Tuesday, March 10, 2026

奴隷条約100周年(02)

奴隷条約100周年(02

 

1 国連人権特別報告者たちの声明

2 古橋綾論文

 

**********************************

 

1 国連人権特別報告者たちの声明

 

36日、国連人権機関の特別報告者たちが、日本軍性奴隷制に関する声明を発表した。

https://www.ohchr.org/en/press-releases/2026/03/justice-truth-and-reparations-long-overdue-survivors-so-called-comfort-women

 

①女性と少女に対する差別に関する作業グループ、②女性に対する暴力特別報告者、③強制又は非任意の失踪に関する作業グループ、④人権擁護者の状況に関する特別報告者、⑤女性と子どもの人身売買に関する特別報告者、⑥真実・正義・補償・再発防止保障の促進に関する特別報告者、⑦子どもの売買・性的搾取・性的虐待に関する特別報告者、⑧奴隷制の現代的諸形態に関する特別報告者による連名の声明である。おおよその内容を紹介すると、

おおよその内容を紹介すると、

80年も経たのに、被害者及びその家族は、真実、正義、補償、記憶への権利の否認に直面している。

2015年の日韓合意をはじめとする従来の努力は、生存者中心の正義をもたらしていない。

生存者と家族がその国内裁判所や日本の裁判所に訴訟を起こしてきた。この努力に支援が求められる。

戦争犯罪と人道に対する罪については主権免責は採用できない。

日本政府が生存者の権利を認めて実現するよう呼びかける。

高官による残虐行為の否定、被害者団体や研究者に対するハラスメントがあり、他方、被害者/生存者は数十年、認定、謝罪、補償を待っている。>

1990年代の国連人権委員会における審議に始まって、多数の報告書、勧告、声明が出されてきた。女性差別撤廃委員会、国際自由権委員会、強制失踪委員会などからも勧告が相次いだ。

日本政府、メディア、社会は無責任を決め込んでいる。

 

2 古橋綾論文

 

古橋綾「35年目の日本軍『慰安婦』問題を考える――その『解決』を積み重ねるために」『PRIME』49号(明治学院大学国際平和研究所、2026年)

1.      はじめに

2.      日本政府の対応と課題

1)「解決」のための要求と日本政府の対応

2)国際社会からの視線

3)日本政府が取り組むべき課題

3.最近のアカデミアでの議論への批判的検討

1)「被害者」についての語り

2)東アジアの未来を構想する?

4.おわりに

古橋は、1990年代からの日本軍「慰安婦」問題に関する議論状況を再確認し、日本政府が被害者救済を怠ってきたこと、政策の混迷を点検することを怠ってきたことをていねいに論じる。「アジア女性基金」や2015年の「日韓合意」の失敗を踏まえて、真相究明の努力をする必要性を指摘する。そのうえで、古橋は、最近の研究状況の特徴を批判的に検討する。

1つは、朴裕河の『帝国の慰安婦』を擁護する論文集『対話のために』である。古橋は「解決運動に対する攻撃を加える際のうっすらと漂う嘲笑の雰囲気に、帝国主義的でミソジニー的な視線を感じざるを得ない」と言う。指摘の通りである。同書出版当時、私は次のように書いた。

https://maeda-akira.blogspot.com/2017/08/blog-post_20.html

その一部は、前田朗『ヘイト・スピーチ法研究原論』第3章「『慰安婦』へのヘイト・スピーチ」第3節「歴史修正主義とヘイト・スピーチ」(143150)に収録した。

2つは、『和解学叢書』である。全6巻に及ぶ総合的な共同研究だが、浅野豊美、外村大、東郷和彦など中心メンバーは『対話のために』と同じである。朴裕河擁護の「和解学」である。「紛争解決学」を否定する「和解学」は「人権」や「植民地責任」も否定する。日本が考える価値に沿って東アジアの未来を構築しようと言う。その問題性を、古橋はいくつかの論点に絞って検討する。特に「解決運動に対する無知と軽視に基づく批判が目に付く」と言う。

「国際的な努力で打ち立てられてきた人権概念を捨て、日本になじむ認識枠組みで東アジア共同の未来を構想するというその方法に帝国の位置から抜け出せない日本人のナショナリズムを感じるためである」。

私は「解決学叢書」を読んでいない。出版当時、読んでも仕方がない、得るところがないだろうと思ったためだ。古橋論文を読んで、やっぱり、と呟いた。

国連人権機関の特別報告者たちの声明と古橋論文を読むことで、日本軍性奴隷制問題へのさらなる取り組みの重要性を痛感させられた。

Saturday, March 07, 2026

深沢潮を読む(14)「深沢潮宣言」

深沢潮『はざまのわたし』(集英社インターナショナル、2025年)

https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-7976-7458-3

 

20251月に出版された著者の最初のエッセイ集だ。

「金江のおばさん」でデビューしたのが2012年。それ以来、女性が抱える恋愛、仕事、家族、子育てなどの現実を通して現代社会を描くとともに、在日朝鮮人の歴史に分け入って過去と現在をつなぎ、深く思索する歴史小説を送り出してきた。

本エッセイでは「食べることは生きることであり、生きてきた軌跡の断片をこのエッセイに書いた」とあるように、「食」をテーマにしている。

キムチ、珈琲、寿司、カップ麺、酒、フライドチキン、肉、ベーグル、チョコレート、アフタヌーンティー、サンドイッチ、ヌルンジ/お茶漬けを取り上げて、思い出を語る。日本と韓国の食の比較、在日の食の位置づけなどが繰り返し話題となり、日韓文化論になっている。

そして表題にある通り、「日韓のはざまの深沢潮」を対象化する。

「在日コリアンのアイデンティティがさまざまであるように、在日料理も多様で、オリジナリティの濃淡もそれぞれ異なり、いろどり豊かである。」

それゆえ、次の7行につながる。

「別に、どちらの国の人でもいいじゃないか。

 どちらの国の人でなくてもいいじゃないか。

 自分は、自分なのだ。

 唯一無二のごちゃまぜの存在じゃあだめなのか。

 そもそも、誰が、何の権利があって、なにを根拠に、ジャッジするのか。

 本物かそうでないかなんて決める必要はないのではないか。

 だいたい、本物ってなんだ。」

 これを乱暴に否定したのが、『週刊新潮』の高山正之「創氏改名2.0」だった。

 深沢は抗議の記者会見を開かざるをえず、新潮社から版権を引き上げることになった。さらに、高山がコラムを収録した本を出版したため、訴訟を起こさざるを得なかった。

 【週刊誌問題】深沢潮 激動の2025年を振り返る【版権引き上げ】

https://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?q=%e6%b7%b1%e6%b2%a2%e6%bd%ae%e3%80%81%e3%81%af%e3%81%96%e3%81%be%e3%81%ae%e3%82%8f%e3%81%9f%e3%81%97&mid=0035B0DF8EEBB66053E70035B0DF8EEBB66053E7&FORM=VIRE

Thursday, March 05, 2026

アルバネーゼ『ガザへの集団犯罪――私たちはいかにジェノサイドに加担しているか』

 フランチェスカ・アルバネーゼ『ガザへの集団犯罪――私たちはいかにジェノサイドに加担しているか』(地平社、2026年)

もくじ

I 正義よ、私たちの嵐となれ――ネルソン・マンデラ財団年次講演

II 占領経済からジェノサイド経済へ

III ガザにおけるジェノサイド――集団犯罪

解説1 ジェノサイドを、植民地支配を終わらせよ!――アルバネーゼ二報告の射程と意義(早尾貴紀)

解説2 沈黙という選択肢はない――米国トランプ政権による国連特別報告者に対する制裁(小坂田裕子)

国連人権機関のパレスチナ問題特別報告者による2つの報告書の翻訳である。冒頭には、ネルソン・マンデラ財団年次講演が収録されていて、そのキーワードは「ウブントゥ」と「スムード」である。

「ウブントゥとスムードの信念を体現した、すべての人にとって人間性と連帯、正義、平等が尊重される世界に向かって。私たちはひとりでは儚くて蝶々の羽根のように脆い。しかし、小さな羽根を皆で一緒にはためかせれば、嵐を起こせるのです。正義よ、私たちの嵐となれ。」

ガザにおけるジェノサイドは、巨大な複合犯罪である。ジェノサイド条約及び国際刑事裁判所規程のジェノサイドの定義には5つの行為類型が含まれる。集団構成員に対する殺人だけではなく、生存を脅かす生活条件を課すことや、子どもを他の集団に移すことも含まれる。過去の多くのジェノサイド事件でも、単一のジェノサイドではなく、複合犯罪としてのジェノサイドが起きてきた。だが、ガザのジェノサイドは、その規模の大きさ、期間の長さ、犯行者の多様さと広がりなど、いくつもの点で際立った巨大さと複雑さを有している。

アルバネーゼ報告書は「占領経済からジェノサイド経済へ」と題して、「経済ジェノサイド」の全貌を描き出す。ガザにおけるジェノサイドは、ガザにおいてイスラエル軍によって行われているだけではない。むしろ、ガザの外で行われている。イスラエル軍ではなく、イスラエル軍や企業と結びつき、協力してきた世界、特に欧米各国、そしてその企業によって行われている。日本も含めて世界資本主義の主要なプレイヤーが、ジェノサイドとつながりを有している。そのネットワークは長年にわたって形成されてきており、世界資本主義の「常態」となっており、そのためそれがジェノサイドへの加担であることが見えにくくなっている。その全貌をアルバネーゼ報告書は描き出す。

自由と人権と平和を求める世界の民衆の最先端を駆けるアルバネーゼは、その知性と志ゆえに敬意を持って迎えられている。ただし、アメリカとイスラエルからは「反ユダヤ主義者」と罵声を浴びせられてきた。

イスラエル/パレスチナ問題はもとより、世界各地の紛争とジェノサイドに関心のある人すべてにとって、最重要の著者が迅速に翻訳された。ジェノサイドは紛争の現場で起きるが、実は同時に世界中で起きている。世界のビジネスがジェノサイドを支援し、助長しているからだ。資本主義、植民地主義、人種主義、ジェノサイドは解きほぐせない糸で雁字搦めに結びついている。経済ジェノサイドの真相を把握するための必読書である。

アルバネーゼは1977年、イタリア生まれ。ピサ大学で法学を修め、ロンドンSOAS大学で修士課程修了。国連人権高等弁務官事務所勤務歴。ジョージタウン大学国際移住研究所の研究者だったが、アメリカが彼女に制裁を課したため、2025年末にはその任を離れた。パレスチナ問題グローバルネットワーク創設者。2022年、国連のパレスチナ問題特別報告者に任命された。

Saturday, February 21, 2026

アフガニスタン 少女たちの心の叫び 絵画展 in 大阪

教育を禁じられたアフガニスタン

少女たちの心の叫び   絵画展 in 大阪

2/25(水)~27(金) [3日間]

日時:

225日(水)午後 1時~午後8

   清末愛砂・前田朗両氏によるトーク(午後4時、午後6時半)

26日(木)午前10時~午後8

27日(金)午前10時~午後7

会場:ドーンセンター中会議室2

(京阪「天満橋」駅、地下鉄谷町線「天満橋」駅 1番出口)

参加費:無料 

共催

:RAWAと連帯する会

室蘭工業大学大学院工学研究科清末愛砂研究室

連絡先:090‐3656‐7409 (桐生) 

Thursday, February 19, 2026

深沢潮を読む(13)『李の花は散っても』

深沢潮を読む(13)

深沢潮『李の花は散っても』(朝日新聞出版、2023年)

本書は201821年に『小説トリッパー』に連載され、2023年に単行本になった。上下2段組で350頁を超える大作で、深沢の作品の中でもっとも長い。取材から7年の歳月をかけた長編大河小説だ。

著者自身が語った思いをyoutubeで見ることができる。

https://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?q=%E6%B7%B1%E6%B2%A2%E6%BD%AE%E3%80%8E%E6%9D%8E%E3%81%AE%E8%8A%B1%E3%81%AF%E6%95%A3%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%82%82%E3%80%8F&mmscn=stvo&mid=0360978A41910E4AF25E0360978A41910E4AF25E&ajaxhist=0

https://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?q=%e6%b7%b1%e6%b2%a2%e6%bd%ae%e3%80%8e%e6%9d%8e%e3%81%ae%e8%8a%b1%e3%81%af%e6%95%a3%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%82%82%e3%80%8f&mid=FC29739FF1D38A042D0DFC29739FF1D38A042D0D&churl=https%3a%2f%2fwww.youtube.com%2fchannel%2fUC0uAD-VE71Ihh2BoHWXCZLQ&mmscn=stvo&FORM=VIRE

出版社のサイトには次のように紹介されている。

「かつて後の昭和天皇の最有力妃候補と言われながら、自身の李王世子・李垠との婚約を新聞の紙面で初めて知り、梨本宮方子は頽(くずお)れた――皇族でありながら政策によって李王朝に嫁いだ李方子王妃の数奇な運命を縦糸に、また方子を半島から来た革命家と恋に落ち社会から転落していく女性・マサを横糸に、戦前・戦中・戦後の日本と朝鮮半島を舞台に描く、著者渾身の力作。」

方子とマサという2人の女性の波乱万丈の人生を並列して描き、最後にこの2人の運命的出会いを通じて、日本と朝鮮半島の近現代史を見事に描き出している。韓国併合、政略結婚、関東大震災朝鮮人虐殺、韓国独立運動、第二次大戦、そして朝鮮戦争を生き抜いた2人の女性の物語だ。その意味で、出版社の紹介に「戦前・戦中・戦後」とあるのは、修正が必要だ。日本では第二次大戦後、現在に至る80年を「戦後」と呼びならわしてきたが、朝鮮戦争を度外視してきたのが「戦後日本人」だ。アジア諸国はこの80年を「戦後」と呼ぶことはできない。

深沢は、朝鮮戦争とその後も的確に描いている。

『ハンサラン 愛する人びと』以来、現代女性の出会い、恋愛、結婚、離婚や、家族の物語をつづり、特に在日朝鮮人女性を通じて、より普遍的な愛と家族の物語をつづってきた深沢だが、他方で、『ひとかどの父へ』『海を抱いて月に眠る』『翡翠色の海へうたう』で日本と朝鮮半島の歴史に挑んできた。その最新バージョンが本書だ。

あるサイトには次のような感想が述べられている。

「皇族から李王家に嫁いだ方子と、朝鮮から来た独立運動家と恋に落ちたマサ。史実に基づいたフィクションは胸にくるものがある。国とは何か。人は生きるために殺すのか。安倍政権時から負の歴史を修正する動きが広まり、SNSでは喜んで自ら創始改名していたなどという言質もある。支配された国で生きるということへの想像力が欠如している。日本は加害の歴史を忘れてはいけないし学ばなければいけないと思う。歴史を繰り返さないためにも。戦争を決めるのは権力者だけど、苦しむのはいつも市民だ。」

「すごい。深沢さん初読み。2人の女性の大河ドラマ。李王家に嫁いだ皇族の方子と朝鮮独立運動家と共に生きるマサの人生が交互に語られる。2段組は聞いてたので覚悟してたけど、戦中の描写はやっぱりつらくて読むスピードが落ちる。戦後になるとまたサクサク読める。フィクションだけど李方子は実在する人で、すごい人生だった。読めて良かった。」

「大韓帝国最後の皇太子のお妃である李正子氏について、ほとんど知らなかったことが恥ずかしい。中学高校の歴史の授業でもこのような人をきちんと紹介していけば、もう少し日韓関係を自分ごととして考えていけるのに。史実でもある正子さんの生涯に加え、戦中戦後を朝鮮・韓国で生き抜いてきたマサとの触れ合いを描くフィクションとなっていることで、国と国との力関係以上に人と人とのやわらかなつながりが強靭に見えてくる。」

https://bookmeter.com/books/20959830

林真理子の『李王家の縁談』が同じテーマの作品だそうだが、私は読んでいないため比較できない。

Saturday, February 14, 2026

「新しい戦前にさせない」連続シンポジウム第18回

「新しい戦前にさせない」連続シンポジウム第18

いま、危ない政治に立ち向かう!

高市内閣は統一教会内閣だ!

高市首相の「台湾有事発言」は謝罪と撤回を!!

 

 韓国の統一教会本部への捜査で押収された文書に、2021年の自民党総裁選で「高市氏が総裁になることが天の最大の願い」と記され、高市氏の名前が32回も登場していました。韓国ではクーデターを企んだ前大統領を裁判にかけ、資金提供をした統一教会を厳しく追及しています。

 しかし日本ではどうでしょう。高市首相は「知らぬ存ぜぬ」の態度。統一教会と最も親密な、自民党・萩生田光一・衆議院議員は台湾訪問(自民党八王子市議会議員全員11名を引き連れて)で中国を挑発。

 一方、高市「台湾有事発言」は撤回するどころか、対中「敵基地攻撃能力」のために巨額の税金をつぎこみ、「非核三原則」まで見なおそうとしています。統一教会という危険な勢力の「最大の願い」を実現させてはなりません。

 一体、高市内閣は何を企んでいるのか、統一教会と長年たたかってきた中村敦夫さん(名著「ねらわれた羊」の著者)、アジアと世界の平和実現のために日本・中国・米国の関係を問うて、全国で講演活動を展開されてきた羽場久美子さんをお招きし、話し合いましょう。

 

日時  226日(木)1830分~(開場は1800分)

場所  文京区民センター3A会議室

資料代 1000

主催  共同テーブル

 

申込先 多くの参加者が見込まれます。定員(250名)になり次第、申し込みを締め切りますので、大変恐縮ですが、大至急、下記のメールアドレスまで、出席申込(氏名・電話番号・居住都県名 記入)をお願いいたします。

E-mail: e43k12y@yahoo.co.jp

プログラム

総合司会:杉浦ひとみ(弁護士、共同テーブル発起人)

挨拶 佐高信(評論家)

第1部 記念講演

●統一教会と闘って 

中村敦夫(ジャーナリスト、元参議院議員、名著「狙われた羊」著者)

●高市発言と国際的影響

羽場久美子(青山学院大学名誉教授)

第2部 シンポジウム

コーディネーター 佐高信

パネラー     中村敦夫、羽場久美子

●登壇者と会場からの意見交換も。

閉会挨拶

共同テーブル連絡先:

藤田高景 090-8808-5000/石河康国 090-6044-5729

★ライブ配信 https://www.youtube.com/live/MwnW63TwhLM

奴隷条約100周年(01)

奴隷条約100周年(01)

 

1 はじめに

 

今年は奴隷条約100周年だ。1926925日に実現した奴隷条約のことだ。

19世紀から20世紀にかけて世界各地で特定の地域に関わる奴隷解放や奴隷制廃止の条約が締結されたが、より一般的に世界を射程に入れて奴隷廃止をめざした最初の条約が1926年の奴隷条約だ。

国際人権法では、1948年の世界人権宣言が画期を成し、1966年の2つの国際人権規約、そして数多くの人権条約が制定され、国連人権機関、条約人権委員会、地域別の人権裁判所などによって一つの国際人権法の枠組みが形成されているが、国際人権法の歴史年表には、通常、世界人権宣言よりも古い、1926年の奴隷条約が掲げられる。つまり、最初の人権条約でもある。

ヒューライツ大阪の「主要な国際人権条約と批准状況の一覧」参照。

https://www.hurights.or.jp/archives/treaty/un-treaty-list.html

 

2 奴隷条約への関心

 

1990年代以来、日本軍「慰安婦」問題に関連して、奴隷条約について何度か文章を書いた。初期に書いたのは次の文章だ。

*前田朗「性奴隷制とは何か――人権委員会における「慰安婦」」荒井信一・西野瑠美子・前田朗編『従軍慰安婦と歴史認識』(新興出版社、1997年)

この文章では、奴隷条約、クマラスワミ報告書、チャベス報告書などをもとに論じた。国連人権委員会の現代奴隷制に関する議論も紹介した。

当時、アメリカにおける黒人奴隷制の研究や、奴隷廃止の歴史過程の研究はあったが、奴隷条約そのものの研究や現代奴隷制に関する研究は見当たらなかった。

「慰安婦」問題について、日本では、奴隷条約や強制労働条約を無視して、身勝手な「強制連行」概念をもとに意味不明の議論をしていた。最低限、国際法における奴隷概念を紹介したが、「強制連行論争」は常識外れの展開をすることになった。

そこで奴隷条約の制定過程を知りたくなり、ジュネーヴのパレ・デ・ナシオン(国連欧州本部)の図書室に行った。ここには、国際連合及び国際法の文献とは別に、国際連盟時代の資料を収めた図書室がある。

1997年か98年の夏だったと思うが、国際連盟資料図書室に行って、奴隷条約関連資料を見せてもらった。奴隷条約制定当時の資料が40箱くらいのケースに収められている。1つのケースは、縦40センチ横40センチ厚さ20センチくらいだったろうか。

ケース第1番を開くと、中には奴隷条約の議論を始めた時期の資料が数十枚入っていた。タイプ打ちのものもあれば、手書きの手稿もある。手書きのものは達筆なのでほとんど読めない。23時間、悪戦苦闘しているうちに少しは判読できるようになったが、筆跡が異なり、数人の手稿が混在しているので、とても大変だった。

しかも、フランス語が多い、英語のメモもあるが、フランス語が多い。何語かわからないものもあった。タイプのものは読めるが、手稿のものは判読に苦労するうえ、フランス語なので、断念せざるを得なかった。

たぶん、フランス語のできる人なら、ジュネーヴに長期滞在して12年頑張れば、40箱のケースを解読することができるだろう。私には到底不可能だ。

その後も、制定過程資料を駆使した奴隷条約に関する論文は出ていないと思う。誰かチャレンジしてくれると良いのだが。

奴隷条約制定過程の研究が必要なのは、それ以前は奴隷の定義に所有権概念を用いていなかったのに、奴隷条約以後は所有権概念を採用したからだ。

 

3 奴隷制と奴隷取引の禁止

 

奴隷禁止の重要条文を確認しておこう。

1.       奴隷条約第1条 本条約の目的にとって、以下の定義が合意される。

(1)奴隷制とは、その者に対して所有権に伴う一部又は全部の権利能力が行使される個人の地位又は状態をいう。

(2)奴隷取引には、その者を奴隷化する意図を持って捕獲、取得又は処分するすべての行為、奴隷を売却又は交換する目的で奴隷を取得するすべての行為、売却又は交換する目的で取得した奴隷を売却又は交換により処分するすべての行為、および一般に、奴隷の取引又は輸送のあらゆる行為、が含まれる。

世界人権宣言第4

何人も、奴隷にされ、又は苦役に服することはない。奴隷制度及び奴隷売買は、いかなる形においても禁止する。

極東国際軍事裁判所条例(東京裁判条例)

第5条 人並ニ犯罪ニ関スル管轄

本裁判所ハ、平和ニ対スル罪ヲ包含セル犯罪ニ付個人トシテ又ハ団体員トシテ訴追セラレタル極東戦争犯罪人ヲ審理シ処罰スルノ権限ヲ有ス。

(ハ)人道ニ対スル罪 即チ、戦前又ハ戦時中為サレタル殺人、殲滅、奴隷的虐使、追放、其ノ他ノ非人道的行為、若ハ犯行地ノ国内法違反タルト否トヲ問ハズ、本裁判所ノ管轄ニ属スル犯罪ノ遂行トシテ又ハ之ニ関連シテ為サレタル政治的又ハ人種的理由ニ基ク迫害行為。

国際刑事裁判所規程

7条 人道に対する犯罪

1項 この規程の適用上、「人道に対する犯罪」とは、文民たる住民に対する攻撃であって広範又は組織的なものの一部として、そのような攻撃であると認識しつつ行う次のいずれかの行為をいう。

(c) 奴隷化すること。

2項

(c) 「奴隷化すること」とは、人に対して所有権に伴ういずれか又はすべての権限を行使することをいい、人(特に女性及び児童)の取引の過程でそのような権限を行使することを含む。

関連する条文はほかにも多数ある。ILO強制労働条約、奴隷条約補足条約、ニュルンベルク軍事裁判所条例、アフリカ人権憲章(バンジュル憲章)、旧ユーゴスラヴィア国際刑事法廷規程、ルワンダ国際刑事法規程をはじめ多数存在する。