浅野健一『石ころを石礫に――安倍氏暗殺・山上徹也さん裁判記録』(三一書房)
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共同通信社を経て、1994年から2014年まで同志社大学大学院メディア学専攻教授だった著者の法廷傍聴記録である。『犯罪報道の犯罪』(学陽書房)で犯罪報道問題を提起して以来、報道と人権の在り方について徹底した議論を貫いてきた著者である。
半世紀を超える取材歴を有する著者だが、著名重大刑事裁判の公判を全て傍聴取材したのは初めてのようだ。記者クラブに所属していないフリーのジャーナリストが裁判所からこうした取材許可を得ることは珍しい。普通なら、傍聴支援メンバーから傍聴券を融通してもらったり、著名出版社・編集部による手配で、なんとか傍聴できる。今回、著者はフリー・ジャーナリストとして奈良裁判所に申し入れをして、傍聴許可を得たと言う。著者は担当裁判官に感謝を表明している。同じ例が続くことが期待される。
重大事件の裁判傍聴記録は珍しくない。ジャーナリストや、支援する会や、研究者による傍聴記は法廷の様子、重要な論点、裁判の公正さを伝えるために重要だ。とはいえ、中には、傍聴者の主観を中心にした印象記も少なくない。著者は、なによりもまず、法廷の様子を具体的に伝えることに力を注いでいる。この一点だけでも本書は必読書と言えよう。
次に著者のスタンスが明快である。裁判官、検察官、被告人と弁護団、そして証人に対して、事件の歴史的意義を伝える姿勢を中心に据えて、批判的に検証している。裁判所に期待する面と、裁判所を批判する面がある。同様に、被告人の経歴や立場や心情に想いを寄せつつも、被告人の犯行には批判の目を向ける。他の取材陣に対しても注文を付ける(この点で、著者は周囲の反感を買うことがあるようだが、ジャーナリズムは仲良しクラブではない)。
著者の主張の最大のポイントは、被告人の陳述、弁護団の懸命の努力にもかかわらず、裁判所の判決が、事件を矮小化して被告人の責任だけに絞り込んだことへの批判である。安倍晋三と統一協会の関係に蓋をすることによって事件の真相を闇の彼方に封じ込めようとする。
著者は、殺人は許されないが、政治批判目的の殺害行為は「暗殺」事件であり、その背景を徹底的に明らかにする必要があると言う。安倍晋三とは何者なのか。何をしたのか。さまざまな政治腐敗の中心にいて、腐敗を加速させた張本人ではないのか。安倍晋三と統一協会の関係を徹底解明するべきである。しかし、検察官と裁判所はこの責任に背を向けた。著者はこの点を繰り返し問う。
歴史的事件には歴史的ジャーナリズムが必要だ。安倍晋三暗殺という歴史的重大事件に迫る本物のジャーナリズムが必要である。著者の歩みは続く。