Friday, February 03, 2023

女性に対するサイバー暴力と闘う01

インターネット上における女性に対する名誉毀損や脅迫をはじめとする非難・攻撃は、国際人権法の領域ではサイバー暴力、オンライン暴力と呼ばれてきた。日本では「表現の自由」の問題と誤解されているが、国際的には時に人が死ぬ暴力問題として理解されている。

国連人権理事会の女性に対する暴力特別報告者等は、女性に対するオンライン暴力や、フェミサイドに関する報告書を公表してきたので、これまでそれらを紹介してきた。例えば

フェミサイド研究の現状01

https://maeda-akira.blogspot.com/2022/03/blog-post.html

女性ジャーナリスト・政治家に対する暴力01

https://maeda-akira.blogspot.com/2022/05/blog-post_49.html

フェミサイド測定のための統計枠組み01

https://maeda-akira.blogspot.com/2022/06/blog-post.html

オンライン暴力と女性ジャーナリスト01

https://maeda-akira.blogspot.com/2022/12/blog-post_12.html

ジェンダー迫害の罪01

https://maeda-akira.blogspot.com/2023/01/blog-post_8.html

欧州ジェンダー平等研究所(EIGE)は、202122年に実施した調査・研究をまとめて報告書『女性と少女に対するサイバー暴力と闘う』を公表した。

European Institute for Gender Equality, Combating Cyber Violence against Women and Girls, 2022.

調査・研究・執筆はElenora Esposito, Cristina Fabre Rosell, Adine Samadi, Andrea Baldessari

調査チームはMalin Carlberg, Virginia Dalla Pozza, Michaela Brady, Clara Burillo, James Eager

EU加盟27カ国の実態調査が中核である。本文が60頁、付録の資料を含めると106頁の報告書である。27カ国の実態調査を踏まえて、法と政策の現状を総括し、サイバー暴力の共通の定義を模索することを課題としている。

以下、ごくごく簡潔に紹介する。

<目次>

要約

1.        序文

2.        女性と少女に対するサイバー暴力を概念化し、定義する

3.        EU、国際及び国内レベルでの、女性と少女に対するサイバー暴力に関する法・政策枠組みの概観

4.        女性と少女に対するサイバー暴力の共通定義に向けて

5.        結論

6.        政策勧告

付録

「要約」

冒頭の「要約」で、新型コロナの影響によって、インターネットアクセスが「新しい基本的人権」となっていることに触れている。デジタル・プラットフォームは、公の自己表現のために平等の機会を提供している。だが、誰もがサイバー空間に歓迎されるわけではないという。匿名で不処罰のまま、排除や暴力の言説がなされている。サーバー暴力の被害は女性も男性も受けるが、女性が被害を受ける比率が高い。サイバー暴力のみならず、身体的性的心理的経済的被害を受ける。それによりデジタル空間から撤退せざるを得なくなる。沈黙と孤立を余儀なくされ、教育機会や仕事を失う。

オンラインとオフラインが統合されてきたため、サイバー暴力が身体世界における暴力と被害につながる。これは私的問題ではなく、社会的不平等問題である。暴力の交差的形態であり、パターンもレベルも多様である。ジェンダー要因が年齢、民族的人種的出身、性的指向、ジェンダー・アイデンティティ、障害、宗教と結びつく。

本報告書の目的はサイバー暴力現象を深く分析調査し、女性と少女への影響を測定することである。20217月から222月にEU27カ国の調査を実施した。まず文献調査、研究文献調査を行い、従来の定義、法、政策を明らかにした。さらに諸大臣、統計機関、市民社会の専門家の協力を得て、EUや国際レベルの情報を収集した。

これまで広く受け入れられているのは

(1)サイバー・ストーキング、

(2)サイバー・ハラスメント、

(3)サイバー嫌がらせ(いじめ)、

(4)ジェンダーに基づくオンライン・ヘイト・スピーチ、

(5)同意のない親密映像の濫用、である。

EUレベルでは調整・統合の試みはあるものの、定義や法的手段は統一されていない。新たな定義と法の提案が求められる。

国際レベルでは、欧州評議会と国連がサイバー暴力に対処してきた。欧州評議会の条約や、2021年の女性に対する暴力専門家集団の勧告第1号がデジタル局面に焦点を当てている。

各国レベルでは、ハラスメントやストーキングのような犯罪が、デジタル領域に拡大され、サイバー・ハラスメントやサイバー・ストーキングになりつつある。

法的定義や統計のための定義が統一されていない。選択的な情報しかないため、対策を検討するのに困難がある。情報の欠如は深刻である。

欧州ジェンダー平等研究所(EIGE)は統計目的の定義の統合を提唱した。もっともよく認められる上記の5つの形態についての提案である。

上記の5つの定義に共通の要素は、

(1)ジェンダーに基づいて行われた、

(2)ICTの利用を含む、

(3)オンラインで始まり、オフラインに続く、

(4)被害者の知る人物又は知らない人物によって行われる。

本報告書は、女性に対するサイバー暴力に対処するための包括的な枠組みを優先事項として勧告する。予防と対処に必要な措置を導入する必要がある。そのために緊急に必要なのが定義を統一することである。ジェンダー局面と交差局面を含む、そしてオンラインとオフラインを視野に入れた、つまりデジタル世界と身体世界を繋ぐ定義である。統計情報収集と犯罪統計のジェンダー局面が重要である。

日本を戦争に巻き込む「安保3文書」に反対し、その撤回を求める(声明)

2023年2月2日

国際人権活動日本委員会

議長 鈴木亜英

URLhttp://jwchr.s59.xrea.com/

 

20221216日、政府は「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」の安保3文書(以下ではこの3文書を一括して扱う)を閣議決定し、2023123日の第211通常国会の施政方針演説で、その実行を表明した。国際人権活動日本委員会は、これに強く反対するとともに撤回を求める。

安保3文書は敵基地への「反撃能力」の保有を掲げるが、実際にはまぎれもない「先制攻撃能力」の保有である。これは戦争放棄を定めた日本国憲法を蹂躙し、国際法にも反する先制攻撃も可能にする暴挙である。従来、政府はともかくも「専守防衛」を「国是」として掲げ、「何ら武力攻撃が発生していないにもかかわらず、いわゆる『先制攻撃』や『予防攻撃』を行うことは、国際法上認められない」としてきた。安保3文書はこの「国是」を投げ捨てるものであり、断じて許されない。

安保3文書どおりに、軍事費がGDP2%に増やされれば、現在でも世界第8位(Global Firepower, 2023)の日本の軍事力はアメリカ・中国に次ぐ世界第3位になると予測されている。まごう方なき軍事大国化を、「平和国家としての我が国としての歩みを、いささかも変えるものではない」(施政方針演説)とする政府の主張は詭弁というほかない。

安保3文書の内容を実現するための財源として、大増税は必至である。大軍拡には湯水のごとく巨費を投じる一方、年金などの社会保障や医療費、教育費などはすでに切り下げや抑制が進行している。安保3文書によって、そうした事態がさらに加速されることは、火を見るより明らかである。これは憲法25条によって政府が実現の義務を持つ社会権規定(「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」「すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」)を放棄するものである。一方、安保3文書に先立って「戦争する国づくり」はすでに開始されている。日本学術会議の6名の委員の任命拒否と、それを正当化する日本学術会議法「改正」案は、その典型である。

これらは、日本自身が批准する国連の社会権規約や自由権規約をはじめとする人権諸条約への背信行為といわなければならない。国際人権活動日本委員会は、国際人権を日本で実現するために活動してきた立場から、安保3文書を強く非難する。

古代ローマの哲学者キケロは「武器の間で法は沈黙する」(inter arma silent leges.と述べたという。この言葉は「武器の間でムーサ(芸術の女神)たちは沈黙する」(inter arma silent musae)という格言の言い換えだという。いま、私たちは2000年以上前のこの2つの警句を思い起こさずにはいられない。「戦争する国」では、学問や芸術の自由は抑圧され、法で規定された人権は蹂躙されるだろう。安保3文書は、国内では憲法を蹂躙して日本に住むすべての人々の人権を侵害し、国際社会にあっては人権規約・条約の実行を否定するものである。国際人権活動日本委員会は、第211通常国会開会に際して、重ねて安保3文書に強く反対するとともに、その撤回を求めるものである。

Thursday, January 19, 2023

差別研究はどこまで来たか02

山本崇記『差別研究の現代的展開』(日本評論社、2022年)

差別論を社会運動との関連・交差・協働において再構築しようとする山本は「第3章複合差別に抗う別様な共同性――社会運動の再定位を通じて」において、あらためて「1968年」論の限界を測定する。「1968年」論は「切断の思想」であり、「マイノリティを見出していく」という日本人の主体性を大前提としており、しかも単一史観に立っているという。

だが、1968年当時においても、例えば自主映画『東九条』のように、被差別部落の若者たちと在日朝鮮人の若者たちの出会い・協働が実現した事例がある。山本は映画『東九条』の事例を詳細に紹介・分析して、「別様な共同性」を模索する手掛かりとする。「過去の社会運動のノスタルジアな語りを排すのであれば、研究者には、モノグラフの作成と再帰的コミュニケーションを喚起するための適切且つ実践的なコミットメント=<総括>の場の創出が必要となるのではないか」と自らに問いかける。

「第4章 差別者と被差別者の関係性と対話史」において、山本は「複合差別」と「当事者性」の問題圏に向き合う。上野千鶴子の先駆的な「複合差別」研究を踏まえつつ、「複合差別」論のさらなる深化をめざす。具体的には「同和はこわい考」をめぐる論争、及び「戦後責任」論争を俎上に載せて、「差別/被差別関係の論争史」を読み解く作業である。

「同和はこわい考」が部落解放運動に提起した問題を再整理した山本は、その後の議論において、「差別/被差別関係をめぐる部落問題における葛藤や緊張を経験しながら論を進めてきた時代」が過去のものとされ、「悪しき相対主義と無自覚な本質主義、その隙間を縫う新手の部落差別が出来している」と言う。差別に向き合い「両側から超える」という物言いがなされるが、誰が、いかにして「両側から超える」のか。「<現実>にある関係性を括弧に入れた」議論であってはならない。

1990年代には高橋哲哉と加藤典洋の「戦後責任」論争が展開されたが、そこに加わった論者のうち徐京植と花崎皋平の間で交わされた批判と反批判は、花崎自身による奇妙な文章の大幅書き直しとすれ違いの結果、生産的な論争に発展することがなかった。山本はその経緯を点検し、一定の地平が共有されていたにもかかわらず、対話が成立しなかった経緯を探る。

「『同和はこわい考』や『戦後責任論争』をめぐる議論では、ポジショナリティやレスポンシビリティなどといったキーワードも使われてきたが、倫理主義的な態度・姿勢を求める硬直した議論になりがちであり、一部の研究者やアクティビストによる論争としてしか展開しないある種の『思弁性』を生んできたきらいがある。そのような非実践的且つ倫理的な態度に終始しない批判的対話関係の具体化とその先の実践が必要である。」

「第5章 差別論の比較社会学――各領域の特徴と課題」で、山本は、歴史学、民俗学、人類学、心理学、哲学における差別論に学びながら、社会学の課題を再確認する。

「第6章 コロナ禍における差別論――社会学的アプローチの更新の契機として」では、コロナ禍における「差別の平等な分配」論を素材に、偏見と差別の違いを論じ、差別する「私」への問いを繰り返す。

「第1に、誰もが差別し/差別され得るという視点からの『利己主義』的啓発論は脆弱なものであり、マジョリティ性(構造的非対称性)が不問のままとなる陥穽点を持っている。第2に、差別には前景と後景があり、その前後の過程のなかで悪性化していく。それが、私たちの存在論的認知構造/関係形成の在り方に起因していることに自覚的であること。そして、第3に、差別する『』の心の感染状況を可視化/言語化していくことを恐れず、開示していくコミュニケーションを図っていく必要があること。前述のグッドマンらによる『社会的公正教育』の視点からは、『抵抗』と『再定義』の間での葛藤を続けつつ、自己を変容させる『内面化』に向けた実践が求められているということであろう。この点を第4に加えたい。」

1980年生まれの山本が、現時点で、『同和はこわい考』や『戦後責任論争』をめぐる議論を検証しながら、次の課題を導き出す意欲的な試みを行っている。それぞれの論争当事者からは異論が提出されるかもしれない。私も当時、2つの論争を同時代の論争として受け止め、私なりに考えを深めようとしていたことを思い起こす。

その点では、徐京植と花崎皋平の論争のすれ違いを論じた結論として、次のようにまとめられていることには、私は違和感を感じている。

「『同和はこわい考』や『戦後責任論争』をめぐる議論では、ポジショナリティやレスポンシビリティなどといったキーワードも使われてきたが、倫理主義的な態度・姿勢を求める硬直した議論になりがちであり、一部の研究者やアクティビストによる論争としてしか展開しないある種の『思弁性』を生んできたきらいがある。そのような非実践的且つ倫理的な態度に終始しない批判的対話関係の具体化とその先の実践が必要である。」

「ポジショナリティやレスポンシビリティなどといったキーワードも使われてきたが、倫理主義的な態度・姿勢を求める硬直した議論になりがち」というのは、なぜなのだろうか。「思弁性」や「非実践的且つ倫理的な態度」という表現も、気になる。

というのも、徐京植は「倫理主義的な態度・姿勢」を求めた訳ではない。徐の議論が「思弁性」や「非実践的且つ倫理的な態度」ということもないと思う。むしろ、もっとも実践的だと思う。

花崎皋平は哲学者だが、ベトナム反戦以来、長きにわたってもっともすぐれた実践的思想家として知られる。

もっとも、山本は、徐や花崎のことを上記のように表現したのではなく、徐・花崎論争がかみ合わなかった結果、社会学者の受け止めが「倫理主義的な態度・姿勢」「思弁性」「非実践的且つ倫理的な態度」に流れる傾向があったと言いたかったのかもしれない。

Sunday, January 15, 2023

差別研究はどこまで来たか01

山本崇記『差別研究の現代的展開』(日本評論社、2022年)

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/8897.html

<目次>

はじめに 本書の見取り図――問題意識と構成

序 章 差別をめぐる論点

第1部    理論的検討――メカニズム・社会運動・政策

第1章    差別概念の検討――差異のディレンマに向き合う

第2章    差別をめぐるディスコース史

第3章    複合差別に抗う別様な共同性――社会運動の再定位を通じて

第4章    差別者と被差別者の関係性と対話史

第5章    差別論の比較社会学――各領域の特徴と課題

第6章    コロナ禍における差別論――社会学的アプローチの更新の契機として

第2部    実践的検討――規制・予防・被害回復

第7章 差別の規制と法制度の対応

     ――現代における部落差別事象を事例に

第8章 差別解消とソーシャルワーク

     ――隣保館の相談・啓発と支援・予防機能

第9章 差別被害と回復の方途

     ――京都朝鮮第一初級学校襲撃事件を中心に

終 章 反差別と共同性

     ――〈総括〉と再帰的コミュニケーションを通じて

山本は静岡大学准教授で、地域社会における社会的差別・排除の在り様に関するエスノグラフィ、差別・社会的排除に抗するインクルージブな地域社会・福祉・教育の在り様に関する研究をしている。

目次を見れば明らかなように、山本は第1部の理論的検討と第2部の実践的検討の2つの柱建ての下、「差別論/研究の更新」を掲げる。従来の差別論が、個別の実践報告か、抽象度の高い理論研究に偏っていたのに対して、「それらをトータルに捉える際に、社会学という学問領域を軸にしつつも、隣接領域の成果も吸収することに努めた」という。

2016年の障害差別解消法、ヘイトスピーチ解消法、部落差別解消推進法という3つの法律により、法学領域の研究が大いに進展しているが、「社会学はこの点に十分コミットできていない。特に、司法判断(判決)や法律では零れ落ちる差別被害の実態や回復の在り方については積極的な介入があってよい」として、社会学の差別論を「包括的な視点から更新してみたい」という意欲的な試みである。

山本は「序章 差別をめぐる論点」で、主に部落差別を中心にして近年の差別事象を素材に、差別論の論点を確認する。「現代差別の地平――インターネット時代のヘイトスピーチとアウティング」「差別の日常性と処方箋」「差別の実体と関係――部落差別の定義から見る」「カテゴリーの歴史性と可塑性」、「複合差別論の位置」、「属地・属人の位置」、「コミュニティという方法――別様な共同性へ」といった論点を登記し、本書全体を通じて、これらを論じることが予告される。

「第1章 差別概念の検討――差異のディレンマに向き合う」で、山本は「差別の社会理論の課題」を考察する。先行研究を評価しつつも、「社会学的差別論は、(1)差別のメカニズムを含む構造的視点を欠落させていること、(2)差別の是正・解体を求める社会運動の視点を欠落させていること、そして、(3)差別を是正し再生産もする、政策・制度に関する議論を欠落させていることである」という。山本はかつて、1980年代までの研究には以上の視点が見られたが、それが失われていったと見て、この欠落を改めて埋めていくことを課題とする。

まず差別概念の定義が俎上に載せられる。社会学辞典などの定義を検討し、その基礎にアルベール・メンミの定義があることを確認する。個人・集団の差異化、そして「異質性嫌悪」、さらには「他者の拒否」による「差別主義」である。だが、社会学の差別論はメンミの定義を十分に踏まえて展開することなく、権力論や関係論に向かっていったという。

山本は差別の社会理論を構築するために、アイリス・ヤングの「差異の政治」論に向かう。

ヤングは差別概念を論じるために、だがその前に「抑圧」概念の検討に力を入れた。搾取、周縁化、無力化、文化帝国主義、暴力という5つの局面で抑圧を論じる。その背景には「新しい社会運動」があった。運動論としても抑圧に対抗する戦略の構築が課題となる。

メンミとヤングを踏まえて、山本は「差別の包括的な議論に向けて」議論を始める。「差異の政治」の差異化、アンダークラスの分析を経て、主体―近代的個人(普遍主義)―集合的アイデンティティ(文化的差異)という「差異の三角形」を提示する。

そのうえで、山本は「差別論の構造的把握――メカニズム、社会運動、政策/制度」を掲げる。これが本書の基本課題となる。

社会学における差別研究の先行理論状況を把握していない法学研究者にとって、山本の社会学研究をどう見るかは慎重さが求められるが、かつての社会学における差別研究がその理論的な力を喪失し、いま再び差別研究に向き直しているという状況把握は、なるほどと思う。

近年の社会学研究における差別論は多様であり、豊かに見える。だが、同時に差別の歴史や現在の実態を踏まえない研究が目立つことも否めない。ヘイト・スピーチの議論を見ると、差別と差別論の歴史を学ばずに思い付きだけで論じる傾向が多々みられることは、このブログでも私の著書でも、繰り返し指摘してきた。

1章でメンミとヤングに学んだ山本は「第2章 差別をめぐるディスコース史」において、さらに日本の社会学における差別論を点検する。「社会運動を論じなくなった差別論の系譜」という挑発的ともいえる表題で、山本は「現代差別論が辿り着いた先」を論じる。

「『1968年』論による絶対化」では、学生運動史における「1968年」論が差別研究の桎梏になってしまったことを振り返る。197080年代には差別論研究は社会運動研究であった。しかし、その後、理論的に発展した社会学は社会運動から「離陸」し、切り離されていく。「差別論の社会学化」が「社会運動からの離陸」になってしまい、「並列化」「個別化」をもたらしたという。

先行研究を踏まえて、山本は現代差別論の課題を模索するが、重要な契機として登記されるのが、「ヘイトスピーチと反ヘイトのカウンターの登場」である。社会運動としてのカウンターの位置づけは、社会学のみならず、重要な課題となるだろう。レイシズムや反レイシズムの運動と研究を射程に入れた差別論を正面から再構築することが課題となる。

ヤング理論は重要なので、私の『序説』166168頁では、ヤング理論をヘイト・クライム論に応用したバーバラ・ペリー論文を紹介した。

「戦争が廊下の奥に立ってゐた」 「新しい戦前にさせない」連続シンポジューム

「新しい戦前にさせない」連続シンポジューム

2.91回シンポ 「戦争が廊下の奥に立ってゐた」

 

タガが外れたような今日このころ、何かおかしくないですか?

沖縄・南西諸島でなにが起きているのだろうか、沖縄をまた捨て石にするのだろうか

「撃たれたら撃ち返す」のでなく、撃たれないようにできないのか

「抑止力」競争の行き着く先は核武装になるのでは

軍事費倍増で暮らしはどうなるのか

平和を実現するのは「抑止力」か、それとも「非武装」か

米軍は日本を守るのか、軍隊は国民を守るのか 

根底的な問いを考え、戦争への道に抗する声をひろげましょう

大いに議論し、平和をめざすための第一回シンポジューム。

 

と き 29日(木) 615分開場 630分~9

ところ 文京区民センター3A  

文京区本郷4-15-14  

JR水道橋東口から徒歩7分、都営地下鉄三田線春日スグ、丸ノ内線後楽園から徒歩3

 

総合司会   杉浦ひとみ(弁護士) 

主催者挨拶  佐高信

630分~7時 トーク 小室等×佐高信

          *小室等 フォーク・シンガー(六文銭09)                                      

7時~730分 南西諸島からの告発 

山城博治(ノーモア沖縄戦・命どう宝の会共同代表)

730分~850分  <シンポ>安保政策大転換にたちむかう

  山城博治

纐纈厚(山口大学名誉教授)

清水雅彦(日本体育大教授)

福島瑞穂(参院議員)

           質疑討論

850分~9時  「新しい戦前にさせない」運動をひろげよう

       服部良一(社民党・市民共同)

参加費  500円  

 

主催 「共同テーブル」

E-mail: kyodotable@gmail.com

連絡先/藤田09088085000  石河090-60445729

暮らし(いのちき)は武器で守れない

 「新しい戦前にさせない」 共同テーブル・アピール

暮らし(いのちき)は武器で守れない                           

 

暮らしを大分では(いのちき)と呼ぶ。いのちを連想させる味わい深い方言である。政府は憲法9条を捨てて軍備拡大に踏み出そうとしているが、それは生命を削り、暮らしを壊す道である。暮らしと軍拡は両立しない。戦火の消えないアフガニスタンで、中村哲さんは井戸を掘り、暮らしを建て直して平和を築こうとした。憲法9条を持つ日本の中村哲さんはそれまでフリーパスでアフガンを歩くことができた。しかし、イラクへの自衛隊派遣が、その平和のパスポートを奪う。だから、哲さんは国会で「自衛隊派遣は有害無益」と訴えた。軍隊が国民を守らないことは旧満州や沖縄の例で明らかである。

軍備に頼らない平和を求めるために、私たちは「安保三文書」を徹底批判する。暮らし(いのちき)か、軍拡か。三橋敏雄という俳人は「過ちは繰り返します秋の暮」と詠んだが、私たちは愚かな軍拡の道を選ばない。

 

2023年春  

共同テーブル発起人

浅井基文(元広島平和研究所所長・政治学者) 安積遊歩(ピアカウンセラー) 雨宮処凛(作家・活動家) 伊藤 誠(経済学者) 植野妙実子(中央大学教授・憲法学)  上原公子(元国立市長)大内秀明(東北大学名誉教授) 大口昭彦(弁護士・救援連絡センター運営委員) 海渡雄一(弁護士) 鎌倉孝夫(埼玉大学名誉教授) 鎌田 慧(ルポライター) 金城 実(彫刻家) 纐纈 厚(山口大名誉教授・歴史学者) 古今亭菊千代(落語家) 佐高 信(評論家) 清水雅彦(日体大教授・憲法学) 白石 孝NPO法人官製ワーキングプア研究会理事長) 杉浦ひとみ(弁護士)  竹信三恵子(和光大名誉教授・ジャーナリスト) 田中優子(前法政大学総長) 鳥井一平(全統一労働組合・中小労組政策ネットワーク) 前田 朗(朝鮮大学校講師) 宮子あずさ(随筆家)    室井佑月(小説家・タレント) 山城博治(沖縄平和運動センター顧問)

Friday, January 13, 2023

ジェンダー迫害の罪06

国際刑事裁判所の検事局『ジェンダー迫害の罪に関する政策』を簡潔に紹介する。

Ⅶ 捜査

検事局は捜査の最初期段階からジェンダー迫害を注意深く考慮するだろう。資源を有効に活用し、証拠収集・分析、戦略的計画・意思決定に十分な時間をかけるだろう。

A 準備

検事局は、人権侵害を認定し、犯罪との結びつき、集団構成員が標的とされたことを認定する。職員はそのための研修を受ける。

職員には、その地域の伝統、宗教実践、慣習、文化、女性・賛成の地位等に通じることが求められる。検事局は、基本権侵害の申立てを検討し、操作に役に立つその他の要因を検討する。これらの問題について情報を提供できる専門家や証人を特定する。専門家チームを任命する。

ジェンダー迫害の効果的な捜査にはネットワークが決定的である。ネットワークを作るには、検事局は予審段階で入手した地域の共同体や市民社会組織についての情報を考慮する。

ジェンダー迫害の被害者や証人に接するには慎重な配慮を要するので、検事局は、操作を支援する関係者から適切な個人を特定する。

捜査の尋問班は、被害者や証人が自ら選んだ代名詞や言語を採用する。通訳・翻訳者も、ステレオ対応を避けるために適切な人選を配慮する。被害者や証人への尋問には入念な準備が必要である。捜査という特別な文脈で、ジェンダー差別行為に言及するので、適切な言葉やコミュニケーション方法を採用する。

B 実務

国際刑事裁判所規程681項に従って、検事局は被害者と証人の安全、心身の健康、プライバシー、尊厳を保護する措置をとる。

国際刑事裁判所規程681項 裁判所は、被害者及び証人の安全、心身の健康、尊厳及びプライバシーを保護するために適切な措置をとる。裁判所は、その場合において、すべての関連する要因(年齢、第七条3に定義する性、健康及び犯罪(特に、性的暴力又は児童に対する暴力を伴う犯罪)の性質を含む。)を考慮する。検察官は、特にこれらの犯罪の捜査及び訴追の間このような措置をとる。当該措置は、被告人の権利及び公正かつ公平な公判を害するものであってはならず、また、これらと両立しないものであってはならない。

検事局は、被害者や証人が直面する脅迫、被害を受けやすいこと、保護と支援の必要性について配慮する。

C 分析

紛争以前の人権の文脈を分析することが、ジェンダー迫害を検討する際に基本権剥奪の指標を評価する役に立つ。実行犯は、差別的ジェンダー規範を用いるからである。既存のジェンダー規範は、ジェンダー迫害行為の抗弁とはならない。ジェンダー規範が国内法で合法か違法かを問わない。

検事局は人権パースペクティブに立って情報収集と分析を行う。その分析がじぇんdな―迫害のパターンをより明らかにする。実行犯は、少女のための学校を爆撃して少女の教育を禁止する。リプロダクティブ医療を否定する。女性家族の必要に応じた会合から家族男性を排除して男性を落としめる。LGBTQI+の文化センターを破壊することでLGBTQI+の価値を毀損する。

検事局はジェンダー迫害行為の交差性分析を行う。