Thursday, July 22, 2021

小林賢太郎解任問題 ――歴史の事実を矮小化する犯罪について

1.小林発言の法律問題

 

東京オリンピック開会式の演出担当だった小林賢太郎が過去に「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」なる差別的揶揄と受け取られる発言をしていたことが発覚して、五輪組織委員会が小林を解任した。

小山田圭吾の差別と差別発言が発覚した時の対応のまずさに比較すると、迅速な解任となった。後手後手との批判を避けるためであったことと、ユダヤ人差別という国際問題になることが明らかだったためだろう。橋本聖子も「外交に関わる」と述べた。

本件は解任によってすでに決着がついた形になった。とはいえ、なぜこのような事態になったかの総括は、後日、組織委員会がきちんとしなくてはならないだろう。

ネット上の発言のごく一部を見たが、小林発言を「アウシュヴィツの嘘」犯罪と関連付けている例が見られる。

「アウシュヴィツの嘘」犯罪を引き合いに出して考えておかなくてはならないことは確かである。小林発言は、ユダヤ人虐殺をお笑いにしたことによって、「肯定」したものと受け止められる可能性がある。

さらに問われるべきは「矮小化」である。事実を矮小化すると犯罪になる場合がある(後述する)。小林発言は事実の矮小化に当たるか否か、検討しなくてはならない。その意味で深刻な問題であることを理解しておくべきである。

ただ、「アウシュヴィツの嘘」犯罪についての不正確な情報、断片的な情報を基に発言している例が少なくない。

 

2.「ホロコースト否定犯罪」とは

 

ドイツにおける「アウシュヴィツの嘘」犯罪については、下記の2点が重要文献である。

1.      櫻庭総『ドイツにおける民衆煽動罪と過去の克服』(福村出版、2012年)

2.      金尚均『差別表現の法的規制: 排除社会へのプレリュードとしてのヘイト・スピーチ』(法律文化社、2017年)

いずれも専門書なので、一般の人が手に取ることは少ないと思われるが、ドイツ法についてはネット上で見ることのできる情報もある。

ユダヤ人虐殺を正当化したり、事実を否定する発言を犯罪とするのはドイツだけであるかのごとく誤解する人も少なくない。

憲法学者たちが、ドイツではヘイト・スピーチや、歴史否定発言を処罰するが、アメリカでは表現の自由だから処罰しない、という発言を繰り返してきたからである。

極めて大雑把に言えば、これは決して間違いではないが、ちゃんとした法律専門家がこのような発言をすることはない。そもそもドイツだけに絞るのは妥当ではない。欧州を中心に、同種の犯罪類型を持つ国は30近くあるからだ。

私がこれまでに紹介した国は、ドイツ、フランス、スイス、オーストリア、ベルギー、ブルガリア、クロアチア、キプロス、チェコ、ギリシア、ハンガリー、イタリア、ラトヴィア、リトアニア、リヒテンシュタイン、ルクセンブルク、マルタ、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、スロヴァキア、スロヴェニア、アルバニア、マケドニア、スペイン、ロシア、イスラエル、ジブチなどである。

ちなみに、何らかのヘイト・スピーチを処罰する国は約150カ国あることを紹介してきた。

何を「同種」と見るか自体、実は難しい問題を孕む。

ドイツの場合、ナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺の事実を否定したり、正当化することが犯罪とされる。

フランスの場合、国際刑事裁判で有罪とされた人道に対する罪の事件の事実を否定したり、正当化することが犯罪とされる。これにはナチス・ドイツのユダヤ人大量虐殺だけでなく、それ以外の地域における人道に対する罪の犯罪が含まれる。

スイスも同様であり、このため第一次大戦時のトルコによるアルメニア・ジェノサイドの事実を否定したり、正当化する発言が犯罪となるという実際の裁判例がある。

何を犯罪とするかは国によって異なる。全体を表現する適切な名称がないが、「ホロコースト否定」犯罪、「歴史否定犯罪」、「法と記憶」問題などの言葉で表現される。ヴィダル・ナケの著名な本のタイトルを借りると「記憶の暗殺者」問題である。

ただし、記憶という表現を用いると、記憶の否定が直ちに犯罪になるかのような誤解を与えかねない。

事実を否定し、歴史を歪曲し、記憶を抹消することが直ちに犯罪となる国はあまりないだろう。

これらが犯罪とされるのは、歴史を歪曲することによって被害者集団を中傷・侮辱するからという理解が普通である。

西欧と東欧とではやや事情が異なる、バルト3国でも同様の法律があるが、その適用に際して、スターリン時代の国家犯罪の否定や正当化を犯罪とする例がある。議論のベクトルが異なるので、単純に一括することは避けたほうが良い。

1.橋本伸也『記憶の政治――ヨーロッパの歴史認識紛争』(岩波書店、2016年)

2.橋本伸也編『紛争化させられる過去――アジアとヨーロッパにおける歴史の政治化』(岩波書店、2018年)

3.ニコライ・コーポソフ「『フランス・ヴィールス』――ヨーロッパにおける刑事立法と記憶の政治」『思想』1157号(2020年)

 

3 韓国の状況

 

他方、韓国では同様の法律案が国会に何度か上程されてきた。法律はできていないが、日本よりもずっと研究が進んでいる。

1.康誠賢著『歴史否定とポスト真実の時代――日韓「合作」の「反日種族主義」現象』(大月書店、2020年)

この本に、ソウル・シンポジウムにおける私の報告とホン・ソンス(洪誠秀)の報告が紹介されている。ホン・ソンスの研究が重要である。

日本軍性奴隷制や、植民地支配時代の事実の否定を犯罪とする法案や、軍事独裁政権時代の犯罪をどう扱うかなどの議論が成されてきた。

 

4 実行行為――矮小化も犯罪となる国がある

 

もう1つ、実行行為(何をすると犯罪となるか)については、否定や正当化など、これも国によって異なる。

オーストリアでは、否定、重大な矮小化、是認、正当化である。

ブルガリアでは、否定、とるにたりないと矮小化、正当化である。

チェコでは、否定、問題視(疑問視)、称賛、及び正当化である。

スペインでは、法律では否定、賛美、矮小化であるが、憲法裁判所は「否定しただけで犯罪にするのは憲法違反」とした。

矮小化の例は、例えば、1)ナチス・ドイツによって殺害されたユダヤ人の数はもっと少ないとして、事実を小さく見せる場合、2)被害事実はあったが、それは取るに足りないことだ、小さな出来事だと述べる場合、3)被害事実はあったが、被害者の側にも問題があったとして相対化する場合などである。

小林発言の場合、「***ごっこ」として遊びの対象とするお笑いであるので、遊びとお笑いが重なって「矮小化」に当たる可能性が出てくるだろう。

 

5 刑罰はどうか

 

刑罰も紹介しておこう。

スロヴァキアでは、1年以上3年以下の刑事施設収容である。つまり、懲役だ。

ポルトガルでは、6月以上5年以下の刑事施設収容である。

イタリアでは、2年以上6年以下の刑事施設収容である

ラトヴィアでは、5年以下の刑事施設収容、罰金、又は社会奉仕命令である。

このように、刑罰がかなり重いことが分かる。それだけ重大犯罪とされている。

もちろん、ついうっかりの発言がそれほど重く処罰されるわけではない。重く処罰されるのは、ネオナチのような確信犯が違法発言を公然と繰り返した場合に限られる。

とはいえ、日本では歴史偽造や歪曲が平気で行われている。重大な被害を生む重大犯罪であり、刑罰は重いことを知る必要がある。

Tuesday, July 20, 2021

スガ疫病神首相語録48 華麗なる辞退劇

五輪開会式の音楽担当の小山田圭吾の障害者差別問題で、組織委員会は世間の期待通りに右往左往、迷走してみせた。

 

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1時間後

セイコ――小山田さんのいじめ発言って、何言ってるの、いじめはいつだってあったじゃない。どうってことないわよ。

ユリコ――何も問題ないわ。子どもの遊びでちょっといじめただけでしょ。

タマヨ――ニードロップですって、なんだか楽しそうね。

 

12時間後

セイコ――20年以上も昔のこと、なんで今さら取り上げるのよ。ネットはこれだから困るのよ。

ユリコ――雑誌発言ですからね、おもしろおかしく書いただけじゃないの。

タマヨ――いじめられる側には絶対問題なかったなんて断定できるかしら。

 

24時間後

セイコ――そりゃあ、まずかもしれないけど、冗談交じりの差別でしょ、小さなことよ。マスコミが騒いでるだけよ。開会式が迫ってるんだから、今さら変更なんてできないわ。

ユリコ――本人は反省して、謝罪してるっていうから問題ないわ。

タマヨ――いつまでも許さないなんて、心の狭い人たちね。

 

36時間後

セイコ――何か、やばいみたいね、どうしたらいいの、事務局、なんとかしなさいよ。えっ、私が何を言ったかですって、秘密よ、秘密。漏らしたりしたら、ただじゃおきませねんからね。モリ先生に言いつけるわよ。

ユリコ――ネット炎上だけでは収まらないみたいね。謝罪文を公表したらどう。

タマヨ――被害者に謝罪したいって言ってるし、誠実な様子だから大丈夫よ。

 

48時間後

セイコ――辞退? どういうこと? 本人が辞退したのね。ちょっと、待って、コメント考えなくちゃ。

ユリコ――なんでこうなるのよ、二転三転してみっともない。私のせいじゃありませんからね。

タマヨ――最初からきちんと対応しておけばよかったのよ。五輪の精神に相応しいかどうか、ちゃんと判断してよね。

 

60時間後

セイコ――小山田さんから辞任の届けがございました、組織委員会としても、今回のことは大変残念に思っております。

ユリコ――はい、最初から私が申しておりました通り、東京オリンピック・パラリンピックの理念に相応しい、みなさまに楽しんでいただける素晴らしい五輪にいたします。

タマヨ――今回のことは非常に残念です。最初から申しておりますように、差別は絶対に許されません。

 

72時間後

セイコ――多様性を重んじる組織委員会として、今回のことは大変残念です。すべては私の責任です(もちろん言葉だけで、実際の責任は取りませんからマスコミの皆さん、いつものように、よろしく)。

ユリコ――組織委員会において適切に判断したものと承知しております(いつまでもしつこいわね。もう済んだことでしょ)。

タマヨ――私には全く理解できない事態でした。多様性を大切に、適切に開催してまいります(被害、被害って、ひがみ根性の人間が多くて困るのよね)。

 

84時間後

セイコ――えっ、パラリンピックの文化プログラムの絵本作家・のぶみさんも辞退ですって、もういい加減にしてほしいわ。選んだのは組織委員会だろうって、だから何だっていうのよ。あ、いけない、本音を言っちゃ。

ユリコ――私は知りませんよ。組織委員会の問題でしょ。

タマヨ――ノーコメントです(なによ、差別したことのない奴なんているわけ? あんたたちだって、真っ白じゃないでしょ)。

Saturday, July 17, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(180)

前田朗「ヘイト・スピーチ処罰は民主主義の条件」『思想運動』1066号(2021年)

前田朗「部落差別解消マニュアルを読む」『部落解放』807号(2021年)

前田朗「表現の不自由展・その後妨害事件再び」『マスコミ市民』630号(2021年)

前田朗「生きる、学ぶ、闘う――不屈の歴史学」『救援』626号(2021年)

前田朗「国連人権理事会強姦法モデル案」『救援』627号(2021年)

前田朗「日本植民地主義をいかに把握するか(七)コリアン文化ジェノサイド再論」『さようなら!福沢諭吉』第11号(2021年)

Friday, July 16, 2021

スガ疫病神首相語録47 ヒロシマで平和を祈る

7月15日、バッハIOC会長がヒロシマを訪問し、コーツ調整委員長がナガサキを訪問した。

 

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 ついに平和都市ヒロシマにやってきた。感慨深いものだ。76年前、科学の力がこの上空で炸裂し、日本軍国主義の息の根を止め、平和をもたらした。戦後の国際平和を念願してこのまちの人々は目覚め、国際平和都市として再出発したそうだ。平和の祭典オリンピックはこの国の首都・東京で開催だが、ヒロシマという平和のまちをIOC会長が訪問することによって、われわれは平和と正義の力を示すことができる。聖なる五輪に幸いあれ。

 ここが平和公園か。素晴らしい場所だ。高く澄み渡る空にヒコーキ雲、日差しは厳しいが爽やかな微風が心地よい。誰もが敬虔な思いで平和を願い、佇んでいる。この人々はなんて素晴らしいのだろう。日本国民は模範的で、まさに五輪精神にフィットしている。整然と、静かに、優しく、笑顔で私を迎えてくれる。私を神のごとく崇め奉り、憧れの眼差しで讃えてくれる。いま、この瞬間がIOCの世界精神と平和を願う日本の人々が重なり、波長を合わせ、一つになる時だ。

 それにしても日本国民は素晴らしい。一瞬にして20万もの犠牲者を生んだ科学の力に帰順し、ひたすら寛容で、アメリカに平伏し、穏やかに付き従っている。蹴られても、踏みにじられても、殴り倒されても、あらゆる苦悩を振り捨てて、命令に従い、不平も言わずじっと耐えている。新型コロナ禍にもかかわらず、五輪開催にもかかわらず、黙って言いなりになる強い精神の持ち主だ。この人々にやさしい言葉はいらない。押し付け、騙し、振り回し、やりたい放題やってあげるのが恩寵というものだ。

他の国民なら何度暴動が起きるか分からない。暴れまわり、多数の犠牲者が出て、政権が崩壊してもおかしくない。マンハッタンなら10人は死ぬな。シャンゼリゼの店舗は壊滅だ。中央アフリカやウガンダなら町が一つ消えてしまうかもしれない。それがどうだ、日本国民は結束し、沈黙し、礼儀正しく、私たちの言いなりになってくれる。この鍛えられた国民精神こそ文字通り五輪に相応しい。鋼というよりも、チタンというよりも、ダイヤモンドのように硬質な純度100%の従順だ。当たり外れなし。五輪開催と新型コロナで必ずや医療崩壊をきたし、犠牲が増えると聞いているが、それも彼らは気に留めない。いや、崇高なる五輪のための犠牲となることを心の底から願っている。ひょっとすると、これが特攻精神というやつかもしれない。玉砕精神とも言ったかな。死をも恐れず邁進する犠牲のための犠牲となり、代償を求めることなく、ひたすら滅私奉公の死の精神。おかげでIOCの財政は安泰だ。

 さあ、世界平和のために祈りを捧げよう。何よりも、私と私の家族のために。IOCの永遠の未来のために。ついでに、世界の紛争地で脅えている子どもたちのために。屈従と危険のために苦しむ女性たちのために。どうでもいいけど、東京とヒロシマの栄のために。率先して犠牲となってくれる日本国民の誠意に心から感謝して。無能なスガと無責任なユリコ、2人のお調子者を持ち上げておけば、すべてが許される。神の祝福と五輪の平和のために、祈りを捧げよう。すべてが静謐で、滑らかで、波一つ立たず、心の平穏に満たされたヒロシマに幸いあれ。

 んんんっ? どこかで声が聞こえる。「バッハ、ゴーホーム」?

 気のせいだろう。いずれにしても、さあ帰ろう。パフォーマンスはおしまいだ。東京に戻って快適なホテルで五輪開催を待つことにしよう。命令を出すまでもなく、すべて完璧に忖度してくれる日本国民とともに。

Monday, July 12, 2021

スガ疫病神首相語録46 晴海の恋の物語

タロー・ワクチン混乱大臣はモデルナ・ワクチンが足りないことは連休前からわかっていたと認めた。足りないことが分かっていながら、足りると嘘をついて配布を調整していたことが発覚。打ちすぎた自治体のせいにして責任逃れを繰り返している。嘘つき天国。

ニッシー経済破壊担当大臣は、金融機関が酒の提供停止を拒む飲食店に圧力をかけるよう求める発言をして、業界の反発を招いた。ニッシー発言はガースーの了解を得ていたとの情報があるが、ガースーは口をつぐみ、マスコミはすべてニッシーのせいにしている。忖度しろよと圧力天国。

東京五輪、いよいよ開幕を迎え、組織委員会は選手団に配布するコンドームの準備も万端。五輪選手村では連日連夜、福島の被災者そっちのけでアスリート・ファーストの「夜の復興」、新型コロナ感染恐怖に「打ち勝った証」としての「平和の祭典」――何が何でも五輪開催、ハルマゲドンでも五輪開催。

https://www.tokyo-sports.co.jp/sports/3212040/

https://news.goo.ne.jp/article/mag2/nation/mag2-488742.html

 

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*銀座の恋の物語のメロディで

 

武漢で生まれた その日のように

東京五輪の 真夏の夜に

イギリスで生まれた あの日のように

思わず蒸せる 暑い夜

東京で一つ

晴海で一つ

若い2人が はじめて逢った

ほんとの 恋の 物語

 

インドで生まれた デルタ型

ブラジル生まれの 私たち

空を越えて 海を越えて

飛んでくと言う娘の いじらしさ

東京で一つ

晴海で一つ

若い2人が 命をかけた

ほんとの コロナの 物語

 

ビレッジプラザで 瞼をとじて

次々生み出す 変異株

観客なしでも このままで

嵐が来たって 五輪開催

東京で一つ

晴海で一つ

若い2人が 誓った夜の

ほんとの コロナの 物語

 

世界に広める コロナ禍を

ほんとの コロナの 物語

 

*銀座の恋の物語

https://www.youtube.com/watch?v=Xa7aMt2rvVI

Sunday, July 11, 2021

非国民がやってきた! 001

田中綾『非国民文学論』(青弓社)

https://www.seikyusha.co.jp/bd/isbn/9784787292520/

<ハンセン病を理由に徴兵されなかった病者、徴兵検査で丙種合格になった作家、さまざまな手段で徴兵を拒否した者――。総動員体制から排除された戦時下「非国民」の短歌や小説を読み込み疎外感と喪失感を腑分けし、そこから生じる逆説的な国民意識を解明する。>

「いのちの回復」への苦悩の歩みを、「「絶望」を超えて――〈書く〉ことによるいのちの回復」と表現し、ハンセン病療養者の存在、生き様、そして短歌に「〈国民〉を照射する生〉を見る。

歌集『白描』の明石海人に「〈幻視〉という生」の視点から迫り、精神の自由を求めて歌誌「日本歌人」にたどり着いたもう一つの思いを探り、二・二六事件歌に「天刑と刑死」の厳しさを確認する。

次に、ハンセン病療養者とともに非国民とされた徴兵忌避者について、金子光晴『詩集 三人』と丸谷才一『笹まくら』を素材に検討する。

著者は「抵抗の文学」や「反戦の文学」と区別される「非国民文学」という枠組みを設定する。徴兵検査から排除され、国民から除外されながら、なお<国民>的な心性を持ち、国民への激しい希求を抱きながら、やはり「非国民」でしかありえない存在とされたところに「非国民文学」の場を設定する。金子光晴は「抵抗の文学」に数えられてきたが、著者は金子の場合、国家から排除されたために家族によりどころを求めたという。

他方、明治天皇御製が一九四〇年前後(昭和十年代)にいかなる位置を得て、いかなる影響を及ぼしたか。『国体の本義』などにみる明治天皇御製を追跡し、御歌所所員らの「謹話」にみる明治天皇御製にも目を配る。

著者は最後に「仕遂げて死なむ――金子文子と石川啄木」として、大逆の文子と啄木の短歌世界を論じて本書を閉じる。

本書で扱えなかった「非<国民>文学」として著者は太宰治、高見順、伊東静雄、亀井勝一郎、保田輿重郎をあげる。「女こどもについてはほとんど言及することができなかった」と述べるように、取り上げられた女性は金子文子だけであるが、少数者への視線――「国家からとりこぼされてしまう人々をこそ見つめたい」という意識を持っていることが分かる。

著者は北海道出身で、北海学園大学教授、三浦綾子記念文学館館長である。

私は長年「非国民研究者」と自称してきた。10年間、勤務先で「非国民」という日本唯一の授業も開講した。<非国民がやってきた!>シリーズを3冊出版している。

『非国民がやってきた!――戦争と差別に抗して』(耕文社、2009年)

『国民を殺す国家――非国民がやってきた!Part.2』(耕文社、2013年)

『パロディのパロディ 井上ひさし再入門――非国民がやってきた!Part.3』(耕文社、2016年)

1作の『非国民がやってきた!』では、やはり北海道を描いた作家の夏堀正元の『非国民の思想』と、ジャーナリストの斎藤貴男の『非国民のすすめ』を手掛かりに、幸徳秋水・管野すが、石川啄木、鶴彬、金子文子・朴烈らを取り上げた。

2作の『国民を殺す国家』では石川啄木、伊藤千代子、小林多喜二、槇村浩、そして治安維持法と闘った女たち・男たちを取り上げた。

3作の『パロディのパロディ 井上ひさし再入門』では非国民にこだわった井上ひさしと、非国民として亡くなった父親を取り上げた。

天皇と国民の野合(憲法第1条)でまとめられた日本という国民主義の世界では、マイノリティ、先住民族、外国人、そして思想的マイノリティ、変革を志す人々は非国民として指弾され、殺されていく。非国民を生み出す国民国家・日本は現在も変わらない。

田中綾『非国民文学論』はハンセン病療養者と徴兵忌避者に焦点を当てつつ、最後には文子と啄木にたどり着く。続きを読みたくなる本だ。

北海道出身ながら、北海道文芸には通じていない私は、夏堀正元の『渦の真空』を文学史のベスト10にいれている。ちなみに『死霊』は個人的に好きではないので、井上ひさしや大江健三郎は別格として、大西巨人の『神聖喜劇』がトップクラスになる。つまり北海道文芸としては夏堀ということになる。

田中綾は三浦綾子記念文学館館長だという。私は三浦綾子をきちんと読んでいない。なんと、『氷点』だけだ。『銃口』を青年劇場で見た時にきちんと読んでおくべきだった。反省。

Saturday, July 10, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(179)ネット差別と法

月刊『部落解放』807号(20217月号)

https://www.kaihou-s.com/book/b586694.html

特集●ネット差別と法

明戸隆浩「ネット上のヘイトスピーチの現状と課題―「2016年」以後を考える」

唐澤貴洋「インターネット上の扇動表現と発信者情報開示請求」

上瀧浩子「インターネット上の複合差別と闘う」

金尚均「ドイツのネットワーク法執行法について」

宮下萌「インターネット上の人権侵害に対する法整備のあり方」