Thursday, March 04, 2021

ヘイト・スピーチとソーシャルメディア(1)

2020111920日、マイノリティ問題フォーラム第13会期が「ヘイト・スピーチ、ソーシャルメディア及びマイノリティ」をテーマに開催された。パネルディスカッションの話題は4つである。

1)    ソーシャルメディア上のマイノリティを標的としたヘイト・スピーチの原因、規模、影響

2)    国際法・制度枠組み

3)    オンライン・ヘイト・スピーチ規制

4)    マイノリティにより安全な空間に向けて

議論はアジア太平洋と欧州の2つの領域に即して行われた。パネルにおいて、1993年のマイノリティ権利宣言等の国際人権法に基づいて数多くの勧告が提案された。世界人権宣言、国際自由権規約、国際社会権規約、人種差別撤廃条約、女性差別撤廃条約、子どもの権利条約、障害者権利条約、国内マイノリティ欧州評議会枠組み条約、ラバト行動計画、ビジネスと人権原則、ヘイト・スピーチに関する国連戦略と行動計画に従っている。

国連人権理事会のフェルナンド・デ・ヴァレンヌ「マイノリティ問題特別報告者」が、現在開会中の国連人権理事会(2月22日~3月19日)に提出した報告書(A/HRC/46/58. 26 January 2021)はパネルの報告であり、そこで出された勧告をまとめている。

 

報告書が最初に掲げるのは「人権を基礎にしたアプローチを用いてソーシャルメディア上のマイノリティに対するヘイト・スピーチに対処する一般的勧告」である。主な内容は次の通り。

    各国は、オフライン・オンライン双方で、マイノリティの権利を保護促進するすべての国際人権文書及び地域人権文書を批准、同意、遵守するべきである。

    各国は、オフライン・オンライン双方で、マイノリティの人権を尊重、保護、実現する義務と責任を効果的に履行するべきである。各国は、特に被害を受けやすい、危機又は周縁化されやすい状況にあるマイノリティに属する者――女性、子ども、若者、LGBTI、移住者、障害者、及びハラスメント、脅迫、障害を受ける人権活動家に注意を払うべきである。

    各国は、意見・表現の自由及びプライヴァシーの権利を完全に尊重しつつ、平等を促進し、差別、敵意、暴力の煽動に反対するべきである。これらの自由の制限を含む規制には完全に国際人権法の根拠を要する。

    各国はオンライン・コミュニケーションにおけるマイノリティに対するヘイト・スピーチに断固として、迅速に、効果的に対処し、反対するべきである。それには素早く効果的に、責任者を捜査し訴追し、責任を負わせ、被害者に司法と救済に効果的にアクセスできるようにすることが含まれる。

    各国及びテクノロジー企業は、開かれた、安全でグローバルなインターネット、及びデジタル世界への包摂的なアクセスを確保するべきである。

    各国、国際組織、地域組織は、誰もがデジタル世界に参加でき、適切な内容メカニズムの透明性を促進すること規則と手続きを確立するべきである。

    マイノリティ自身及び市民社会は、オンラインの権利に関する法、政策、計画を形成するのに協議し、関与するべきである。内容規制課程に関する協議は、公開で、真に民主的課程で行われるべきである。

    各国は、マイノリティに対する不寛容とヘイト・スピーチに対抗する予防措置を取るべきであり、社会的経済的安定、包摂及び団結の条件を作り出すことが含まれる。

    各国は特に学校教育課程におけるマイノリティの権利に関する人権教育を採用するべきである。多様性と多元主義の促進。差別、ステレオタイプ、排外主義、レイシズム、ヘイト・スピーチと闘うこと。

    各国、国際組織、地域組織、テクノロジー企業、国内人権機関及び市民社会は、マイノリティに対するヘイト・スピーチに対処し、多様性、多元主義、対話、他者の受け入れの文化を促進する専門知、知識、効果的実践を共有するために協力を強化するよう促される。

    各国、国内人権機関及び市民社会代表は、国連人権理事会の特別手続き、普遍的定期審査、人権条約機関、地域人権機関、その他のマイノリティに向けられたオンライン・ヘイト・スピーチと闘うのに適したフォーラムを利用するよう促される。

    すべての関係者は、ヘイト・スピーチに対抗するために、分岐したコミュニティを保護、促進する革新的、教育的、予防的戦略を強化するべきである。

スガ疫病神首相語録20 先手のスガ

3月3日、スガは周囲の予想に反して新型コロナ緊急事態宣言の2週間延長を宣言した。「これから専門家や知事の意見を聞いて決める」と付け加えたが、首相が先に「2週間延長」と口にしたため既定事項となった感がある。

首相就任以来、「後手、後手」との批判を浴びてきたため「先手を演出」しようとしたと見られる。

また、ユリコ都知事が延長要請姿勢を示したため、要請される前に首相権限で自ら判断した形をつくりたかったとの観測も。

この2つが理由であって、新型コロナ対策も経済対策も二の次であることが露呈した。

タロー新型コロナウイルスワクチン接種担当大臣は、就任当時の勢いが直ちに失われ、接種延期が相次ぎ、世界第75位の上、スケジュール不明のまま地方自治体に押し付ける発言を繰り返している。

3月3日、IOCバッハも含めて、東京オリンピック協議が始まった。セイコ会長、タマヨ五輪相、ユリコ知事揃い踏み。女性陣の活躍はひとときの涼風となったが、新型コロナ対策も十分できないのに五輪開催に向けて暴走していると、国際的批判が起きている。

 

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夕暮れのスガとかけて、なぜか観音様と解く。

その心は?

後手は踏まず、先手(千手)でお願いします。

*剣道では「後の先(ごのせん)」といって、相手が仕掛けてきた技に合わせて掛ける技がある。別名カウンター、返し技だが、スガ疫病神の場合、相手が仕掛けていないのに恐怖心から返し技を出したつもりが空を切って転ぶ。

 

タロー・ワクチン担当大臣とかけて、季節外れの五月雨と解く。

その心は?

接種の小出し延期ばかりで、ワクワクしない。

*「パパは一気果断の性格だったので、ぼくちんは1日1ミリ、1日1センチのマイウエイなんです。」

 

タマヨ五輪相とかけて、無色透明の煙幕と解く。

その心は?

別姓反対理由を言えない理由も言えないために必死の煙幕だがあえなく頓死。

*別姓同姓どうせいと言うの?

 

セイコ会長とかけて、氷上の自転車アスリートと解く。

その心は?

父と慕うシンキローとの二人羽織だが、滑りまくりで暴走するしかなし。

*祝・女性理事40%実現。だが、セイコ会長の行く手には難題ばかり。

Monday, March 01, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(163)「記憶法」の概観

ニコライ・コーポソフ「『フランス・ヴィールス』――ヨーロッパにおける刑事立法と記憶の政治」『思想』1157号(2020年)

1980年代に始まり、今日では約30カ国で制定されている刑事法としての「記憶法」――ドイツでは「アウシュヴィツの嘘犯罪」「民衆扇動罪」と呼ばれ、「ホロコースト否定犯罪」「歴史修正主義犯罪」ともいわれる――に関する研究である。ヘイト・スピーチの一種である。「記憶法」という言葉には後述するように疑問がある。

ジェノサイドや人道に対する罪のような重大人権侵害についての記憶をめぐる研究は歴史学、心理学をはじめさまざまな分野で深められているが、歴史の事実を否定する修正主義犯罪を処罰する動きは1990年代に西欧で急速に進んだ。

それゆえ、法的研究が先行したと言って良い。ドイツ法については楠本孝、金尚均、桜庭総、フランス法やスペイン法については光信一宏による研究があり、韓国における議論については日韓シンポジウムで報告されたが、それ以外あまり知られていない。

私の『ヘイト・スピーチ法研究序説』第10章第5節では11カ国紹介した。『ヘイト・スピーチ法研究原論』第7章では3カ国紹介した。

韓国の議論については、

前田朗「日韓ニューライトの「歴史否定」とは」『部落解放』785号(2020年)

国際的動向としては次の2著がとりわけ重要である。

エマヌエル・フロンツアの著書『記憶と処罰――歴史否定主義、自由な言論、刑法の限界』(スプリンガー出版、2018年)は以前紹介した。

https://maeda-akira.blogspot.com/2019/10/blog-post_22.html

ウラディスラウ・べラヴサウ&アレクサンドラ・グリシェンスカ-グラビアス編『法と記憶――歴史の法的統制に向けて』(ケンブリッジ大学出版、2017年)も最近紹介しているところである。

https://maeda-akira.blogspot.com/2021/02/blog-post_47.html

このテーマについて歴史学で豊かな研究を提示してきた橋本伸也(関西学院大学教授)がコーソポフ論文を翻訳した。

コーソポフはロシア出身でレニングラード大学(サンクトペテルブルク国立大学)の歴史学者だったが、ロシアにいられなくなり、現在はアトランタ大学客員研究員だという。私と同じ年齢だ。歴史と記憶、法と記憶、知識人の歴史に関する多彩で精力的な研究成果を送り出してきた。中でも、ナチスドイツの過去と共産主義の過去に関連するこのテーマでの発言が、独特のナショナリズムを利用する現在のロシア政治に反するために事実上の迫害を受けたようである。

本論文の特徴、メリットは、何と言っても、法と記憶をめぐる議論と立法の全体を概観している点である。理論的には、西欧型と東欧型の分類、特にフランス法、ポーランド法、そしてさらに独自のロシア法について分析している。この視点によって、従来の「アウシュヴィツの嘘犯罪」論とは異なる論点が浮上する。

198090年代に立法が始まった西欧型は、ドイツにせよフランスにせよ、ナチスドイツによるユダヤ人迫害などの人道に対する罪の否定を犯罪とする。スペインではフランコ政権時代の犯罪や、スイスではアルメニア・ジェノサイドを裁く動きが見られたが、基本は同じである。私たちが研究してきたのはこのタイプである。

これに対して、2000年代から立法が始まった東欧型は、ナチス犯罪の否定の処罰と並んで、スターリン体制犯罪の否定の処罰が含まれる。共産主義犯罪の否定の処罰である。ここでは、ナチスに加担協力した歴史のある国、ソ連に占領された国、自ら解放した国によって、さまざまな差異が生じる。特にロシアの場合、対ナチス抵抗戦争を大祖国戦争として英雄視するが、それもスターリン時代のことだから、ねじれた関係になる。

コーソポフは、西欧型と東欧型をそれぞれ、どのような歴史経過で、どのような課題を達成するたえに立法されたか、政治力学的な分析を施している。ナチスドイツの過去の克服のために始まった刑事立法が、異なる文脈、異なる政治力学の場に持ち込まれ、それぞれの国におけるナショナリズムと絡んで複雑な展開をしていることが分かる。訳者の橋本の言葉では「権威主義的でポピュリズム的な政治の道具として『記憶法』を濫用する事例が相当の広がりを見せている」という。

重要な問題提起である。フロンツアの著書は東欧型も射程に入れているが、具体的な分析対象となっているのはやはり主に西欧の立法例である。べラヴサウ&グリシェンスカ-グラビアスの著書は欧州全体を射程に入れているが、私が紹介した部分はまだ東欧を含んでいない。これから紹介していきたい。今後の研究は、コーソポフと橋本に学んで進めなくてはならない。コーソポフと橋本のような歴史的政治的考察と、法的考察の両方に目を配る必要がある。

コーソポフの最後の一節を引用しておこう。

「このように記憶立法の展開はおおいに問題を含んだ、危険とも言えるほどの側面をはらんでいる。民主主義の勝利の瞬間に平和の政治の道具として考案された記憶立法が、国民神話の擁護とヨーロッパ諸国の国内と諸国間の記憶戦争の道具として利用される例がますます多くなっている。そのような展開には、リベラル・デモクラシーの減退やナショナリズムとポピュリズムの高揚に関わる外的要因が存在する。だがそこには、現代的な歴史意識の現れとしての記憶法の特質にかかわる内的原因もある。そこには、普遍主義と個別主義の間の葛藤、つまり全人類的価値と多種多様な記憶コミュニティの儀式的シンボルの間の葛藤が埋め込まれている。だからこそ、ナショナリストとポピュリストはかくも容易に、この民主主義的記憶政治の道具を『横領』することができたのである。」

ただし、言葉の使い方については、やや注意が必要だ。

1に、「記憶法」という名称自体が疑問である。記憶を処罰する法律は作ってはならないことは言うまでもない。ドイツ法は民衆扇動罪と呼ばれるように、ヘイト・スピーチの一種としての扇動罪である。ユダヤ人迫害の事実を否定したり、正当化することによって、差別や暴力を煽動するから処罰する。記憶を処罰するのではない。コーソポフのように「記憶法」という名称を用いることは適切ではない。

2に、論文タイトルに「フランス・ヴィールス」とある。鍵かっこで用いられていて、コーソポフの言葉ではないようだが、わざわざ論文タイトルに用いる必要があるだろうか。トランプ元大統領が「中国ヴィールス」を連発したように、この用法は他者への非難を呼びかけるものであり、差別の煽動につながる危険性もある。

スガ疫病神首相語録19 そのまま続けて

2月25日、「首相の息子」高額接待問題のマキコ内閣広報官は衆議院予算委員会で陳謝したが、辞職しないとし、事実関係を隠ぺいしたまま責任を取らないと批判された。

スガは「女性初の内閣広報官をそのまま続けてもらう。Let It Be」などと、女性尊重であるかのごとくごまかそうとした。ふだんは女性差別的なのに、こういう時だけ女性尊重のふりをする。

3月1日、マキコ内閣広報官は体調不良と入院の必要ありと辞表を提出し、これが受理され、辞任となった。収賄疑惑マキコを更迭せず、判断力不足を露呈したスガに、野党やメディアだけでなく、ジミン党内からもため息が漏れる。

 

********************************

 

Let It Be

 

When I find myself in times of trouble

Mother Makiko comes to me

Speaking words of Settai

Let it be

 

And in my hour of darkness

She is standing right in front of me

Don’t pass Settai

Let it be

 

Let it be, let it be

Let it be, let it be

Not to be absent from Settai

Let it be

 

And when the broken-hearted prime minister

Living in the Hell agree

There will be an answer

Let it be

 

For through they may be parted

There is still a chance of bribery

There will be answer

Let it be

 

Let it be, let it be

Oh, let it be, let it be

Yeah, there will be an answer

Let it be

 

Let it be, let it be

Let it be, let it be

Speaking words of Settai

Let it be

 

And when there is the son of prime minister

There is still a light that shines on me

Shine on still tomorrow

Let it be

 

I wake up to the sound of music

Mother Makiko comes to me

Speaking words of Settai

Let it be

 

Yeah, let it be, let it be

Oh, let it be, let it be

Yeah, there will be an answer

Let it be

 

The Beatles - Let It Be

https://www.youtube.com/watch?v=7P6X3IWLECY

https://www.youtube.com/watch?v=ToOLuVzMAro

The Beatles - Let It be lyrics

https://www.youtube.com/watch?v=6d5ST3tbPIU

Thursday, February 25, 2021

スガ疫病神首相語録18 首相長男接待

2月24日、首相長男接待事件で総務省幹部の処分が公表された。形ばかりの減給処分である。同25日、山田真貴子内閣広報官は衆議院予算委員会に出席して陳謝した。給与の一部返上という。

同日、農林水産省も、「アキタフーズ」会食接待事件で事務次官らを減給や戒告とした。

強大な許認可権を持つ総務省と農林水産省の官僚たちが業界関係者から異常な接待を常習的に受けていたことが発覚したが、官僚制の腐敗について誠実な調査を行う姿勢は政権には見られない。早期の処分で臭いものに蓋の姿勢である。

なんで俺のせいにされるんだ。首相の息子だからって差別するなよな。ずっとこうだったんだ。昔は国会議員の息子と言って差別された。総務大臣の息子だ、親の七光りだ、官房長官の息子だって、いつもこうだ。俺の努力が認められたためしがない。何をやっても、どんなに頑張っても、どうせ父親のおかげ、だよ。

だいたい俺は総務大臣秘書官なんてやるつもりはなかったんだ。バンドを続けたかったのに、親父がうるさく、恩着せがましく秘書官になれって命令だよ。ぷよぷよ遊んでいたから秘書官にしてやったなんて吹聴されて、いい迷惑だ。

そりゃあ、大臣秘書官になった時は舞い上がったよ。こんな俺でも大臣秘書官だ、しっかり仕事をこなして、国家社会のために頑張ろうと思ったくらいさ。そんな俺をバカ者扱い、邪魔者扱いしたのがあいつらだ。総務省の官僚たちだよ。なにしろ総務省SOUMUSHOUだ。頭のSを取ればオウム省だよ。権力の亡者たるやすさまじいこと。それでもって、東大卒の我々の中に異質な奴が紛れ込んできたと言わんばかり。

俺には役人の世界なんてまったく経験がないから、手も足も出ない。何をやってもうまくいかない。奴らときたら陰でひそひそ、いや、わざと聞こえるように悪口のオンパレードさ。表向きはひたすら忖度、親父に取り入るために俺にぺこぺこするけど、陰では嘲笑ってやがる。山田真貴子なんてシンゾー首相と親父に取り入ろうと、なんでもやります、あなた様の命ずるままです。土下座して俺の靴をなめる有様だ。でも目つきではっきりとわかるんだよ。俺のことを見下して、後ろから唾を吐いてるんだ。

実は東北新社に就職させてもらった時に、秘かに考えたんだ。放送業界なら手も足も出ないってことはない。元バンドマンだからね。なんとか渡っていけそうだし、社長に気に入られたから、総務大臣秘書官経験を売り来んで、総務省幹部への接待攻勢を仕組んでもらったのさ。「ササニシキ送りますよ」はいつものセリフって訳だ。東北新社らしく、りんごとさくらんぼを餌にすれば奴らはがっついてくる。ろくに味も分からないくせに、ロマネコンティが飲みたい、ドンペリが飲みたいって、値段で決める連中だからあしらうのは簡単さ。

こっちは許認可権なんてどうでもいいんだ。そりゃ、社長は高級官僚に取り入って権限をもらいたいって考えてたさ。でも、俺はこの日のために、じっと我慢して連中に接待攻勢。だから、どこかで足が出るように振るまったって訳さ。週刊文春はさすがだね。足取りをつかんで、連中の写真までそろえてスクープだ。さすがの俺も、録音されてたとは知らなかった。

という訳で、ガースーSay Go!Go To Settai 、お楽しみいただけたようで。

あっ、これは事実ではありませんが、もちろん真実です。それでは今夜はこれにて。

Wednesday, February 24, 2021

奴隷制ノート01

ジェームス・M・バーダマン『アメリカ黒人史――奴隷制からBLMまで』(ちくま新書)

https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480073587/

<奴隷制開始からブラック・ライヴズ・マターが再燃する今日に至るまで。アメリカ黒人の歴史をまとめた名著を改題・大改訂した新版。>

<奴隷制が始まって以来、黒人は白人による差別や迫害に常に遭ってきた。奴隷船やプランテーションでの非人間的な扱いを生き延び、解放され自由民になっても、「約束の地」である北部に逃れても、彼らが人種差別から解放されることはなかった。四〇〇年にわたり黒人の生活と命を脅かしつづけてきた差別と、地下鉄道、公民権運動、そしてブラック・ライブズ・マター(BLM)に至る「たたかい」の歴史を、アメリカ南部出身の著者が解説する。>

目次

第1章 アフリカの自由民からアメリカの奴隷へ

第2章 奴隷としての生活

第3章 南北戦争と再建―一八六一〜一八七七

第4章 「ジム・クロウ」とその時代―一八七七〜一九四〇

第5章 第二の「大移動」から公民権運動まで―一九四〇〜一九六八

第6章 公民権運動後からオバマ政権まで―一九六八〜二〇一七

第7章 アメリカ黒人の現在と未来

アメリカ南部出身の早稲田大学名誉教授によるアメリカ黒人通史である。新書1冊でアメリカ奴隷制の歴史を概観できる。読みやすく有益な本である。オバマ政権時代のことや、現在のBLMも取り上げている。バスケットボールの八村塁の「ブラックニーズ」(ブラック+ジャパニーズ)も紹介されている。

現在のアメリカにとって重要なテーマだが、世界じゅうの人種差別にも直接関係する。日本の人種差別にも関連するが、同時に日本軍性奴隷制のような奴隷制への視点としても重要である。著者は「慰安婦」制度等には言及していない。日本関連で著者が言及しているのは、第2次大戦中の在米日系人に対する収容所政策とアメリカの公式謝罪である。在米日系人に謝罪・補償したのなら、黒人奴隷制にも謝罪・補償が必要ではないかという文脈である。もっともだ。アメリカ黒人が受けた被害に対する賠償は最大24兆ドルとの推計があるという。

本書で一番引用したくなった箇所は次の1節である。

「『レイシズム』という言葉に中立性はない。『レイシスト』の反対語は『非レイシスト』ではない。その反対語は、『反レイシスト』であり、それは、権力や政策や個々人の態度のなかに問題の根幹を見出し、解体しようと行動する者のことである。『反レイシズム』は異なる『人種』の人びとを理解しようとする絶え間ない試みであり、レイシズムに向き合わない、ただの『人種にたいする受動的な態度』である『カラー・ブラインド』になることではない。だれかが他者を、生物学的に、あるいは民族性によって、身体の特徴によって、文化的背景、ふるまい、階級、もしくは肌の色によってジャッジする――そのとき『レイシズム』があらわれる。『レイシズム』は一人の人間をステレオタイプに押し込め、その個人を、対等に権利と機会を与えられた、対等な存在として認めない。」

日本ではこのことがなかなか理解されない。

「非レイシストのつもり」程度の論者が幅を利かせている。

そして「非レイシストのつもりの立場から、レイシストと反レイシストの間に立っているかのごとく錯覚して発言する論者」が少なくない。

「レイシズムは良くないと言いながら、レイシズムを容認する論者」があまりに多い。

「ヘイト・スピーチは良くないと言いながら、ヘイト・スピーチ規制には断固反対と唱えることによって、実際にはヘイト・スピーチを容認する論者」である。

多数の憲法学者やジャーナリストがこの立場である。この論者たちは、一転して「反レイシズム」を「過激だ」「極論だ」などと攻撃し始める。

それによって、自分が、「その個人を、対等に権利と機会を与えられた、対等な存在として認めない」立場に加担・協力していることに気づこうとしない。

本書はこうした論調に対する批判としても有意義である。

日本軍性奴隷制をめぐる議論が始まった1990年代から奴隷制について何度も何度も発言してきた。

前田朗「性奴隷とはなにか」荒井信一・西野瑠美子・前田朗編『従軍慰安婦と歴史認識』(新興出版社、1997年)

前田朗『戦争犯罪と人権』(明石書店、1998年)

クマラスワミ『女性に対する暴力』(明石書店、2000年)

マクドウーガル『戦時性暴力をどう裁くか』(凱風社、2000年)

1926年の奴隷条約、ILO強制労働条約、「醜業協定」「醜業条約」等の解釈が中心である。また、国連人権委員会の「奴隷制の現代的諸形態に関する作業部会」の議論を紹介してきた。2001年のダーバン会議の時も奴隷制をめぐる議論が中心だった。さらに、国際人道法における「人道に対する罪としての奴隷制」についても国際的議論を紹介してきた。

何度も発言してきたが、奴隷制について日本では今だに理解されていない。歴史的な奴隷制概念や、国際法における奴隷制概念を無視した議論が横行している。

最近では次の本で「慰安婦」問題との関連で奴隷制概念について論じておいた。

日本軍「慰安婦」問題webサイト制作委員会編『性奴隷とは何か』(御茶の水書房、2015年)

奴隷制、性奴隷制、性暴力概念について議論するための基礎知識として、今後時々、奴隷制に関連する勉強をして、ノートを書き留めていくことにする。

Monday, February 22, 2021

国際自由権委員会・平和的な集会の権利に関する一般的勧告第37号の紹介

「市民的政治的権利に関する国際規約(国際自由権規約)」に基づく国際自由権委員会は、第129会期(2020629日~724日)に「平和的な集会の権利に関する一般的勧告第37号」を採択した。

 

平和的な集会は国際自由権規約第21条に定めがある。

「平和的な集会の権利は、認められる。この権利の行使については、法律で定める制限であって国の安全若しくは公共の安全、公の秩序、公衆の健康若しくは道徳の保護又は他の者の権利及び自由の保護のため民主的社会において必要なもの以外のいかなる制限も課することができない。」

 

21条の解釈のために国際自由権委員会がこれまでの審議を踏まえ、現在の国際人権法の水準で確認したのが一般的勧告第37号である。一般的勧告第37号は全部で102のパラグラフから成る長文であるが、その中にヘイト・スピーチに関連するパラグラフがあるので、以下で紹介したい。

 

一般的勧告第37号は次のような構成である。

Ⅰ 序論

Ⅱ 平和的な集会の権利の射程

Ⅲ 平和的な集会の権利に関する当事国の義務

Ⅳ 平和的な集会の権利の制限

Ⅴ 届出制

Ⅵ 法執行機関の義務と権限

Ⅶ 緊急事態及び武力紛争における集会

Ⅷ 国際自由権規約第21条、その他の規定、その他の法制の関連

 

規約第21条は平和的な集会の権利の法律に基づく制限を次のように明示している。

公共の安全

公の秩序

公衆の健康若しくは道徳の保護

他の者の権利及び自由の保護

 

一般的勧告第37号によると、平和的な集会の権利は、規約第21条の他に、世界人権宣言第201項、欧州人権条約第11条、米州人権条約第15条、アフリカ人権憲章第11条、アラブ人権憲章第24条に規定されている。また、子どもの権利条約第15条、人種差別撤廃条約第5条(d)(ix)、アフリカ子どもの権利憲章第8条にも規定されている。さらに、欧州安全協力機構のワルシャワ・ガイドライン、アフリカ人権憲章に基づくバンジュール・ガイドライン、米州人権委員会・表現の自由特別報告者の社会的抗議の権利基準がある。欧州人権裁判所や米州人権裁判所の関連判例がある。加えて、国連加盟国193カ国の内184カ国の憲法に集会の権利が規定されている。これらの規定と解釈を参照する必要がある。

 

*上記の「ワルシャワ・ガイドライン」は、私が勝手に命名したもので、国際的にはこの名称ではない。

前田朗「デモの自由を獲得するために――道路の憲法的機能・序論」三一書房編集部編『デモ!オキュパイ!未来のための直接行動』(三一書房、2012年)120144頁。

[ここで紹介したのは2007年の第1版である。その後、同ガイドラインは改訂され現在は2019年の第3版となっている]

 

一般的勧告第37全体の紹介はここでは行わない。国際自由権委員会の一般的勧告については、これまで日弁連が精力的に翻訳・紹介を行ってきた。一般的勧告第37号はまだ掲載されていない。

https://www.nichibenren.or.jp/activity/international/library/human_rights/liberty_general-comment.html

 

一般的勧告第37号の「Ⅳ 平和的な集会の権利の制限」は、上記①~④についての解釈を提示している。「他の者の権利及び自由の保護」の中に、ヘイト・スピーチに関連する記述がある。

 

パラ47パラでは、「他の者の権利及び自由」の保護のために課される制限は、集会に参加していない他の者の規約やその他の人権の保護に関連することが確認される。

パラ48では、第21条で用視される制限のための一般的枠組みに加えて、追加の条件が重要であるとする。権利の実現の中心は、いかなる制限も、原則として、内容中立的であり、集会によって伝達されるメッセージに関連しないことが要請されるという。そうでなければ、まさに平和的な集会の目的が、人々に思想を前進させる政治的社会的参加の潜在的手段とすることができなくなる。

パラ49では、表現の自由に適用できるルールは、集会の表現的要素を扱う場合にも適用されるべきであるという。平和的な集会への制限は、明示的であれ黙示的であれ、政府に対する政治的反対者、政府の民主的転換のような当局への挑戦の表現を妨害するために用いられてはならないとする。公務員や国家機関の名誉や名声に対する批判を禁止するために用いられてはならない。

パラ50では、国際自由権規約第20条に従って、平和的な集会は、戦争の宣伝(第201項)、又は差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道(第202項)のために利用してはならないとされる。主なメッセージが第20条の範囲にある集会の参加者は、第19条及び第21条に示された制限のための要件に合致して対応されなければならないという。

パラ51では、一般論として、旗、制服、サイン及び横断幕の使用は、過去の苦痛を想起させるとしても、表現の合法的形式とみなされ、制限されてはならないとする。例外的場合、そのシンボルの使用が直接に及び主要に、差別、敵意又は暴力の煽動(第202項)と結びつく場合、適切な制限が適用されるべきである。

上記パラ50では、5つの文書が註に掲げられている。

    国際自由権委員会・意見表現の自由に関する一般的勧告第34号(パラ5052

https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/kokusai/humanrights_library/treaty/data/HRC_GC_34j.pdf

    人種差別撤廃条約第4

https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/conv_j.html

    人種差別撤廃委員会・人種主義ヘイト・スピーチと闘う一般的勧告第35

https://www.hurights.or.jp/archives/opinion/2013/11/post-9.html

    ラバト行動計画(パラ29

http://imadr.net/wordpress/wp-content/uploads/2018/04/9c7e71e676c12fe282a592ba7dd72f34.pdf

    権利のための信仰に関するベイルート宣言

https://maeda-akira.blogspot.com/2021/02/blog-post_19.html

 

上記パラ51では、2つの文書が註に掲げられている。

    OSCEとヴェニス委員会「平和的な集会の自由ガイドライン」(パラ152

[ワルシャワ・ガイドライン]

    欧州人権裁判所ファーバー対ハンガリー事件判決(20121024日)パラ5658

 

平和的な集会と言えるためには、ヘイト・スピーチを行ってはならないことが明確である。

 

これに対して、日本の議論では、どんなにヘイト・スピーチを行っても平和的な集会であるという異様な見解がまかり通っていることに注意。

 

なお、日本では「道路の交通機能」「道路の輸送機能」「道路の経済的機能」が圧倒的に優先される。私はデモやアートやお祭りパレード等の表現行為について「道路の憲法的機能」と呼んでいるが、憲法学者は誰も賛同してくれない。