU加盟国や国際的なレベルでの比較分析には、用いられているフェミサイドの類型論が前提となる。

フェミサイドの定義は、学問分野、研究者、地理的位置によってさまざまであり、これにより比較が困難となっている(Dawson and Carrigan 2020)。異なる類型ごとに重複していることもあるが、区別することが有益である。Dobash and Dobash(2015)によると、フェミサイドの3つの類型が区別できる。パートナーによる親密なフェミサイド、性的殺人、及び65歳以上の高齢女性のフェミサイドである。若年女性のフェミサイドと自殺も、フェミサイドの特別な類型として分析される。

親密なパートナーによるフェミサイド

UNODC国連麻薬犯罪事務所(2018)は、親密なパートナーによる殺人の女性被害者を調査している。親密なパートナーによるフェミサイドの情報はグローバルなレベルで比較可能である。UNODCは家族を親密なパートナーの定義に含めているが、諸文献では親密なパートナーに家族を入れるか除外するかは多様である。イスラエルの研究であるElisha et al(2010)は、親密な殺人の類型に、3つの実行者類型を挙げている。裏切られた夫(嫉妬)、棄てられたしつこい恋人(別離)、暴君(支配)である。性格的要因を個人の性格を越えた環境的文脈の中に取り入れる必要がある。

性的殺人/フェミサイド

性的殺人とはジェンダー犯罪である(Van Patten and Delhauer, 2007)。Dobash and Dobash(2015)は性的殺人を親密なパートナーによる殺人と区別している。衣服の剥奪、身体の性的ポーズ、マスターベーションなど実質的に性的行為などが含まれる。性的殺人を認定するには、被害者―加害者関係が重要となる。性的殺人では、被害者と加害者の間の以前のトラブルや暴力は重要ではない。Myers et al(2006)は、法医学的観点から、性的殺人の背後の別の動機、性的動機の有無を議論している。怒り、権力及び支配も性的フェミサイドの動機となることがある。

Dobash and Dobash(2015)は性的フェミサイドの実行犯を分析し、共通の特徴を抽出している。

・男性は、被害者よりも若く、失業しており、非婚か離婚状態で、共に暮らしている。

・男性には女性に対する性暴力又は身体暴力の前歴がある。

・男性は女性を非難し、抵抗する女性に罰を与えようとする。

65歳以上の女性のフェミサイド

近年、高齢女性の殺害が注目を集めている。Long et al2017 。被害を受けやすい集団ンお帰結である。65歳以上の女性は親密なパートナーの被害者となるが、それ以外の男性による場合もある。Dobash and Dobash(2015)によると、親密なパートナーに寄らない殺人被害者は、高齢者かつ女性であるがゆえに狙われた被害者である。嫉妬、所有意識、別離が原因となる場合が多い。

フェミサイド―自殺

フェミサイド―自殺と呼ぶべき事例もある。子どもも犠牲となり、「ファミリイサイド」もある(Liem and Oberwittler, 2012)。フェミサイド―自殺は嫉妬、所有意識、暴力前歴の下で起きる。Balica(2016)は、200213年のルーマニアの自殺事件で、環境(都市か田舎か)、被害者及び加害者の移住者状態、被害者―加害者関係を分析している。

十代のフェミサイド

Garcia et al(2007)は、親密なパートナーによる殺人の下位類型として重大のフェミサイドを挙げている。親密なパートナーによる暴力についての教育を受けず、感情支援システムを知らず、支援を受けられない結果としての被害である。ルーマニアの研究によると、嫉妬や浮気の疑いによって十代のフェミサイドが起きる。「名誉殺人」も十代のフェミサイドとなることが多い。

その他のフェミサイド

家族領域以外で行われるフェミサイドとして、性労働者の殺害、紛争状況における女性殺害がある。法医学研究によると、売買春における女性殺害はフェミサイドの特別な形態である(Chan and Beauegard,2019)。「レイシスト・フェミサイド」「同性愛フェミサイド」「レズビアンサイド」「夫婦フェミサイド」「連続フェミサイド」「大量フェミサイド」「女児フェミサイド」などが用いられる。拷問、名誉殺人、FGM、武力紛争下の女性殺害、ギャングによるフェミサイド、組織犯罪・麻薬売人によるフェミサイド、女性人身売買、レズビアンへのヘイト・クライムなども挙げられる。

Sunday, January 09, 2022

公正、英明、御赦し、慈悲(第3章 イムラーン家)

中田考監修『日亜対訳クルアーン』(作品社、2014年) 

クルアーンが先行の福音書などをうけて、これを完成させる全人類のための啓典であること、ムスリムが良識にのっとった最善の共同体であること、そしてイムラーン家の物語が示される。

バドルの闘い(西暦624年)やウフドの戦い(西暦625年)のエピソード、試練と信仰、教義と戦いの準備が語られる。

「アッラーは、彼のほかに神はないと立証し給い、天使たちと、知識を持つ者たちもまた(証言した)。常に公正を貫く御方で、彼のほかに神はないと。威力比類なく英明なる御方。(318)

「信仰する者たちよ、信仰を拒み、同胞に対して(関して)彼らが地上を闊歩するか遠征にある際に、「もし彼らがわれらの許にいたら、死ぬことはなく、殺されることもなかったろうに」と言った者たちのようになってはならない。アッラーがそれを彼らの心の嘆きとなし給うたためである。そしてアッラーは生かし、また殺し給う。そしてアッラーはおまえたちのなすことを見通し給う御方。(3156)

「そしてたとえもしおまえたちがアッラーの道において殺されるか死ぬかしたとしても、アッラーからの御赦しと慈悲こそは、彼らが(現世で)かき集めたものよりも良い。(3157)

本書はクルアーンの翻訳だが、「日亜対訳」とあるように、アラビア語の原典と日本語がすべて示されている。他の宗教と違って、開祖の言葉を記録した<口伝のクルアーン>なのでアラビア語だけが原典であり、原理的に他の言語のクルアーンは存在しえない。

天上からの言葉としては、ヘブライ語聖書とクルアーンの2つが存在するが、ユダヤ教徒キリスト教の聖典は、様々な著者による諸文書をまとめたものであるのに対して、クルアーンは一人の個人の正式で公的な証言を保持している。「書かれた書物」であるが「明白な読誦」とされ、クルアーンの優位性が示される。最初から1冊の聖典、正典として成立している。後から別人が編集した書物ではないという意味だ。

イスラームでは、テキストが確定したものだけがクルアーンに収められ、確定しなかったものはハディス(言行録)とされている。

クルアーンは、予言者ムハンマドの没後15年ほど、西暦645年ころから、イスラーム・カリフ国において、第3代カリフ・ウスマーンの命令により、作成された。ムハンマドの弟子で、当時の世界最大の帝国元首であったウスマーンの指揮の下、ムハンマド在生時から記録者であったザイード・ブン・サービトらが編集した「国家事業」の成果でもある。ユダヤ教やキリスト教と違って、党派的対立がなかったため、唯一の聖典性が作成時から明瞭であったという。キリスト教と違って、ムハンマドが神から授かった言葉のみが提示されていると理解されている。

こうした性格の違いが、現在のイスラーム信仰の現場でどの程度意識されているのかは知らないが、キリスト教世界の側の反発は容易に想像できる。イスラームが台頭するたびに、西欧キリスト教世界が「文明の対立」と称して非和解的な対立の図式を持ち出す理由もここにあるのかもしれない。

クルアーンを見ても、ユダヤ教やキリスト教に対するイスラームとアッラーの絶対的優位性を示そうとする姿勢が冒頭から一貫している。

イスラームとキリスト教という「寛容の宗教」が「永遠対立の宗教」に転化してしまうところに、人間の不思議が示されているのかもしれない。

Saturday, January 08, 2022

フェミサイド研究文献レヴューの紹介02

3.文献で論じられたテーマ、問題点、挑戦の概観

 

3.1 フェミサイド確認(同定)の挑戦(困難)――共通の定義の不在

フェミサイドに関する文献を分析すると、フェミサイドの定義は異なる分野とアプローチにまたがっている。1990年代に定義が試みられた時もそうであった。Bart and Moran, Violence against Women. 及び Radford and Russell, Femicide: The Politics of Woman Killing.である。

Corradi et al (2016)は、次のようなアプローチに分けている。

1.フェミニスト・アプローチ:家父長制支配に焦点を当てる・

2.社会学アプローチ:女性殺害に特徴的な形態を検討する。

3.犯罪学アプローチ:殺人研究の一分野としてフェミサイドを研究する。

4.人権アプローチ:女性に対する暴力の形態と見る。

5.脱植民地アプローチ:「名誉犯罪」のような植民地っ支配の文脈でフェミサイドを研究する。

共通に定義された枠組みを提示する文献はなく、Corradi et al(2016)は、将来の研究として女性に対する暴力のエコロジカルな枠組みに言及している。つまり分野横断的で複合的な枠組みであり、フェミサイドを社会現象として、ミクロ、メソ、マクロなレベルでの暴力行為として理解する。Sheehy(2017)は、フェミサイドを特別な文脈で定義するフェミニスト運動家の貢献を強調する。

UNODOC(2018)は、フェミサイドを、女性の暴力的殺人及び親密なパートナーによる暴力としての女性殺害と見る。多くの文献が、フェミサイドを親密なパートナーによる暴力の文脈で用いている。Fairbairn et al(2017)は、「親密な」という観念に着目する。公的な定義では、親密なと言えば、セックスワーカーの殺害が含まれない。Dawson et al.(20179によると、貧困な国の検死制度では、パートナーによる女性殺害の定義の社会的文化的文脈への文脈依存性を重視するべきである。フェミサイドの定義や、フェミサイドの変数は、社会経済条件を踏まえる必要がある。

Menjivan and Walsh(2017)はフェミサイドではなくフェミニサイドという言葉を用いて、制度的暴力や差別的慣行に焦点を当てる。それによって不作為による実行のパターンに光をあて、予防、保護、訴追を提供できなかった間接的メカニズムと、性暴力、脅迫、女性指導者を標的とするような直接行為の双方を浮き上がらせる。

ジェノサイドの一例としての女性殺害という理解もある(Hagan and Raymond-Richmond,2009. Rafter,2016)。

法の履行におけるフェミサイド概念の使用についても議論がなされている。Ingala Smith(2018)は、EUや国連の政策枠組みでは「非政治化」の危険があるという。第1に、フェミサイドに関するウィーン宣言は、実行犯が圧倒的に男性なのに、ジェンダー中立な用語を用いている。第2に、フェミサイドに関するウィーン宣言は、商業的性的搾取の過程で殺害された女性に言及しない。ラディカル・フェミニストの見解から、Ingala Smithは、家父長制社会における女性殺害という政治的行為に焦点をあてる。

Howe and Alaattinoglu(2018)は、フェミサイドと戦略的に闘うために刑法を用いることの利点と障害について検討する。フェミニストがそのために闘ってきた法改正の論争的検討を提示する。

Liem and Koenraadt(2018)は、家庭内殺人の研究において、フェミサイドという用語が用いられない理由を批判的に検討する。

逆に、Corradi and Stokl(2014)は、こうした見解は理論的なデザインがあまりに広いとし、フェミサイドの原因をジェンダー不平等の帰結と見る。Walklate et al.(2020)は、「ゆるやかなフェミサイド」という表現で、女性がその人生で広範なジェンダー不平等を経験することに注目する。

本報告書はCorradi and Stokl(2014)の提言に従い、個人犯罪としてのフェミサイド情報収集をすすめる。個人が特定の条件下で特定の意図と動機を持って行う殺人である。フェミサイドは不平等なジェンダー構造に基づいた、構造的暴力であり、ジェンダー差別、性差別主義、女性蔑視に基づいて、被害者との信頼、権威、不平等な力関係で行われる。

 

3.2 フェミサイドに関するデータの欠如

 

犯罪行為として法律でどのように定義するかは、その犯罪に関する情報が収集されるか収集されないかを枠づける。刑法でいかに規定するかによって、その行為が特定の国において許されているか許されていないかは、刑法の定義にかかっている。殺人に関する情報とフェミサイドに関する情報を比較するには、困難がある。Dawson and Carrigan(2020)は、適切な情報を収集する重要性を強調する。フェミサイドに関する犯罪学や法医学の調査は、その調査目的に制約されて、比較可能な情報収集をはたさない。法医学文献では特に顕著である。2013年、EUではジェンダーに基づく女性殺害の情報収集が始まった。学術ネットワークがフェミサイドの定義、文脈、実行者に反映し始めた(Weil. Et al. 2018)。

Walby et al. (2017)は、基本枠組みの共有がまだできていないとし、フェミサイドを含むジェンダーに基づく暴力の評価のために情報収集を呼びかける。

 

3.3 データ収集に際してフェミサイド報告が過少であり、見えにくくなっていること

 

既存の情報欠如の一つは過少報告にある。名誉殺人、ダウリーによる女性の死、先住民族女性の殺害のように、親密な関係の外で起きるフェミサイドが見えなくなっている(Walkate et al. 2020)。親密なパートナーが実行犯の場合、女性パートナーの殺害は系統的に周縁化され、見えにくくなる。

Menjivar and Walsh(2017)は、フェミサイドを過少報告とし、隠す国家、制度的暴力、社会の複合性にも言及する。Dayan(2018)は、イスラエルではフェミサイド自殺に関して、被害者も加害者も死んでいるため、詳細な捜査が実施されないためにフェミサイドが過小評価されるという。Bosch-Fiol and Ferrer-Perez(2020)はスペインでも同様だという。